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Free・World・Story~フリー・ワールド・ストーリー  作者: 月見 呆一 (旧 月見)
第二章 クレスヴィルの魔女 クレスヴィル後
13/37

3 実践 爆発

「―――”魔法”というのは、魔力を集中させることで起こす現象のことだ」

 

 クレスヴィルの街、そこからずいぶんと離れた草原の上、ナギサは体育座りの格好で、オリガのことを見上げていた。遠くで鳥が飛んでいた。

 あたり一面、どこまでも広大な草原が広がっている。少し肌寒いくらいだが、今日は上着を着ているし、太陽の光が気持ちいい。呼吸をするたびに、草原の香りと言うのだろうか、まず現代社会ではなかなか味わえない、すがすがしい空気が感じられる。イリサは少し離れたところにある岩の上に座り、二人のことをながめている。

 ナギサを見下ろすような姿勢で、オリガは続けた。


「そして、魔力というのは、一つの精神力のようなものだ。それを一か所に集中させると、魔法が起こる。―――見ろ」


 オリガはそう言って、腰に下げた鞘から、剣を抜き出した。 

 すらりと抜き出された剣は、日の光に照らされ、銀色に輝いている。

 少し表情をこわばらせながら、ナギサが、かたずをのんで、見守っていると、


「―――あっ!」


 銀色に輝いていた刀身が、徐々に赤い光を放ち始める。距離がある筈なのに、顔が熱にさらされて痛いほどだ。

 ナギサが感心しているのを見て、オリガが剣を振るった。一瞬のうちに、刀身は元の銀色に戻っていた。


「―――まあ、こうして使うんだ。いまのは、外に魔力を出すときに、一番手っ取り早い方法だ」

「外に出すときに? 他があるんですか?」


 ナギサが首を傾げると、オリガがイリサのほうに顔を向けた。


「イリサ、見せてやれ」

「はいはい」


 答えて、イリサは立ちあがった。すこしだけ、そのままの姿勢で立っていたかと思うと、サッと、一歩踏み出す。

 そして、気づいてみると、ナギサの前に立っていた。


「…あれ?」


 岩と、イリサ、両方をポカンとした表情で交互に見る。

 イリサはイタズラが成功した子供のように笑っていた。


「どう?」

「いや、どう、といわれても…」


 何が起きたのか分からない。

 ナギサが目を白黒させていると、オリガは小さく息をついた。


「…身体強化は、魔力を体の中にめぐらすことで使える。消耗は少ない。防寒にも応用できるから、ハンターなどの冒険者で、魔法の使える者には、よくつかわれている」

「はぁ…」


 話しについていくのが、やっとだ。つまり?

 ナギサは、さっきからずっと握ったままになっていた魔石を見た。空のような水色がきらりと光る。


「…体の中を水が流れてるから、それを貯めたり、めぐらしたりするって感じですか?」

「…ふむ、それで良いだろう」

「それで良いだろう、って…」


 なんだか、ずいぶんいい加減な答えだ。

 ナギサがそう思っていると、イリサがくすくす笑った。


「怒らないでよ? 一応、これ、普通の教え方なんだから」

「普通の?」

「そうよ。魔力って、目に見えないモノなのよ。それをわざわざ使おうとするんだもの。使う人が一番イメージしやすいものを使うのが、一番の上達法ってわけ」


 ―――ちなみにオリガは火で、私なんかは風ね。

 イリサの説明に、ナギサ小さく唸ると、自分の魔石を見た。


「ちなみに、これ(、、)の色って、何かそういうイメージと関係あるんですか?」

「あるような、ないような、って感じね。魔力を”練る”(使う前にすることの名前ね)時に、ちょっとでもイメージの足しになればってことで、それに近い感じの色を使ってるのが多いわ。でも緑色で火を出しても良いし、赤色で風を使っても良い。あとは、フィーデルさんの説明通り」

「出しやすい、貯めやすい、って、やつですか?」

「そうだ。―――少し、離れていろ」


 オリガに言われ、ナギサとイリサは距離をとった。

 見ていると、オリガが剣を構えた。片手で、今にも振りかぶるように剣を引く。

 そして、風を切る音がしたかと思うと、


 ―――ゴォ…。


 オリガの立つ、その正面に向かって、火の玉が飛び出した。

 人の頭ほどのそれ(、、)は少し先、百メートルくらいまで飛ぶと、放物線を描いて草の上に落ちた。それは一瞬燃え上がると、すぐに消え、後には黒い円が残っていた。


「すごい…」


 ナギサは小走りに近づいていくと、恐る恐る、そこを覗き込んだ。

 青かった草は、すっかり焼け焦げている。じりじりとした熱が残っていた。

 オリガが草を踏みならしながら近づいてきた。


「これが魔力を出す(、、)、ということだ。ある程度、体の中の魔力を消耗する」

「消耗する?」

「ああ…」


 オリガがうなずいて言った。


「あまりやりすぎると、意識を失う。最悪の場合は、そのまま死んでしまうこともある」

「回復するんですか?」

「まあ、とにかく体を休めれば勝手に回復するが、後はポーション、薬だな」

あれ(、、)、ヒドイ味なのよね。たいていは、よっぽどのことがないと、休んで回復するのが普通よ。だから、ポーションの出番は、いまの警戒令の時とか、よほどの奥地に行くときとかね。たまに、がぶがぶ飲んでる人もいるけど…」


 ぴくりと、ナギサがイリサの顔を見た。


「マズいのを、がぶがぶ飲む?」

「そうなのよ。きっと舌が、どうにかなっちゃたのね。まえに組んだ人なんか、戦闘したあとに、必ず飲んでるんだもの。おなか壊さないのかしら?」

「へぇ…」  


 ナギサが感心して聞いていると、オリガが咳ばらいをした。


「―――話を戻していいか?」

「あ、すみません。今のが”出す”で、じゃあ、”貯める”は?」

「最初に見せたものが、そのタイプだ。いったん魔石に魔力を貯め、それをいろいろな形で放出させる。少しづつ押し出すようなイメージでやると、ああ(、、)なる。一気に押し出せば。さっきのような火の玉になる」

「貯めるって言うより、出しづらいって言う方が近いわね。黒に近いほど、通すときに魔力が引っ掛かりやすくて、押し出した時の勢いがすごいのよ。まあ、押し出すのも一筋縄じゃいかないけどね」


 ナギサは頷きながら、自分のそれ(、、)を見た。

 どうやら、これはポンプのようなものらしい。オリガの魔石は、深い紅色だ。なら、ほとんど透明に近いこれ(、、)は、ただのパイプか、その程度のモノということになる。

 じゃあ、これ(、、)が無かったら?


「どうにもならん」


 ナギサの疑問への答えは、そっけないものだった。

ナギサは首を傾げた。


「なんでですか?」

「私は、詳しくは、知らん。魔石を通すことで、世界への働きかけがうまくいくようになる、らしい。イリサ、お前は?」

「私だってわからないわよ。魔石なんて、小さいころからこんな感じかな、で、使って来たんだもん」


 どうやら、学者レベルの疑問だったらしい。

 まあ、とりあえず、やり方だけはわかった。


「あれ? でも、さっきの、身体強化? あれだと、魔石、要りませんよね?」


 ナギサが言うと、なぜかオリガが不審な目をナギサに向ける。

 オリガが言った。


「―――普通、魔石に魔力を通すだけで、一年程度は練習がいる。なかには速いやつもいるが、お前もそうだとは限らないだろう?」

「…そんなにかかるんですか?」

「当たり前だ。身体強化は、さらにその上位のやり方だ。それに、どの道、ある程度は鍛えられていないと、体が持たん。お前は、どう見てもそうじゃない」

「いやー…」


 自分の体を見下ろしながら、ナギサは唸った。

 それでも言った。


「でも、結構、頑丈なんですよ?」 

「それは知っているが、お前の場合、身のこなしが素人のそれ(、、)だ。今の体の使い方も分からんのに、余分なものまで入れる気か?」


 筋は通っている。

 ナギサは少しだけ、恨めしそうにオリガを見ていたが、やがて、小さく息をついた。


「―――分かりました。とりあえず、これに魔力を通せばいいんですね?」


 ナギサは、手に持った魔石を差し出すように示して言った。


「まあ、そうだが…」


 オリガが、言いにくそうに口ごもる。 

 ナギサはオリガを見た。


「どうかしましたか?」

「いや…」


 オリガはしばらくのあいだ、逡巡していた。イリサの顔をチラリと見て、そこに何も考えていなさそうな表情が浮かんでいるのを見る。そして、ため息をついた。


「―――まあ、これが請け負った任務(クエスト)だ。だからこそ教えたが、必ずできるとは限らん。そもそも、普通に生活する分には必要ないものだからな。役付きの魔石で代用ができる。それに、お前がハンターになるにしろ、別にどうしてもできなければならないというものでもない」


 突き放すような口調。そして、何を言っているのか、分からない。

 ナギサが首を傾げていると、眉間にしわを寄せながら、オリガは続けた。


「お前は自信たっぷりにできるつもりでいるようだし、別に私たちも何も言わない―――もう、お前が何をやらかそうが、私たちは驚かないしな。だが、必ずできるなどとは思うな。いいな?」


 強い口調で、まるで念でも押すように言うオリガ。

 ナギサはポカンと口を半開きにして、それを見上げていた。

 やがて、くすくすと笑いだす声。


「―――オリガ、もうちょっと素直に、失敗しても落ち込むな、くらい言えないわけ?」

「…うるさいぞ、イリサ」


 イリサに言われて、オリガの褐色の肌に紅が差す。

 ポカンとそれを見上げていたナギサも、クスリと笑った。


「…ああ、そういうことですか」

「…お前もだ。まあ、気長にやるつもりでいろ」


 そう言って、オリガはそっぽを向く。

 ナギサは笑いをこらえながら、うなずくと、オリガたちから距離をとった。

 魔石を、とりあえず、右手で掲げてみた。

 

「体の中の力―――ナギサちゃんの場合、水だっけ―――が、だんだんその魔石のほうに流れてく感じでね。何かそれに引っ掛かる感じがしたら、後は、押し出せばいいのよ」


 掲げたことは、間違っていないらしい。

 イリサの言葉を聞きながら、ナギサは目をつぶった。

 体の中を、水が流れている。それが、だんだん右手に集まっていく。少しして、何となく、手の平が熱くなったように感じた。ただ、何か、ひどく窮屈な感じだ。どちらも、ゲームをやったときには、感じなかった感覚。

 ナギサは思わず目を開けた。


「どうかした? 感じられない?」

「ああ、いや、なんだか、せまいというか、出しづらいといいますか」


 ナギサは右手の魔石を見た。

 別に何かが変わった様子はない。ただ、相変わらず空色の石が乗っているだけだ。

 離れていたところで見ていたイリサが首を傾げた。


「感じられては、いるのよね?」

「ええ、何となく、熱い感じはします」

「あったかいじゃなくて? 私の場合はそうなんだけど」

「ええ…」


 もう手の平がカッカしている。痛いくらいに熱い。それなのに、その行き場がない。


「何だか、すごく通りづらいんですが」

「おおげさよ。それ、ほとんど白の石よ?」

「そうなんですけどね。でもなんだか…」

「まあ、最初なんてそんなもんかな。ちょっと、ナギサちゃん。あっち向いて、思いっきり押し出してみて。オリガが飛ばして見せたあれ(、、)をマネる感じで」


 イリサが、自分の右側、ただどこまでも広がる草原に向かって指を指す。

 そちらは街もなければ、道もない方向だ。

 ナギサはうなずいた。

 さっきから、熱くて仕方ない。

 魔石を持った手をそちらに向ける。

 どうもにも、さっきから狭苦しい感じが抜けない。通せんぼでもされている気分だ。そこに熱ばかりがたまっていく。


「―――何をそんなに距離をとる?」

「え? 危なくないですか?」


 なぜかやたらと、二人から距離をとりたがるナギサに、オリガが怪訝な顔をする。だが、ナギサが何とも思っていないのを見て取ったのか、一つ首を振っただけで、また黙り込んだ。ナギサはそのまま魔法に集中した。

 ナギサは、右手をかざし、そのまま、妙な壁を押し続けた。

 どんどん手の平が熱くなる。肌が焼けてるような気さえする。

 たまりかねた、ナギサは、それを力いっぱい押しだす。

 まだ何かが邪魔だ。がむしゃらに、ナギサはそれを押し込んだ。力が、何かに、めり込んでいく。

 そのまま押し込む。力が、何かの中を這い進む。


 フッと、何かを、一気に突き抜けた感触があった。やっと、手の平の熱が抜けた。

 その時だった。

 火で直接あぶられたような熱と、太陽でも直接見たような光が、ナギサを襲った。


 ―――運動会の大玉。

 

 何となく、それ(、、)を見たナギサは思った。

 少なくとも、そのくらいの大きさだ。

 そのくらいの大きさの、太陽のように光る大玉が、ナギサの目の前にあった。

 それはじりじりと熱を発していたかと思うと、ふいに転がるように動き出す。

 ナギサの見ている前で、ゴロゴロと、音こそしないが、それ(、、)が転がった後には、焼け焦げた地面だけが残っている。黒コゲの道を残しながら、大玉は、草原にある丘を転がり。それを二つ越え、そこで、やっと、止まった。

 今ではやっとボーリング玉くらいに、小さくなっているようだ。そして、そのボーリング玉は止まったかと思うと、


 ―――ドン!


 ()ぜた。 

 土煙を上げ、草原の中に一つ、ローフォレが二、三頭入りそうな大きさの、クレーターが出来上がる。

 爆発音だけが、草原の中を走って行った。


「え、えーと?」


 イリサが、冷や汗を流しながら、言葉を探す。

 オリガは、黙っていた。ただ、その表情だけがひきつっている。

 草原の中のクレーター。

 それを見て、ナギサは、首を傾げていた。ただ純粋に疑問、そんな表情だけが浮かんでいる。

 たしかに、使えるには使えた。だけど、と思う。

 なんだか、思っていたモノ(、、、、、、、)と、ずいぶん、それ(、、)は違っていた。いや、使いものにならないという点では、同じだったけれど。

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