三十三、優しいお兄さん
私は居た堪れない気持ちで、下を向いて座っていた。
「どういうことか、説明しろ」
時雨さんは、半端なく怒っていた。
「私・・行くつもりだったんです・・。ほんとに。でも急に・・逃げたい衝動に駆られて・・気がついたらバスに乗ってて・・」
「んで、親には連絡したのかよ」
「はい・・お母さんは、戻ってくるって言ってました・・」
「ったく・・マジでバカか」
「・・・」
「家には入れねぇのか」
「はい・・。もう鍵を親戚に渡してるんです・・」
「親が迎えに来たら、今度こそ行けよ」
「・・・」
「おい!返事をしろ!」
「は・・はい・・」
「今日のところは置いてやっから。いいな、今日だけだぞ」
「は・・はい・・」
「でもなぁ・・置いてやるっつっても、どこに寝んだよ。部屋、二つしかねぇんだぜ」
「僕、静ちゃんちへ行くよ」
東雲さんがそう言った。
「和樹、お前、それでいいのかよ」
「うん。もう何度も泊まらせてもらってるし」
「そっか・・わりぃな」
「東雲さん・・すみません・・」
「いいんだよ。薄柿さん、ゆっくり休んでね」
「ありがとうございます・・」
「ただいま~~」
あっ・・もしかして・・お兄さん・・?
「兄貴、おかえり」
「あっ・・この子は・・」
お兄さんは私を見て、驚いていた。
「どうも・・はじめまして・・薄柿小春と申します・・」
「おおお~~小春ちゃ~ん。来てくれたのか」
「え・・」
「ったく・・兄貴はなに言ってんだよ。こいつ、ほんとは今頃アメリカへ行ってたはずなんだぜ」
「あ・・そっか。え・・だったらなんでここにいんだよ」
「こいつ、超バカだから、逃げて来たんだとよ」
「あははは!そっかそっか。やるじゃ~~ん、小春ちゃん」
お兄さんは、お腹を抱えて笑っていた。
「なに無責任なこと言ってんだよ!笑ってる場合かよ!」
「いいじゃねぇか。あれだな、健人に会いたかったんだな」
「ばっ・・バカかっ!くだらねぇこと言ってんじゃねぇよ」
「小春ちゃん、俺、こいつの兄貴で真人。よろしくな。以前、街で会ったよな」
「はい・・よ・・よろしくお願いします・・」
「んでさ・・兄貴」
「なんだよ」
「こいつ、今日、泊めるけど、いいか」
「おう~かまわねぇぜ。遠慮すんなよ、小春ちゃん」
「小春ちゃん小春ちゃんって、馴れ馴れしいんだよ!」
「いいじゃねぇかよ。お前だって葵ちゃんって言ってんじゃねぇか」
「ふんっ、知るかよっ」
「お兄さん、僕、静ちゃんところへ行きますね」
「なんでだよ、和樹」
「薄柿さんに、部屋を一つ使わせないとダメでしょ。だから」
「ああ~・・そっか。済まねぇな、和樹」
「じゃ、僕は、これで」
そう言って東雲さんは出て行った。
「小春ちゃん、遠慮しなくていいからな」
「は・・はい・・」
お兄さんって、とても気さくで優しい人だな・・
んで・・やっぱり、すごくイケメン・・
世の中にはこんなイケメン兄弟いるんだ・・
「今から飯作るから、待ってろよ」
お兄さんはそう言って台所へ行った。
「ったく・・お前には参ったぜ」
「すみません・・」
「あんま無茶すんじゃねぇよ」
「はい・・」
「お前、誘拐されそうになったって、マジかよ」
「はい・・」
「だからな、こういうことなんだよ。女子が一人ってのは危ねぇんだよ」
「なんか・・ヤクザの人だったみたいです・・」
「げっ・・マジかよ」
「西雲とか言ってました」
「げぇ~~西雲のやつら、まだいんのかよ」
「時雨さん、ご存じなんですか」
「知ってるも何も、俺は西雲の跡目に殺されそうになったことがあるんだぜ」
「えええええ~~~!」
私が叫んだことで、お兄さんが驚いて振り向いた。
「でけぇ声出すんじゃねぇよ」
「すっ・・すみません・・。でも・・殺されそうになったって・・」
「俺も誘拐されたことがあんだよ」
「そ・・そうなんですか・・」
「でもその跡目も・・今じゃあの世だけどな」
「そうなんですか・・」
「西雲の跡目って成弥ってんだけど、実はそいつが東雲の跡目だったんだぜ」
「え・・どういうことですか・・」
「東雲の爺さんの実の孫が、成弥なんだよ。まあ、この話はややこしくてな」
「そうなんですね・・」
「でも通りかかったのが和樹でよかったぜ」
「はい・・」
「あいつ、相手になんて言ったんだ?」
「なんか・・私を放さないと、なんちゃらの親分に言って消すぞ・・とか」
「あはは。それって景須って言ってなかったか?」
「あああ!それそれ、景須の親分って言ってました」
「そりゃ、相手もビビるわな」
「そうなんですか・・。そんなに怖い人なんですか」
「まあな。でも景須のおっさんはいい人だぜ」
「そう・・ですか・・」
なんか・・すごい話・・
東雲さんはヤクザに拾われたのだから・・こんな話も当然なのかも・・
「あの・・私、お手伝いします・・」
「あ?飯のことか?」
「はい」
「いいんだよ。台所も狭いから、反って邪魔になんだよ」
「そうなんですね・・」
「それにしても・・小春」
「はい・・?」
「お前、結構、大胆なんだな」
「え・・」
「俺に会いたかったのか?」
「はい・・」
「そっか・・」
時雨さん・・あんなに怒ってたのに、なんだか嬉しそう・・
「でも二度と、こんな真似すんじゃねぇぞ」
「はい・・」
「今度やったら、お前とは別れるからな」
「え・・そんなの嫌です・・」
「だったら、もうすんなよ」
「はい・・」
「おーい、できたぞ~~」
お兄さんが台所で叫んでいた。
「あっ、はい」
私は急いで立ち上がり、台所へ行った。
「小春ちゃん、これ運んでくれな」
「はいっ!」
私は野菜炒めのお皿を、ちゃぶ台に運んだ。
そして時雨さんも、お茶碗にご飯を入れていた。
やがてちゃぶ台に夕食が並んだ。
「こんなもんしかねぇけど、遠慮しないで食ってくれな、小春ちゃん」
「はいっ。いただきます!」
わあ~~・・お兄さんの手作りだわ~~・・
どれどれ・・あっ!美味しい!
お味噌汁も・・あああ~~とても美味しいわ~~
「お兄さん、とっても美味しいです!お料理、上手なんですね」
「そっか。ありがとな」
「兄貴はずっと作ってくれてるからな」
「そうなんですね」
「俺もたまには作るんだぜ」
「そうですか~。ハンバーグですか?」
「いや・・カレーとか」
「わあ~~カレーですか~。時雨さんの手料理、食べてみたいな~」
「三年後に作ってやんよ」
「はっ・・はいっ!」
やがて食事も終わり、私たちは銭湯へ行くことになった。
銭湯か・・
行ったことがないけど・・なんだか楽しみかも・・
あっ・・私・・着替えがないんだった・・
どうしよう・・
「あの・・私・・着替えがないんですけど・・」
「あっ、そうか。下着もか?」
「し・・下着って・・まあ・・そうです・・」
「確か・・中で売ってなかったか?」
お兄さんがそう言った。
「そうか。んじゃ、下着は買えよ」
「はい・・」
「んじゃさ・・俺のジャージ着ろよ」
「え・・」
「ブカブカになると思うけど、ないよりマシだろ」
そう言って時雨さんは、タンスの引き出しからジャージを出して私に渡してくれた。
で・・でかい・・
「この大きさのクセがすごい~~!」
「あははは、またそれかよ」
時雨さんは笑ってくれたが、お兄さんは不思議そうな顔をしていた。
そりゃ・・そうよね・・
でも・・引かないで・・お兄さん・・
そして私たちは銭湯へ行った。
わあ~~・・大きな浴槽が三つもあるのね~~。
すごいな~~・・
えっと・・そうそう、下着を買わなくちゃ。
私は係りの人のところへ行き、下着のことを訊ねた。
すると・・男性用のしか売ってなかった。
げ~~~・・しかも・・ボクサーパンツ!
でも・・これしかないのよね・・
しかたがないか・・
そして私はボクサーパンツを買った。
大きな浴槽に浸かると、身体全体が温まって、すごく気持ちがよかった。
私は改めて、今日のことを思い返していた。
お母さんが迎えに来たら・・やっぱり行かなくちゃいけないよね・・
また逃げたりしたら・・今度こそ時雨さんにぶっ殺されるわ・・
いや・・別れるって言ってたよね・・
それは嫌だな・・
私はお風呂から上がり、ボクサーパンツを穿いて、ジャージを着た。
で・・でかい・・
私は外に出て、二人を待った。
ほどなくして出てきた二人は、私の姿を見て笑っていた。
「あはは、お前・・マジでブカブカだな」
「だって~仕方がないです~」
「あはは、かわいいよ、小春ちゃん」
お・・お兄さん・・かわいいだなんて・・
ぐはっ・・照れる・・
「お兄さんったら~~、どやさぁぁぁ~~~!」
「え・・なに・・?」
「あははは、兄貴のその顔、おもしれぇ~」
「もう~~どやさ~~どやさぁぁ~~」
「ちょ・・小春ちゃん・・大丈夫・・?」
「どやさって、嬉しいって意味なんだってさ」
「へぇー」
あ・・時雨さん・・違うんですけど・・
私・・間違って教えちゃったからな・・
ま・・いっか・・




