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Free・World・Story~フリー・ワールド・ストーリー  作者: 月見 呆一 (旧 月見)
第三章 二人の職人 ジェリゾフェール
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2 休憩所の夜 束の間

「―――ここが、休憩場所ですか?」

 

 ナギサは、馬車から下りて、感心して言った。

 夕日に照らされたそこは、簡単なレンガ造りの四角い建物だった。横には、馬車を止めるための厩舎があり、それが草原の中に、ポツンと建っている。近くに小川が流れていた。


「ふーん、よく手入れされてますね」

 

 窓はひび割れてもいないし、ちゃんと掃除はされているらしい。

 オリガがうなずいて言った。


「近くにある村の住民が、手入れをしている。冒険者も、ここを出るときは掃除をしてから出ていくのが規則だ。他の連中と一緒になることも多いから、そのつもりでいろ」

「…なるほど」


 感心したように、アメリが言った。


「聞いたことがなかったのかい?」

「ええ。あるのは知っていましたが―――プレイヤーは、基本的に、ポーションなどを使って回復するものでしたし、あまり気にも止められない施設でした。時間の経過は変わりませんでしたしね」

「ああ…、そうだったね」


 ナギサは渋い顔で言った。

 そこが、『フリー』の収益の要でもあったのだ。一円の課金で、一ガルが手に入る。もちろん素材を手に入れたりして自分でポーションを作ったり、自然回復をする方法もあるが、キャラクターを早く強くしようとすると、ポーションを山ほど買わされることになる。物価は安いが、量がいる。おかげでナギサは三万円をスっていた。プレイヤー全体で、うん十億をたたき出す。


「これで良いですか?」


 ロックフォールが、いくつかの野菜と、卵、肉などを取り出しながら言った。ちらりと見て、ナギサはうなずいた。


「うん。それで良いよ。かまどは、中らしいから、そこに置いておいて」

「…本当に、お前が料理をする気なのか?」


 のっしのっしと歩いていくロックフォールを見送りながら、オリガが心配そうに聞いてくる。ナギサは苦笑しながら言った。


「…私にできるのが、これくらいしかありませんからね。幸い、ゴンザさんから、レシピのようなものをもらいましたし」

 

 こっちの野菜は、見たことのないモノが多かった。なんとなく見たことがあるようで、微妙に違う。だが、大体の料理法は同じらしい。ただ、煮る、焼くが基本で、揚げる、蒸すなどは使われない。ナギサは基本に従うつもりだった。


「幸い、向こうでも料理は得意でした。せいぜい、腕をふるわせてもらいますよ」

「あの、スキル? あれは、使えないのか?」

「無理ですよ」


 さっきから休憩所のまわりをぐるぐると歩いてきたアメリが呆れたように言った。


「…リーダー、基本的に私たちの後ろにいて、ばんばん魔法撃つだけだったんですよ。それで、練習すればだれでも習得できるようなスキルさえ、まともに持ってなかったんです」

「いや、だって、書類に会議にいろいろあったんだよ。そういえば、話す時間がなかったんだけどさ、そのリーダーって言うの、やめにしないかい?」

「なんでです?」

「…いい加減不自然だと思うんだよね」


 それのおかげで、クレスヴィルではパンダになってしまった。

 いい加減、どうにかしてもらいたいものだ。そんな些細な願いのはずなのに、アメリは断固として首を振る。いつもの、感じだった。


「やですよ。なんだか今更ナギサさんって言うのも、変な感じしませんか? 一回呼び方きめちゃったのに…」

「だったら、もう一回決め直してもらえないかい? せめて、ヒトのいないところ、とかさ」

「それくらいでしたら、考えます」


 アメリはけろっとして、そう言ってきた。ナギサががっくりと肩を落とす。


「…お前らは、いつもそんなやり取りをしているのか?」


 オリガが不思議そうに言った。アメリはまた探索に戻っている。ナギサは肩を落としたまま答えた。


「…だいたい、いつもこんな感じなんですよ。アメリ君は、向こうっ気が強くて」

「…私の集落では、まずありえんことなのだが、お前らの世界は、ずいぶん、のびのびしているんだな」

「私が変人なんですよ。よく言われましたし…」


 ナギサは肩を落としたまま、休憩所に入って行った。オリガは首を傾げながら、そのあとに続く。

 もうすぐ、日暮だった。少しして、休憩所には、美味しそうな匂いが漂い始めた。




「―――リーダー、そのまま女の子になって、どこかにお嫁に行きませんか?」

「やだよ。なんで、そんなこと(、、、、、)しないといけないんだい?」

「でも、ナギサちゃん、これ、美味しいわよ?」

「リーダー、料理は上手かったですからね」 

 

 ナギサはため息をついて、自分で作ったシチューを口に運んだ。たしかに、うまい。ジャガイモっぽいモノがほくほくしていた。

 休憩所は、和気あいあいとして雰囲気に包まれていた。中にひとつだけあったテーブルを全員で囲み、食事をしている。馬車の見張りのために窓を開けているが、魔石をつかているせいか部屋は不思議と暖かい。だが、それだけが原因ではない。

 最大の原因は、ナギサの作ったシチュー。それに、全員が舌鼓を打っていた。

 こちらでの料理は、基本、かまど(、、、)でやるものだ。薪で火をおこし、加減も大体。だから火加減がうまくないと、料理がうまくできない。ナギサもずいぶんやっていなかったので、どこまでできるか分からなかったが、それを解決してくれたのが、フィーデルの魔石だった。オリガたちが最初に使っていたあの焚火になるやつだ。火は起きるので、あとは遠ざけたりするだけで火加減の調整ができる。本当は高価なモノらしいが、フィーデルのモノなので使いたい放題だった。火のおこりが悪くなれば、しばらく待つか、魔力を込めれば、また使えるようになる。生モノも、冷気の魔石のおかげで運べているのだ。


「―――そういえば、魔道具って言うものは、具体的にはどういうものなんだい?」

「…私の鎧のようなものだ」


 ナギサの質問に、さっきから無言でシチューを食べていたオリガが言った。

 もうナギサの無知には驚かないことにしたらしい。食べ終わった皿を置き、口をぬぐって、自分の鎧を叩いて見せる。あの文様の描かれた鎧だ。


「―――これは軽いが、この文様のおかげで強化が施されている。こういったモノを魔道具というんだ」

「…その模様、魔石と同じ細工じゃありませんか?」

「そうよ?」


 ナギサの隣に座っていたフィーデルが言った。

 

「―――大体、魔力を走らせる役付けをして造るって言うのは、同じなんだけどね。あっちのほうが加工が面倒なのよ。鎧とか、魔石を砕いた奴を混ぜて造るんだもの」

「その、ジェリゾフェール? どういう街なんだ?」

 

 ロックフォールがアメリに聞いた。


「…もともと、鉱山の街よ。質の良い鉄が取れるとかで、ずいぶんにぎわってる。そういえば、六条君、どっちかって言うと、隣の大陸にいたからね。あんまりこっちの大陸は知らないか…。あ、リーダーのダンジョンも、そういえばそうですね」

「…ずっと気にはなってたんだけど、どういうダンジョンなの?」

 

 ナギサは、おずおずと聞いた。

 殺しまわったりはしていないらしいが、それにしても、どういうダンジョンなのかは、気になる。


「そうですね…、白亜の宮殿、でしょうか?」

「…パルテノン?」

「そんなんじゃありませんよ」


 アメリは頬を膨らませて言った。心外だったらしい。

 

「―――昔、お姫様みたいになれれば、どんな感じだったのかなと思ったことがあったんですよ。それで造ってみたんです。あ、あれ(、、)、一応、私のモノですからね」

「ああ、それは全然構わないよ」


 ナギサはなだめるように言った。

 正直そんなモノには全く興味がない。ヒト様に迷惑をかけていないのなら、それで十分だ。

 ナギサは小さく息をついた。

 

「…それじゃ、とりあえずの問題は、ジェリゾフェールについてから、か。―――そこのプレイヤーが、どんなヒトか、アメリ君、分かるかい?」 

「…そうですね。ネットのウワサでは、片方は、かなりの頑固者、もう一人は、ずいぶん奇抜な研究者ということでした。私は利用したことがないんですけど」

「そうかい。オリガさんは、どうですか?」

「…たしかに、そういうウワサは、聞いている。研究所のほうは、このあたりでも有名だ」

「…そうですか。後は、相手が本当はどういう人間か分かればいいんだけれどねぇ…。それはさすがに、今は無理、か」


 こっち(、、、)でどうであるにしろ、一枚皮をめくれば何が出てくるか分からない。正直そんな相手と対面して本当のことを話さないといけないとなると、気が重い。

 

「…まったく、面倒な状況だね」

「交渉、本当に任せちゃっていいんですか?」


 ロックフォールが申し訳なさそうに言ってきた。プレイヤーとの交渉は、ナギサがあたることに話し合いで決まっていた。


「うん。悪いけど、君たちはあんまり交渉向けじゃなかったからね。大河たいが君のほうがこういうのは得意だった。そういえば、彼、どうしてるのかな?」


 一人だと、とてもじゃないが、やっていけるような性格じゃなかった部下。あの子は今頃どうしているやら。

 ナギサがぼんやり思っていると、フィーデルが心配そうに声をかけた。


「でもナギサちゃん、その格好のままで、本当に大丈夫なの?」

「大丈夫ですよ。フィーデルさんにも、杖になってついてきてもらいます。それで私は人間のふりをして、何かあった場合でも対処できます」


 ナギサの瞳は赤のまま、普通の住民にはナギサが魔物だとは、間違っても思われない。しかし、事情を知っている相手だとそうはいかないんじゃないだろうか。それを心配されているのだ。だがフィーデルの杖さえあれば、あとはどうにでもなる。

 向こうが、こちらより強くなければ、という条件はつくが、とりあえず大丈夫だろう。一応、大抵のプレイヤーには対処できるはずなのだ。気になっていることもあるが、今は考えても仕方あるまい。確実であるわけでもないのだ。無駄に不安をあおるわけにもいかない。


「じゃあ、あとは、ジェリゾフェールについてからかな? 他に何か気になるようなことはある?」


 ナギサは締めくくるように言った。誰も手を挙げないのを見届け、うなずく。


「―――じゃあ、今のうちに、こっちの世界の事をもっと教えてもらおうかな? ゆっくり話す時間もなかったろう? どうも私は、こっちの世界について、疎すぎるみたいだから」

「あ、私、ナギサちゃんの世界のこと知りたい。特にあのプリン? あれ、ナギサちゃんの得意料理なのよね?」


 フィーデルの言葉に、アメリが反応した。

 

「あれ、本当(、、)に、美味しいんですよ。おかげでいつも争奪戦で…」

「…ナギサは、本当に男なのか?」

「一応、本当ですよ? こう見えても、そこそこは…」


 いっせいに話し始める旅の仲間に囲まれながら、ナギサは話を聞いていた。

 それぞれ気になっていたことはあったらしい。ナギサは大人しく、そんな話を聞きながら、いろいろと知識を仕入れていた。付け焼刃だが、これで、なんとか知識の問題がクリアできればいいんだが。

 ナギサのそんな思いとともに、窓の外では、闇が深くなる。

 月明かりに照らされながら、休憩所は、実に、にぎやかだった。

 そんな休憩所の、外。

 一対の目が、じっと、そこ(、、)を見つめていた。

 夜が、更けていく。


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