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魔王な私の世界録  作者: ヴァルキリァ
第三章 ①
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躓く石も縁の端3


 翌朝、早くから家を出てミスティという村へ向かっていた。私はというと、かなり足取りが重い。


「顔色悪いぞ、トリ。大丈夫か?」


「うん、大丈夫だよ。ちょっと夜に嫌な夢を見てね」


 背を丸めて歩いていると、ハーティが声をかけてくれた。

 それでも私の頭は明瞭に動いていない。そんな様子を見かねたのかアルビレオも声をかけてくれる。


「嫌な夢って何さ」


「小さい頃に森に置き去りにされてね。嵐の中でお母さんを探して走り回ってるっていう夢なんだ」


「……さらっと重い話をするなよ」


「ははは」

「――笑い事じゃねぇよ!」


 アルビレオが大声を出すと、私の手を握っていたスィフィが驚いた顔で目を瞬かせる。


「まぁまぁ、アル。落ち着けよ」


 ハーティが声をかけると、彼は怒った様子で再び歩き出した。

 私は力なく尻尾を垂らす。自分は馴れていても、他者は不快になる話もあるのだと悟った。


「――あるぅ」

 何を思ったのかスィフィが手を離して、前を進行していたアルビレオに駆け寄って行く。彼はその指先を掴まれて彼女に視線を合わせた。


「ん、スィフィ?」


「あるぅ、※※※※、※※!」


 アルビレオが首を傾げると伝わらないのがもどかしいのか、彼女はムッとしている。


「ご、ごめんさっいしてぇ!」

 スィフィが叫ぶと、聞き覚えのある台詞に私の直感が働いた。


「もしかして、ごめんなさいしてってこと?」


「アル。スィフィがトリと仲直りしろってさ」


 ハーティが笑ってアルビレオの肩に手を置いた。スィフィはかなり真剣な表情をしている。


「あるぅ、ごめんさっい!」

 小さな勇者に頷いてから、アルビレオは私の方へ来た。


「怒ってごめん。でも辛い時に笑って誤魔化すのは良くない」


「うん、私もごめんなさい」


「僕は知り合って間もないから無理でも、親父には甘えていいからさ」


「任せろっ!」


 すかさずハーティが叫びながら抱き付いてくるので、悲鳴を上げる。私が彼から逃れようしていると、スィフィがハーティの足をペチペチと叩いた。


「はてぃ」


「ん、何かなスィフィ」


「はてぃ、ごめんさい!」


 腰に手を当てて仁王立ちするその姿は、まるでミーティアを真似ているようだ。


「……あ、ごめんなさい」

 ハーティが手を離すと、スィフィはフンと鼻を鳴らしてから私の手を取って歩き出す。


 ――なんて頼もしい子なのっ。

 小さな手に引かれなから、私は感動して震えた。



 ++++++


 ミスティに着いたのは夕日も傾いた頃だった。徐々に暗くなり始めた景色の中で、その小さな村へと足を踏み入れた。

 村は点々と木製の家が立ち、その一番奥には雑木林が広がっているようである。

 そこで、住人に話を聞いていたアルビレオが戻ってきて口を開く。


「どうやら、奥の林内にあるみたいだ」


「うし、ちゃっちゃと行くか」


 ハーティはスィフィを抱き上げて歩き始めた。私とアルビレオもそれに続く。


 家々から夕食の良い香りが漂ってきて、私の腹の虫が騒ぎだすとハーティが笑い声を上げる。


「竜族の家についたら休ませて貰おうな」


「私たちを泊めてくれるかな?」


「それは分からん」


 腕を組んだ彼とそんな話をしながら、家の立つ通りを抜けて林に入った。


 どうやらそんなに深いようではない。すぐに明かりが見えてきて目的地であるその丸太小屋(ログハウス)は現れた。


 木々の間にポツンと立つそれは、それほど大きくはないが立派な作りである。

 玄関前に表札だろうか、文字の書かれた立て札と郵便受けのような物が設置されていた。立て札を見てアルビレオが頷く。


「間違いない、ここだよ」


 早速、ハーティがスィフィを降ろして玄関の戸を叩く。しかし、何度叩いても誰も出てこない。

 窓から明かりが漏れているが、辺りは静まりかえっている。


「すみません、誰か居ませんか!」

 大声を出すと、ようやく鍵の開く音がして戸が開いた。


「はいはい。どちら様ですか?」


 その向こうから面長の顔に群青色の髪をしている男が現れた。

 竜族の見た目はどうやら人族と変わりないようである。私みたいに尻尾の生えたドラゴン人間とかを想像していたので、少しだけがっかりした。


 男はかけていた丸眼鏡を押し上げて、私たちを見定めるように視線を動かしている。


「――旅人? 申し訳ないが、うちは宿ではないから泊めないよ」


 先に泊めないとはっきり言われてしまった。いやいや、私たちはそんな用事でやって来た訳ではないと首を横に振る。

 ハーティは背負っていた荷からいそいそと二枚の手形を取り出した。


「俺はグレイト・ハーティド・レティド。あんたに用事があって訪ねて来たんだ。……あ、えっと赤から出すんだっけか?」


 彼はそう言ってこちらを見る。あの時はゴタゴタしていて私も記憶が曖昧だ。

 どっちだろうとアルビレオに視線を移したが、彼も眉を寄せてハーティを見た。


 そんな状況に男がまるで不審者でも見るような目付きになり始める。

 「よし、こっちだ」と、ハーティは紫文字の手形を見せた。それを受け取ると男は柔らかい表現を浮かべる。


「おやおや、これは『ファーヴァ・ファザ』の手形だね。そちらは……――シャーデン・フロイデッ!」


 ハーティが二枚目の手形を渡すと、男の瞳孔が細くなりその体から異様な気が放たれた。


「なるほど。君たち、中に入りたまえ」


 家の中へ入り、戸を閉めると男が身振りで木机(テーブル)の周りに並べられた椅子に座ることを勧めてくれる。


「良かったね。こちらから見せられていたら、君たちを追い払ってしまっていたよ」


 彼は笑って赤文字の手形を暖炉の炎へと放り投げた。ジュッと小さな音を立てて、それは燃えて無くなってしまう。

 その満足そうな微笑みを見て、私は「この竜族、怖い男だ」と直感する。

 ハーティがほっと息を漏らしたのが聞こえて彼の方を見た。アルビレオも加えた三人で顔を見合わせて頷き合う。


 全員が席につくと 、男は静かに語り出した。


「この間、旧友から久しぶりに連絡があってね。何事かと思っていたら、君たちの話を聞いてやって欲しいという。本当ならこういう厄介事は嫌いなのでね。断るところだったが、あのシャーデン・フロイデが頭を下げてお願いしている様だったのでね」


 男はふふふと笑い声を上げたが、その顔はぜんぜん笑っていない。


「あのう。シャーデンとはどのようなご関係ですか?」


 シャーのことを尋ねようとすると、男はまた瞳孔を細くした。殺気のようなものが刺してくるように、私の体を突き抜ける。


「お嬢さん、すまないね。私の前でその名を口にしないでくれるかな。あまり耳にしたくないんだ」


「……すみません」

 完全に気後れして冷や汗をかいた。そんな私にも構わず男はまた語り始める。


「さて、どこまで話したかな。そうそう、あの男が頭を下げてお願いするのでね。ははは、可笑しいよ。本当に童子に弱いね。昔からそうなんだよ。……ああ、そうだ。折角だから昔話でもしようか?」


 男が丸眼鏡を押し上げながら「まだ話す」と無言で圧を掛けてくるので、私は頷いておく。


「……むかしむかし、竜族は魔族と戦争をしていた。奴等は我々を人族のように軽視して狩り尽くそうとしたからね。竜王様がそれはそれは御怒りになられたのだよ。私がまだ幼い時分だった。その戦禍で親を亡くしてしまってね」


 彼は首からネックレスのように下げていた、文字の彫られた鉱石に触れながら言葉を続ける。


「ああ、だけど家族を失ったからといって単に魔族を恨んじゃいないんだよ。皮肉なことに、それによって本来じゃ出会えないような親友にも恵まれたのだからね。まぁ、それは私が若い頃、学舎で学んでいた時の話なのだけれど、その時にファーヴァーと……」


 しかしこの男、話が長い。どうやらそう思ったのは私だけではないようで、ハーティとアルビレオも並んで渋い顔をしている。

 きっと私たちの心は今一つだろう。「こいつまだ話すのか」とそれに尽きる。


 ぎゅっと眉を寄せたが、それに男は気付いていないようで饒舌に言葉を紡ぎ続けている。確かに興味深い話ではあるが、こちらの事情にも少しは耳を傾けて欲しいところだ。

 旅の疲れも相まって、だんだん頭がぼーっとしてくる。しかし、私は一夜漬けで試験勉強しているような必死さで彼の話を聞き続けたのである。



 窓から強い日差しが降り注いでいた。部屋の暖炉の火もカスカスと音を立てながら燻っている。

 朝までどうにか寝ないで意識を繋ぎ止めることができた。眠気眼で隣を見ると、ハーティが机に突っ伏して(いびき)をかいている。

 そのまた隣に座っていたアルビレオも背中をダラリと椅子の背に預けたまま、天井を見上げた格好で寝ている。

 スィフィはその膝上で、意識朦朧といった様子で頭を上げたり下げたりしていた。


「おやおや、もう日の出か。少々話をしすぎたね」

 男はこちらをみると、ふふふと微笑む。目がショボショボしている私はゆっくりと首を傾げた。

「お嬢さんのお願いだったら聞いてあげよう。例え君が魔族でもね。もしも(みな)眠ってしまっていたらお引き取り願っていたよ。良かったね」


 私は驚いて意識を覚醒させた。


「私は何事も交換条件が信条でね。無条件で他者の頼みを聞くほど、良い竜ではないよ。――さぁ話してごらん。なんだい?」


 眠らないで話を聞いていて良かったと胸を撫で下ろす。

 男に、事情とスィフィを親元に返したい意を伝えると彼は大きく頷いた。


「なるほど、そういうことなら構わないよ。といっても皆、眠ってしまっているようだから後にしようか。女児はソファーで寝かせよう。お嬢さんは私の寝台を貸してあげるからこちらへついて来なさい」


 もはや眠気が限界(ピーク)なので素直に彼の好意に甘えることにする。私は男の後にふらふらとついて寝室へと向かった。

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