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Free・World・Story~フリー・ワールド・ストーリー  作者: 月見 呆一 (旧 月見)
第二章 クレスヴィルの魔女 クレスヴィル後
21/37

11 ウワサの広がり その三日

あいつ(、、、)が、ここに来た?」


 オリガは、フィーデルから聞かされた話に、怪訝な表情を浮かべた。

 フィーデルはカウンターの奥にすわり、いつもの甘ったるい臭いをさせながら、ニコニコ笑って、うなずいた。


「そうよ、昨日。ロックフォール? あの、剣士さんと一緒に来たわ」


 フィーデルの店で、オリガはフィーデルと向かい合っていた。オリガと一緒に来たイリサが言った。


「あの()。また魔石買いに来たの?」

「ううん、違うわね。ただ、面白いこと聞きに来たのよ」


 楽しそうに笑うフィーデルに、オリガが聞いた。


「何をだ?」

「魔物で、魔法使うやつっていないのかって、さ」

「魔物? 魔法?」


 クスクスと、フィーデルが笑った。


「そうよ。ほら、この大陸の、ここからだと、ちょうど反対側かしら? あそこに、『赤ひげの魔王』なんて呼ばれてるのがいるじゃない。あれの話を聞きにきたのよ」

「なぜ、フィーデル殿に?」


 あれ(、、)は、魔物の(たぐい)だ。自分たちも、一応の情報は持っていた。しかし、目の前の女性は、ただの魔石屋だ。

 フィーデルは、あいかわらず笑っていた。


「ほら、昨日、私がいろいろ見せてあげたじゃないの。それで、強い魔物なんかにも、魔法みたく詳しいんじゃないのか、って、聞きにきたみたいよ。それはそうと、二人ともどうしたの?」


 時刻は昼。オリガとイリサ、二人がそろって来店したのだ。ついついその雇い主の話になってしまったため、まだ二人の要件を聞いていなかった。

 フィーデルに聞かれ、二人が少しだけ目を合わせた。


「…昨日のことについて、オリガがお礼がしたいそうよ」


 イリサが、申し訳なさそうに言った。

 フィーデルがキョトンとした顔になった。


「何の?」

「…昨日、あいつ、ナギサを助けてくれたことだ」


 ああ。

 フィーデルが納得したようにうなずいた。 

 どうでもいい、というように手を振る。


「別にいいわよ? 何だか騒がしくなったから、様子見に言っただけだし」

「だが、あなたが現われなかったら、ナギサを見殺しにするところだった。ありがとう」


 丁寧に、頭を下げるオリガに、フィーデルは困った顔だ。

 助けを求めるようにイリサを見た。

 イリサがため息をついた。


「…ほら、やっぱりフィーデルさん、困ってるじゃないの。ほら、頭上げて」

「そうよ」


 フィーデルが呆れたように言った。


「別にいいのよ。ちょっとした気まぐれ。そんな、かしこまるようなものじゃないし、ハンターが魔石屋なんかに頭下げないの」


 そう言って、フィーデルもため息をつく。

 首を振りながら言った。


「…それにしても、昨日はツイてなかったわね。あんなとこまで、魔物が飛び出してくるなんて。下にいた子たちは、大丈夫だったの?」


 話題を変えるように、フィーデルが話を振る。イリサが言った。


「第三区画が破られたらしいのよ。ヴァン・ラニの群れが出てきちゃって、下にいた連中が防ぎきれなかったんだってさ」

「あら、災難ね。やっぱり、どんどんスゴイことになってきてるみたい。ああ、またね…」


 鐘が鳴り始めていた。いつものように、激しい鐘。今日だけで十回は鳴っている。

 フィーデルが二人に目を向けた。


「そういえば、ナギサちゃんはどうしたの? 今日は一緒じゃないみたいだけど?」

「…ああ」


 オリガの顔が苦痛にゆがむ。

 昨日のことの話をフィーデルに聞かせた。


「あら、そうなの。でも珍しいことじゃないんでしょ? 彼女のウワサ、けっこう聞くんだけど?」


 フィーデルが頬に指を当て、考えるように言った。


「…なんでも、剣士さんが泣きついた、とか。どこかの落ち伸びたお姫様なんじゃないか、とか。山を吹っ飛ばすようなスゴイ魔法を使うらしい、とか」

「…あいつのは、たしかに威力は高いが、大したこのとのない、使い勝手が悪い代物だぞ?」


 ようやく頭を上げたオリガが、疑うような表情になる。

 フィーデルがおかしそうに笑った。


「ウワサよ。()()()。魔石屋なんかやってるとね、本当に次から次へと冒険者さんが来てくれるから、話の種が山ほど集まってくるのよ」

「…なるほど」


 三百年もやってればな、とは、オリガもさすがに言えなかった。

 フィーデルが小さくため息をついた。


「…でも、そろそろ飽きてきちゃってね。この場所を、だれかに譲って、どこか、ほかのところに行こうかな、なんて、最近思ってるのよ。ここ(、、)じゃ、うるさいしね」


 そう言って、窓の外を見た。鐘は鳴りやんだが、今日も、仕事を求めるハンターたちが大通りを闊歩していた。今では、クレスヴィルは、仕事が有り余っている。

 イリサが驚いたように言った。


「でも、フィーデルさんのところがなくなったら、冒険者、困るんじゃないの?」

「大丈夫よ。私のとこがなくなったら、また、誰かが魔石屋を始めるわ。ま、それまではご辛抱を、ってことで」

「…でも、セールをやってくれるかどうか分からないじゃない」


 フィーデルは、どうでもいいというように肩をすくめた。


「ま、そのことは、その時の店主さんと相談して、って感じかしらね。それにしても、ナギサちゃん、どうしてるかしらね?」


 フィーデルがぼんやり窓の外に目を向ける。オリガが気まずそうな表情になる。


「…なあ、やはり」

「だぁから、こっそりついてくのはやめなさいよ。依頼主から言われたんだから、私たちが口を挟むことじゃないんだって…」

「なに? オリガちゃん、あとをツケてく気だったの?」


 からかうように、フィーデルが口の端をクイッと上げるような笑みを浮かべた。

 イリサが言った。


「そうなんですよ、フィーデルさん。あそこなら安全だって、さっきから言ってるのに…」

「あら、まぁ…」


 オリガは、二人から散々に言われ、その後もイリサにずっと連れまわされ、結局その日、ナギサについていくことをあきらめた。

 ナギサはその日の夕方、疲れた様子で帰ってきて、すぐにベッドに入って、眠ってしまった。


 


 その次の日、ハンターギルド長の部屋。

 夕日を浴びながら、ランクルは書類の山におぼれていた。

 

「―――ああ、くそ。いつまでたっても終わりゃしねぇ」


 悪態をつくが、書類の山はいつものようにふてぶてしく机の上に陣取っている。見るたび見るたび、それは増えていく。現実から目をそむけるように、ランクルは部屋の隅に目を向けた。


「…で、いつまでそうしてるつもりなんですか? ギルモア行政官?」


 書類に埋まった部屋の隅、そこにギルモアがいつもの仰々しい恰好で、青い顔をしながら立っていた。

 ギルモアが、その薄い唇をなめた。


「…あさって、いよいよ森狩りですが、本当に大丈夫なんですね?」


 震えるように、ギルモアは声を絞り出す。

 ランクルは、その書類の山のように、重苦しいため息をついた。


「何度も言ってるでしょう? こっちで対処しますから、そちらは、ご心配なく、と」

「ですが、どうも今回の活性化は、不安になってしょうがないんですよ。本当にダンジョンをなくしてしまうのは、無理なんですか?」

「無理です」


 きっぱりと言い切って、ランクルは腕を組んだ。どっかりと椅子にもたれかかる。書類のせいで固まった体が、バキバキと音を立てた。


「…あれの壁は、どんなことをやっても、壊せないんですよ。大昔の遺産、でしたか? おかげで、今でもこっちは迷惑を被ってるんです」

「…ですが、核を壊してしまえば」

「それも一緒ですよ。何でできてるんだか、今じゃわかりませんがね。壊すことは不可能です」


 ギルモアは視線をさまよわせた。おずおずといった。


「最近は、とんでもなく強い人々が現れています。本当に無理なんですか? ”城崩し”なんて、常人ばなれした力の持ち主だと聞いています。今度の評定会議でも、話題らしいです。やっぱり、彼なら…」

「無理です」


 ランクルが椅子にもたれたまま、ぴしゃりといった。


「―――たしかに、常人離れしてはいますが、戦い方がダメです。使い方がなっちゃいません。このあいだ見てて、分かりましたよ」


 きょときょと。

 ギルモアの視線が書類の山から山に飛び移る。

 さっさと帰ってもらわないと、どんどんたまっていく書類の山。

 ランクルが言った。


「―――お分かりになられたんでしたら、今日はお帰りください。これ(、、)を、すべて処理しないといけませんから…」

「…あの娘(、、、)


 ギルモアが、すがるように言った。

 ランクルの眉がピクリと上がる。

 ギルモアは続けた。


「―――ロックフォールが、リーダーとか言ったという話の、あの娘、ナギサ、とかいう娘は、どうなんですか?」

「…嬢ちゃん、あれ(、、)が、なんですか?」

「ロックフォールがリーダーなんて呼ぶような相手です。強いんじゃないんですか? 彼女なら…」

「いい加減にしろ!」


 思わず怒鳴りつけ、ランクルは舌打ちをした。

 見ればギルモアが青い顔をしながら震えていた。

 ランクルは身を乗り出した。子供でも落ち着かせるように手をかざす。


「…失礼。だが、少し考えてモノを言ってほしい」


 おびえるようなギルモアに、ランクルはなだめるように言った。 

 無情にもドアが開き、また書類が追加される。

 ランクルはそれを横目に見ながら続けた。無表情に書類を持ってきた男は、何も言わずに出ていった。


「―――あいつは、ただの小娘ですよ。それだけ(、、、、)です。リーダーというのも、ただ、ロックフォールの奴が言ってるだけでしょう。だから、期待するだけ、無駄というものですよ」

「…そうなんですか」


 ギルモアは、がっくりと肩を落とした。

 ランクルは小さく唸った。


「…まあ、たしかに、私もあいつのウワサは聞いてますがね。なんでも、隣の王国で、山をふっ飛ばしたとか、なんとか…」


 ランクルの言葉に、ギルモアは目を丸くした。だが、打ち消すように、すぐに手を振る。


「ウワサはやたら大きくなるもんです。たぶん、ギルモア行政官と同じように考えた奴がいたんでしょう。私が見る限り、そんな感じはありませんでした。だいたい、魔法でそんなマネはできません。アルブだって、そんな魔力量のある奴らはそうそういませんよ。フィーデルさんでもあるまいし。だから、無理。やはりウワサですね」

「…そうですか」


 すみません…。

 そう言って、トボトボと、ギルモアは部屋から出て言った。

 ランクルは安堵のため息をついた。だが、その表情は、今一つ、晴れない。


「―――あの嬢ちゃん、いったい、なんなんだろうなぁ?」


 ランクルがそう、つぶやいたとき、突然、目の前の書類の山が、ぐらりと揺れた。




「なんだこりゃぁ…?」


 ロッシは目の前の光景に唖然としていた。

 他の調査に来た面々も、ポカンとした表情を浮かべて、足元を見下ろしている。

 そこには、穴があった。


「…だれか、爆弾の山でも爆発させたかな?」


 となりにいたグラスが、じっとそれを見ながらつぶやいた。

 クレスヴィルから、だいぶ離れたところにある草原だった。まわりには何もない。もともと、そうであったはずのそこ(、、)に、本当に何もない、からっぽの大穴が、家を一軒飲めるほどに大きく、その口を開けていた。


「いわれて、来てみたは、良いけどな…」


 正直言って、これは、どうしようもない。まわりはただの草原。青い空。そして穴。周りには何もない。調べようもない。


「…これでは、誰かが見ていたということも、ないだろうしな」


 まわりを見回したグラスが言った。この辺りまで来るような奴など、いそうもない。

 そう、思っていたのに、なぜか、見知った顔がそこにあった。


「オリガじゃねえか。どうしたんだ?」


 グラスが声をかけると、鎧姿のオリガが、何やら怖い顔でこちらに歩いてくる。黙ったまま、歩を進めていたかと思うと、じっと大穴を見つめた。


「…これ(、、)が、昨日の揺れの原因か?」

「ん? ああ…、そうみたいだ。本当のところは、分からないけどね」


 そう言ってグラスは手を振ってまわりを示した。

 オリガは考え込むように、顎に指を当てた。


「…分からないのか?」

「ああ、だれかが見ていた様子はないし、あるのはこれだけだろう? どこかの研究機関にでも頼まないと、私たちでは手に負えないな」

「お前も、似たようなもんだろうが、なんとかならねぇのか?」


 ロッシが言うと、グラスは首を振った。


「私は、ダンジョン調査が本来の仕事だよ。こんなの(、、、、)は専門外だ。だれか、よそにでも頼むんだね。最近は、ずいぶん有名な研究所もできたって話だし…」

「そんな金が、ギルドにあるとも思えねぇな。こりゃただ報告するしかないか…。―――そういえばオリガ、お嬢ちゃんの依頼の最中だったんじゃないか? こんなとこ(、、、、、)にいて、良いのかい?」


 ロッシが言うと、さっきから考え込むようにうつむいていたオリガが顔を上げた。そして、言った。


「…ああ、今日、あいつは宿で寝ているよ。イリサがついてる」

「そうかい。ああ、お譲ちゃんの教育係だったか? あれは上手くいってるか? なんか、門のとこで無茶やったらしいって聞いたが…」

「…ああ、あいつは無事だ。問題は…ない」


 オリガは相変わらず表情を曇らせていた。

 ロッシはグラスを見たが、ただ肩をすくめて見せただけだった。

 小さく息をついた。


「―――ま、いいや。それより、明日は森狩りだろ? お前も参加するんだってな。調子はどうだい?」

「心配はありがたいが、体をなまらせたつもりはない―――ああ、そういえば、”晴嵐”は参加するのか?」

「ん、するんじゃねぇのか? ああ、そういえば、なんか、お嬢ちゃんとも仲良かったよな。お嬢ちゃんが心配してんのか?」

「そうだな…」


 オリガの答えに、ロッシはおかしそうに笑った。


「なら、心配するだけ無駄だって伝えときな。このあいだから、ばしばし活躍してるからよ。おかげで塔の連中、仕事取られちまうってぼやいてたぜ」


 ロッシはそのまま、クレスヴィルの方向を見た。

 ぽつりと、緑の中に赤い壁が、しみのように見えていた。


「…ま、どっちにしたって、明日まで、だ。やっと、森もおとなしくなるってもんさ」


 ロッシは、気楽に言った。ピクリと、その表情が動く。


「どうした、ロッシ?」


 すんすんと、ロッシが鼻をひくつかせていた。

 グラスが尋ねても、何も言わない。しばらく、あたりの匂いを嗅いでいた。

 やがて、首を振った。


「―――いや、何でもねえ。毎日、森の中にいるもんだから、鼻が馬鹿になってるらしい」


 そのまま、グーッと伸びをした。


「…やっと、森とも、おさらば(、、、、)できる。宴もあるし、やれやれ、あしたが待ち遠しいってもんだね。ったくよぉ」


 ロッシのつぶやきに、グラスは苦笑しながらうなずいた。毎日暗い中にいるのは気が滅入る。調査に来た面々も、苦笑して頷き、そのまま、街に引きあげ始めた。

 じっと、オリガは考えるように、目の前の大穴をながめている。だが、やがて、一人首を振ると、そのまま、来た道を引き返した。すぐにロッシたちに追いつき、最近の話を始めた。オリガはこの三日のことを話し、お返しとばかりにロッシが最近の手柄話をはじめた。グラスはそれを聞いて、やれやれと天を仰ぐ。

 青い空、その大きな青の中を、一羽の鳥が飛んでいた。

 

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