32-3 檻
丸太で組まれた建物には壁はなく、屋上から周りを囲うように下げられた赤黒い垂れ布の隙間からその内側を覗き見ることができた。一段高くなっている土台の上に高さ5メートルほどの太い木の柱が4本立っており、それが50平方メートルほどの木でつくられた屋上の床を支えているようだ。4本の木の柱のうち、1本には柱の面に直角に細い丸太が固定されてらせん階段のようになっており、それを利用すれば屋上にあがれるようだ。だが、その固定方法はみるからに脆そうで、ゴブリンなら大丈夫でもオークのような大きな体を持つ蛮族が利用するのには危うそうに見えた。
浮遊眼の眼の高度を上げていくと、屋上の様子が見えてきた。屋上のほぼ中央に一辺が2メートルほどの檻、その横に一辺が1メートルほどの平たい石があり、その前には木製の柱が置かれていた。木には左右に瞳が離れた赤い目と螺旋の模様が刻まれ、その下に赤黒い何かが塗りたくられていた。何か儀礼的な柱かなにかだろうか。平たい石の横には大きな金属製の皿が5、6枚置かれていた。
柱の周囲には地上と同じく胸に螺旋の紋章を描いた服を着たゴブリンメイジらしき蛮族が3体、普通のゴブリンが5体居て、せわしなく天を仰いだり複雑な身振り手振りをしたりしながら行ったり来たりしている。
浮遊眼の眼には探知回避呪文を使っているので大丈夫なはずではあるが、それでも慎重に眼を檻に近づけて中を覗き込む。檻の中の床は汚物のようなものでかなり汚れており、そこに人間の子供が2人縛られて放り込まれていた。胸のあたりが微かに上下しているので生きてはいるようだ。怪我の有無はよくわからないが血が多量に流れ出ているような様子はない。
「ギャギャギャッ、タンレヴ、ギャギャギャ!」
地上では、道端に立つアル(オーク)の前、建物の正面に居たゴブリンメイジらしき蛮族が叫び始めた。それに合わせたように屋上では3体のゴブリンメイジが檻の戸を開け、1人の子供を運び出すと平たい石の上に乗せた。子供は意識があるようで少し震えているが逆らう気力がないのかされるがままだ。
“たんれぶ生贄捧げる言ってる”
「ギャギャギャッ、タンレヴ」
「ギャギャギャッ、タンレヴ」
目の前のゴブリンメイジらしき蛮族の言葉をコーリンが伝えてくれた。アル(オーク)の周囲に居た蛮族も手を天に突き上げ叫び始めた。まさか、幼い子供を殺して生贄として捧げるのか。アル(オーク)は奥歯をぐぐっと噛みしめた。浮遊眼の眼に映る平たい石の上にゴブリンによってうつ伏せにされている子供が記憶の中のグリィと重なる。この子供がどこから攫われてきたのかわからないが、グリィはかつて同じように生贄にされてしまったのかもしれない。
周囲に魔道具の反応はなく、呪文の反応は建物の前と屋上にいるゴブリンメイジらしき者だけだ。この大集落全部を相手するのはとても無理だが、子供を担いで逃げるぐらいならできるのではないだろうか。生贄にされようとしている子供を見殺しにはできない。
『魔法の火花群』 -除外対象 (自分)
アル(オーク)はこらえきれない怒りをたたきつけるように目の前のゴブリンメイジの頭上あたりに向かって呪文を唱え、ほぼ同時に垂直に飛び上がる。飛行するアル(オーク)の周囲で火花が咲く。その中をアル(オーク)は建物を囲う布の中に入って一旦姿を隠した。さすがに何の対策もなくゴブリンメイジらしき蛮族の目の前に飛び込むようなことはできない。魔法解除にも注意して移動する必要がある。生贄の儀式を邪魔したのだ。子供を急いで殺したりはするまい。アル(オーク)が呪文を放った地上では蛮族たちが大騒ぎをしている。そちらの方の呪文の反応はなくなったのでゴブリンメイジは全て倒せたのだろう。
『鎧作成』 - 革製の服
オーク変身呪文を解除し、元の姿に戻ったアルはグリィのペンダントやコーリンの腕輪を装着し直し鎧作成呪文を使い革製の服を作り出す。さすがに裸で行動するのは不安であったし、革製ならすこしは防御能力もあるだろう。続いて盾呪文を使う。周囲に六角形の光が浮かぶのを確認してからアルは階段の穴を通って屋上に出た。
ゴブリンメイジらしい3体は慌てた様子で左右に瞳が離れた赤い目と螺旋が描かれた木の柱を守るように立って周囲をきょろきょろと見回している。ゴブリン5体は何が起こったのかと屋上の上から地上を覗き込んでいた。
上がって来たアルを見てゴブリンメイジがギャギャギャと叫んだ。
“とーてむとしゃーまん守れ言ってる”
トーテム? シャーマン? トーテムというのはあの左右に瞳が離れた赤い目と螺旋の描かれた柱の事だろうか。そしてシャーマン? メイジではなく螺旋の模様の服を着たこのゴブリンの上位種はタンレヴという神の祭司、ゴブリンシャーマンということか。
『禍害』
ゴブリンシャーマンの1体がアルに向かって呪文を唱えた。急に胸が苦しくなる。盾呪文では防げない種類の呪文なのか。魔法抵抗呪文をつかっておけばよかったと後悔したがすでに遅い。だが全く動けないわけではなかった。自分に呪文に対する抵抗がある程度できていたのか、それともこの呪文の効果がここまでのものだったのかはよくわからない。アルは胸元を抑えて耐えつつ反撃の呪文を唱える。
『魔法の火花群』 -除外対象(子供2人、自分)
アルが突き出した掌に青白く大きな玉が浮かび上がった。その玉はナイフを片手にアルに向かってきていたゴブリンたちをかすめ、その背後にいるゴブリンシャーマンのところまで飛んだ。ゴブリンシャーマンたちは逃げ出そうとしたが、次の瞬間には青白く大きな玉はパーンと甲高い音を立てて破裂し、周囲に無数の玉をまき散らす。
パパパパーーーーン
「ウギャギャギャ」「ギャギャギャーーーー」
まき散らされた小さな玉は何かにぶつかると派手な音をたてて破裂した。玉から色とりどりの光が放たれ、周囲に居たゴブリンシャーマンやゴブリンがビリビリと震えたかとおもうと、ドサリ、ドサリと倒れていく。
アルはふぅと息を吐いた。ゴブリンシャーマンの使った禍害呪文はゴブリンシャーマンが倒れた瞬間に効果が切れて痛みは治まった。術者が死ねば効果は切れるようだ。急いでアルは平たい石の上に寝かされている子供のところに駆け寄った。
「助けに来たよ」
アルの腕の中で子どもは目を見開いてアルをじっと見つめる。女の子だ。その目には涙があふれてきた。
「大丈夫、大丈夫だから。もう一人」
アルは女の子にそう言い聞かせつつ、彼女の身体を縛っていた縄を解き口枷を外した。続いて檻の中を覗き込む。中に居たのは男の子だった。その子は驚いたように目をひらき、縛り上げられた身体をよじってもがきだした。縄端をつかんで檻から引っ張り出し彼の拘束も解くとぎゅっと抱きしめる。
2人を慰めているとギャギャギャと階段の方から声が聞こえてきた。蛮族が上がって来たらしい。
『力場の壁』
階段から屋上への入り口を塞ぐ。これでしばらくは持つだろう。だがのんびりもしていられない。ふらふらしている2人は運搬呪文で作った椅子に座っているのも無理そうだ。
『運搬』 -二人が入れる籠
「大丈夫だからここに入っていてね」
アルは2人をその籠の中に入れ、空に飛びあがった。そのまま真っ直ぐ上に向かう。ゴブリンメイジなどの呪文が使える蛮族が出てくれば飛行呪文を魔法解除されて逃げられなくなってしまう。出来るだけ距離をとって逃げ出さないといけないのだ。
“ゴブリンメイジが飛んで追いかけてきたわ。3体よ”
早速来たらしい。アルは頷いてまっすぐ上に飛ぶ。どんどんと高度を上げた。300メートル、400メートル……地面が遠くなる。
“離れていくわ。追いつけないみたい”
グリィは得意げに言った。500メートルを超えたあたりでゴブリンメイジは諦めたのか追跡を止めたようだった。アルはそれでも高度を上げ完全にゴブリンメイジたちが集落に戻るのを待った。もうどこに向かったか姿は見えないだろう、そう思えるようなところまで到達するとアルはオーソンたちが隠れている岩山のほうに向かったのだった。
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メアリーはアルが助けてきた幼い2人を強く抱きしめた。子供たちはメアリーの胸の中で泣きじゃくる。しばらくして落ち着いたのを見計らい温かい飲み物を少し飲ませた。2人は少しずつ自らの境遇を話しはじめた。
初級学校から帰宅する途中、2人は村の近くで遊んでいたところを攫われたらしい。日付ははっきりしないが1週間ほど前のようだった。2人が住んでいたのはファラー村というところでチャニング村よりミュリエル川をマーローの街のほうに10キロほど下ったところにある村であった。チャニング村よりマーローの街のほうが近いぐらいで、あまり蛮族も出ないあたりである。
「鉄鉱山が出来てチャニング村やその近郊の村々は蛮族への警戒が強化されたから、そっちに行ったのかしら?」
「そうかもしれねぇな」
メアリーとオーソンが話しているのを聞きながら、アルは拳をぎゅっと握った。そのあたりだとするとナッシュ山脈の中にある中規模の蛮族の集落は比較的近いかもしれない。あの時、ちゃんと中規模集落をつぶしておけばこのような事件はおこらなかった可能性もあるのだ。
「攫われたのは2人? 一緒に誰かいた?」
アルは思わず少し焦ったように2人に尋ねた。2人の子供は怯えた様子で抱き合う。
「友だち3人……」
声は小さく、それ以上の話はよくわからなかった。他にも誰かいた可能性があるようだ。すでにタンレヴに生贄として捧げられてしまったのかもしれない。或いはこの2人とは別のところに監禁されていたのか。
「この2人はもう限界だろう。一旦ファラー村に連れて行かねぇか? 村に行けば他の大人からも話は聞けるだろ」
オーソンの提案に二人は頷いた。今は蛮族の集落も警戒しているだろうし、他に生き残りが居たとしてもすぐに生贄の儀式が行われるようなことはないだろう。往復だけなら1時間もかからない。まずは2人を安全な所に連れて行くのを優先すべきか。
アルは子供たちを抱いたメアリーとオーソンを運搬呪文で作った椅子に座らせ、一路ファラー村に向かうことにしたのだった。
読んで頂いてありがとうございます。
月金の週2回10時投稿を予定しています。よろしくお願いいたします。
誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。
2026.4.6 オークから人間に戻ったら裸なのを忘れていました。収納呪文で服をとりだす記述を追加しています。
2026.4.6 収納呪文の場合、魔法感知や魔法発見に引っかかる設定を自ら作っていたことを思い出しました。既出ではありませんが移送呪文との差別化等の問題もありますので鎧作成に変更いたしました。度々申し訳ありません。
いいね、評価ポイント、感想などもいただけるとうれしいです。是非よろしくお願いします。
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