第4話 “あの方”
一人が住むにしては大きすぎる建物に、20代くらいの女性が入っていく。呼び鈴も押さずに勝手知ったる態度で入っていくが、彼女はこの家の主ではない。階段を上がり、とある部屋の前で立ち止まると、ドアをノックした。
返事より先に、ドアがひとりでに開く。部屋の中には、この家の主である女性が客人に背を向けて作業をしていた。そうしながらも、彼女はふいに口を開く。
「まさか、天王寺マコト自らが来るとはな。どういう風の吹き回しだい?」
天王寺マコトと呼ばれたその来訪者は、言葉を聞いておどけた笑い方をした。
「も~、ルビネスってばつれないねえ。せっかく訪ねてきてあげたのにさ。」
ルビネスはちらとその深紅の瞳をマコトに向けたが、すぐに自分の手元へと戻した。マコトはそれに気付いているのかいないのか、なおも話し続けた。「研究は順調?」とか、「サファイとは上手くやってるの?」など、これでもかというほどルビネスを質問攻めにする。それでもルビネスは、全ての質問をテキトーに答えた。
やがて区切りがつき始めた頃、今度はルビネスの方が切り出した。
「で?何でここに来たんだ?…まさか世間話をするためだけに来たんじゃねーだろうな。」
「え゛……ほんとにそのつもりで来たんだけど。」
マコトは素っ気なく返した。だがルビネスがすぐに返さないせいで、もっと別の用事を持ってきた方が良かったか、などと不安になってしまう。ややあって、ルビネスは呆れた様子もなく語る。
「ま、あんたに用事が無くてもこっちにはあるんでね。」
言い終わると、ルビネスはドライバーを持った手を宙で振った。とたんに右手側にあった戸棚の鍵が開き、開いた扉から細長い形状の機械がマコトの腕の中に収まった。左腕の肘から先がすっぽり入ってしまうような大きさである。
「えーっと…これは?」
左腕にはめてみたりしながら、マコトは不思議そうに尋ねた。ルビネスはいったん手を止め、子供のように見つめるマコトに説明する。
「あんたから頼まれていた“例のモノ”だ。まだ実験もしていない試作段階だがな。機能さえすればあんたなら扱えるだろ。」
それは、マコトからの手紙で頼まれていた開発品だった。それを聞いて、マコトはますます不思議そうな顔をする。
「あれ?手紙って、いつ着いた?」
「3日前だ。」
ルビネスにあっさり答えられ、マコトはすぐには驚きの声を出せなかった。
「み、3日!?そんなに早く仕上げちゃったの?!」
正直そんなに早く形になるとは思ってもいなかったのだ。天王寺マコト自身ですら、挫折した代物なのだから。そんなマコトを尻目に、ルビネスはどこか投げやりに言う。
「だから言っただろ、実験が済んでないって。きちんと働くかは分からないんだ。」
ほとんど聞こえないくらいの小さな声で、開発者失格だな、とつぶやいた。
「あ、それは問題ないみたいよ?ほら、ちゃんとマイナスエネルギーの貯蔵と増幅が起こってるでしょ?」
何も言わずにもはや起動させてしまった天王寺マコトである。この空間にわずかばかり含まれていたマイナスエネルギーを機械にため、急激にその濃度を高めていく。マコトは頼んだとおりの物が手に入ってご満悦だ。
ちなみに、3日前の手紙の内容は、
ルビネス、マイナスエネルギーを溜めてなおかつ増やせるようなアイテムって作れな~い?
というものだった。
マコトは機械をいじりながら、感心したように言う。
「あなた、このテのものは仕事が早いわね~。」
私はすごい時間がかかっても作れなかったのに、と自嘲めいた調子でつぶやいた。だが、作業を一度終えたルビネスは、愛用の椅子に座って吐き捨てる。
「ふん、ここには魔力を増幅させる技術が昔からあるからな。ただそれをマイナスエネルギーに置き換えて応用したに過ぎない。まったく、つまらない物を作ったよ。」
ルビネスは背もたれに深くもたれかかった。しかしそうは言っても、これは天王寺マコトが前々から欲しいと願っていたものである。1番に作れなかったのは悔しいが、実験をすっ飛ばして1番に使える事になったからよしとしよう。こういうのは適材適所が一番かもしれない。
「さすが魔法文明ね。ルビネス、あなたはすごいわ。魔法にも機械にも通じているんだもの。」
マコトが感嘆の声を上げる。精一杯誉めているし、傍から見てもそうなのだが、ルビネスは喜ぶどころか嗤った。
「おれがすごいだって?笑わせるぜ。おれは狂気に満ちた人でなしだ。そんな奴がすごいと言えるのか?」
誉めたつもりなのに気を悪くさせたようで、マコトは狼狽した。ルビネスは構わず続ける。
「すごいのは、あんたの方だ。なんたって、機械と魔法を融合させちまったんだからな。おれは、そんなあんたのあとをついて行ってるだけ。あんたと会わなきゃ、おれはおれの夢を捨てていたさ。」
ルビネスは、素直ではない。自分を引き下げるようなこの言い方が、彼女なりの褒め方だった。サファイのように長く付き合っているなら話は別だが、大概の人はそれに気づけない。マコトも、しばらく間を置いてから、ようやくこの言葉が自分を誉めているのだと理解した。
「ところで、これって、何て名前つけたの?」
唐突にマコトが切り出す。ルビネスは椅子に体を預けながら答えた。
「別に。特に名称はない。動けば全て同じだからな。」
「じゃあ、私が命名していい?」
きらきらきらーと音が聞こえてきそうなほど、マコトが目を輝かせる。ルビネスの返事は素っ気ない。
「…勝手にしろ。」
その答えを聞き、いや聞かなくても勝手に名称はつけていただろうが、マコトはどんな名前が良いかな~などと鼻歌を歌っている。ルビネスは密かに息をつき、体を椅子に休めた。と、部屋から出ようとしたマコトの足が止まる。
「ねえ、これ、もうちょっと可愛くならなかったの?」
マコトの言う通り、それはロボットアニメの腕のような堅物だった。ルビネスはそこで初めて呆れ顔をする。
「知るか。そんなに嫌なら変えればいいだろ。」
声には少し苛立ちも混じっている。そんなルビネスとは対照的に、マコトは楽しそうだ。
「じゃ、お言葉に甘えて変~えよっと。」
足音軽く、マコトはルビネスの家を出て行った。




