三十二、超絶のバカ
そしてとうとう出発当日を迎え、私は両親と成田空港にいた。
私は携帯の画面を見ていた。
時雨さん・・いい顔してるよね・・
ちょっとぎこちないけど、優しい顔してる・・
「小春、電話でもするの?」
母がそう訊ねてきた。
「ううん。なんでもない」
「だって、ずっと携帯見てたじゃない」
「えっとね・・お母さんだけに言うけど・・この人、私の彼氏なの」
私はそう言って、母に画面を見せた。
「えっっ!あんた、彼氏いたの!?っていうか・・めちゃくちゃイケメンじゃない!」
「でしょ~」
「ちょ・・あんた・・今頃になって・・」
「だって、言えないでしょ。そんなこと」
「いつ・・?いつから付き合ってたの?」
「まあ・・最近よ」
「そっか!あんた頑なに行きたくないって言ってたのは・・彼がいたからなんだね」
「うん、それもあるし、美琴や紬とも離れたくなかったのよ」
「そうだったんだ・・。紹介してくれたらよかったのに」
「まあ、いいじゃない」
「で・・彼は、見送りに来るの?」
「ううん。来ないでって言ったの」
「なんでよ」
「だって、行きたくなくなるもん」
「そっか・・」
母は、まじまじと携帯の画面を何度も見ていた。
「それにしても・・イケメンよねぇ・・」
「顔のことはいいの。時雨さんはいい人よ」
「時雨さんっていうのね。へぇ~」
「時雨さんね、私が行きたくないって駄々をこねてたら、親を心配させんなって、ずっと言ってくれてね」
「そうなんだ・・」
「私が残ることに、最後まで反対したのよ」
「・・・」
「ずっとお父さんやお母さんのこと、考えてくれてたんだよ」
「そうなの・・。なんていい子なの・・」
「うん。そうなのよ。とてもいい人」
「時雨さんっていくつなの?」
「十八よ。E校生なんだ」
「ええ~~~!E校生!すごいね~。秀才なんだね」
「でも、そんなこと全然自慢なんてしないの。むしろE校生らしくない感じかな」
「へぇ~、そうなのね」
「時雨さん、ずっと待ってるって言ってくれてるから、帰ったら紹介するね」
「小春・・」
「なに?」
「なんか・・悪かったね・・。あんた辛いんじゃないの・・?」
「いいのよ。もう」
「そっか・・ごめんね」
私は時雨さんが「行くなよ」と、本心を言ってくれたことで、この三年間を耐えられると思っていた。
「小春~~!」
ほどなくして、美琴と紬が来てくれた。
「美琴~~、紬~~」
「いよいよやなぁ~」
「あ・・おばさん、こんにちはでありんす」
「美琴ちゃん、紬ちゃん、今まで小春をありがとうね」
「そんなあ~おばさん。今までって、これからもですがな~」
「そうでありんす~」
「小春は、あなたたちのおかげで、学校が楽しかったのよ」
「んな~~んな~~、なんもなんも。こちらこそです~」
「小春、ゆっくり話しなさい。お母さんは、お父さんが行ってるカフェでお茶してくるから」
「うん、わかった」
そして母は、歩いて行った。
「小春、元気にしてなあかんで」
「うん、わかってる」
「かける言葉が、見つからないでありんすが、早く帰ってきてほしいでありんす・・」
「うん、ありがとう」
「時雨王子に電話せんでもええんか?」
「うん、いいの。きっと泣いちゃうし・・」
「そっか・・泣いたら時雨王子、心配するもんな」
「うん・・」
「向こうでなにか辛いことがありんしたら・・すぐに私たちに言うでありんすよ」
「うん、そうするね」
「あ、そうや。英語で捲し立てられたら、「クセがすごい!」を使うんやで」
「あはは。通じるかな」
「そらもう、身体全体で表現するんや。Habit is amazing!」
「それ・・正解なの?」
「知らん」
「あははは」
「そろそろ行くわよ、小春」
そこに父と母が戻ってきた。
「うん。じゃ、美琴、紬、私、行くね」
「うん、元気でな・・小春・・」
「小春・・淋しいでありんす・・」
二人とも泣き出した。
「ヤダ~、泣かないでよ~。泣くそのクセがすごい!」
「あははは・・小春は・・ほんまに・・」
「ほんと・・どやさ~~でありんす」
「私ら、展望台へ行ってるわな」
「うん、わかった」
「ほなな、小春」
「展望台で手を振るでありんすから、見るでありんすよ」
「うん」
そして二人は展望台へと歩いて行った。
とうとう・・私は行くのね・・
そうだ・・やっぱり最後に・・時雨さんに電話を・・
声が聴きたい・・
「お母さん、私、ちょっとだけ電話してくる」
「え・・もうあまり時間がないわよ」
「わかってる。すぐに行くから」
「そっか。早く来なさいよ」
「うん」
そして私は、ロビーの隅で電話を手にした。
でも・・でも・・何を話せばいいんだろう・・
泣いて・・何も話せなくなるんじゃないかな・・
時雨さん・・今、なにしてるのかな・・
会いたい・・会いたいよ・・
私・・やっぱり行きたくない・・
ずっと時雨さんの傍でいたいよ・・
私は急に、そんな思いが込み上げてきた。
どうしよう・・行きたくない・・
でも・・もう時間がない・・
どうしよう・・どうしよう・・
私は無意識に空港から飛び出していた。
お母さん・・ごめんなさい・・
私・・やっぱり行かない・・
そして私は空港バスに乗った。
もう・・戻れないよね・・
お母さんに・・電話しないと・・
「もしもし・・」
「あっ!小春?あんたなにやってんの?早く来なさい!」
「お母さん・・ごめん・・私、やっぱり行かない・・」
「は・・はあああ?ちょ・・小春・・落ち着いて・・」
「今ね・・バスに乗ってるの・・」
「えええええ~~~!もう間に合わないじゃないの!」
「うん・・ごめん・・」
「ちょ・・えっと・・小春!あんたどうするつもりなの!」
「家に帰る・・」
「バカっ!鍵は俊ちゃんに渡してるのよ!」
「そうなんだ・・」
「ったく・・ああ・・もう機内モードにしなくちゃいけないわ。とにかく!えっと・・どうしようかな・・そうだ、とりあえず美琴ちゃんか紬ちゃんのお家にいさせてもらいなさい」
「うん・・」
「ほっんとバカなんだから!向こうに着いたら、お母さん引き返すからね」
「わかった・・」
「じゃ、切るね」
そう言って電話は切れた。
私って・・なにやってるのかな・・
これってすごく親不孝よね・・
時雨さんに知れたら・・ぶっ殺されるわ・・
美琴と紬は・・今頃、展望台で私を見送ってくれてるのよね・・
ごめん・・美琴・・紬・・
バスはやがて都内に着き、私は歩くともなく歩いていた。
どうしよう・・どこへ行けばいいのかな・・
美琴と紬に連絡する・・?
でもなぁ・・あんなに心配して・・淋しがってくれたのに・・今更連絡なんて・・
時雨さんのお家へ行く・・?
間違いなく、100%・・死ぬほど怒られるよね・・
しかし、それでも私の足は、時雨さんの家へ向かっていた。
駅前に到着し、私は行くか行かないか迷っていた。
そして私は、とりあえずカフェに入り、この後のことを考えてみることにした。
それにしても、鍵くらい置いてってよね・・お母さん。
俊ちゃんって、いつ引っ越してくるんだろう。
でもなぁ・・引っ越してきても、新婚だからなぁ・・
邪魔するわけにはいかないし・・
どこかに泊まるっていっても・・お金もあまりないしなぁ・・
そっか・・漫画喫茶はどうかな。
でもなぁ・・昼間はいいけど・・夜となると・・危ないよね・・
そうこうしてるうちに、日が暮れる時間となった。
あああ~~・・もうすぐ夜になるわ・・
このまま、ここで粘るわけにもいかないし・・
私はカフェを出て、しばらく歩いた。
「よう~、ねぇちゃん」
私はそこで、不審な中年男性に声をかけられた。
「なっ・・なんですか・・」
「どっか行くの?」
「あ・・あなたに・・関係ないでしょ・・」
「家出かな~」
「ち・・違います!今から帰るところなんです」
「ちと・・顔はいまいちだけど・・俺んところで働かねぇか?」
「なによ~~!顔はいまいちって失礼ね!」
「おおっ・・なかなか、威勢がいいな」
「ふんっ」
「でも・・細身で小柄ってのがいいな・・」
「なっ・・なによ・・」
「いい仕事なんだよ。損はしねぇぜ」
「しつこいわね!警察、呼びますよ!」
「ふふっ・・呼べるもんなら呼んでみやがれ」
「え・・」
するとその男は、いきなり私を後ろから羽交い絞めにして、口を塞いだ。
うっ・・動けない・・
だっ・・誰か・・助けて・・
男は私を強引に、車へ乗せようとした。
ダメだ・・これに乗せられると・・もう逃げられない・・
どうしよう・・私・・殺されるかも知れない・・
「おい」
そこで誰かが男に声をかけた。
「お前、なにしてるんだ」
あ・・東雲さん!
「あ・・あんたは・・東雲の・・」
「そうだが。この女性をどこへ連れて行くつもりだ」
東雲さんは、まだ私を小春とわかっていないようだった。
「ふっ・・もう東雲組は解散したんだ。いくらあんたでも力はねぇはずだよな」
「お前、どこの組の者だ」
「組・・?そんなもんねぇさ」
「そうか・・西雲の生き残りか」
「だったら悪いのか」
「ったく・・いつまでこんな非人道的なことやってるんだ。これは犯罪だぞ」
「あんたには関係ねぇさ」
「この女性を放さないと、景須の親分に消してもらうぞ」
「け・・景須の親分って・・それは勘弁してくれ」
「だったら放せ」
「わ・・わかった・・」
そして男は私を解放し、去って行った。
「あっ!き・・きみっ!」
東雲さんは私を見て、仰天していた。
「ど・・どうも・・」
「いや・・どうもじゃなくて・・きみ、アメリカへ行ったんじゃなかったの?」
「そうなんですが・・。逃げて来ちゃったんです・・」
「え・・うそ・・」
「はい・・」
「で・・こんなところで何してるの?」
「その・・家へは帰れなくて・・行くところを探してたと言うか・・」
「家へ帰れないってどういうこと?」
「親戚が住むことになってて・・それで・・」
「そうなんだ・・」
「私・・どうしたらいいですかね・・」
「どうしたらって・・。そうだなぁ・・健人くんの家へ行く?」
「え・・そんなことしたら・・私、時雨さんにぶっ殺されます・・」
「あはは。まさか。でも、ここにいてもしょうがないし、とりあえず行こうよ」
「あのっ・・でも・・誘拐されそうになったこと・・時雨さんには黙っててください・・」
「うん、わかった」
そして私たちは家に向かって歩き出した。
「それにしても、僕が通りかからなかったら、きみ、確実に連れて行かれてたね」
「はい・・助けてくださって、ありがとうございました」
「それはいいんだけど、高校生の女の子が一人でフラフラ歩いてるのって、危険だよ」
「でも・・東雲さん・・すごかったですね・・」
「え・・?なにが?」
「その・・なんちゃら親分に言って、消すぞ、とか・・」
「あはは。僕、これでもヤクザの家で育ったからね」
「そ・・そうなんですね・・」
私はそのことを時雨さんから聞いて知っていたが、初めて聞くふりをした。
「健人くんさ、きみのこと、とても好きだよ」
「え・・」
「まあ、口は悪いけど、きみのこと、とても想ってることは確かだよ」
「そうなんですね・・」
それからほどなくして、時雨さんの家に着いた。
こ・・怖い・・
絶対に怒られるわ・・
「ただいま~」
東雲さんはそう言って、玄関の扉を開けた。
「おかえりー」
中から時雨さんの元気な声がした。
「健人くん、お客さん連れてきたよ」
「え・・誰だよ、客って」
「さ・・きみ、入って」
「あ・・はい・・」
私は東雲さんにそう言われ、玄関に足を踏み入れた。
「あっっ!お前っ!」
時雨さんは、目を丸くして驚いていた。
「小春・・てめぇ!なんでここにいんだよ!」
「まあまあ・・健人くん、落ち着いて」
「てめぇ・・まさか・・」
「ごめんなさい・・私・・逃げて来ちゃったんです・・」
「逃げて来ただと!おまえ・・バカかっっ!」
「私・・やっぱり行きたくなかったんです・・」
「はあああ?なに言ってんだ!」
「健人くん、まあまあ・・そんなに言わなくても」
「うるせぇ!」
「彼女、行くところがないらしいよ。このまま追い返すつもり?」
「知るかよっ!ったく・・逃げて来たって・・超絶のバカだぜ!」
「あのね、健人くん」
「っんだよっ」
「彼女、さっき誘拐されそうになったんだよ」
「なにいいいいいい~~~~~!」
げ~~~~東雲さん・・言わないでって言ったのに・・
「それでたまたま僕が通りかかって大事に至らずに済んだけど、ここで彼女を追い返したら、また同じ目に遭うよ。それでもいいの?」
「誰もそんなこと言ってねぇよ!」
「だったら、いいね?彼女、上がってもらうよ」
「勝手にしろ!」
そして私は、部屋へ上がらせてもらった。




