六十二、視線で殺す
それから数日後・・
私は道場の帰りにアイスを買い、たけさんちに寄ることにした。
「ヤダ、健人くん、違うわよ」
「ええ~そっかぁー?」
中から設楽さんの声がした。
あっ・・モデルのコツ・・教えてもらってるのね。
「こんばんは~」
私は玄関を開け、仰天した。
うわあ~~・・大きい鏡が・・
そう、二人の前には大きな姿見が立てられてあった。
「おう~小春。今帰りか」
「薄柿さん、こんばんは」
「どうも~お邪魔します~」
「今、華子にレク受けてんだよ」
「そうなんですね~」
私は台所へ行き、冷凍室にアイスを入れた。
「健人くん、いい?背筋はちゃんと伸ばして。じゃあ、斜め向いて。それで視線は鏡にね」
「うん」
「流し目やってみて」
「う・・うん・・」
うわあ~~・・たけさん・・それって流し目じゃなくて睨んでるって言うんだけど・・
「じゃ、今度は反対向いて。視線は同じ」
「ああ・・」
「あのね、睨んでどうするのよ。もっと色っぽく。ほら、鏡の向こうに薄柿さんがいると思って」
げ~~~・・設楽さん・・なんてことを~~
「小春か・・うーん。小春。鏡の横に立ってくれ」
「あ・・はい・・」
そして私は鏡の横に立った。
「じゃ、薄柿さんを見つめて」
「あ・・ああ・・」
「もっと悩ましく。ほら、誘って」
「え・・」
「目で誘うの」
「ああ・・」
するとたけさんは、とても色っぽく・・?いや・・ぎこちなく私を見た。
「ダメダメ。もっと、好きだよ、愛してるよって気持ちを出さないと」
「マジかよ・・」
「あのね、照れてたらダメなの。なりきるのよ」
「ああ・・」
何度やっても、たけさんの表情はぎこちなかった。
「仕方がないわね。私が見本を見せるわ」
設楽さんはそう言って、口を半開きにし、なにかを要求するような眼で、たけさんを艶っぽく見つめた。
うわあ~~~・・設楽さん・・そんな表情したら・・ぜーーーーったい男の人は勘違いするわ~~
たけさんも、言葉を失うくらい戸惑っていた。
「いい?わかった?」
「え・・」
「いや・・え、じゃなくて」
「あ・・ああ・・」
「なに緊張してるのよ」
「い・・いや・・緊張してねぇし・・」
「ほら、やってみて」
こうして視線や表情の特訓がしばらく続いた。
「はぁ~~~・・疲れた」
たけさんはその場にへたり込んだ。
「あ、私、アイス買ってきたんですよ」
私は台所へ行き、冷蔵庫からアイスを取り出した。
「これでも食べて、休憩しましょう~」
私はたけさんと設楽さんに、アイスを手渡した。
「ありがとう、薄柿さん。いただきます」
「おう、済まねぇな」
「それにしても、大変なんですねぇ~」
「まだまだ。こんなの序の口よ」
「そうなんですね~」
「しっかしまあ・・モデルってのもバカにできねぇな」
「そうよ。大変なんだから」
「お前、よくこんなことやってるよな」
「私も好きでやってるんじゃないのよ。生活のためよ」
「まあなぁ・・」
「モデルのコツは、カメラマンとの人間関係が基本なのよ」
「へぇー」
「どんなポージングを要求されても、それに応えられるように訓練を積むの。顔の表情も同じ。訓練ができてなかったら、いくら要求されても無理なの。それではプロとは言えないのよ」
「なるほどな」
「基本、カメラマンはモデルをけなしたりしないの。ダメだなって思ってても言わないわ」
「へぇー」
「カメラマンはモデルのテンションを上げて、自分を開放できるように持っていくわ。大袈裟なくらいに。とにかくモデルはカメラマンの要求に応えること。絶対に照れたりはダメよ」
「そっか・・」
「設楽さん、この鏡、どうしたんですか」
「これね、私の家から持ってきたのよ。タクシーで運んでもらったの。健人くんが慣れるまで、ここに置いておくからね」
「華子、済まねぇな」
「だから、鏡を見て訓練してね。基本ポーズも教えてあげるから」
モデルって・・大変なんだな・・
すごく華やかな世界って感じだけど・・みんな苦労してるのね・・
「それにしても、あの奥寺ってやつ、なにもんだよ」
「ああ・・奥寺ね・・」
設楽さんは、なにか訳知り風な感じだった。
「まあ・・今でこそ、ようやく様になって来たけど、最初は生意気な勘違い男でね」
「ふーん」
「元ホストだったのよ、彼」
「へぇーホストねぇ。まあ、あの嫌味な感じはそうだな」
「ほんとかどうかよく知らないけど、店でずっとNo.1だったのに、ある時、別の子が来てNo.1の座を奪われちゃったんだって。その子とケンカもしたみたいで、結局、辞めちゃったんだって。それで街でスカウトされて、この世界に入ったみたいよ」
「ふーん」
「ま、奥寺なんてどうでもいいわ。それより健人くん、頑張ってね。きみなら絶対にいいモデルになれるわよ」
「そっか。うん。頑張るよ」
「あ、今後のことは薄柿さんに連絡すればいいのよね?」
「あ、はい。私、マネージャーすることになったんですよ」
「うん。それがいいわ。やっぱりちゃんとマネージメントする人がいないとね」
「はい~、よろしくお願いします」
「じゃ、今日は、帰るわね」
「そっか。華子、色々とありがとな」
「ううん。協力するからなんでも言ってね」
「設楽さん、私からも、たけさんのことよろしくお願いします」
「OK!じゃ、おやすみ」
そして設楽さんは、出て行った。
「たけさん、お疲れさまでした」
「ほんとだぜ。マジ疲れたわ」
「慣れるまで大変ですけど、頑張ってくださいね」
「ああ。奥寺なんかにぜってー負けねぇからな」
「そうそう。その意気ですよ~」
「小春を・・好きだ、愛してるって気持ちで見つめるのか・・」
「えっ・・」
「こんな感じかな・・」
そう言ってたけさんは、私を見つめた。
「あの・・睨んでますけど・・」
「マジかよ!どうやればいいんだよ・・ったく・・」
「これからですよ、これから」
「小春・・こっち来いよ」
「えっ・・」
「俺の傍に来いよ」
「えっ・・あのっ・・なにを・・」
「いいから、来いよ」
「いやっ・・あの・・ダメです・・」
「小春・・好きだよ・・」
「あああ・・あのっ・・たけさん・・どうしたんですか・・」
「小春・・」
そう言ってたけさんは、私を悩ましい目で見つめた。
ぎゃあ~~~~!失神しそうだわ~~~!
そっ・・そんな目で見て~~いや・・見ないでぇぇ~~~!
私は恥ずかしくて、思わず下を向いてしまった。
「おおっ!今のはどうだ?」
「え・・」
「お前、どう思った?」
「す・・すごく恥ずかしかったです・・」
「そっか!今の感じかぁ~~!」
「げっ・・今のって・・」
「俺、もう一回、今の表情するから、写メ撮ってくれ」
「え・・あ、はい・・」
そして私は、たけさんの携帯を手に取った。
「いいか、いくぞ」
「はい、どうぞ」
たけさんは、さっきと同じ表情をした。
うわあ~~~!もうダメ。マジで失神しそうだわ~~~!
「おい、早く撮れよ」
「は・・はい・・」
カシャ・・
「おおお、見せてくれ」
「はい・・」
たけさんは自分の表情を見て、絶句していた。
「げ・・。気持ちわりぃ・・」
「そんなことないですよ~」
「いや・・マシでキモイわ・・」
「でも、すごく素敵ですよ。私、ほんとに失神しそうでしたよ」
「ったく・・こんな顔しねぇといけねぇのかよ」
「仕事です、仕事」
「・・・」
「設楽さんだって、そうだったじゃないですか~」
「そうだけどよ・・」
「あんな設楽さんの表情・・普段は見れないですよ。だから仕事ですよ。割り切りましょう」
「はぁ~~・・なんだかねぇ・・」
「奥寺さんに勝つんでしょ?」
「まあ・・」
「マネージャーとして忠告します!プロとして仕事をやりなさい!自覚を持ちなさい!」
「げ・・」
「奥寺さんに負けることは許しませんっ!」
「お前・・」
「ね?そうでしょ?」
「わかってるって」
「よーーしっ!わかってるならいいのだ!」
「怖いねぇ・・」
「あはは」
「お前って、ぜってーかかあ天下になるよな」
「なに言ってるんですか~。こんな気の弱い私を」
かかあ天下って・・私には程遠いわよ。
もし~~・・たけさんと結婚できたら・・
絶対に亭主関白よね。これは絶対だわっ。
たけさんと結婚かぁ・・
そうなったら、どんなに幸せだろうなぁ・・
あなた~・・ご飯ですよ~とか、あなた~・・お風呂湧いてますよ~とか・・きゃー
「お前、もう帰れよ」
「げっ・・」
「俺、今から風呂行くし」
「あ・・ああ・・そうですね・・」
「なんだよ」
「いえ・・別に・・」
せっかくの妄想が・・粉々に打ち砕かれてしまったわ・・
「あ、そうだ」
「はいっ!なんですか!」
「明日、休みだし、和樹んちへ行こうと思ってんだけど、お前も行くか?」
「おお~~行きます~~」
「そっか。んじゃ、明日な」
「はい~」
わあ~~・・東雲さん、久しぶりだわ。
なんか東雲さんって、お洒落な生活してそう~
楽しみだな~




