三十一、本心
「私、絶対に嫌だから」
その日の夜、母とアメリカ行きについて話し合った。
「小春は、まだそんなことを・・」
「私は今の学校や友達が好きなの。一緒に卒業したいの」
「どうして小春を置いて行けるの!」
「ほんとに平気だから!ちゃんと掃除や洗濯もするし、ご飯もちゃんと作って食べるから!」
「あのね・・そんなことはどうでもいいの。小春一人っていうのがダメなの」
「あ!じゃあさ、友達と住むっていうのはどう?」
「バカなことを・・。親御さんが許すはずがないでしょう!例え許したところで、危険なことに変わりはないの。大人がいないとダメなの」
「どうして?私、もう十七歳だよ。十八になったら選挙権だってあるんだよ?成人の年齢も十八に引き下げられるかも知れないのよ」
「屁理屈を言ってんじゃないの。ダメなものはダメだからね」
「もう!どうしてわかってくれないの?私はここを離れなくない!」
「ダメです」
「じゃあさ・・お母さんも残ってよ」
「あのね・・それが出来るんだったらそうするわよ」
「出来ないの?どうして?」
「お父さん一人で行かせるわけにはいかないのっ」
「なんでよ~~・・。大人なんだし・・いいじゃん・・」
「小春っ!一体誰のおかげでご飯が食べられてると思ってるの!」
「・・・」
「で・・明日、お母さん、学校へ行くからね」
「ヤダ~~!先生には私が話す!」
「そんなこと言って・・。話さないつもりでしょ」
「っていうか・・何年くらい行くの?」
「今のところは三年よ」
「ほらあああ~~。三年って、超長いじゃん~~」
「そんなの直ぐよ」
「直ぐじゃない!」
私と母は、こうして延々と平行線のままだった。
絶対に行かないんだからね。
「それでね、誰もいないと家って直ぐにダメになるから、親戚の、ほら、この間、結婚した俊太朗くんいるでしょ。今のアパートが狭いらしくって、ここに住んでもらおうと思ってるのよ」
「ええええ~~~!そんなあああ~~」
「一石二鳥なのよ。もう話もしてあるの」
「マジで~~!私、そんなこと聞いてないよ!」
「あんたに言ったって、反対するし、意味ないでしょ」
「ひっどーーい」
「だから、もう諦めなさい」
「嫌だ・・絶対に嫌・・うう・・」
「小春・・なにも泣くことないじゃない」
「私・・ほんとに残りたいの・・うう・・」
「困ったな・・」
「お願い・・。ここは俊ちゃんに貸してあげていいから・・私・・一人で住んじゃダメ・・?」
「なにを言ってるのよ」
「アパート借りてよ・・」
「バッ・・バカを言いなさい!そんなこと無理に決まってるでしょ!」
「じゃあいいよ。私、バイトして自分で借りるから」
「は・・はあああ?」
「もう決めたっ!そうする!」
「小春っ!いい加減にしなさい!」
「アメリカ行ったって、私、学校なんか行かないからね!」
「なっ・・」
「お父さんやお母さんの言うことも聞かないから!それでもいいのね!」
「はぁ・・まったく・・あんたって子は・・」
「なによ・・」
「わかった。お母さんも残れるよう、お父さんに話してみるわ・・」
「ほんとっ!?やった~~~!」
という具合に・・とりあえず、行かなくていい可能性は、まだ残されたのだ。
そりゃ・・お父さんには申し訳ないと思うけど・・
美琴や紬と離れたくないし・・
で・・やっと上手く行きかけてる時雨さんと、離れたくない・・
しかし、そう思ったのも束の間・・
やはり母は、同行しなければいけないらしかった。
家族・・最低でも妻がいないと、信用に関わるらしい。
近所との交流も、家族ぐるみが基本らしく、どうしても母は外せないらしいのだ。
というわけで・・私は父に懇々と説得され・・泣く泣く着いて行かざるを得なくなった。
最悪・・
マジ・・最悪・・
なんとかならないかなぁ・・
マジでバイトしようかな・・
私は時雨さんに電話をすることにした。
「もしもし」
「おう、小春か」
「今、いいですか?」
「うん」
「あのね・・やっぱり決まってしまったんです。アメリカ行き」
「そっか」
「でも・・私、ほんとに行きたくないんです。で・・バイトしてアパート借りようと思ってるんですけど、どう思いますか」
「はあ?アパート借りるってどういうことだよ」
そこで私は、親戚に家を貸すことを話した。
「そっかぁ。でもさ、お前も行けよ」
「・・・」
「前にも言ったけど、親に心配かけんなって」
「でも私、時雨さんと離れたくないんです」
「それは仕方がねぇだろ」
「会えなくなるのは嫌です・・」
「電話もメールもすっからさ。それで我慢しろって」
「時雨さんは平気なんですか」
「平気とか平気じゃないかとじゃなくて、親に心配かけんなっつってんだよ」
「そればっかり・・」
「たりめーだろが!何年も娘一人にさせて置けるかよ!」
「私の気持ちはどうなるんですか。それはいいんですか」
「お前な、子供じゃねぇんだから、我慢しろっつーの」
「・・・」
「んで、アメリカへ行って、色々な経験して来いよ」
「そんな・・」
「日本にいたらわからねぇことだって、たくさんあるんだろし、見えてなかったものが見えたりすんじゃねぇのか」
「・・・」
「いいように考えろよ」
時雨さんの本心はどうなの・・
親に心配かけるな、ばっかり言って・・本当はどうなの・・
「時雨さん・・」
「なんだよ」
「時雨さんの本心は・・どうなんですか・・」
「本心?」
「ほんとに、私がアメリカへ行ってもいいんですか」
「別にいいよ」
「え・・」
「俺はお前が一人で残る方が心配だ」
「それは・・私を想って言ってくれてるのですよね・・」
「そうだよ」
「だから・・そうじゃなくて・・時雨さんの本心を聞かせてください」
「だーかーらー、何度も言ってんだろが。親に心配かけんな」
「それが本心ですか?本当にそうですか?」
「そうだよ」
「そうですか・・わかりました・・」
「んで、出発はいつなんだ」
「具体的に決まったら・・連絡します」
「そっか。わかった。じゃあな」
そう言って電話は切れた。
どうして本心を言ってくれないのかな・・
そして・・あれよあれよという間に、私のアメリカ行きも覆せることがなく、とうとう出発三日前まで日が迫っていた。
母は、学校の手続きも済ませ、荷物もアメリカに送っていた。
そして今日は、私の最後の登校日だった。
「小春・・なんや・・淋しなるなぁ・・」
「今更ながらでありんすが・・離れたくないでありんす・・」
「私もだよ・・」
「でも、出発は三日後なんやろ?」
「うん・・」
「必ず見送りに行くからな」
「うん・・」
「三年なんて、あっという間やって!」
「そうでありんすよ」
「三年かぁ。ほなら私ら、成人してから会うことになるんやな」
「そうでありんすなぁ・・。そう考えると・・長いでありんす・・」
「小春、元気出しや」
「うん・・」
「時雨王子は?」
「うん・・知ってる・・」
「んで、見送りに来るって?」
「うん・・」
「あ・・小春・・斎藤が来たで」
美琴にそう言われ、振り向くと斎藤くんが立っていた。
「薄柿・・」
「斎藤くん・・」
「元気でね」
「うん・・」
「あのさ、あっちに着いたら住所、教えてよ」
「え・・」
「僕の漫画、送ってあげるよ」
「そうなんだ・・ありがとう・・」
「元気だせよ。薄柿」
「うん・・ありがとう」
「じゃ、ここで。また会おうね」
「うん。斎藤くんも元気でね」
そう言って斎藤くんは去って行った。
「ほな、私らも帰ろか」
「そうでありんすな・・」
「美琴・・紬・・」
「なに?」
「なんでありんすか?」
「今まで・・ありがとう。二人と友達になれて、ほんとに楽しかった。ほんとにありがとう」
「なに言うてんのよ~。それはこっちやがなぁ」
「そうでありんすよ~。私も小春と友達になれて、とても楽しかったでありんす。っていうか・・これからもよろしくでありんすよ~」
「うん、そうだね。これからもよろしくだよね」
「そうそう。これからもよろしくやがな」
「電話もメールもするね」
「あったり前田のクラッカーやがな。嫌っちゅうほどするからな」
「またそれを・・。それってなんなの?」
「まあ、ええがな。あ、ギャグの引き出しに、これも入れとき」
「あはは。どんな時に使えばいいの?」
「当たり前って時や」
「うん、わかった」
「時雨王子とは、見送りまで会わないでありんすか」
「ううん。明日、会う予定なの」
「そうでありんすか。たくさん話すでありんすよ」
「うん・・そうするね」
そして私は次の日も、荷物の最終確認や、雑用に追われ、結構忙しかった。
夕方には出かけなくちゃね。
時雨さん・・なんて言ってくれるのかな・・
やがて夕方になり、私は時雨さんが住む駅前で待っていた。
はぁ・・二日後かぁぁ・・
二日経ったら・・三年も会えなくなるのよね・・
「よう」
そう言って時雨さんは、改札口から出てきた。
「こんにちは」
「お茶でもするか?」
「はい」
そして私たちは、駅前のカフェに入った。
お互いに向かい合って座り、私たちは黙ったままだった。
「明後日だな」
しばらくして、時雨さんが口を開いた。
「はい・・」
「お前、身体、大事にしろよ」
「はい・・」
「っんな・・暗い顔すんなって」
「はい・・すみません」
そうね・・元気出さなくちゃ・・
笑わなきゃ・・
「私、時雨さんに会えて、ほんとによかったです」
「そっか」
「最初は、とても緊張したけど、今ではちゃんと話せるようになったし、だいぶ楽になりました」
「あはは、なんだよそれ」
「私のこと、忘れないでくださいね」
「たりめーだろが。お前こそ、忘れんなよ」
「あったり前田のクラッカーやがなっ!」
「なっ・・。お前・・時々変なこと言うようになったよな」
「あはは。そうですか~」
「そうやって笑ってろよ」
「・・・」
「笑ってる顔が一番いいぜ」
「私、時雨さんにもっともっと笑ってほしいんです」
「そうか」
「だから、私が時々変なこと言ったら、笑ってくださいね」
「そっか。わかった」
そう言って時雨さんは、とても優しい顔で微笑んだ。
きゃ~~~・・・なんて素敵な笑顔なの・・
久しぶりに失神しそう・・
「時雨さん・・笑うと素敵です」
「ははっ。なんだよそれ」
「私、失神しそうです」
「大袈裟だな」
「ずっと・・その笑顔を見ていたいです」
「これからも見ればいいじゃねぇか」
「でも・・三年間も見られなくなります」
「写メってあんだろ。送ってやるよ」
「ほんとですか!やった~~!」
「そういや俺たち、二人で撮ったことがねぇよな」
「はい」
「一緒に撮るか?」
「わあ~~嬉しいです~」
「んじゃ、お前、俺の横に座れ」
そして私は時雨さんの横に座った。
「いいか、撮るぞ」
「はい」
カシャ・・
「んー、どれどれ。おっ。いいんじゃね」
「見せてください~」
「ほらよ」
そこにはぎこちなく微笑んだ、時雨さんと私が映っていた。
「送るぞ」
「はい」
そして私の携帯に写真が送られてきた。
「ありがとうございます。私、この写真、待ち受けにしますね」
「うん。俺もそうする」
時雨さんは少し赤くなって、そう言った。
「明後日は見送りに行くからな」
「あの・・」
「なんだよ」
「見送りは・・いいです」
「え・・?」
「すごく来てほしいんですけど、私、絶対に行きたくなくなるので・・」
「そっか・・」
「だから、ここでさよならです」
「うん、わかった」
ほどなくして私たちはカフェを出た。
「小春、元気でな」
「はい、時雨さんもお元気で」
「小春・・」
「はい」
「俺さ・・ほんとは行ってほしくねぇよ」
「え・・」
「俺の傍にいてくれって・・どれだけ言いたかったか知れねぇ・・」
「・・・」
「お前、俺の本心が聞きたいって言ってたよな」
「はい・・」
そこで時雨さんは私の耳元に口をあてた。
「小春・・行くなよ」
なにっ・・え・・
「これが俺の本心だ」
そう言って時雨さんは私の顔を見た。
「時雨さん・・」
「いいな。三年後、お互い元気で会おうな」
「は・・はい・・」
「俺、ずっと待ってっから」
「は・・はいっ!」
時雨さん・・大好きです・・
あなたを好きになってよかった・・
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※文中に出てくるギャグ
「あたり前田のクラッカー」は、昭和三十年代にテレビ放送された『てなもんや三度笠』で藤田まことさんが使ったギャグです。
CMも兼ねて、前田のクラッカーという商品を手にして、ダジャレギャグを出しておられました。




