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Free・World・Story~フリー・ワールド・ストーリー  作者: 月見 呆一 (旧 月見)
第三章 二人の職人 ジェリゾフェール
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7 所内にて

 建物の中に入って、ナギサは小さく唸った。

 エクリプスの奇抜さというのは、どうも見かけ倒しらしい。中はいたって簡素なつくりだった。むしろこの感じは、


「…病院みたいだね」


 ナギサはその空間を評して、そう言った。閑散とした玄関ホールだった。蛍光灯のようなモノに照らされたそこは、まるで待合室のようにソファーがずらっと並んでいる。これで患者でもいれば完璧だ。どことなく漂う薬品臭が、それを確固たるイメージにしている。しかし、どうやら病院であれば、ここはよほどの藪医者だろう。ホールは閑散としていた。ソファーに座るヒトは無く、受付に足を運ぶ人も、白衣で歩きまわっている人も、誰もいない。外の隊長さんの演説が、ずいぶん遠くに聞こえる。周りを見回していたアメリが首を傾げた。


「変ですね。いつも、プレイヤーでにぎわっているはずなんですが…、店員も、いない?」

「誰か、受付の人はいないのかな?」


 ナギサはだれもいない部屋の隅、そこのカウンターを見た。おそらく、レジなのだろう。小部屋とホールに挟まれた場所に、どっちかというとタイプライターのようなレトロなモノが置かれていた。しかし、それを打つべきヒトはいない。


「やってる、はずだよね?」

「隊長さんはそういう感じで言ってましたね。客が来れないから、とか何とか」

「…客ね」


 ナギサは眉をひそめてあたりを見回した。きぬずれとか、物音とか、まず人の気配がない。


「本当に繁盛してるのかい? どんなに不味い洋菓子屋でも、ここよりは活気があるよ」


「プリン買いに来たわけじゃないんですから…」


「店にはちがいないだろう? ここ、武器が人気なんだっけ?」


「そうです。すみません! 誰かいませんか?」


 答えながら、アメリが呼び掛けた。しかし、どこからも、なんの反応もない。奥に関係者以外立ち入り禁止と書かれたドアが見える。チラリ、とアメリがナギサを見た。

 

「行ってみます?」


「うーん。しかたないかな?」


 相手は、ひょっとするとこちらに引き込まれているかもしれないプレイヤーだ。会って、とにかく話をしないことには始まらない。

 ナギサもアメリを見た。二人して頷きあうと、その扉に向かって歩を進める。


「昨日のあれは、なんだったんだろうね?」


 歩きながら、ナギサは唐突に言った。

 アメリが首を傾げた。


「あれ?」

 

「ほら、あのクマのぬいぐるみだよ」


「…ああ、あれ(、、)ですか?」


 思い出したのか、アメリが眉間にしわを寄せた。

 結局、あれは一晩中浮かび続け、そして光り続けていたのだ。結局終わりまで見ていたから、よくわかる。オリガなんか一晩中ベッドでもぞもぞしていた。クマは夜が明けたかと思うと、空に溶けるように消えていった。結局、あれはなんだったのか?


「魔法の一種よ」


「フィーデルさん? 起きてたんですか?」


 突然、杖の形になっていたフィーデルが会話に混じってきた。

 今朝は旅の疲れ(一応疲れはあるそうだ)のため、ここに来るとき、眠いから寝てると言われていたのだ。

 ナギサは首を傾げて言った。


「あれが、魔法ですか?」


「うん、そう。たぶんだけどね。ほらあのクマの人形―――ぬいぐるみだっけ? あれ、ペンダントしてたの気づいた?」


「ペンダントですか?」


 言われて、昨晩の光景を思い出す。黒い雲の漂う空に浮かぶ、輝くクマ。見た感じテディベアのそれは、行儀の良い姿勢で空の上に鎮座していた。そしてその首には…。


「ああ…、してましたね。何だか鎖につないだ奴」


 どうだったかなと首をかしげていたナギサをよそに、アメリが答えた。疲れてさっさと部屋に行ったわりには、ちゃんと見ていたらしい。何となくフィーデルがうなずいたような感じがした。

 

「そうなの。あれ、魔石のペンダントよ―――ずいぶん大きいけどね」


「魔石、ね?」


 ナギサは会話を頭の片隅で考えながら、ドアの前に立ちどまった。

 赤地に黒の毒々しい文字で、立ち入り禁止と書かれていた。ひとまず、ノックから。


 ―――コンコン。


「もしもーし」


「リーダー。それ、電話です」


「他に話しようもないだろうに―――誰かー、いませんか―?」


 ナギサの呼びかけに応えるモノはない。

 ホールは相変わらず、しんとしている。ナギサはもう一度叩いてみたが、やはり何の反応もなかった。例え立ち入り禁止と書いていたところで、入ってくる奴は入ってくる。鍵はかかってるかなと、そんな気持ちで、ナギサはノブに手をかけた。少しだけ、回す。


「―――開いてる?」


 ドアは何の抵抗もなく開いた。ナギサの眉間にシワがよる。半開きになったドアがキーキー鳴る。ナギサは思わず一歩下がった。


「…何でしょうか?」


 ナギサの、さらに後ろにいたアメリが、いぶかしげに暗闇の中を睨んでいた。その少し開いた向こう側は、なんの明かりも付いていない。ペンキで塗りたくったような、イヤな暗闇がのぞいていた。足元にかすかに階段があるのが見える。真っ暗な穴が、地面の下に向かって伸びている。様子をうかがっていたアメリが、チラリとナギサを見た。


「行きます?」


「うーん…」


 どこまでも気が進まない。というか、あれは何なんだろうか?

 ナギサはじっと、こちら側の明かりで、かろうじて見える足元に目を落とした。リノリウムと言うのか、ゴムっぽい、つるつるの階段だ。いまもナギサの顔が映るくらいにはつるつるしている。そこに、何本も、鏡のヒビのような線が走っているのだ。しかもなぜか毛羽立っているし、どれも五本ひとそろいになっている。ちょうどヒトが手を開いて、床に爪を立てれば、こうなるだろう―――何かに足を引っ張られ、引きづり込まれたときに。

 アメリが何か呻いて、一歩下がった。


「…大丈夫でしょうか?」


「うーん…」

 

 これを見て、大丈夫なんて言える奴がいれば、御目にかかってみたいものだ。きっと、よほど無責任なやつだろう。

 ナギサはため息をついた。


「アメリ君、フィーデルさんを持っててくれ」


 ぐいと、ナギサはアメリの腕に杖を押しつけた。


「え?」


「ここで待ってなさい。ちょっと見てくるから」


 ナギサはそう言って、金属の扉を押した。キー…と、イヤな音を立てて、扉が開き、ぱっくりと、その口を開けた。あわてて、アメリをナギサの服を引っ張った。


「ちょっと! リーダー、一人でいくつもりですか?!」


「…そうだけど?」


 どうかしたのかと言うように、ナギサは首を傾げた。

 

「そうだけど…、じゃ、ありません!」


 アメリはナギサの肩に手をかけて、力任せに回転させた。ナギサはされるがままにアメリの方に向き直る。そういえば、いまの状況だと、アメリの肩までしか身長がない。ますます上司の威厳がなくなった気がする。

 ナギサはそんなことを考えながら、何やらこわい顔をしたアメリを見上げた。


「どうしたの、そんな怖い顔して?」


「…そんなだから、ボケてみられるんじゃないですか?」


 ナギサは少し首をかしげたが、そのまま言った。


「…まあ、いまはどうでもいいよ。とりあえず見てくるから、あとから来るといい」


「あとって…。何かあったらどうするんです。六条君も寝込んでるんですよ?」


「だから(、、、)だよ」


 ナギサはアメリの手を外しながら言った。思いのほか、ガッチリ掴まれていた。ちょっと痛い。


「フィーデルさんから、いろいろ教わってるんだよ。何かあっても、大丈夫だから…」


 ナギサはそう言いながら、アメリを見上げた。眉間にしわが寄っていて、ちょっと怖い。そういえば、この妙な時に眉間のしわが寄る癖は、いつまで経っても治らなかった。これで向かってくるものだから、大抵の人にアメリは怖がられる。アバターの体になっても、やはり癖は変わらないようだ。というか、作りこまれた顔のせいで、迫力が増しましになっていて、前のアメリの上司だったら間違いなく泣いていただろう。そのおっかない(、、、、、)顔のまま、ずいっとアメリが顔を寄せた。


「大丈夫じゃありません、何かあったらどうするんですか?」

 

 アメリの怖い顔を間近で見ながら、ナギサはため息をついた。


「だからだよ。いつまでもロックフォール君をオリガさんに任せ切りというわけにもいかないだろう?」


「それはそうですけど…」


「二人揃ってどうにかなっちゃたら、彼の方もどうにかなっちゃうんだ。ここは任せなさいな」


「ですが…」


「大丈夫、フィーデルさんからも、いろいろ魔物について習ってるんだ。平気だよ。でしょ? フィーデルさん」


「そうそう、平気へーき」


 アメリがじろりと杖を見た。


「本当ですか?」


「あら? 疑うの?」


 心外だと言わんばかりに、杖が尖った声を上げる。


「教えてるって、なにを教えてるんです?」


「いろいろ(、、、、)よ。ねえ…?」


「変な話に聞こえるからやめてください。フィーデルさん」


「リーダー…。あのですねぇ」


「ダイジョーブよ」


 フィーデルが、アメリの手の中でお気楽な声を上げる。何か言いたげに、アメリが口をパクパクさせた。しかし、声は出てこない。ナギサはとどめにニコリと笑いかけた。


「その時は、あとでフィーデルさんと、オリガさんと相談してくれ。最悪、一旦ここから離れちゃっても良いから」


「ですから…、はあ…」


 なぜか呆れられた。今現在、アメリの方がどうしようもなく背が高い。少し、ばれない程度に背をのばし、胸を張る。何となく服が窮屈なのがアレだが、仕方ない。どうにもこうにも、頼りない見た目なのだ。少しくらい見栄を張らないとどうにもならない。

 

「…じゃね、アメリ君。フィーデルさん、あと、頼みましたよ?」


「はいはい、いってらっしゃい」


 心持ち、ぐったりとしたアメリをよそに、ナギサは銀色の扉を、その小さくなった手で押し開けた。中はやはり真っ暗だ。こちら側はやたらと明るいくせに、ランプどころか、窓の一つもないらしい。胡散臭い感じがぷんぷんする。ナギサは少しだけ、自分の行く先を観察していた。観察していたが、それで何かが進展するわけでもない。ナギサは意を決して、暗闇の中に、一歩踏み込んだ。

 

「…え?」


 すっかり細くなってしまったナギサののどに、冷たい感触が押し付けられた。

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