4 鉱山の街 検問
「また、ずいぶん、壮観だねえ」
「落ちるぞ?」
走る馬車の後ろ、そこから、のぞきこむようにして、ナギサはその前方をながめていた。一本の広い道、そこを馬車が何台も走っている。すべて、前方に見える富士山のような形の、大きな山を目指しているらしい。山が見えて来てから、結構、走っているが、まだ近づいてくる感じがしない。
遠近感が狂う。
まず、むこうでは見れない光景だ。
すぐ近くにいるオリガが心配するように言うが、ナギサはお構いなしだった。見たことのない風景、クレスヴィルの時もそうだったが、なんだかずいぶん久しぶりに、旅に出たんだなと実感できる。ナギサはそんな気持ちで、遠くに見える、ふもとにあるという街を思った。
フィーデルもトランクの上に座り、ニコニコ笑っていた。
「…私も、他の街なんて初めてなのよね。どんなところか、楽しみだわ」
「そんなノリで良いんですかね?」
ロックフォールが馬車の荷台に座りこみながら、言った。今日は、アメリが手綱を取っている。ロックフォールはさっきから眠そうに、しきりに、あくびを繰り返していた。馬車の中に引っ込んで、ナギサは言った。
「…やっぱり、寝不足気味かい?」
「ええ、寝ずの番が間に入りますからね。向こうで安眠してた身としては、堪えます。風呂も、お湯を浴びるのがせいぜいですし…」
そう言って、またあくびをした。
「しょうがないよ。どこで何に襲われるか、見当もつかないんだから…。街に入ったら、一回休むといい」
「…リーダーは、あんまり堪えてないみたいですね?」
「え? ああ、そういえばそうだね」
御者台に座るアメリは、青白い顔をしていた。初日のゴーレムの件が堪えているらしい。クレスヴィルの疲れも、完全に取れていないのだろう。この二日、あまり眠れていないようだ。いくら体は頑丈だとはいえ、これだと襲われる心配よりも、体調を崩す心配をした方が早いかもしれない。
「…とりあえず宿だな。アメリ君、大丈夫かい?」
「あ、はい…。もうしばらくは平気です」
「あまり、無理はするな。もう少ししたら、代わろう」
オリガが言うと、アメリが力なくほほ笑んだ。やっぱり相当、こたえているのだろう。そもそも、この部下だった二人は、長旅すら初めてだと聞いている。
ナギサはそんなことを考えながら、フィーデルに言った。
「…あの魔石は、どうです? 何か分かりましたか?」
「ダメね。使いものにならないってことだけよ。ただ、このあいだも言ったように、相当な腕よ。たまに魔石の買い取りもやってたけど、あの腕前は私以外、見たことがないわ」
フィーデルの言葉に、ナギサは顔を曇らせた。
イヤな雲行きだった。たしかに、あれ以来、二か所の休憩所に立ち寄ったが、別に襲撃は受けていない。しかし、誰かがヒトを襲おうとさせたのだ。それが、誰だったのか、それとも、自分たちだったのか、それが分からない。
「―――これから、しばらくは神経をすり減らしそうですね」
よく眠れない。これが、旅の一番神経を使うところなのに、そこに不安要因が重なるのだ。あまり良いことではない。
フィーデルがチラリとナギサを見た。
「…あの子たちに、あなたの体のこと、教えてあげなくていいの?」
「元人間の、意地みたいなものですよ。それに、変に気にされると、他の人たちにまで、不審がられるかもしれませんから」
心配そうに言うフィーデルに、ナギサは説き伏せるように言った。仕方ないという風にフィーデルは首を振る。
馬車が一瞬、ぐらりと揺れた。
「おい! 大丈夫か?」
オリガがアメリに声をかける。
アメリは目を覚まそうとするように、ブルブルと首を振っていた。情けなさそうにため息をついた。
「…すみません、オリガさん、代わってもらえますか?」
「分かった」
オリガは幌の隙間をするりとくぐり、アメリから手綱を引き継いだ。さすがに三日程度の移動でも、オリガはまったく疲れを見せない。この辺りが、慣れている者との違いだろう。
できても、慣れていないアメリがへたり込むように、馬車の床に座り込む。
ナギサは小さく息をついた。
「…君も、まずは宿だね。むこうに着いたら、よく寝なさい」
「そうしたいですが、まずここで一休みさせてもらいます」
そう言ってぐったりと、横たわる。
アメリは、そのまま寝息を立て始めた。オリガがいなかったら、大変な旅になっていただろう。
オリガの操る馬車は、順調にジェリゾフェールへの道を進んでいった。
「―――ここが、”ジェリゾフェール”、か。何だか、降りだしそうだな」
あれから、五つ時ほど、昼時。ナギサは、さっきと同じように、幌から身を乗り出して、街を見ながら言った。今は、遠巻きに見るしかできないのだ。しかたなく上を見ると、空が今にも泣きだしそうだった。
ロックフォールがイライラしたように、不機嫌な声を上げる。
「…なんなんすか、この渋滞は?」
「…見ての、通りなんじゃない?」
アメリの、けだるそうな声が、それに応じる。
高速の渋滞に巻き込まれた時の車内の光景が、ナギサたちの馬車の中にあった。
「これが、渋滞なのねぇ。すごいわぁ」
まるで、お上りさんのように、フィーデルがうれしそうに声を上げる。
ナギサは苦笑したが、内心では、うなずいていた。
街に入るための一本道、そこに、馬車が連なっていたのだ。たしかに、これはすごい光景だった。
「みんな、あそこに行くみたいだねぇ」
そう言って、遠くに見える、一つの門を、ナギサはながめた。
馬車五十台の先、凱旋門のような大きな門が、ジェリゾフェールへの入り口だった。
”ジェリゾフェール”は、山のすぐ下にできていた。壁に囲まれているところは、クレスヴィルと同じだが、こちらのはクレスヴィルの半分よりも低く、囲っている範囲が何倍も広がっている。その壁の内側に、建物の、黒い瓦張りの三角屋根が見えていた。クレスヴィルと比べると、薄く、広い街。だが、まるでそれは、オモチャの街のように、ナギサには見えていた。それは、たぶん、”山”のせいだろう。
目の前に見える、富士山のような、大きな山。”レガメの山”と、いうらしい。だが、富士山などよりも圧倒的に大きい。裾野がこんな近くからでは見えないし、てっぺんは雲の上だ。そして、雲を突き抜けている。富士山は見たことがあるが、あれが、ずいぶん、かわいく思えた。
「…どうです、動きそうですか?」
水の入った革袋を片手に、ナギサは御者台に上った。
オリガが眉間にしわを寄せていた。そういえば、御者台に上るのは初めてだ。
「…まったくだな。ああ、すまない」
「いえ、喉が渇きますからね。何をやっているか、見当がつきますか?」
ナギサが聞くと、オリガは水を一口飲み、首を振る。ナギサは前のほうを見ようと、御者台の上に立ちあがった。
「…落ちるぞ?」
「気をつけます。―――検問、ですか? そんなモノは想定してましたけど、これは、たしかに壮観ですね」
ざっと数えただけで、ナギサたちの前に、馬車が五〇台ほど列をなしている。門のところで、なにやらそろいの甲冑を着た兵士らしきヒトたちが、馬車の荷物を改めているらしい。街に入るための何かだろうか? だが、街を出る馬車にも同じことをしている。ここは鉱山の街らしい。
「…密輸の警戒かな?」
「違うよ。そんなもの、鉱山のほうでやってる」
独り言のようにつぶやいたナギサに、答える者がいた。ナギサが声の主を探して首を振ると、
「ここだよ、ここ」
下から、声が聞こえた。ナギサが見下ろすと、無精ひげを生やした、赤毛の男が手を振っていた。実に愛想がいい。
「どちら様ですか?」
「リーブスって言う、薬草商人さ。ほれ、後ろの馬車に乗ってる」
「ああ、ナギサ・ヴィクタールと言います」
親指を上げて、クイッとリーブスは後ろを指した。名乗ることになっていた名前を言いながら、ナギサはそっちを見た。後ろにも、ずらっと馬車が連なっている。どれのことか分からなかった。
「―――密輸関係じゃなかったら、何なんですか?」
ナギサはその馬車を探すことをあきらめ、リーブスに聞いた。
リーブスはやはり愛想がいい。朗らかに笑いながら答えた。
「最近な、ヒトさらいが出るんだとよ。それで、あんなことやってるのさ」
親指が、今度は街のほうに向く。
ナギサの眉間に、オリガのようなシワができた。ずいぶん物騒な話だ。
「―――ヒドイ話ですね。子供ですか?」
「あんただって、子供みたいなものだろう? 気をつけたほうがいいぞ?」
「…私は、こう見えても、二十六です」
ナギサが憮然としていうと、リーブスがククッと、唇の端を吊り上げた。
「ああ、そんなところだろうとは、思ったよ。見た目の割に落ち着いてるからな。さっきの様子だと、ジェリゾフェールは不慣れだろう? もしよかったら…」
ねとっとしたリーブスの視線に、ナギサは、ぞわっと、肌が粟立った。
「…その辺にしてもらおうか?」
手綱を取っていたオリガが、じろりと、リーブスを見た。
リーブスは傷ついたような顔になった。
「ちょっとちょっと、ダルクのお姉さん。いったいなんだい?」
「意味はない。馬車が動くぞ?」
見れば、先頭にいた何台かが、門をくぐっていく。もう前にいる馬車の御者たちは、動かす準備を始めていた。
「お前の車に、御者はいるのか?」
「いっけね。ウルスの奴に任せっきりだ。ああ、またあとでね、ナギサちゃん?」
リーブスはそう言って、駆け戻っていく。うしろ、五台向こうの馬車だった。
ナギサはその背中を、ほっとした表情で見送っていた。
オリガが、ピシッとむちを振るう。
「…助かりました。オリガさん」
「お前は、もう少し、その顔に自覚を持て。場合によったら、厄介事しか呼ばないぞ」
「早く、変身使えるように頑張ります」
ナギサは疲れた顔をしながら首を振った。
予想はついていたが、実際に口説かれてみるのが、こんなに疲れることだとは思わなかった。
ごとごと、馬車は進み始める。リーブスが戻ってくる気配はない。
それから二つ時ほど、同じような流れが続いた。御者をロックフォールやアメリが代わりながら、ノロノロと馬車は進む。さっきまで楽しそうにしていたフィーデルまでが、手持ち無沙汰になり、魔石に細工まで始めている。揺れる車内でも器用に石を彫っていく。
フィーデルが石を削るカリカリ言う音を聞きながら、ナギサたちは、ようやく、その凱旋門のような巨大な門のところまでやってきた。ナギサはそのあいだ、ずっと御者台に座り、その門が近づいてくるのをずっと見ていた。あちらこちらに彫刻がほどこされていて、見ていて飽きない。
門の前まで来ると、前に止まっていた馬車と同じように、兵士たちがわらわらとやってくる。
「―――積み荷と、乗員は?」
隊長格らしい、鎧の肩に飾りを付けた兵士が言った。三角錐の、頭をすっぽり覆うような兜をしていて、そこから壮年の、男の顔がのぞいていた。
また御者台に戻っていたオリガが、代表して答えた。
「…ハンター三名、魔石商が一人、そして、その連れだ。荷物は、旅荷と、商品、以上だ」
「ふうん、珍しい組み合わせだな。悪いが、身分証と、荷を改めさせてもらうぞ?」
「構わない。全て後ろだ。…何があったか、聞いてもいいか?」
「ん? ああ、ヒトさらいだ。お前らも、気をつけた方がいいぞ?」
「…どういうヒトが、さらわれてるんですか?」
オリガの隣で、しげしげと門の彫刻を吟味していたナギサが聞いた。ボロブドゥールに、古代ローマを混ぜたような感じで、とても面白い。
ナギサを見た隊長が(部下から隊長と呼ばれていた)驚いた。
「…君は?」
「あ、はじめまして、ナギサ・ヴィクタールと言います。魔石商のフィーデルさんの連れです」
「…この子は、大丈夫なのか?」
隊長が心配そうにオリガを見る。オリガは黙ってうなずいた。馬車の荷台では兵士たちがガサゴソ荷物をあさっている。
「…なんで、みなさん、私を見るとそんな心配そうな顔をするんですかね? こう見えても、二十六ですよ?」
「え?」
ナギサの憮然とした声に、また、隊長が驚いた。後ろでも驚いたような声が上がった。どうやら、アメリとロックフォールのギルドカードを見たらしい。
隊長が申し訳なさそうにいった。
「―――ああ、いや、失礼した。私の娘と、同じように見えて…」
「…べつに、かまいません。それで、どう言った人がさらわれてるんですか? できれば、今後の用心の参考に聞いておきたいんですが?」
「ああ、そうだな、うーん」
隊長は失敗した分を挽回しようと必死になっているらしい。どうやら悪いヒトではない。
やはりこちらでは、考え方が西洋的だ。日本だと、若いと幼いが同義語には、ならない。
しばらくの思案の末、隊長は言った。どこまで言ったらいいものか、考えていたらしい。
「―――そうだな、この辺りで、旅をしていた連中が、何人か消えてるんだ。連絡があってね。それでこんな警戒をしてる。なんでも、先行していた商人が、馬車ごと消えていたという話もある」
ナギサは、オリガと、一瞬目を見合わせたが、ただ、こう言った。
「…物騒な話ですね。犯人の目星とかは、ついてるんですか?」
隊長は疲れたように首を振った。そういえば、二つ時のあいだ、ずっと兵士たちは動き続けていた。
「―――ついていれば、こんな手当たりしだいに、やらないで済むんだがね。しょうがないから、こうやって馬車を一台一台、点検してるってわけさ。まあ、街に入ってしまえば、安全だよ。ああ、終ったか?」
気さくに話す隊長が、近くに寄ってきた若い兵士と、厳しい視線で向き合った。切り替えができるヒトらしい隊長は、部下がうなずくのを見て、ナギサたちに言った。
「行って良し! …気をつけたまえよ?」
やさしく、隊長は最後にそう付け加えた。ちょっと良心が痛むが、今はしょうがない。
門をくぐり、街の大通りに出た。どうやらこの部分は、クレスヴィルと共通らしい。ほっとした顔の御者たちが、道の横で馬の世話をしていた。隊長たちの声が聞こえなくなったとき、ロックフォールが恐るおそる顔をのぞかせた。
「…よかったんですか? ゴーレムのこと、言わなくって?」
「ちゃんと、あとで伝えるよ。魔石商のフィーデルさんがいるんだよ? あんな出どころの分からないモノを持っていって、あとで疑われでもしたら面倒だ。匿名の誰かさんが、あとでちゃんと伝えてくれる」
「…難しいですね」
ロックフォールが首を振って、また中に引っ込んだ。
ナギサはオリガを見て言った。
「…今の話、どう思います?」
「おそらくだが、あれが原因だろうな。私でも、ゴーレムは手こずる。一般的なハンター、新米などでは、手もだせまい。ゴーレムのことは、さすがに想定していないだろうしな」
「普通の商人とかは、なおのこと、か。なんか、変な感じですね」
ナギサたちを、直接的に襲ってきたわけではないらしいことは確かめられたが、それでも、気味が悪い。
ジェリゾフェールの街を、ナギサたちの馬車が進んでいく。相変わらず、レガメの山は、厚い雲に覆われている。
ぽつりと、何かがナギサの顔を濡らした。上を見上げると、白かった雲が、徐々に黒に染まり始めていた。そこから、白い粒がシトシトと、垂れてくる。
鉱山の街、”ジェリゾフェール”に、雨が、降り始めた。




