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魔王な私の世界録  作者: 志築ちとて
第三章 ①

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躓く石も縁の端2


 私たちは小規模な村々へ寄りつつ進行し、ようやく親子の住んでいたという『ロッサ』へ到着した。

 まだ明るいうちに無事に村へ入れて良かったと一息つく。


 ロッサ村は物見(やぐら)のような高い塔が中心部に立っているのが特徴だという。

 実際に村の中を歩いてみると、その塔を囲むように家々が等間隔で連なっていた。住居の外装は石壁で黄土色の屋根、庭先に木の小屋が付いているものが多いようである。

 私は勝手ながら、のどかな田園風景を想像(イメージ)していたので正直なところ驚いてしまった。


「よし、我が家まで競争っ」


 そこでハーティはさっとスィフィを抱き上げて走り出す。ピューという効果音が聞こえるほどの勢いで彼の姿は見えなくなると、アルビレオと顔を見合せて苦笑した。

 彼に連れられてきたのはやはり、他の住居と同じような外装のこぢんまりとした家である。隣接する庭先にはハーティが以前言っていた畑のあとも見える。


 大きな背中が玄関扉の前で立ち尽くしていた。その肩が小刻みに震える度に、手を握ったスィフィが不安げな表情で彼を見上げている。

 ハーティはお調子者だが、その胸の内には真剣な思いがあったのだろう。

 私はただ黙って彼を見守ることにした。すると隣にいたアルビレオがそっと近付いて行き、その哀愁漂うの背に手をかける。


「……お帰り、父さん」


「ただいま」

 ハーティは呟いてからドアノブに手を掛けた。彼は力強く扉を引くが、当然のようにそれは開かない。


「ああ、鍵がかかってる」


「あはは。それ、当たり前じゃない?」


 とぼけた顔をする彼に近寄る。アルビレオと一緒に笑うと、ハーティもようやく笑顔に戻ってくれた。

 心配そうな表情だったスィフィの頭を撫でると、彼女は微かにほっと息を漏らしている。

 その時、背後から「アル」と叫び声がして、私たちは一斉に振り返った。長い金の髪を振り乱しながら、娘がこちらに駆けてくる。


「ああ、アルビレオ。心配していたのよ」


 娘はその碧眼を目一杯開いて、息を切らせながら近付いてきた。……と思った瞬間、なんと彼女はアルビレオの胸ぐらに掴みかかった。

 それを見て、彼女が例のお姉さん(ミーティア)だと確信した。容姿もさることながら、有無を言わさず掴みかかるところは正しくレティド家の遺伝子だ。


「ね、姉さん。落ち着いて」


「落ち着いて、いられますかっ。もう……」


 そう切れ切れに言ってから彼女は弟から手を離して、地面によろよろと腰を下ろす。ハーティが慌ててミーティアへ手を差し伸べた。

 彼女は不思議そうな表情を浮かべていたが、すぐに顔面蒼白になる。


「と、父さん!!」


 ミーティアがその場でふらりと倒れ込むと、慌ててハーティが上半身を抱えた。父親と息子は二人でその名前を呼びながら彼女の体を揺すっている。


 そりゃあ、驚くよね。三年以上も音信不通だった父親が目の前にいるんだもの。



 部屋の中で、鬼と化したミーティアが腰に手を当てながら仁王立ちしていた。その前でハーティとアルビレオが正座させられている。


「――あなた達はなんなの、怒るわよ!」

 ミーティアが倒れた後、すぐに彼女を自宅へと運んだ。居間(リビング)のソファーに寝かせていたのだが、体調が回復すると彼女は飛び起きて、激昂し始めたのだった。


「姉さん、もう怒ってるんだけど……」

「だってさ、仕方ないじゃんかよ……」

 アルビレオとハーティは同じように唇を尖らせている。


「信じられない。反省しないつもりなのね。いいわ、私が許すまでずっとそうしてなさい」


 父子は同時にシュンと肩を落とす。その動作もやはり息が合っている。

 そこで怒れるミーティアと目が合ってしまった。私がビクッと体を震わせると、同じように怯えたスィフィが足にしがみついてくる。

 しかし、彼女は美しい笑顔を見せて口を開いた。


「ごめんなさい。騒がしくて」


「い、いえ。お構いなく」

 そう答えるので精一杯だった。こういう人は怒らせると怖いなと思う。


 そこで、二階から幼児が階段伝いに降りてくるのに気が付いた。

 ミーティアが「あらあら」と呟く。


「ごめんね、起こしちゃったわね。――じゃあ。リゲル、ご挨拶して」


「こん……にちは」


 幼児はゆっくりと頭を下げると母親の足の陰に隠れた。リゲルは愛らしい容姿だが衣服はズボンタイプ、髪も短く切っているので男の子のようだ。


「リゲルー、おいで」


 ハーティは素早い動きで立ち上がると、ニヤニヤと気持ち悪いぐらいの満面の笑みで幼児に迫る。彼はそのまま、いやいやと逃げるリゲルの背を追い始めた。


「ちょっと、追い回すの止めてよね」


「ははは、仕方がないな」


 ミーティアが半泣きの息子を庇うと、ハーティは頭を掻きながらこちらへ来た。私の足元にいたスィフィを抱き上げると言う。


「ミーティア、紹介するよ。この子はスィフィ。そちらの彼女はトリだ」


「初めまして、私は南島(なんとう)羽里(うり)といいます」


「え、ナントゥリさん? 」


「……気軽に、トリと呼んでください」

 苦笑ながらミーティアと握手を交わすと、床から立ち上がったアルビレオが補足してくれた。


「彼女とは事情があって旅して来たんだ。ミスティまで一緒に行くよ。家には寄っただけだから」


「そうなの」

 ミーティアがふーんと呟くとハーティが鼻に触れる。


「ああ、実家の鍵を貸してくれ。とりあえず今日は向こうに泊まるからさ」


「そうね。旦那は仕事で明後日まで帰らないから、食事は一緒でいいかしら?」


「ん、いいのか?」


「いいわ。久しぶりの再会だもの。二人にも話したいことが一杯あるの」

 そう言った彼女の表情がみるみる鬼のようになる。


「誰が動き回っていいと言ったの? 父さん、アルも、夕飯までそこに座っていて」


 ミーティアの静かなる気迫に二人が慌てて正座をすると、それに驚いたスィフィも彼らの真似をして座り込んだ。


「あら、スィフィちゃんはいいのよ。こっちへいらっしゃい。良かったらリゲルと遊んであげてね」


 ミーティアはスィフィの手を取ってリゲルに会わせた。言葉の意味は分からないだろうが、状況は理解した様子のスィフィがニコニコと笑う。


 それにしても、スィフィは誰とでもすぐに仲良くなれるとても人懐っこい子だ。


「あの、私も一緒に遊んでいいですか?」


「ええ、見ていてくれると助かるわ」


 ミーティアが微笑むので、私はリゲルの目線に腰を下ろした。

「よろしくね、リゲル君」


 リゲルはただ静かに頷く。彼は少々人見知りの性格のようだ。


「なにして遊ぼうか?」

 できるだけ優しい口調で話し掛けると、リゲルは覚束ない足取りで書棚に向かった。よっこらよっこらと何か運んでくる。


「ごほん、よんで……くれる?」

 そう言って薄い本をおずおずとこちらへ渡す。

 私はベイル先生に習い、少しの文字なら読めるようになっていた。幼児の本ならばとそれを受けとる。


「えっと。なんとかと王様、魔族?」


「……ゆうしゃとまおう」


 リゲルが期待を込めて見上げてくるので、これは困ったぞと頬を掻いた。

 ページを開いてみると、挿し絵の隣に文字が並んでいるが絵本ではないようである。

 幼いのにずいぶん難易度の高いものを読んで貰っているようだ。さすがはアルビレオの甥っ子だなっと私は静かに本を閉じた。


「……えっと、日本の昔話でもお話してあげようか?」

 首を傾げるリゲルの側で、珍しくスィフィが眉を寄せて苦言の表情を浮かべていた。



 いざ、その『桃が流れてくる昔話』をしてみると、彼も興味を持ったようである。ついでに動きもコミカルに演じてみたので、スィフィも楽しそうに私を見ていた。

 しばらくそうやって寸劇をしていると、食事の準備をして動き回っていたミーティアがこちらに向かって口を開く。


「トリさん。寒いのでしたら、暖炉に薪をもっとくべましょうか?」


 いつまでもローブコートを羽織っている私に気を使ってくれたようだ。私はというと、鬼退治の剣を振るう動作のまま固まってしまう。


「あ、いえ……」


「ああ、トリ。脱いで大丈夫だと思うぞ」


 アルビレオと座って談笑していたハーティが言った。彼がそう言うならばと意を決して、コートを脱ぐ。


 ミーティアは驚いた表情は見せたが、冷静なようだった。しかし、それに変わってリゲルが「ぎゃあ」と大きな悲鳴を上げる。

 丁度、私の後ろにいた彼は、尻尾も視界におさめてしまったのだろう。リゲルは泣きながら母親の元へ行ってしまった。


 ――うん、怖いよね。ごめんね。

 やっと馴れてくれたところだったのにと私は衝撃(ショック)を受けた。

 謝罪をするために頭を下げようとすると、ミーティアがそれを止めるように手のひらをこちらへ向けてくる。


「ねぇ。リゲルは、お姉さんが嫌いなの?」


 ミーティアがしゃがみ込んで言うとリゲルは迷った様子を見せたが、ゆっくりと首を横に振る。


「じゃあ、好きなのね」

「……うん」

「じゃあ、泣くのはやめようね」


 リゲルは頷く。母親って納得させるのが上手いんだなと私が思っていると、彼女は我が子の頭をよしよしと撫でた。


「お姉さんと仲直りしてきてね。はい、ごめんなさいして」


 リゲルはおずおずとこちらへやって来て「ごめんさっい」と言う。私が「いいよ」と微笑むと彼はミーティアの元にすぐ戻って行った。


 一部始終を傍観していたアルビレオがぶっきらぼうな態度で言う。


「姉さん。トリは魔族だけど悪い奴じゃないよ」


「ええ、そんなの見てれば分かるわよ」

 そう言ってミーティアは柔和な笑みを浮かべてくれた。


 その後、食卓を囲むとリゲルも私に対して少しは緊張を解いてくれたようだ。食事を終えるとまた一緒に遊んでくれたので、もうこれは友達と言えよう。

 私はスィフィと共にミーティアの家へ残り、男二人は実家の方で泊まる運びとなった。



 みんなが寝静まった深夜、昔の悪夢を見て飛び起きた。全身に気持ちが悪いほど大量の汗をかき、呼吸も荒く苦しい。

 私は寝台(ベッド)で眠るスィフィを起こさないように床に座り込んで、一人で怯えることしかできなかった。

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