3 ゴーレム 懸念
ナギサは、何かが動く気配に目を覚ました。
眠りが浅いのだ。おもに、フィーデルに抱き枕にされているせいで。相変わらず、甘い臭いがする。
ナギサたちは、休憩所の外で寝ていた。下に革製のシートを引き、上に毛布を引いている。魔石の炎が丸く寝転がったナギサたちの真ん中で燃えていた。見ると、月明かりに照らされながら、交代で見張りに当たっていたアメリが立ち上がり、きょろきょろとあたりをうかがっているのが見えた。ロックフォールのイビキだけが聞こえていた。
「…どうしたんだい?」
フィーデルに抱き枕にされたまま、ナギサは言った。こうやって魔力の補給をしているらしいのだが、正直、どうやっているのか分からない。別に何か吸われている感覚もないのだが…。
あたりをうかがっていたアメリが、チラリとナギサを見た。
「…すみません、起こしてしまいましたか?」
「イヤ、いいよ。もともと眠りは浅い方だ―――それで、どうしたんだい?」
「いえ、なにか、動いたようでしたので…」
「動いた?」
フィーデルの腕を解きながら、ナギサは起き上った。
「…どこ?」
「あのあたりです。何かが、チラリと…」
「どうした?」
アメリは、草原の端、草しかないところを指差した。
オリガも起き上がってきて、アメリが事情を説明すると、指を指すあたりをうかがう。そこは、休憩所から少し離れたところ、見るからに、何もなさそうだった。
「―――なにもないぞ?」
「ええ、それで、私も気になってるんです。たしかに、何か動いたようでしたので…」
「どぉしたのぉ?」
アメリは困惑気味だ。だが、間違うような性格でもない。そのせいで余計に気になっているらしい。
あたりをうかがい、ナギサは、オリガを見て提案した。幸いフィーデルも起きた。
「…ちょっと確かめてみますか?」
「…そうだな、その方が、安眠はできる」
「フィーデルさん、ちょっと、杖に戻ってもらえますか?」
「なぁに?」
よくわからないらしいが、目をこすりながら、フィーデルは毛布にもぐりこんだ。少しだけ、毛布の中身が光ったかと思うと、そのふくらみが、ぺしゃんこになる。ナギサは、杖を手に取った。黒い魔石の付いた、凝った装飾の杖。
一瞬視線を交わし、そろりと、ナギサとオリガは歩きだした。オリガは、するりと剣を抜いた。イリサが緊張した顔で、弓を構える。あたりに生える草を踏みながら、ナギサとオリガは進んでいく。
ただロックフォールのイビキだけが、あたりに響いていた。
「…静かすぎますね」
ロックフォールのイビキしか聞こえない。虫の音も、動物の動く音も、聞こえない。
風が草を揺らす音が聞こえた。
「…この辺りは、盗賊なども出ないはずだ」
「…そうですか」
何かあれば、オリガのことだ。何か言っていただろう。
だが、実際に、ここには、何かいる。
ナギサが、一歩、踏み出し、
「―――う!」
ナギサが、カエルのつぶれたような声を上げた。オリガに、襟首を掴まれ、思い切り引き戻されたのだ。オリガが、思いっきり飛びのいたせいで、喉も思いっきり、締まった。
「っ!」
オリガがまた飛んだ。ドカン! と、無いかが爆ぜるような音がする。ちょっと意識が遠くなったが、なぜオリガがこんな行動に出たのかは、見えた。
地面から、二本の腕が生えていた。まるで、何かを握り損ねたように、その拳は、固く閉じられている。
「…げほっ! ありがとうございます。オリガさん」
「後にしろ! 来るぞ!」
むっくりと、地面が起き上がったように見えた。
いや、実際に地面が起き上がったのだ。それの体からは、緑の草、草の根がところどころから飛び出していた。そんな緑色の中、頭に当たる部分で、一対の黄色い光が点のように光っていた。
「―――リーダー! ゴーレムです!」
アメリの、あせったような叫び声が聞こえた。
ヒトの形をした何か、そんな感じだ。ヒトの二倍ほどの図体の、不細工な人形。それが二本の足で、立ち、その黄色いうつろな目を、ナギサたちに向けている。腕が長すぎるのか、それが地面に引きずられている。
ゴーレムが、一瞬前かがみになった。
ブルンと、その長い腕を振るう。土くれを飛ばしながら、風を切って振りまわす。
ゴーレムは、腕をぶんぶんと振りながら、ナギサたちに迫ってくる。
「っ!」
オリガが、横に飛んだ。
―――ドボォ!
土と土、それがぶつかり合う、鈍い音がした。ぐしゃりとゴーレムの手がつぶれる。
「よっと!」
水球を一発、ナギサはゴーレムに繰り出した。
それはゴーレムに当たったとたん、
―――ドパァァン!
まさに水風船のように、弾ける。
ゴーレムの姿が、消えた。まるでフィーデルの時のように、黄色い魔石が後に残った。
「…なんだ?!」
消えたと思ったとたん、土が集まり、またゴーレムを形づくる。
「ちょ、ちょっと…」
また、風を切りながら、腕を振り回し始める
転がるようにして、ナギサは、なんとか、振ってきた手をよけた。
「リーダー! そのまま、伏せて!」
アメリが叫び、ナギサがその通りにした途端、
―――ガツッ!
と、鈍い音がした。風の音がやむ。
ナギサは、しばらく伏せたままにしていたが、なにかがボロボロ言う音がして、恐る恐る、顔を上げた。
「…大丈夫か?」
オリガの顔が、そこにあった。
ナギサが振り返ると、さっきまでゴーレムの立っていた場所に、盛り土ができていた。そのてっぺんには、黄色い魔石が光る矢を刺され、バチバチと火花を上げていた。
「…あれが、ゴーレムかい」
「―――そうです。ケガ、ありませんか?」
アメリが荒い息をしながら、近くまで来て、言った。オリガがナギサを助け起こす。
アメリはゴーレムに、一瞥をくれた。
「…ヒトが造って、簡単な命令を聞きます。で、動力源が、あれです。あれを何とかしないと、どうにもなりません」
「…で、よく罠に使われる、と」
今日、聞いた話を思い出しながら、ナギサはバチバチいう魔石を見た。
声がした。
「―――ねえ、ナギサちゃん。戻って、大丈夫? ちょっと見てみたいんだけど?」
「ああ―――大丈夫、みたいです」
ナギサがあたりを見回してから言うと、杖が光った。
フィーデルが、ナギサの傍らに立っていた。
「―――ふー、やっぱりこっちのほうがいいわね」
フィーデルがコキコキと首を鳴らしながらし、ナギサがその様子に苦笑した。
「…やっぱり、この部分が、難点ですよね」
フィーデルの姿の問題。いつでもどこでも変わってもらうわけにもいかない。変に見られるのも困るのだ。前もって、いつ使うのか、考えておかないといけない。
ナギサが見ているうちに、フィーデルがすたすたと小山に近づき、火花を上げる魔石を取り上げた。月の灯りにかざし、吟味するように、じっくりと見る。
「…ふうん。結構な造りね。ずいぶん凝ってる。よっ、と」
平然と、フィーデルは魔石に刺さった矢を引きぬいた。撃ったりはできないが、こういうことはできるらしい。
矢を捨て、ナギサたちのほうまで歩いてくる。
「…ずいぶん、上手く造ってあるわ。私くらいの腕がある」
「やっぱり、ある程度の腕は、こっちでも必要なんですか? 向こうだと、魔石細工のレベル三が必要だったんですけど」
「うん、レベル三、て言うのが、どのくらいかは知らないけどね。結構、修行は必要よ。細工が絶妙なの」
アメリの問いかけに答えると、フィーデルは時計師が使うような片メガネを取り出して、右目にはめた。魔石には、アメリの矢に貫かれた穴が開いていた。手の平でくるくる転がしながら、その魔石を―――フィーデルが言うには―――読み解いていく。
「…魔石自体は、そんなに質のいいものじゃないけど、細工は一流ね。けっこう、命令は融通がきくわ。どんな命令だったかは、わからないけど」
オリガが舌を鳴らした。
「だれが、こんなことを…」
「ここって、安全なんですよね?」
そう言って、ナギサは休憩所を見回した。いつの間にか、虫の声が戻ってきていた。
あたりは、平穏に見える。
オリガが不機嫌そうに言った。
「―――当たり前だ。ここは街道の一本だぞ? 定期的に、国の警備隊が巡回している。こんなところで、ゴーレムなぞをしかければ、重罪だ」
「聞いたこともない?」
「ああ、少なくとも、このあたりでは、ないな」
ナギサはフィーデルにおもちゃにされている魔石を見た。さっきからフィーデルはそれを手の中で転がし続けていた。
「んー?」
フィーデルが、顔を近づけた。
「どうかしましたか?」
「いやね、なにか、削りとった跡があるのよ」
そう言って、魔石の、装飾の隙間、そこを、ナギサに見せた。
そこは矢で貫かれた部分のすぐ横だった。だが、たしかに、なにか、矢とは違う、鋭い刃物で引っ掻いたようなあとがあった。
「何があったか、分かりますか?」
「…ちょっと、無理ね。役付けがだいぶ飛んじゃってるし―――」
そう言って、土の山をアゴでしゃくる。あそこから探し出すほどの労力は、たしかにない。
その土くれを見ながら、ナギサは苦笑した。冷や汗を垂らすアメリに向かって言った。
「…魔石いじりができれば、大抵のヒトは造れるんだよね?」
「ええ、ハンターが、自分の手足の代わりにすることもあります」
「ふーん…」
ナギサが土くれを見ながら、言った。
何かを考えるように、じっと見ていた。
やがて、チラリとアメリを見た。
「…冷や汗、スゴイよ?」
「…すみません」
アメリは、だらだらと冷や汗をかいていた。息は荒いし、ヒドイ緊張のあとが見える。
ナギサは小さく息をついた。
「―――あんまり、無理はしないようにね?」
この旅は、命をかけた旅でもある。
一度死ねば、ゲームのようにはいかない。しかも、スペックは高いとはいえ、もとは普通の一般市民だ。戦えという方が無理がある。
「…やれやれ、問題山積みの旅だな」
そう言って、ナギサは引き返した。
アメリたちがそのあとに続いて歩きだす。
あたりは静かなままだった。ただロックフォールのイビキの音が、あたりに響く。
ナギサたちは、その朝早く、出発した。
ナギサたちが、ゴーレムを倒したころ、一人の男が悪態をついていた。
男は薬品の匂いの漂う部屋の中で、行ったり来たりしながら、ブツブツと一人、しゃべっていた。巨大な暖炉が、赤々と部屋を照らし出す。
「…あいつもダメだった」
火に照らされながら、男は足元に転がっている金槌を蹴飛ばした。それはそこらの道具にあたり、派手な音を立てる。男の部屋は、散らかり放題だった。そこらじゅうに道具が散乱している。金槌もそうだ、鋸切り、ノミ、レンチ、ありとあらゆる道具が散乱している。
その部屋の中、男は言った。
「…ゴーレムの野郎、まだ戻ってこねぇ。今日は、かからねぇか?」
男は一人言いながら、部屋の隅にある机に向かう。
そこに転がっていた緑色の魔石を手に取った。丸く加工されたそれを見ながら、男は一人つぶやいた。
「早く、しないと…」
男は背もたれのない椅子に座る。
ノミを片手に、金槌を取ると、ガッガッと音を立て、魔石に文様を彫っていく。
なにも言わず、ただ無言に、ひたすらにノミを打ち付ける。追い詰められるように必死の形相で、金槌を振り下ろす。部屋の中に、槌を振りおろす音だけが聞こえていた。
男は暗い夜の中、火の燃える部屋で、男は、作業を続けていた。
その音は、夜が明けるまで、ずっと、続いていた。




