〜漢の矜持〜
ドワーフ達の街、グラナに辿り着いた魔王が見たのはゴブリン達によって支配し、搾取される姿であった。
ガラというゴブリンに誘われ、闘技場を見物した魔王は試合の中である人物に興味を持つのだった。
◾️
「ただいま…。」
一人のドワーフが扉を開ける。
筋骨隆々ではあるものの、どことなく頼りなさげなその出で立ちは、自信なさげな表情へと特に顕著に表れていた。
髪や蓄えられた髭は幾つも結い併されており、本来ならワイルドさが出るはずが、そのおどおどした雰囲気から可愛らしさが伺える。
そして、異様なことに彼は背中に等身大以上の巨大な包みを背負っていたことだった。
「おう、帰ったか。」
部屋の奥から声が聞こえる。部屋の中は熱気が凄まじく、なにをするでもなく汗が噴き出るような室温だ。
それもそのはず、部屋の奥は煌々と火がくべられており、十数人のドワーフたちが一心不乱に鉄を打つ音が響いている。
そう、ここは鍛冶場である。
入り口は小さいが室内は喚起のために天井は5m以上と非常に高く設計されており、これだけの広い空間を掘削で作り上げている。
彼は大荷物を近場のテーブルに置くとガチャリとした乾いた音が響く。そして、椅子に座って大きく溜息をついた。
そんな陰鬱な雰囲気を察したのか、奥から一人のドワーフが作業の手を止め、顔出す。
深く刻まれた皺に厳しい眼光。髭は鍛冶場の火で燃えているのか、チリチリと巻き上げている。
煤で汚れた顔を水瓶の水で洗い流した後、陶器のカップに水を汲んで彼の元に差し出した。
「なんでい、その面ぁ?まさか負けたんじゃねぇだろうな?」
初老のドワーフは睨みつけるように彼を見下ろす。
彼はもじもじしながら、「勝ったよ…。」と答えた。
それを聞いて一安心したのか、初老のドワーフは彼の向かいにドカッと腰かける。
「ああん?それにしちゃあ浮かねぇ顔だな。なんかあったのかよ?」
「親方…。俺…。」
彼が俯きながら言葉を紡ごうとした時、店の扉が開かれた。
一斉に視線が扉に集中する。そこには、不気味な仮面をつけ、珍しいプレートローブを身に着けた男が立っていた。
一見しただけでは種族が分からないため、亜人であることからこの町の者ではないことは確かであり、ゴブリン族でないことも確かだ。—亜人と呼ぶことは外国人と呼ぶことと同義—
男は二人を一瞥すると、口元を吊り上げた。
「当たりだ。」
「ああ?」
突然発せられた言葉に、親方と呼ばれたドワーフが席を立つ。
「あんた、何の用だ?旅のご用達ものなら他当たってくれるか?」
そうして追い返そう詰め寄る彼を男は手で制し、椅子に座って背中を丸くしているドワーフに近づいていく。それがわかり、彼の体が小刻みに震えていた。
それを見て男は首を捻る。
「どうした?何を小さくなっている。リングの上での堂々とした姿はどうした?チャンピオン ノーガ。」
名前を呼ばれ、彼の体が大きく跳ね上がる。体からは嫌な汗が噴き出し、歯がガチガチと鳴る。その様子を見て、慌てて親方が二人の間に割って入る。
「てめぇ!急に来て何を言い出しやがる!?何を根拠に…。」
「論より証拠、と言いたいところだが、現物として差し出すことが出来ないのが悔やまれるな。だが確実に言えることは、私が《鑑定》のスキル持ちであり、それで見たノーガのステータスとそこにいる男のステータスが完全に一致しているということだ。」
親方が反論しようと何か言葉を紡ごうとしていた時、騒がしさを聞きつけ奥からわらわらとドワーフたちが駆けつける。
それを見て、親方は声を張り上げた。
「てめぇら!仕事を終わりだ!今すぐ荷物まとめてここから出ていきやがれ!!」
突然の物言いに、狼狽する声も上がったが、まるで射殺さんとする親方の目を見た瞬間、全員が片付けもそぞろに荷物をまとめて、こけ逃げるかのように外へと出ていった。
そうして、ここには三人となる。ーゾゾもいるがー
「話の続きをする前に名乗らせてもらう。私はシェブニグラス=インフェルド。先に言っておくが、貴公らに害をなそうとするつもりはないので、もう少し胸襟を解いていただきたい。」
「…この鍛冶場を仕切ってる【バルーシ】だ。」
「か、鍛冶師見習の【ノーガ】です。」
魔王の言葉を受けても、二人の緊張の糸は解れない。軽くため息をつき、魔王はテーブルの上に置かれた巨大な包みに近づく。
「鑑定のステータスを見た時、はっきり言って落胆したよ。チャンピオンと呼ばれる者のステータスがLV12の凡夫であることに…。だが、それでは説明のつかないことが二つあった。」
バルーシが魔王を包みに近づかせないように身を挺する。その様子を見て、魔王はふっと笑って歩みを止めた。
「大した腕力も体力もないはずの凡夫がさらにハンデとして大量の楔を抱えている。本来なら勝負どころか、身動き一つできるはずがない。それなのにあの機敏な動きが出来たのはなぜか…。」
魔王の肩に乗っていたゾゾが顔を出した。
「そのトリックはこれだ。」
魔王の言葉に合わせ、ゾゾが目にも止まらぬスピードでテーブルの上の包みに体当たりした。
乾いた…あまりにも軽い金属音を立てて包みの中にあった大量の楔が床に散乱する。
しかしながら、その音や落下のインパクトはとてもではないが、一つ15kgもある代物とは思えなかった。
魔王は楔の一つを拾い上げると、軽々と手遊びして見せ、真っ二つに切断した。楔の中は空洞だった。
バルーシとノーガは青ざめた表情を浮かべる。
「本来なら純度100%で作られるはずの鉄を別の素材にすり替えた。ご丁寧にこの通り、中まで空洞にしてな。鑑定スキルを持っている者がいなければ、見抜けるわけがない。鉄だと思い込み、鉄以外の素材が知識にないのであればな。」
魔王の言い回しに、バルーシは目を戦慄かせながら顔をあげた。
「だ、旦那…。もしかしてこれがなんなのか分かるのか?」
震える声でそう尋ねる親方に対し、魔王は不敵に笑った。
「アルミニウムだろう?」
その一言に、バルーシは落雷に撃たれたかのように体を硬直させ、そのまま膝をついた。
「ここに来るまでの道中の荒野に、ボーキサイトはいくらでも転がっていた。加工技術がある事が驚きだが、こうして作れている以上、アルミニウムは同じ質量でも鉄の三分の一の重さだ。しかもそれを空洞にして作れば重さは200g程度にまで軽量化することは可能。100個持っても20kg、普通の鎧よりも軽いぐらいだ。ドワーフの基礎腕力ならなんともないレベルだな。」
魔王がそこまで講釈を行い、ふと振り返った時、魔王は身じろいだ。
バルーシが泣いているのだ。
見開かれた目から絶え間なく涙が溢れ、床には失禁したのではないかと思うほどの涙の水たまりが出来ており、その様子を見てノーガも狼狽していた。
「お、親方…。親方…!」
ノーガが肩を揺すりながら意識を確かめる。バルーシは口をパクパクと動かしながらなんとか言葉を発しようとするが、嗚咽に変わっていく。
「あれ…あれが…わ…わか…るのか?あれを…なにかと…しって…しって…。」
バルーシの号泣が始まる。その様子に魔王は唖然とした。
(なんだこの展開?なんでこのおっさん、急に泣き出してるんだ?)
あの顔、あの泣き方…あれは懺悔や絶望の涙などではない。
むしろ逆…。歓喜の涙だ。
異様な雰囲気に包まれた室内で魔王とノーガは茫然とバルーシの男泣きを見送っていた。
「そう、そうか…。あれはアルミニウムというのだな?その名、その知識を有しているということはお主…」
「ちょっと待て!」
魔王はバルーシの言葉を制した。先ほどまでの頑固親父を絵に描いたように頑ななバルーシの顔がまるで恋する乙女のような…と考えて魔王は表現を改める。神と出会えた敬虔な信徒の様な表情に変わっていた。
「完全に腹に落ちてしまっている中申し訳ないが、私は先ほど不可解な点を二つと挙げていた。二つ目の話をさせてもらっても?」
バルーシは首を素早く縦に振る。
「聞かせてくれ!いや、ください!あなた様の講釈を!」
「う、うむ。」
魔王はあまりの変わり様にドン引きを禁じ得なかったが、咳払いを一つしてノーガに視線を向ける。
その折、ゾゾが魔王に何か言いたげな雰囲気を出すが、魔王はそれを手で制した。
「前述したとおり、チャンピオン ノーガのレベルは12。しかしながら、今日のチェレンジャーはLV23だった。これはあまりにも圧倒的な差だ。楔を軽くし、相手が正規の楔を十個身につけていたとしても埋められる能力差ではない。その差を埋めたのは何か…。」
魔王は簡単な魔法を発動し、指先で電気を放って見せた。
「そう、《雷槌》と呼ばれている例の一撃必殺のスキルだ。だが、チャンピオンにはそのようなスキルなんて持ち合わせていない。じゃああれは一体なんなのか…。」
魔王はノーガの左手を掴み上げた。その手には分厚い黒のグローブが嵌められていた。
「こいつが仕掛けだな。」
グローブの掌には電極の様なものが張り巡らされており、それは異様なまでの怪しい光を放っていた。
「この電極と金棒が触れ合うことで電気が発生するようになっているんだろう?面白い構造だよ。正直、避けに徹していたあの時間はパフォーマンスかと思ったが、貴様には時間が必要だった。金棒にしっかりと帯電され、触れるものを一撃でショック死させるほどの威力にするためにはな。ざっと10万ボルトぐらいか?」
ノーガは観念したのか、力なく頭を垂れる。
魔王は「お借りしても?」とノーガからグローブを受け取る。そしてその構造と質感に驚愕していた。
「まさかこの世界でこれほどの巧妙な電気配列と絶縁体を製造加工できる技術があるとは、正直驚かされた。これを作ったのは一体…。」
みると目を輝かせたおっさんが、勢いよく「自分だ」とアピールする指差し行動を連続させていた。
(いや、まあわかってるけど…。)
「私が最初に『当たりだ』といったのは、この世界の文明に不相応な知識と技術を持っている人物を見つけたからだ。」
魔王はバルーシに向き直る。
「それは貴公だ。バルーシ殿。」
改めてそう名指しされ、バルーシは心の奥から湧き上がる得体のしれない感情に、体を震わせていた。
「あんたは、『この世界に不相応な知識と技術』といった…。この言葉から改めて確信したから尋ねさせてもらう。あんたはまさか異世界からの…。」
目を戦慄かせながら訪ねるバルーシに対して、魔王は正直に話すかどうか一瞬躊躇ったが、意を決して深く頷いた。
「その通りだ。私は異世界からの転生者だ。」
魔王の口上を受け、バルーシは小汚い床に胡坐をかいて座し、そのまま頭を地面に擦り付けた。その光景を見て、ノーガも慌ててそれに習う。
頭を擦り付けたままバルーシは「恐れながら…」と前置きをする。
「なぜ火は燃えるのか?なぜ物を掴める?なぜ手を離せば落ちる?風とはなんだ?時折鉄を触ろうとしたらなぜ痺れる?なぜ息をしないといけない?なぜ呼吸を止めたら苦しいのか?!これらの貴方は答えをもっていらっしゃるのだろうか?!」
魔王は当然ながら頷いた。
「私がいた世界ならば常識の範疇だな。」
それを聞いて頭を擦り付けていたバルーシは再び声を震わせて泣き出した。
「ワシは…800年は生きとる。800年生きてきた中でこれほどの幸福な出会いは初めてだ…。」
ボロボロとこぼれる涙をバルーシは拭おうともせず、くしゃくしゃの顔を魔王に向ける。
「ワシにその答えをくれる者も、一緒に考えてくれる者もいなかった!親も、友人も、師匠も弟子も!皆一様に興味を示さなかった。そういうものだ、余計なことを考えるな、全てそうあるように魔法で作られたのだと…。享受されないその疑問を解くために…800年だ…。そうやってたった一人で試行錯誤して作り出したワシの…ワシだけの技術…。」
バルーシはようやく涙を腕で拭い始めた。
「武器の強度を上げるために、鉄を折り返して鍛錬した。鉄よりも強い金属を溶かすために、もっと温度が高い火が必要になった。そのために、火から生まれる空気の圧縮を使って、炉に空気を自動的に送り込む装置を作り出した。だが、そんなワシの発明に対し、皆は言うのだ…。」
さっきまでとは違う、悔しさが滲む声が絞り出される。
「『どんな魔法を使ったんだ?』とな!ワシは悔しかった!魔法なんぞではない!あんな…魔族しか使えんズルとは違う!この技術について語り合い、分かち合える相手をどれだけ待ち望んだことか…。」
「お、親方…。すいません…。」
ノーガがバルーシの肩を抱き目に涙を溜めて陳謝する。バルーシは首を横に振った。
「いや、ワシも悪かった。おめぇが口答えしないのをいいことに、おめぇを無理やり実験に付き合わせた。ズルしている負い目がある中で、チャンピオンとして振舞わなければいけねぇのは正直辛かっただろう。ノーガ…許してくれ。」
ひしと抱き合った二人を見ながら、魔王はノーガの心情を察した。
バルーシのやっていることを理解できないが、それを拒否できずに、気づけばチャンピオンなどと呼ばれるようになったひ弱な男。
だが、どう考えてもイカサマの類に加担している事実だけは理解できていたため、毎日バレないかどうか不安だったのだろう。
ある意味、ノーガは被害者だった。
「はい、そこまで!!」
エモーショナルな雰囲気が漂う中、突如として扉が乱暴に蹴り飛ばされた。
三人の視線が破壊された入り口に向けられる。
そこには下卑た笑みを浮かべるゴブリンがいた。その後ろにも何人かいたが、ひときわ長身な体躯を持つその男だけは見覚えがあった。
ガラである。
ガラは壊れた扉を踏みつけながらズカズカと鍛冶場の中に上がり込み、後ろの連中もそれに習った。退路を塞ぐように放射状に並び、各々が金棒を持ち威嚇する。
バルーシはガラの顔を見て青ざめ、ノーガは震えながら尻もちをついていた。怯える二人を尻目に、いい流れを完全に潰され、魔王は不快感を露わにした。
「何の用だ?」
「ん?分かんない?分かんないのかな?分かんないよね~?」
ガラは両手を大きく広げ、魔王たちを挑発する。
「余所者の亜人が何の用かな~ってマークしてたけどよ。こいつは色々と不味いことがバレちゃったよねぇ~。」
取り巻きのゴブリンが薄ら笑いを浮かべて店の外から何かを引き入れる。
「お前ら!!」
思わずバルーシは声をあげた。連れてこられたのは両手を縛られ、顔の原型がわからないほど腫れあがったドワーフ達だった。彼らがこの鍛冶場で働いている職人たちであることはバルーシの反応が証明していた。
「お仕事もせずに暇そうだったからさ~仲良くするためにちょっと激しめのスキンシップしてあげたのよ。」
ガラはそう言いながら怯えるドワーフの肩を抱き、血で赤く錆びついた金棒をちらつかせる。
「そしたら初めて見る亜人さんが鍛冶場に来てから親方に追い出されたっていうから、これは大変!駆けつけてみたら、びっくりするような話してるじゃねぇか。ああ?」
そして、金棒をノーガに向けて突き出す。
「チャンピオン ノーガ…。話はよく分かんねぇが、てめえ…イカサマしてやがるみてぇだな?ただで済むなんて思ってねぇだろうな?ああ?!」
ガラの怒声にノーガは目に涙を浮かべ歯をガチガチと鳴らして震えていた。
ガラは金棒の先をバルーシに向ける。バルーシは苦虫を嚙み潰したような目で金棒の先端を見つめていた。
「当然だけどよぉ、バルーシ…あんたも極刑だぜ?当然だよな?亜人のあんちゃんも一枚嚙んでんなら覚悟してもらわねぇといけねぇぜ。ちゃちな玩具で荒稼ぎしたんだ。そりゃあもうしっかり目に分からせてやらねぇといけねぇよな?」
「…ちゃちな玩具じゃと?」
ガラの一言にバルーシは恐怖よりも怒りが上回った。
聞き取れるか聞き取れないかのその一言に、ガラは眉を顰めながら怪訝そうに「ああ?」と首を傾げる。
「この世の叡智から果てしなく遠いポンコツ頭の分際で!!ワシの作り上げた芸術を見下すでないわ!!」
その一言はその場にいる空気を静寂へと誘った。
その静寂の打ち砕くように、ガラは土壁に勢いよく金棒を叩きつける。
それにより、土壁が激しい音を立てて崩れた。
ドワーフ達は「ひっ!」と言って身を縮めた。
「なに?なになになになになになになになに?何口答えしてんの?しかもさっき…俺のことバカにした?バカにしたよなぁああ?!ああ?!」
怒りの形相に変わったガラは目が赤く怪しく光り、体中を白い体毛が覆いつくしていった。身長が3mほどになり、四肢は太く、ドワーフを鷲掴みに出来るような体躯となった。
ゴブリンの時は小ぶりだった4本の角が鋭く天を突く。口角からは剥き出しになった二本の牙が凶暴性を助長した。
一言でいえば、白い獣の鬼という様相である。
その変貌に取り巻きのゴブリン達は、闘技場の時の興奮を思わせるかのように熱狂する。
『コロセ!コロセ!コロセ!!』
ノーガをはじめ、ドワーフ達は皆腰を抜かし、口をあんぐりとに開き、目を戦慄かせては股座をぐっしょりと濡らしていた。
それを見てガラはゲラゲラと笑う。
「そんなにビビるなよ。そんな目されるとよ…興奮するだろうが。ああ?バルーシよぉ?テメェは一応レアだ。高ランクの鍛冶スキルを持ってるテメェを殺すのは偲びねぇ。そこでだ。」
ガラは耳まで裂けた口角を吊り上げる
「俺に【真名】を捧げろ。そして一生俺の奴隷になって俺が望む武器を打て。そうすれば、今日の無礼を免除、飯と女に困らない生活を約束してやるぜ?どうだ?」
恫喝でしかない取引に、思わず流されてしまいそうになった。
しかしながら、バルーシは歯を食いしばって恐怖を堪えていた。
自分が火をつけたこととはいえ、ここで屈してはならない。否定しなければならない。自分の言動を顧みるなどあってはならない。
バルーシにとってこれは意地を超えた戦いだった。
「貴様に何が生み出せるというんじゃ!奪い、犯し、嬲ることしか能のないがケダモノが!お前なんぞに下げる頭と屈する膝は持ち合わせておらんわ!!」
響き渡るバルーシの罵声に取り巻きのゴブリン達は静まり返った。
バルーシの気迫に押されたというのもあるかもしれないが、最も分かり易い恐怖を感じたからに他ならない。
ゴブリン達は誰からでもなくガラの表情を伺った。
その顔は、ゴブリン達も腰を抜かすほどの憤怒に包まれていた。
目が血走り、牙を剥き出しにし、逆立った白い体毛は触れるものを切り裂かんばかりに鋭利に見えた。
「ああ~そうかい…。そんなに命がいらねぇのかい…。だがよ…楽に死ねると思うなよ!今日からテメェの飯は俺の糞だ。足先から頭の先まで皮引ん剝いて発狂するまで嬲ってやるぜ!意識が残ってるうちに魔殖虫の卵産みつけて、俺様に楯突いたことを死ぬほど後悔させてやるからなぁ!おいッ!!」
そう言うと、ガラが一歩バルーシに近づいた。
そんな一触即発の空気を切り裂くように、乾いた拍手が響く。
怪訝な顔をする周囲の視線を浴びながら、二人の間に魔王が立ちはだかった。
「見事な覚悟だ。命よりも優先されるのが誇りと尊厳とは…。これが矜持というものか。それに比べてこちらは…。」
ガラは魔王の乱入でさらに苛立ちを膨らませていた。
「おい亜人、邪魔だよ。先にぶち殺されてぇのか?」
それを聞いて、魔王は薄っすらと笑みを浮かべる。
「知性も品性も感じられない低俗で下品な暴君…。存在する価値など微塵もないな。」
プチンッ!という音が響き、ガラの巨大な剛腕が魔王に向けて凄まじいスピードで振り下ろされる。
直撃は免れない!
そう誰もが思ったガラの剛腕は、魔王の体に触れることなく虚空を薙いだ。
魔王は微動だにしていない。
当然何の外傷も見当たらない。
何が起きたのか。
誰もが理解が追いつかない中、一人のゴブリンがそれに気づき、恐る恐る指をさして口にした。
「お、おい!ガラ様の…ガラ様の腕が…!!」
その声を聴き、ガラは先ほど攻撃をしたはずの右腕から激痛感じた。恐る恐る右手に視線を落としとそこには…。
「ゲッ!が…が…ギャアアアアアアアアア!!!」
ガラは目を見開き、絶叫をあげた。彼の右腕は肘から下が綺麗になくなっていたのだ。あまりにも素早く、鋭利に切り落とされたためか、断面から血液が思い出したかのように遅れて吹き出し、激痛をガラの頭に認識させた。
そして床でのたうち回るガラを、冷ややかな目が見下ろすのだった。




