12 ナギサ 晴嵐
オリガは、そのドアを、いつものようにノックした。
すぐに返事があった。
「はーい、どうぞぉ?」
オリガがドアを開け、中に入ると、椅子に座り、見知った顔が、のんびりお茶を飲んでいた。さっき朝食を済ませ、いまは食後のお茶としゃれこんでいるらしい。
オリガはドアを閉め、その前に立った。そして、じっと、相手の顔を見る。
「…どうかしました?」
そう言って、赤い目の娘は小首を傾げた。
なるほど、たしかに亡国の姫でも通じるような顔立ちだった。まるで、芸術ギルドの職人にでも、端正こめて作られたような顔だ。
通った鼻筋に、細い顎の線、どこにも、隙がない。唇はつややかな桃色、肌は白く透き通っている。
じっと、そのルビーのような目で、オリガを見上げていた。
「―――そういえば、昨日は、わざわざ見に行ってもらって、ありがとうございました」
ナギサは、礼を言った。
じっと、ナギサの顔を見続けていたオリガは首を振る。
「かまわん。依頼主の頼みだ」
地鳴りのあと、ナギサは疲れ切ったような様子で、宿に帰ってきた。オリガが声をかけると、様子を見に行ってもらえないかと頼まれた。だから、行っただけ。それだけだ。
オリガは、じっとナギサを見ながら、言った。
「―――あれが、お前の本気か?」
最初のころ、掘っていた井戸とは、比べ物にならない大穴。それを思い出しながら、オリガは言った。
ナギサはうなずいた。
「…ええ。あれが、一応のところの、本気になります。使えて、本当によかった」
そう言って安堵のため息をついた。
どうやら、使えるようには、なったらしい。様子は、相変わらず変わらないが、少しだけ、以前よりも表情が柔らかくなったように、オリガは感じていた。
オリガは渋い顔のまま言った。
「…いったい、何をどうしたんだ?」
一口、お茶を口に含んだナギサはそれを飲みこんだ。ただ、ニコリと笑う。その赤い目だけが、申し訳なさそうな色を浮かべていた。
「―――そこは、言えません」
それを聞いたオリガは、ため息をついた。
分かっていた結果だった。おそらくこう答えるだろうと、予想していた結果だった。
ナギサが続けた。
「すみません。妙な者の世話をさせてしまって…」
ナギサは、本当に、申し訳なさそうに謝った。その小さい肩をさらに縮めていた。
オリガは、首を振った。
「…かまわん。依頼を受けたのは、私たちだ。お前が気にすることじゃない」
そう言って、オリガは窓の外に目を向けた。今日も青い空が、窓の向こうに広がっている。
「―――そろそろ、時間だ。今日は、分かっているな?」
ナギサはうなずいた。
「…ええ、部屋からは、出ませんよ」
一瞬、答えが遅れたような気がした。
オリガがナギサを見ると、いつもと同じような笑顔が浮かんでいた。
眉をしかめたオリガに、ナギサは笑顔のまま言った。
「―――大丈夫ですよ。ちゃんとしてますから、そんな顔しないでください」
安心させるように言って、またお茶を一口。
オリガは疑わしげにそれを見ていた。確認したいが、時間が迫っているのも確かだった。そも、時間ぎりぎりまでいて、こうして様子を見に来ているのだ。
オリガは小さく息をついた。
「…一応、その言葉を信じることにしよう。お前が、戦いの素人だということを、忘れるなよ?」
オリガは念を押すように、ぐっと身を乗り出しながら、ナギサに言った。
ナギサは椅子の中で身を引こうと、もぞもぞ動いた。
「―――大丈夫ですから、そんな怖い顔しないでください。あぁ、イリサさん…」
イリサがノックもせずに部屋に入ってきた。もうすっかり、イリサのほうは、これに馴染んでしまっていた。魔法のことを聞いても、あまり態度は変わらなかった。イリサは、ナギサにのしかかるように身を乗り出しているオリガを見つけると、顔をしかめ、呆れたように言った。
「…また、やってるの? いい加減にしなさいよ」
「しかしだな…」
「つべこべ言わない。ほら、もうすぐ集合時間よ。―――じゃあね、ナギサちゃん?」
「ええ、お二人とも、気をつけてくださいね?」
ナギサが心配そうに言うと、イリサはふふんと鼻で笑った。
「心配いらないわよ。ま、このあいだじゃないけどね、遅れは取らない。ほら、オリガ、もう行くわよ?」
「…ああ。ナギサ、もう一度言うが…」
「はいはい。いちいち言わないの。じゃあまたね、ナギサちゃん」
オリガは、渋い顔のまま、イリサに引きずられるようにして部屋を出て言った。
ナギサはニコニコ笑いながら、手を振ってそれを見送る。バタンと、ドアが閉まった。なんだか、表のほうでも言いあっているのが聞こえた。
それも聞こえなくなってから、ふう、と、ナギサはため息をついた。
「―――さて、じゃあ、行くとするかな」
ナギサは、決意を込めた面持ちで、グイと、カップに残っていたお茶を飲み干した。
そのまま、椅子から立ち上がり、上着を羽織る。
ナギサの部屋には、誰もいなくなった。
「―――よく集まってくれた!!」
ランクルの大声が響いた。
クレスヴィル。その大門の反対側、ランクルの部屋の前に、ハンターたちが集結していた。剣や弓、杖などで武装したハンターたちが、各班に分かれ、それぞれで寄り集まっている。
窓から、そのまま外に出てきたランクルが、そのハンターたちに向かって檄を飛ばす。
「今日、いよいよ決行だ!! 抜かりはねぇな!!」
応じるような喚声が上がった。
報酬の高さをきいてか、その士気も高い。ハンターたちの目はギラギラと輝いていた。
第三班、その集まりの中にいたオリガは、黙ってそれを聞いていた。となりにはイリサが立って、まわりを見回している。
「―――ずいぶん、集めたものね」
イリサが感心して言った。目に映るハンターは、どれも腕利きばかりだ。それが何百人と、ここに集まっている。一番後ろの方には、ロックフォールも立っているのが見えた。なにか、隣に立ったハンターに話しかけられている。
オリガがうなずいた。
「―――ああ、一班、四十人ほど、という話だったんだがな…」
オリガも周りを見回していた。目に映る数は、どう見てもそれを超えている。
イリサが、何かに気づいたように、あっ、と、声を上げた。
「…どうした?」
「ねえ、あれ、”晴嵐”じゃない?」
そう言って指をさす。オリガが見ると、一人のリヨスが集まりの、前のほうに立っていた。その端正な顔に険しい表情が浮かんでいて、いかにも話かけずらそうだ。実際、周りからも、若干、距離をとっているように見える。険しい表情のまま、何か思いつめるように、じっと正面を見つめていた。
「…ナギサちゃんが、心配してたって、伝えといた方がいいかな?」
「…そうだな」
二人はうなずきあうと、”晴嵐”のほうへと近づいて行った。
ランクルが、まだ何か話している。
二人が近づいてくると、”晴嵐”がその鋭い目で、二人を見た。
「…なにか?」
睨むようなその目に、一瞬、オリガたちはひるんだ。エメラルド色をした目。きれいな澄んだ目に、めらめらと炎が燃えているようだった。敵意を、むき出しにした目だ。
オリガはすこし眉をしかめたが、そのままつづけた。
「…ああ、いや。私たちの、雇い主、ナギサのことだ」
オリガがその名前を出したとき、”晴嵐”の表情が、一瞬、ゆがんだ。その厳しい表情に、一瞬、ひびが入る。オリガには、それが泣きそうな、子供の表情に見えた。しかし、それは、すぐに消える。
”晴嵐”が言った。
「…そうですか」
また、もとの険しい表情に戻って、”晴嵐”が言った。ただ、一言だけ。
それきり、ついと視線を前に戻す。
オリガが渋い顔をして言った。
「あいつ、ずいぶん、心配していたぞ。手紙も、返事が来なかったしな。なぜ、返事を書かなかった?」
毎日、”晴嵐”がどうしているのか、ナギサは熱心に聞いていた。自分の持っていく報告を、逐一確認しながら聞き続けていたのだ。無事だと聞くたびに、安堵の息をついていた。
「―――やはり、そうですか」
”晴嵐”は険しい表情で、前を向いたまま、言った。その表情は変わらない。
「…返事くらい、書けなかったの?」
”晴嵐”の様子が、イリサは気に入らないらしい。
眉間にしわを寄せ、なじるように言う。
”晴嵐”は首を振った。
「…今は、できないんです」
「どうして?」
イリサが首を傾げ、聞いた。
”晴嵐”は、また、静かに、首を振る。
「…これが、終わったら、会いに行くとお伝えください。今は、それだけです」
そのまま、険しい顔で、”晴嵐”は前を向き続けた。きっと口を引き結んでいる。これ以上、会話を続ける気はないと、無言で語る。
その様子に、オリガとイリサは、互いに顔を見合わせた。
そこに、ランクルの怒声が、響く。
「―――てめえら!! 配置につけ!! 『森狩り』を始めるぞー!!!」
ハンターたちの歓声が、”トルメンティア”の森に、響き渡る。
『狩り』が、始まった。




