第5話 ルビネス、苦悩する
サファイが作業場に入ると、ルビネスは珍しく机に向かってものすごい勢いでペンを動かしていた。が、少し見ているとペンを離して背もたれに身を投げ出した。持ち主の手を離れてもなお、ペンはひとりでに水晶から流れるような文字列を書き取っている。書類の数は膨大で、100枚には上ろうかというほどだ。
「お疲れ様。何か気に入らない事でもあったのかい?」
ルビネスがペンを離したのを見計らい、サファイはミルクティーを差し出した。ルビネスはハーブティーが好きだが、甘く作ったミルクティーも好きである事をサファイは熟知していた。ルビネスはそれを受け取ると、遠い眼差しでそれを飲み干す。
「気に入らないも何も、“堕落矯正システム”の成功率が低いんだよ。高等の退魔少女はそこそこ扱えるが、一介の魔法少女じゃゼロに等しい。ったく、また考え直しかよ…。」
実験データがあまりよろしくなかったらしい。ルビネスは自分の茶髪をぐしゃぐしゃと掻き乱した。試作品の一部に記録用装置をつけ、そこからデータを送信して集計していたのだ。ルビネス自らが駆け回る事もあるが、今回は長期的な資料を集めるためこのような手段を取ったのだ。
「で、何が原因なんだ?」
データに目を通していないサファイは、気になって尋ねた。おかわりを催促しながら、ルビネスは答える。
「まだ全部は見ていないが、ざっと見て目立ったのは『魔力不足』だな。」
魔法少女は電力を魔力に変えるという。つまり魔力が不足しているという事は、それに見合うだけの電力がない、あるいはそれを生み出すだけの魔法少女自身の素質が足りないという事である。どちらにしてもルビネスが『考え直し』と言ってしまうほどの絶望的結果であるのだ。
やがて、ペンが文字を羅列するのをやめた。実験結果を記録し終えたのだ。ルビネスはそれを読み、別の紙になにやら書き込み始めた。
結果
成功17%
魔力不足83%
魔力不合和 79%
精神異常21%
ルビネスはそう書き終えると、サファイに渡した。サファイはそれに目を通す。
「失敗のほとんどが魔力不足…。」
サファイは残念そうに言う。ルビネスがうなってしまうのも、もっともな結果だった。格段、ルビネスは失敗を恐れるのではなくむしろ喜ぶ方なのだが、今回は勝手が違った。失敗から学べる部分を見いだすのにすら、苦労している。ふと、サファイはある事に気がついた。
「『魔力不合和』?ルビネス、これは一体どういう事?」
失敗原因の大幅な部分。しかも数値から見て、魔力不足の結果と重複しているようだ。
「もともとおれの魔法がベースだからな。魔法少女の生み出す魔力と装置の魔力の間にズレが生じたんだろう。…しかし、一人一人の個性に合わせてたんじゃあキリがない。」
それは人によってズレ方が微妙に違うということ。若干成功したのは、ちょうどルビネスの持つ魔力と一致した、という事なのだろう。
「うーん、全ての人間に合わせられるという“全能魔力”でもあればなあ…。」
サファイは独りごち、そうつぶやいた。
「それだ。」
「…は?」
冗談のつもりだったのだが、意外な事にルビネスはサファイの唐突な提案に食らいついた。まさか真面目な顔で見つめられるとは思っておらず、サファイは困惑した。
「そうだ。魔力の不合和によるロスエネルギーの解消、そして魔力の不協和音による精神異常の回避。これらは全能魔力によって達成可能だ。…なるほど、それで魔力不足と魔力不合和がかなり重複していたのだな。」
ルビネスの思考中マシンガントークが始まる。冗談を本気で取られるというのは案外怖いもので、いくらルビネスが天才であっても実現させられるのかがサファイには不安だった。
「お、おい、それって“全能魔力”が作り出せないと意味ないんじゃないのか?」
「ああ、それは問題ない。」
サファイは一応否定してみたが、ルビネスにあっさり答えられてしまった。
「そう、これには全能魔力が前提だ。しかし、魔力の脱分化処理、そして……を組み合わせ、……による機械部との接合を図れば、不可能ではない。」
言いながら、ルビネスは複雑な図表や数式を書き込み始めた。サファイには何を意味する物なのかサッパリ分からないが、声の調子などからそれが成功に近づく一歩である事は間違いないようだ。
「助かった、サファイ。礼を言う。」
書き終えた後、試作品の一つを手に取りながら、ルビネスは言った。
「え?あ…ど、どういたしまして。」
サファイの方は自分の発言がヒントになったという実感が湧かず、あいまいな返事をしてしまった。