29-6 戦いの後で
ヴェール卿を倒した日の夜、空に月も無く辺りは真っ暗でいつもなら呪文の練習をしているような時間だが、今日のアルはなんとなくその気になれず上空に浮かばせた浮遊眼からの野営地の様子をぼんやりと眺めていた。
そのアルのテントに第2大隊を率いるドイル子爵とその副官クレバーン男爵が訪ねてきた。意外な訪問客に驚き、アルは自分の小さなテントに招き入れた。
「こんばんは。珍しいですね」
「そうだね。だが、それはほとんど東谷関城に滞在しない貴殿の所為でもあるのだよ。私は人と一緒に食事をしたり飲んだりが好きなのだけど、いつも貴殿は居ないだろう? もし滞在してくれていたら、おそらく何回も食事や宴会に誘っていた事だろうよ」
彼女の指摘にアルは肩をすくめた。彼女の言う通りだ。しかし、この人はこういう人だったとは全く知らなかった。同じような人は冒険者にも多い。金があれば毎日のように酒場で宴会をしているタイプだ。
「私だけじゃなく、ディーン殿やその弟子であるアルフレッド殿と知り合いになりたい、話を聞きたいという連中は多いと思うよ。今夜も私の訪問先を聞きつけたうちの配下の魔法使いたちは是非一緒に来たいと言っていたのだが、また今度にしなと置いてきた位だ。奴らは皆、テンペスト王国の一員としてゴーレム王テンペスト様に憧れているからな」
ゴーレム王とは初めて聞いた呼び名だ。そんな風に呼ばれていたりもするのか。アルは思わずクスリと笑いそうになった。アルとしては自らの父がシルヴェスター王国に仕えているからとわざと距離を取っていたのだが、それほど気にしない者たちもいるようだ。すこし考えを改めたほうが良いのかもしれない。
「わかりました。一度、そちらのテントにお邪魔してみます」
「おお、是非頼むよ」
ドイル子爵は嬉しそうに頷いた。
「とりあえず、今日はまずこれを。ペルトン子爵閣下からはアルフレッド殿が気にされていたと聞いたのでね」
ドイル子爵はそう言ってクレバーン男爵に合図をした。彼は手に持っていたおおきな麻袋から3本の杖を取り出す。プレンティス侯爵家に奪われたままだった魔法の竜巻の杖だ。
「取り返してくださったのですか?」
「今回襲撃してきたプレンティス侯爵家の3人の騎士が使っていたそうだ。まだ3本で良かった。もっと多く敵が持っていたら戦いの帰趨は変わっていたかもしれない。いや、それに対抗するためとアルフレッド殿から提供してもらった魔道具があったから大丈夫だったかもしれないな。どちらにせよ色々と助かった。特に痙攣が使える腕輪は評判が良かったよ」
少しでも役に立ったのならよかった。今回の進軍にあたってプレンティス侯爵家に奪われたままの3本の魔法の竜巻の杖の行方について、アルは気にしていた。元々は100本の複製をつくる予定だったらしいが、それをどのように使うつもりだったのかまでは判らなかったからだ。
それで、今回の王都への進軍の準備としてゴーレム用に前回同様魔法の竜巻の杖を用意すると共に、3本の杖を敵が使っていた場合にそれに対抗するためにといくつか魔道具も用意して騎士団に提供しておいたのである。貫通する槍呪文が使える腕輪と痙攣呪文が使える腕輪をそれぞれ10個、物品探索呪文が使える腕輪を2つである。
もちろん、今回の反省を踏まえてどれも蛮族が複製しにくいようにわざと魔道回路を複雑に改良(?)したものである。
「そうなんですね。痙攣呪文はタイミングが難しいから不安だったのです」
彼女の意外な話にそう応えたアルだったが、ドイル子爵とクレバーン男爵は揃って得意げににっこりと微笑んだ。
「実は闘技には[足払]や[虚剣]といった相手の技を打ち消すための技がいくつかある。それとタイミングが似ているのだよ。試してみてそれがわかったので、そういった闘技を習得している連中にその腕輪を持たせてみたのさ。使った感想を聞いてみると、予想通り今までは武器の届く範囲でしかできなかったのがこの腕輪を使えば遠距離でも可能となる、これはかなり使えるという返事が返って来た。実際、回収した3本のうち2本についても、それでうまく相手の行動を止め周りの味方が止めを刺すという連携をして倒したようだよ」
なるほど、さすが戦闘の専門家である。痙攣呪文と同じような効果の駆け引きは闘技でもあったらしい。それでもすぐに使いこなせるところは素晴らしい。
「あの、被害はどれぐらい?」
アルがパトリシアに合流したときには、既にその場での戦いは終わっていたが、その野営地の周囲には敵味方合わせてかなりの数の死傷者が倒れていて苦痛のうめき声が満ちていた。アルは手に入れたばかりだった釦型のマジックバッグ3つをパトリシアと相談して遺体の運搬などのために提供し、自らもつい先程の時間まで運搬呪文や念動呪文、水生成呪文などをつかって怪我人の手当などを手伝った。
「そうだな、第2大隊はそれほどでもないが、第1大隊の死者、重傷者は2割ぐらいに達してしまっているようだね。再編する必要があるが、その結果は3割ぐらいは連れて行けないだろうな。魔法の竜巻の杖の所為ではないさ。傭兵出身者を含む混成部隊であった第1大隊が、自らより人数の多いプレンティス騎士団の突撃を正面から受け止めたのだ。これぐらいの損害で済んだのはむしろペルトン子爵閣下の指揮が良かったと見るべきだ。一応近くの街とは連絡が取れ、重傷者の手当を手伝ってもらえるよう現在交渉中だ」
死者、重傷者が2割……5千人の2割とすると1000人か……。かなりの数だ。魔法の竜巻の杖は関係ないと言われたが、それでも、その一部には責任があるのだろう。そう思ってアルは顔を伏せた。
「向こうの損害はもっと多い。追撃で1/3以上は討ち、残りもほとんどが散り散りになって撤退していった。暗くなったところで一旦追撃は切り上げて戻って来たので詳細はわからないが、向こうは騎士団長も失っている。かつての我々のような立場だったものはこれを機に一旦身を隠すだろう。王都まで抵抗はあるまいよ」
かつての我々のような立場だったもの……そうか、ドイル子爵も騎士団に所属する者の家族の事などもあって一時期はプレンティス侯爵家の指示に従っていた。ということは顔見知りも居たのか。痛ましい事だ。アルがそんな事を考えていると、ドイル子爵はアルの肩を軽く叩いた。
「暗い顔をするな。私などは色々ありすぎて開き直るしかないのだ。と、そんな事を言うと軽口が過ぎるとクレバーンに怒られるな。でもまぁこれは戦争で、ある程度割り切って進んでいくしかない。他の事でもそうだがなんでも完璧にできる者などおらん。アルフレッド殿は杖の事を気にしているかもしれないが、今回提供してもらった魔道具で救われたものもいる。ヴェール卿というプレンティス侯爵家でも指折りの魔導士を撃破したし、それ以前にも多くの魔導士を倒してプレンティス侯爵家の力を削いでいるのだろう? 貴殿のお陰でかなりの数の味方が死なずに済んだ。そう考えるのがおすすめだぞ」
戦争はもちろんしないに越したことはないが、始まってしまった以上は信じた道を少しずつでも前に進まねば仕方ない。そこは割り切るしかないというのはアルも理解できた。
「そうですね。わざわざ来てくださってありがとうございます」
アルは少し笑みを浮かべて頷いた。大魔導士を倒したことは、この戦いの助けになったのはもちろん、他の側面もある。コールの話では特にヴェール卿やエマヌエル卿という2人の大魔導士が蛮族の店に出入りしていた。その2人も蛮族の店を開いていたラミアたちも排除できた。これによって、アルとしても当面の懸念は消えたと考えていいだろう。彼女と話をして改めてその実感がわいてきた気がする。
「まだ近隣の街と交渉中のパトリシア殿下やペルトン子爵閣下には申し訳ないが……」
ドイル子爵が合図をすると、クレバーン男爵はさきほど魔法の杖を出した大きな麻袋から、今度はワインの瓶1本と木のカップ3つを取り出した。
「街との交渉にラドクリフ男爵が向かった際に、うちの騎士団の者にも一緒に行かせ、ワインを3樽ほど買ってこさせたのだ。さっきも言ったが、プレンティス騎士団は敗走していて反撃する力は残っていないだろう。戦い半ばで倒れてしまった仲間を悼む為にと今、それを騎士たちには一人一杯だけだと言って振舞っている。もちろんパトリシア王女殿下、ペルトン子爵閣下の了承は得ているよ。そしてこれはそのお零れってやつさ」
死んでいった者への手向けか。アルはカップを受け取った。クレバーン男爵が3人のカップにワインを注ぐ。
「尊敬と感謝を」
3人はそう言って杯を掲げた。パトリシアから聞いた話では数日後にはノーマ伯爵家などの有力貴族たちの騎士団も合流するらしい。そうなれば勝利は決定的なものとなるに違いない。タガード侯爵家の騎士団はまだ合流しないのだろうか。今日死んでしまった者たちが最後の犠牲となりますように。テンペスト王国に住む者たち、そしてパトリシアの為にも早く戦争が終わりますように。アルはそんな事を願ってワインを口にしたのだった。
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誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。
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