三十九、上手くいかない
それから私は、一日でも早く仕事に慣れるために、放課後もバイトすることにした。
そんな中、設楽さんともシフトが重なる時が、間々あった。
私は設楽さんの完璧な仕事ぶりに圧倒されながらも、なんとか自分も少しでも近づきたいと努力していた。
「おい」
私はカウンターの中でタバコの補充をしていたら、後ろで男性客に声をかけられた。
「あ、いらっしゃいませ」
私はカウンターの前に立ち、そう言った。
「いらっしゃいませじゃねぇんだよ」
「え・・」
その男性客は中年のおじさんで、なにやら怒っている風だった。
「ここの弁当さ、わざと不味く作ってんのか?」
「え・・どういうことでしょうか・・」
「この間さ、幕の内買ったんだけどさ、クソ不味かったぜ」
「そうですか・・すみません」
「なのによ、五百円ってどういうことだよ!」
「それは・・私に言われましても・・」
「ったく、金をドブに捨てたようなもんだぜ」
「す・・すみません・・」
「お前の顔もクソ不味いよな」
「え・・」
「弁当は不味い、お前の顔も不味い、二重に損だぜ」
「私の顔のことを言われましても・・」
「もうちょっとマシなの、いねぇのかよ」
「お客さま」
そう言って設楽さんが奥から出てきた。
「おおお~~こりゃ~たまげた!あんたべっぴんさんだねぇ~」
「当店のお弁当ですが、お客さまのお口に合わなかったことはお詫び致しますが、従業員の容姿をとやかく言われる覚えはございません」
「なんだよ~、気の強いねぇちゃんだな」
「それで?五百円をお返ししたらよろしいのですか?」
「そんなことは言ってねぇさ」
「お弁当の製造については、お客さまの貴重なご意見として本社へ報告いたしますので、ご理解ください」
「そんなに怖い顔しなさんな。べっぴんさんが台無しだぜ」
「わたくしの顔のことはどうでもよろしいです。それで?ご理解いただけましたか」
「ああ、わかったよ」
そう言って客は店を出て行った。
「設楽さん・・ありがとうございました・・」
「薄柿さん・・」
「はい・・なんでしょうか」
「ああいった客には、もっと毅然としてもらわないと困るのよ」
「はい・・」
「どうせ言いがかりなんだから、怖気づいてはダメなの」
「はい・・すみません・・」
「この際、はっきり言わせてもらうけど、あなたやる気あるの?」
「え・・」
「言っとくけど、高校生であろうが、大学生であろうが、主婦であろうが、更に言えば初心者であろうがベテランであろうが、この制服を着た瞬間からお客さんにはそんなこと関係ないのよ」
「はい・・」
「だから甘えないで」
「そんな・・甘えてなんかいません・・」
「だったら、なんでさっきのような対応ななるわけ?」
「それは・・」
「あなた、仕事を何だと思ってるの?」
「・・・」
「お金を稼ぐってことは、甘くないのよ」
「はい・・」
「じゃ、補充の続きやって」
「わかりました・・」
クレーム対応か・・
私には無理・・
あんな変なおじさんに・・設楽さんのような対応は無理だよ・・
毅然とするっていったって・・どうすればいいか・・わかんないもん・・
「小春~」
そこに時雨さんが入ってきた。
「時雨さん・・」
「もうすぐ終わりだろ。迎えに来たぜ」
時雨さんは私のバイト終わりの時間に、こうして毎日のように迎えに来てくれていた。
「あと十分で終わります」
「うん。じゃ、外で待ってるからな」
「はい・・」
私は時雨さんの顔を見て、思わず泣きそうになった。
ダメダメ・・こんなことくらいで泣いてちゃダメ・・
そしてレジに女性客がきた。
「いらっしゃいませ」
「えっと、おでん、ちょうだい」
「はい。どれになさいますか」
「えっと~・・そうね、玉子と、大根と・・それと・・こんにゃくと、厚揚げね」
「はい」
私はおでん用のカップに、言われた具を入れた。
そしてお玉でスープをすくっていたら、こぼしてしまい、自分の手にかかった。
「熱っ・・」
私は思わず、お玉を離してそれが床に落ちた。
「あなた、大丈夫?」
女性客が私を心配してそう言ってくれた。
「はい・・すみません・・」
「早く水道で手を冷やしなさい」
「あ・・はい・・」
「薄柿さん、なにやってるのよ」
そこに設楽さんがきた。
「すみません・・こぼしちゃって・・」
「先にお玉を拾いなさいよ」
「あ・・はい・・」
「お客さま、申し訳ございません。すぐにスープをお入れしたしますので、少々お待ちください」
設楽さんはそう言って、別のお玉でスープを入れていた。
「お客さま、お待たせいたしました。玉子、大根、こんにゃく、厚揚げでよろしいですね」
「うん。ありがとう」
そして設楽さんはレジを済ませ、床にこぼれたスープを雑巾で拭いていた。
「設楽さん・・私がやりますので・・」
「あなたはもう帰る時間でしょ」
「でも・・」
「早く帰りなさい」
時計を見ると、バイトの時間を超えていた。
「小春・・まだか」
そこで再び時雨さんが店に入ってきた。
「あ・・うん、そうなんだけど・・」
「どうかしたのか」
「私・・おでんのスープをこぼしちゃって・・」
「あらら・・そうだったのか」
そこで時雨さんは、床を拭いている設楽さんを見た。
「こいつのせいで、済まねぇな」
時雨さんは設楽さんにそう言った。
「いいえ、仕事ですから」
設楽さんは時雨さんの顔も見ずにそう言った。
時雨さんは、少し怪訝な表情になった。
「小春、んじゃ、帰るぜ」
「あ・・はい・・」
「ったく・・甘やかすのも大概にしてほしいわね」
設楽さんが小声で呟いた。
「え・・」
その声は時雨さんにも聞こえた。
「なんだよ、それ」
「別に」
設楽さんは立ち上がってそう言った。
「甘やかすってどういうことだよ」
「彼女、一人暮らししてるのよね」
「それがどうした」
「あななたちがどういう関係であろうと、私にはどうでもいいけと、ちょっとあなた、この子を甘やかし過ぎじゃないかしら」
「はあ?」
「この子はあたなに甘えてるわ」
「なに言ってんだよ」
「毎日迎えに来て、あなたがそうすることで、この子はいつまで経っても自覚が足りないままよ」
「てめぇ・・わかった風なことを言ってんじゃねぇよ」
「私はこの子のためにならないわよって言ってるの」
「俺はな、こいつを預かってんだよ。親元を離れて一人暮らししてるこいつを、母親から頼まれてんだよ」
「そうなの。それならそれでいいんじゃない」
「ったく・・小春、帰るぞ」
「はい・・」
私は制服を脱ぎ、ロッカーにしまった。
なんか・・変なことになっちゃった・・
私のせいだわ・・どうしよう・・
「お先に失礼します・・」
「お疲れさま」
設楽さんは私を見ずにそう返事をした。
「ったく・・なんだよ、あいつ」
店の外に出て、時雨さんは怒っていた。
「私がもっとしっかりしてれば・・」
「嫌味な女だぜ」
「設楽さんはしっかりしてるから・・私のことは頼りないって思えるんじゃないかな・・」
「それにしてもだぜ・・」
「設楽さんは悪くないんです。私さえしっかりすれば済むことなんです」
「小春・・あんま気にすんな」
「はい・・」
「んで、仕事は慣れたのか」
「えぇ・・まあ・・」
「そっか」
「あの・・」
「なんだよ」
「その・・もう迎えは・・いいです・・」
「ダメだ」
「え・・」
「昼間ならともかく、夜はぜってー迎えに行く」
「でも・・」
「お前になんかあってみろ。俺はお前のかあちゃんに顔向けできねぇんだぞ」
「・・・」
「俺はぜってー、お前がアメリカへ行くまで、お前を守ると決めたんだ」
私は時雨さんの気持ちがとても嬉しかったが、私のわがままで始めた一人暮らしのせいで、時雨さんを縛ってるんじゃないかと思い始めていた。
「時雨さん・・」
「なんだよ」
「受験勉強・・やってますか・・」
「けっ。っんな心配してんのかよ」
「はい・・」
「やってるに決まってんだろ」
「そうですか・・」
「お前はなんも心配しなくていいんだよ。だからバイト頑張れよ」
「はい・・」
ほんとに勉強やってるのかな・・
大丈夫なのかな・・




