↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Free・World・Story~フリー・ワールド・ストーリー  作者: 月見 呆一 (旧 月見)
第三章 二人の職人 ジェリゾフェール
33/37

4 鉱山の街 検問

「また、ずいぶん、壮観だねえ」

「落ちるぞ?」


 走る馬車の後ろ、そこから、のぞきこむようにして、ナギサはその前方をながめていた。一本の広い道、そこを馬車が何台も走っている。すべて、前方に見える富士山のような形の、大きな山を目指しているらしい。山が見えて来てから、結構、走っているが、まだ近づいてくる感じがしない。

 遠近感が狂う。

 まず、むこう(、、、)では見れない光景だ。

 すぐ近くにいるオリガが心配するように言うが、ナギサはお構いなしだった。見たことのない風景、クレスヴィルの時もそうだったが、なんだかずいぶん久しぶりに、旅に出たんだなと実感できる。ナギサはそんな気持ちで、遠くに見える、ふもとにあるという街を思った。

 フィーデルもトランクの上に座り、ニコニコ笑っていた。

 

「…私も、他の街なんて初めてなのよね。どんなところか、楽しみだわ」

「そんなノリで良いんですかね?」


 ロックフォールが馬車の荷台に座りこみながら、言った。今日は、アメリが手綱を取っている。ロックフォールはさっきから眠そうに、しきりに、あくびを繰り返していた。馬車の中に引っ込んで、ナギサは言った。


「…やっぱり、寝不足気味かい?」

「ええ、寝ずの番が間に入りますからね。向こう(、、、)で安眠してた身としては、堪えます。風呂も、お湯を浴びるのがせいぜいですし…」


 そう言って、またあくびをした。


「しょうがないよ。どこで何に襲われるか、見当もつかないんだから…。街に入ったら、一回休むといい」

「…リーダーは、あんまり堪えてないみたいですね?」

「え? ああ、そういえばそうだね」

 

 御者台に座るアメリは、青白い顔をしていた。初日のゴーレムの件が堪えているらしい。クレスヴィルの疲れも、完全に取れていないのだろう。この二日、あまり眠れていないようだ。いくら体は頑丈だとはいえ、これだと襲われる心配よりも、体調を崩す心配をした方が早いかもしれない。


「…とりあえず宿だな。アメリ君、大丈夫かい?」

「あ、はい…。もうしばらくは平気です」

「あまり、無理はするな。もう少ししたら、代わろう」


 オリガが言うと、アメリが力なくほほ笑んだ。やっぱり相当、こたえているのだろう。そもそも、この部下だった二人は、長旅すら初めてだと聞いている。

 ナギサはそんなことを考えながら、フィーデルに言った。


「…あの魔石は、どうです? 何か分かりましたか?」

「ダメね。使いものにならないってことだけよ。ただ、このあいだも言ったように、相当な腕よ。たまに魔石の買い取りもやってたけど、あの腕前は私以外、見たことがないわ」


 フィーデルの言葉に、ナギサは顔を曇らせた。

 イヤな雲行きだった。たしかに、あれ以来、二か所の休憩所に立ち寄ったが、別に襲撃は受けていない。しかし、誰かがヒトを襲おうとさせたのだ。それが、誰だったのか、それとも、自分たちだったのか、それが分からない。


「―――これから、しばらくは神経をすり減らしそうですね」

 

 よく眠れない。これ(、、)が、旅の一番神経を使うところなのに、そこに不安要因が重なるのだ。あまり良いことではない。

 フィーデルがチラリとナギサを見た。


「…あの子たちに、あなたの体のこと、教えてあげなくていいの?」

「元(、)人間の、意地みたいなものですよ。それに、変に気にされると、他の人たちにまで、不審がられるかもしれませんから」

 

 心配そうに言うフィーデルに、ナギサは説き伏せるように言った。仕方ないという風にフィーデルは首を振る。

 馬車が一瞬、ぐらりと揺れた。


「おい! 大丈夫か?」


 オリガがアメリに声をかける。

 アメリは目を覚まそうとするように、ブルブルと首を振っていた。情けなさそうにため息をついた。


「…すみません、オリガさん、代わってもらえますか?」

「分かった」


 オリガは幌の隙間をするり(、、、)とくぐり、アメリから手綱を引き継いだ。さすがに三日程度の移動でも、オリガはまったく疲れを見せない。この辺りが、慣れている者との違いだろう。

 できても、慣れていないアメリがへたり込むように、馬車の床に座り込む。

 ナギサは小さく息をついた。


「…君も、まずは宿だね。むこうに着いたら、よく寝なさい」

「そうしたいですが、まずここで一休みさせてもらいます」


 そう言ってぐったりと、横たわる。

 アメリは、そのまま寝息を立て始めた。オリガがいなかったら、大変な旅になっていただろう。

 オリガの操る馬車は、順調にジェリゾフェールへの道を進んでいった。




「―――ここが、”ジェリゾフェール”、か。何だか、降りだしそうだな」

 

 あれから、五つ時ほど、昼時。ナギサは、さっきと同じように、幌から身を乗り出して、街を見ながら言った。今は、遠巻きに見るしかできないのだ。しかたなく上を見ると、空が今にも泣きだしそうだった。

 ロックフォールがイライラしたように、不機嫌な声を上げる。


「…なんなんすか、この渋滞は?」

「…見ての、通りなんじゃない?」


 アメリの、けだるそうな声が、それに応じる。

 高速の渋滞に巻き込まれた時の車内の光景が、ナギサたちの馬車の中にあった。


「これが、渋滞なのねぇ。すごいわぁ」


 まるで、お上(のぼ)りさんのように、フィーデルがうれしそうに声を上げる。

 ナギサは苦笑したが、内心では、うなずいていた。

 

 街に入るための一本道、そこに、馬車が連なっていたのだ。たしかに、これはすごい(、、、)光景だった。

 

「みんな、あそこ(、、、)に行くみたいだねぇ」


 そう言って、遠くに見える、一つの門を、ナギサはながめた。

 馬車五十台の先、凱旋門のような大きな門が、ジェリゾフェールへの入り口だった。

”ジェリゾフェール”は、山のすぐ下にできていた。壁に囲まれているところは、クレスヴィルと同じだが、こちらのはクレスヴィルの半分よりも低く、囲っている範囲が何倍も広がっている。その壁の内側に、建物の、黒い瓦張りの三角屋根が見えていた。クレスヴィルと比べると、薄く、広い街。だが、まるでそれは、オモチャの街のように、ナギサには見えていた。それは、たぶん、”山”のせいだろう。

 目の前に見える、富士山のような、大きな山。”レガメの山”と、いうらしい。だが、富士山などよりも圧倒的に大きい。裾野がこんな近くからでは見えないし、てっぺんは雲の上だ。そして、雲を突き抜けている。富士山は見たことがあるが、あれ(、、)が、ずいぶん、かわいく思えた。


「…どうです、動きそうですか?」


 水の入った革袋を片手に、ナギサは御者台に上った。

 オリガが眉間にしわを寄せていた。そういえば、御者台に上るのは初めてだ。


「…まったくだな。ああ、すまない」

「いえ、喉が渇きますからね。何をやっているか、見当がつきますか?」


 ナギサが聞くと、オリガは水を一口飲み、首を振る。ナギサは前のほうを見ようと、御者台の上に立ちあがった。


「…落ちるぞ?」

「気をつけます。―――検問、ですか? そんなモノは想定してましたけど、これは、たしかに壮観ですね」


 ざっと数えただけで、ナギサたちの前に、馬車が五〇台ほど列をなしている。門のところで、なにやらそろいの甲冑を着た兵士らしきヒトたちが、馬車の荷物を改めているらしい。街に入るための何かだろうか? だが、街を出る馬車にも同じことをしている。ここは鉱山の街らしい。


「…密輸の警戒かな?」

「違うよ。そんなもの(、、、、、)、鉱山のほうでやってる」

 

 独り言のようにつぶやいたナギサに、答える者がいた。ナギサが声の主を探して首を振ると、


「ここだよ、ここ」


 下から、声が聞こえた。ナギサが見下ろすと、無精ひげを生やした、赤毛の男が手を振っていた。実に愛想がいい。


「どちら様ですか?」

「リーブスって言う、薬草商人さ。ほれ、後ろの馬車に乗ってる」

「ああ、ナギサ・ヴィクタールと言います」


 親指を上げて、クイッとリーブスは後ろを指した。名乗ることになっていた名前を言いながら、ナギサはそっちを見た。後ろにも、ずらっと馬車が連なっている。どれのことか分からなかった。


「―――密輸関係じゃなかったら、何なんですか?」


 ナギサはその馬車を探すことをあきらめ、リーブスに聞いた。

 リーブスはやはり愛想がいい。朗らかに笑いながら答えた。

 

「最近な、ヒトさらいが出るんだとよ。それで、あんなこと(、、、、、)やってるのさ」


 親指が、今度は街のほうに向く。

 ナギサの眉間に、オリガのようなシワができた。ずいぶん物騒な話だ。


「―――ヒドイ話ですね。子供ですか?」

「あんただって、子供みたいなものだろう? 気をつけたほうがいいぞ?」

「…私は、こう見えても、二十六です」

 

 ナギサが憮然としていうと、リーブスがククッと、唇の端を吊り上げた。


「ああ、そんなところ(、、、、、、)だろうとは、思ったよ。見た目の割に落ち着いてるからな。さっきの様子だと、ジェリゾフェールは不慣れだろう? もしよかったら…」


 ねとっとしたリーブスの視線に、ナギサは、ぞわっと、肌が粟立った。


「…その辺にしてもらおうか?」


 手綱を取っていたオリガが、じろりと、リーブスを見た。

 リーブスは傷ついたような顔になった。


「ちょっとちょっと、ダルクのお姉さん。いったいなんだい?」

「意味はない。馬車が動くぞ?」


 見れば、先頭にいた何台かが、門をくぐっていく。もう前にいる馬車の御者たちは、動かす準備を始めていた。


「お前の車に、御者はいるのか?」

「いっけね。ウルスの奴に任せっきりだ。ああ、またあとでね、ナギサちゃん?」


 リーブスはそう言って、駆け戻っていく。うしろ、五台向こうの馬車だった。 

 ナギサはその背中を、ほっとした表情で見送っていた。

 オリガが、ピシッとむちを振るう。


「…助かりました。オリガさん」

「お前は、もう少し、その顔に自覚を持て。場合によったら、厄介事しか呼ばないぞ」

「早く、変身使えるように頑張ります」


 ナギサは疲れた顔をしながら首を振った。

 予想はついていたが、実際に口説かれてみるのが、こんなに疲れることだとは思わなかった。

 ごとごと、馬車は進み始める。リーブスが戻ってくる気配はない。

 それから二つ時ほど、同じような流れが続いた。御者をロックフォールやアメリが代わりながら、ノロノロと馬車は進む。さっきまで楽しそうにしていたフィーデルまでが、手持ち無沙汰になり、魔石に細工まで始めている。揺れる車内でも器用に石を彫っていく。

 フィーデルが石を削るカリカリ言う音を聞きながら、ナギサたちは、ようやく、その凱旋門のような巨大な門のところまでやってきた。ナギサはそのあいだ、ずっと御者台に座り、その門が近づいてくるのをずっと見ていた。あちらこちらに彫刻がほどこされていて、見ていて飽きない。

 門の前まで来ると、前に止まっていた馬車と同じように、兵士たちがわらわらとやってくる。


「―――積み荷と、乗員は?」


 隊長格らしい、鎧の肩に飾りを付けた兵士が言った。三角錐の、頭をすっぽり覆うような兜をしていて、そこから壮年の、男の顔がのぞいていた。

 また御者台に戻っていたオリガが、代表して答えた。


「…ハンター三名、魔石商が一人、そして、その連れだ。荷物は、旅荷と、商品、以上だ」

「ふうん、珍しい組み合わせだな。悪いが、身分証と、荷を改めさせてもらうぞ?」

「構わない。全て後ろだ。…何があったか、聞いてもいいか?」

「ん? ああ、ヒトさらい(、、、、、)だ。お前らも、気をつけた方がいいぞ?」

「…どういうヒトが、さらわれてるんですか?」


 オリガの隣で、しげしげと門の彫刻を吟味していたナギサが聞いた。ボロブドゥールに、古代ローマを混ぜたような感じで、とても面白い。

 ナギサを見た隊長が(部下から隊長と呼ばれていた)驚いた。


「…君は?」

「あ、はじめまして、ナギサ・ヴィクタールと言います。魔石商のフィーデルさんの連れです」

「…この子は、大丈夫なのか?」


 隊長が心配そうにオリガを見る。オリガは黙ってうなずいた。馬車の荷台では兵士たちがガサゴソ荷物をあさっている。


「…なんで、みなさん、私を見るとそんな心配そうな顔をするんですかね? こう見えても、二十六ですよ?」

「え?」

 

 ナギサの憮然とした声に、また、隊長が驚いた。後ろでも驚いたような声が上がった。どうやら、アメリとロックフォールのギルドカードを見たらしい。

 隊長が申し訳なさそうにいった。


「―――ああ、いや、失礼した。私の娘と、同じように見えて…」

「…べつに、かまいません。それで、どう言った人がさらわれてるんですか? できれば、今後の用心の参考に聞いておきたいんですが?」

「ああ、そうだな、うーん」


 隊長は失敗した分を挽回しようと必死になっているらしい。どうやら悪いヒトではない。

 やはりこちらでは、考え方が西洋的だ。日本だと、若いと幼いが同義語には、ならない。

 しばらくの思案の末、隊長は言った。どこまで言ったらいいものか、考えていたらしい。

 

「―――そうだな、この辺りで、旅をしていた連中が、何人か消えてるんだ。連絡があってね。それでこんな警戒をしてる。なんでも、先行していた商人が、馬車ごと消えていたという話もある」


 ナギサは、オリガと、一瞬目を見合わせたが、ただ、こう言った。


「…物騒な話ですね。犯人の目星とかは、ついてるんですか?」


 隊長は疲れたように首を振った。そういえば、二つ時のあいだ、ずっと兵士たちは動き続けていた。


「―――ついていれば、こんな手当たりしだいに、やらないで済むんだがね。しょうがないから、こうやって馬車を一台一台、点検してるってわけさ。まあ、街に入ってしまえば、安全だよ。ああ、終ったか?」

 

 気さくに話す隊長が、近くに寄ってきた若い兵士と、厳しい視線で向き合った。切り替えができるヒトらしい隊長は、部下がうなずくのを見て、ナギサたちに言った。


「行って良し! …気をつけたまえよ?」


 やさしく、隊長は最後にそう付け加えた。ちょっと良心が痛むが、今はしょうがない。

 門をくぐり、街の大通りに出た。どうやらこの部分は、クレスヴィルと共通らしい。ほっとした顔の御者たちが、道の横で馬の世話をしていた。隊長たちの声が聞こえなくなったとき、ロックフォールが恐るおそる顔をのぞかせた。

 

「…よかったんですか? ゴーレムのこと、言わなくって?」

「ちゃんと、あとで(、、、)伝えるよ。魔石商のフィーデルさんがいるんだよ? あんな出どころの分からないモノを持っていって、あとで疑われでもしたら面倒だ。匿名の誰かさんが、あとでちゃんと伝えてくれる」

「…難しいですね」

 

 ロックフォールが首を振って、また中に引っ込んだ。

 ナギサはオリガを見て言った。


「…今の話、どう思います?」

「おそらくだが、あれ(、、)が原因だろうな。私でも、ゴーレムは手こずる。一般的なハンター、新米などでは、手もだせまい。ゴーレムのことは、さすがに想定していないだろうしな」

「普通の商人とかは、なおのこと、か。なんか、変な感じですね」

 

 ナギサたちを、直接的に襲ってきたわけではないらしいことは確かめられたが、それでも、気味が悪い。

 ジェリゾフェールの街を、ナギサたちの馬車が進んでいく。相変わらず、レガメの山は、厚い雲に覆われている。

 ぽつりと、何かがナギサの顔を濡らした。上を見上げると、白かった雲が、徐々に黒に染まり始めていた。そこから、白い粒がシトシトと、垂れてくる。

 鉱山の街、”ジェリゾフェール”に、雨が、降り始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。