第3話 跳躍と望観
規則的に光をともす腕時計くらいの機械を持ち、ルビネスは立ち上がった。
「どうだ、何か見つかったか?」
そう言って、彼女はサファイの方を向く。サファイは、何もない空間をただじっと見つめている。
「ちょっと待ってくれ…、ああ、いた!」
彼が見つめているのは作業場の一点でしかない。だが、彼にはそれ以外の別の物が見えていた。なぜならサファイは、別の次元を見る事ができるESPの一種、『望観』を持っていたからである。彼は別空間の出来事を見ていたのだ。それは誤りなく、ルビネスへと伝えられた。ルビネスもサファイも『テレパシー』のESPを持っていたからこそ、言葉を介することなく正確にその場所と出来事を伝えられるのだ。もっともそれは、二人が情報を共有できる程度の微々たる能力ではあったのだが。サファイから目的の情報を得たルビネスは、例の機械を持ったまま一瞬にして姿が見えなくなった。消えたのではない。別次元に『跳躍』したのだ。この『跳躍』もESPの一種で、任意に次元間を移動する事ができる。ただし二つの次元間を移動できるだけで、同次元上の別地点には跳躍できないという欠点があるのだが。
ルビネスが辿り着いた先には、黒いもやに取り憑かれた状態の魔法少女がいた。ルビネスを見つけるやいなや、人間とは思えぬ禍々しい奇声を上げて襲いかかってきた。だが、ルビネスはそれに臆することなく機械を持った腕を掲げる。その刹那、闇に墜ちた魔法少女の動きが止まる。魔力でできた壁に阻まれ、身動きできないまま上空へと上げられる。そしてその外にまた壁ができあがると、できた空間に黒いもやが一気に放出された。止まると同時に、それごと黒いもやは消滅した。解放された少女とそのマジデンが倒れ込む。まだだ。これからが重要なんだ。ルビネスは少女に近づくと、その額に手を当てた。冷えた体が、徐々に温もりを取り戻していく。うめき声を当てて、少女は目を覚ました。
「うっ…、あれ?私は一体…?」
倒れていた魔法少女がよろよろと起き上がるのを見て、ルビネスはひとまず安堵した。彼女が連れているマジデンも、同様に辺りを見回している。当然のことながら、彼女とルビネスの視線がぶつかった。
「あなたは?」
恐る恐る、少女は尋ねる。だがルビネスはその質問には答えなかった。
「おれの事はいい。それより、今から質問に答えろ。」
名前は?住所は?家族は?…少女はなぜこんなに質問されるのか疑問に思いつつも、ルビネスの質問に全て答えた。
「成功、か。」
全ての質問に答えた後、ルビネスはそう言ってその場を後にした。
――ルビネス、新たな対象を見つけた。行けるか?
――ああ、分かった。
サファイとそれだけ交信し、ルビネスは再び『跳躍』した。
突如見慣れた光景が視界に入ると、ルビネスはふう、と息をついた。
「お疲れ様。今回の試作品はどうだった?」
部屋で待機していたサファイは、ねぎらいながらハーブティーを差し出した。ルビネスはそれを受け取って飲み、椅子に座った。
「マジデン及び魔法少女とのマイナスエネルギーの分離完了。魔法少女に身体的・精神的後遺症なし。ま、臨床実験は成功と言えるな。」
そこで一旦言葉を切り、ハーブティーを飲んでからまた続けた。
「とはいえ、これをちゃんと魔法少女達が扱ってくれるか…だな、問題は。おれが使えたところで何の意味もねえし。」
ルビネスは苦笑しながらため息をついた。そんな彼女を見て、サファイはおかしそうに笑った。
「とりあえず、その堕落矯正システム…だったっけ?それは機能したんだ。後は実戦してみるだけだろ?」
元々、この腕時計のような“堕落矯正システム”は魔法少女用のサポートアイテムとして試作中なのだ。魔法少女達とは魔法の性質や素質の違うルビネスが扱えたからといって、全て完成という訳にはいかない。これを試験的に投与し、そのデータを集める事が必要であった。今までも、そうして様々な武器やアイテムを開発してきた。
今回の“堕落矯正システム”は、時折現れる、マイナスエネルギーによって精神を支配された魔法少女及びマジデンを正気に戻すアイテム。今までもそのマイナスエネルギーを浄化する事をしてきてはいるが、魔法少女の増加に伴い、負のオーラに取り憑かれてしまう者も増えてきているというのが現状だった。よって、彼女らを迅速且つ正確に浄化するために、それを開発する必要があったのだ。
「とりあえず、おれはこいつを複製しておくから、お前は適当な魔法少女を選んでおいてくれ。」
「ああ、任せておけ。」
言葉通りルビネスは“堕落矯正システム”を次々と複製し、サファイはまた異次元を『望観』した。