五十一、真実の愛
ああ~~・・もう大晦日かぁ・・
時雨さん・・どうしてるんだろうな・・
美琴と紬も、おばあちゃんのところへ行ってるし・・
こんな夜に、私一人ぽっちって・・辛すぎでしょ・・
私はテレビをつけ、紅白歌合戦を観るともなく観ていた。
楽しそうに歌ってるわ・・
いいなぁ~~・・
明日は元旦・・
初詣かぁ~~・・
一人で初詣なんて・・これまた辛すぎよね・・
ルルル・・
あっ、電話だっ!
わあ~~い、時雨さんだわ~~
「はいっ、もしもしっ」
「小春~、俺」
「こんばんは~」
「お前、今、なにしてんの?」
「家でテレビ観てます」
「そっか」
「時雨さんは?」
「まだ勉強中。で、今、休憩中」
「えええ~~、大晦日なのに?」
「ここの塾は、そんなの関係ねぇんだよ」
「そうなんですか~・・大変ですね」
「明日も勉強だぜ」
「あら~・・そうなんですね」
「最後の追い込みってやつだよ」
「そっかぁ~・・でも無理しないでちゃんと寝てくださいね」
「わかってるよ」
そこで電話口から「時雨くぅ~~ん」という女性の声が聞こえてきた。
なっ・・なにっ!
なによ~~~!この甘ったるい声はっっ!
すると「うるせぇよ、あっち行ってろよ」という時雨さんの声が聞こえた。
え・・もしかしてこの女性・・時雨さんのこと・・好きとか・・?
ヤダ~~~!誰なの~~!
同じ屋根の下で・・ヤダ~~~!
するとまた「そんなぁ~、相変わらずなんだからぁ~」と女性が言った。
相変わらず・・?
えっ・・どういうこと・・?
すると「先生、頼むからあっち行けって」と時雨さんがそう言った。
え・・先生なの・・?
そこに「たけちゃん~、薄柿さんなの?」という翔さんの声が聞こえた。
翔さんも合宿、行ってたんだ。
私はそこで、ちょっと安心した。
「翔、もう先生をどっか連れてってくれ」と時雨さんが言った。
「あ、小春、わりぃ」
「あ・・いえ・・」
「もうな・・しつこく付きまとう先生がいてな。ウザイったらありゃしねぇぜ」
「そ・・そうなんですか・・」
「でもま、この先生にも和樹のことで世話になったんだけどな。悪いやつじゃねぇんだよ」
「そうですか・・」
「なんだよ、小春。お前、なんか勘ぐってんだろ」
「いえ・・別に・・。でも・・その先生って、時雨さんのこと好きなんじゃ・・」
「はっ、知らねぇし」
「だって・・時雨くぅ~んとか言って・・」
「俺には関係ねぇよ」
「そ・・そうですか・・」
「あのさ・・小春」
「はい・・」
「俺が誰を好きか、お前、知ってんだろ」
「は・・はい・・」
「だったら、くだらねぇことに、気を回すんじゃねぇよ」
「あ・・翔さんも参加してるんですね」
「そうだぜ。紫苑もいるぜ」
「へぇー紫苑さんも~」
「でさ、紫苑と大家先生の、やり合いが面白くてな」
「大家先生?」
「あ・・さっきのババアな」
「ババア・・って・・」
「まっ、ってことで俺たちみんな頑張ってるから、心配すんなよ」
「そうですか。よかった・・」
「んじゃ、また明日、電話すっから」
「はい。時雨さん、よいお年を」
「ああ、小春もな」
時雨さん、頑張ってるんだなぁ・・
偉いなぁ・・
そして・・この年が暮れた。
「小春ちゃーん」
私が覚えてたのお雑煮を作っていると、外でお兄さんの呼ぶ声がした。
「はーい」
私は急いでドアを開けに行った。
「小春ちゃん、あけましておめでとう」
「おめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
「こちらこそ。で、小春ちゃん、今日はバイトあんの?」
「いえ、お休みですけど」
「そっか。んじゃ、俺たちと初詣に行かねぇか?」
「え・・俺たちって・・」
「俺と葵ちゃん、んで小春ちゃん」
「えええ~~~!いいんですか~~!」
「あはは。いいに決まってんだろ」
「でも・・せっかくのデートなのに・・お邪魔じゃ・・」
「っんな~、邪魔なら誘いに来ねぇよ。んじゃ、支度しろよ。外で待ってるからな」
「はーい!」
お兄さん・・やっさしいなぁぁぁ~~・・
きっと・・私が一人ってことを気にかけてくれたんだわ~~・・
そして私は、お気に入りの服を着て、外に出て、時雨さんのアパートの前へ行った。
あっ・・!葵さん・・着物着てる・・わあ~~・・綺麗だなぁ~~・・
「葵さん~~、お久しぶりです~」
「薄柿さん、あけましておめでとう」
「おめでとうございます~。いや~~葵さん、着物素敵です~~、とてもお似合いです~」
「あはは、そう?ありがとう」
「んじゃ~行くか」
お兄さんは玄関の鍵を閉めて、そう言った。
そして私たちは、氏神様である近所の神社へ行った。
「お兄さん~、葵さん、お綺麗ですね」
「うん、当然だよ」
ひゃ~~・・お兄さんって、時雨さんと違って・・否定しないのね~~・・
「真人くん、当然って、ちょっと持ち上げ過ぎよ」
「なんでだよ。綺麗なんだからしょうがねぇだろ」
「あはは。ありがとう」
葵さんって、いつも笑ってるな・・
「薄柿さん、一人暮らしはどう?」
「あ・・もうすっかり慣れました」
「そうなのね。よかったわね」
「はい~。時雨さんやお兄さんが近くにいてくれて、とても安心です」
「そうね~。どんどん甘えちゃいなさいね」
「あはは、そんな~」
やがて私たちは神社に到着した。
なにをお願いしようかな~~・・
やっぱり時雨さんの合格よね!
「葵さんはなにをお願いするんですか?」
「お願い?」
「はい」
「神社はお願いするんじゃなくて、神様に感謝の気持ちを伝える場所なのよ」
「え・・そうなんですか」
「うん。だから日頃の感謝をするの」
そうなんだ~・・
感謝の気持ち・・か・・
やがて鳥居を通り過ぎようとした時、葵さんは一礼をして鳥居をくぐった。
え・・なんで・・
あれって・・お参りの作法なのかな・・
私もお礼をしてくぐろうとした。
「薄柿さん、こっち、こっち」
そう言って葵さんは、私を端の方へ連れて行った。
「真ん中はね、神様が通る場所なの。だから私たちは端で一礼するのよ」
「えっ・・そうなんですか~」
わあ~~葵さん、物知りだな~~
そして葵さんは、手水場での作法も教えてくれ、やがて本殿の前に着いた。
「えっとね、ここでは二礼二拍手一礼ね」
そう言って葵さんは、二度礼をして、二つ拍手して手を合わせて、それが終わると一礼していた。
げ~~~・・すごい~~・・
「はい、薄柿さんもやってね」
私は葵さんと同じようにした。
そして、日頃の感謝の気持ちを神さまに伝えた。
お兄さんも同じようにしていた。
「葵さん~、すごいですね~。私、全然知らなかったです」
「まあ、神社によっては異なる場合もあるんだけど、基本作法はさっきの通りよ」
「そうなんですね~、勉強になりました」
「葵ちゃん、これからも小春ちゃんに色々と教えてやってくれな」
「うん、いいわよ~」
「ありがとうございます~」
葵さんって・・お姉さんって感じ。素敵だな・・
私たちが境内を歩いていると、設楽さんと亮介くんがいた。
えっ・・これって・・マズイんじゃ・・
あっ・・設楽さんたちも、私たちに気がついたようだわ・・
「おお~~亮介に華ちゃんじゃねぇか。あけましておめでとう」
「あ、兄ちゃん。あけましておめでとう!」
「どうも・・おめでとうございます・・」
そっか・・二人で初詣に来たのね。
「設楽さん~亮介くん、あけましておめでとう~」
「おめでとう。今年もよろしくね、薄柿さん」
そこで設楽さんは葵さんを見た。
「あ、この人、俺の彼女で水柿葵さん」
「そ・・そうなんですね・・初めまして・・設楽華子と申します」
「どうも、初めまして。水柿です。話は真人くんから伺ってます」
そう言って葵さんは、ニコッと微笑んだ。
「二人で初詣なんだな、亮介」
「うん。そうなんだ」
「そっか。ちゃんと神様に感謝するんだぞ」
「え・・感謝?」
「そうだ。いつもありがとうございますってな」
「うん。わかった」
「んじゃ、亮介、華ちゃん、またいつでも来いよ。待ってるからな」
「うん、ありがとう、兄ちゃん」
「し・・時雨さん・・ありがとうございます」
設楽さんは、真人さん、と言わずに時雨さんと言った。
やっぱり・・意識してるんだ・・
そして私たちは、神社を後にした。
「あの・・葵さん」
「なに?」
「この後・・よかったらうちへ来ませんか」
「え・・薄柿さんのお家に?」
「はい・・。あっ、でもデートなら・・もう~~そっち行っちゃってください~~」
「あはは。気を使わなくてもいいのよ。そうね~せっかくだからお邪魔しようかな」
「わーーい」
「真人くん、いいでしょ?」
「ああ。かまわねぇぜ。んじゃ俺は、部屋で待ってるからな」
「うん。わかった」
そして私は葵さんを部屋に招待した。
「どうぞ~気楽にしてくださいね~」
「ありがとう。えっと・・もうこの着物・・きついから脱いじゃっていい?」
「ああ~~はい、どうぞ~」
「それで、薄柿さんの部屋着、貸してくれない?」
「はい~。体格は、ほぼ同じなのでちょうどいいですね~」
そして私は、葵さんにスウェットの上下を出した。
「葵さん~、お雑煮食べますか?」
私はキッチンからそう訊ねた。
「わあ~~うん。食べる食べる~」
「わかりました~!もうすぐできますからね~」
やがて雑煮を椀に入れて、葵さんに出した。
「わあ~白みそ仕立てで美味しそうね。いただきます~」
「関西出身の友達に習ったんですよ~」
「そうね。関西は白みそだもんね。だから私、初めてよ~」
お・・結構、いけてるかも・・
うん、これは成功だ!
「わあ~、とっても美味しいわ~。薄柿さん料理上手なのね」
「やった~!ありがとうございます~」
私が葵さんを部屋に招いたのには、理由があった。
余計なお世話だと、重々承知していたが、やっぱり・・設楽さんのことを知らせたかった。
「あの・・葵さん」
「なに?」
「えっと・・余計なことかも知れないんですが・・」
「え・・なんなの」
「さっきの・・設楽さんって女性・・どう思われましたか・・」
「ああ・・さっき神社で会った人ね。それがどうかしたの?」
「うんと・・私の勝手な想像なんですが・・設楽さんって・・お兄さんのこと、好きかも・・なんです」
「あら~、そうなのね」
そう言って葵さんは余裕の笑顔を見せた。
え・・なんとも思わないのかな・・
「もし・・そうだとしたら・・葵さん、どうされるんですか・・」
「え・・?どうって?」
「いや・・その・・お兄さんが・・」
「あはは。薄柿さん、真人くんが設楽さんに気持ちが傾くんじゃないかと心配してるのね」
「あ・・はい・・まあ・・」
「そうなったら、そうなったで仕方がないんじゃないかな」
「えっ・・」
「だって人の気持ちは縛れないのよ」
「そうですけど・・」
「私は真人くんを束縛するつもりは全くないし、真人くんが他の誰かを好きになっても、それは仕方がないと思ってるのよ」
「でも・・それじゃ・・葵さんは・・」
「あのね。好きな人の気持ちに沿うのが真心だと思うの。だから私にとって、好きな人を縛るっていうのは、逆なのよ」
「・・・」
「好きな人には幸せになってもらいたいでしょ?」
「は・・い・・」
「私といることが幸せだって思ってくれるのなら、私はそれでいいし、違うのならそうすればいいしね」
「あの・・焼きもちとか・・焼かないんですか・・」
「うーん、焼かないっていったら嘘になるけど、焼いてもどうにもならないし。でもいい意味での焼きもちは焼くのよ」
「いい意味?」
「あなたのことが好きよって意味で、かわいく焼くの」
「おお~~なるほど・・」
葵さん・・おっとな~~~!
すごいなぁ・・私にはとてもそんな余裕ないわ・・
「真人くんって、イケメンだし背も高いし、まあ見た目は抜群よね」
「あ、はい」
「だから、何度も言い寄られてるけど、一度も心が動かなかったのよ」
「そ・・そうなんですか・・」
「私は、それが嬉しくてね。だからそんな真人くんの心が動くとしたら、気持ちは本物なの。だからその時は、私はあっさり引くと決めているのよ」
「え・・そんな・・」
「それが彼のためだもの」
「・・・」
「私は、彼に幸せになってもらいたい、それだけなの」
「そうなんですか・・」
「設楽さんと、亮介くんだっけ。あの人たちも複雑な事情を抱えているのよね。偶然だけど、真人くん兄弟と境遇が同じよね。だから放っとけないんだと思うの」
「そうですか・・」
「特に、設楽さんは女性だし、気の毒に思ってるんだと思うわ。おまけに亡くなったお兄さんだっけ。似てるんでしょ。真人くんに」
「はい・・もう、そっくりです・・」
「だから余計に放っとけないのよ。そういう人なの。真人くんって」
「そうですか・・」
「だから、薄柿さんは心配しなくていいのよ」
「はい・・」
「それより、あなたたち、上手くいってるらしいじゃない」
「えっ・・あ・・まあ・・」
「健人くんもとてもいい子よ。大切にしなさいね」
「はい・・」
それからほどなくして、葵さんは時雨さんのアパートへ行った。
葵さん・・すごい・・
本当にお兄さんのこと想ってるから・・あんな風に思えるんだなぁ・・
こういうのを、真実の愛っていうんだろうな・・




