2 魔石屋 謝罪
ナギサたちは、宿屋を出て、クレスヴィルの街へと出かけた。宿の前の階段を、大通りを目指して、下に下にと降りていく。
クレスヴィルの道路は、ほとんどが階段と坂道でできている。家々もほとんどが階段沿いに建っていて、ナギサたちは、その中の一本、昨日歩いた大通りへの階段を下りていた。
隣を歩くオリガに、ナギサは話しかけた。鞘に収まった剣が歩くたびにカチャリカチャリと鳴っていた。
「―――”魔石”ですか?」
「そうだ。それがないと、始まるまい」
オリガは呆れたように言った。ナギサの格好を見ながら首を傾げる。
「―――そもそもだ。お前はどういう自信があって、魔法を使おうなんて思ったんだ? まともに使えるようになるまで、何年もかかるんだぞ?」
「たぶん、大丈夫だと思いますよ?」
ナギサはノー天気な笑みを浮かべながら、階段を一歩一歩降りていく。
立ち止まり、オリガがいぶかるような表情でその背中を見ていると、イリサがその肩に手を回してきた。
「まーた、難しい顔して、老けるわよ?」
「いちいち、ひっつくな。それにしてもだ…」
「あの子が、なんなのかって?」
イリサが先を行く背中を見て言うと、オリガがうなずいた。
「…ああ、そうだ。雇い主なのは、確かだがな」
「まあ、やってることがむちゃくちゃだもんね。どこまでも不審人物だし…」
イリサは昨日から今日、たった今までのナギサの行状を思って言った。まだ、あの金貨の袋を腰に下げている。大牙亭に一生泊っていられるような金額が、一歩歩くたびに揺れていた。
「…ああ、あの”城崩し”のこともあるしな」
「あれ、本人なのよね? なんかナギサちゃんには、ずいぶん従順だったけど」
遠くに見える小さい背中、それに抱きついて泣きだした大男。そのウワサをどこから聞きつけたのか、オリガたちも、ミシェルに朝から散々質問攻めにされていたのだ。連れてきたのがその本人だと分かった時のミシェルの輝いた顔は、なかなか見モノだった。
オリガが鼻を鳴らした。
「一度依頼を引き受けたとはいえ、正直な話、あいつは不審すぎる。例え悪い奴でないとしても、な」
「そうね。…まあ、いいんじゃない?」
オリガが顔をしかめてイリサを見た。イリサはくすくすおかしそうに笑っている。
「お前は、少し真面目になれ」
「オリガはいつも真面目すぎるのよ。まあ、あの子も自分のやってることは分かってるみたいだし。こっちは徹夜の必要もなくなったし、楽しそうだからいいじゃない?」
言うだけいって、イリサはさっさとナギサの背中を追って、行ってしまった。
オリガは何か言いたそうに口を開けていたが、すでに大通りについたナギサが手を振るのを見て、そのまま口を閉じる。
すぐに、その”護衛対象”のあとを追った。
ナギサは、その店を見上げていた。ポカンと、その口が半開きになっていた。
「何ですか? ここ?」
「さっきも言ったろう、『魔石屋』だ」
「…いや、それは分かるんですが、何なんでしょう、これは?」
ナギサの疑問は、もっともだった。
大通りにある、背の高い建物の一棟であることは変わりない。たしかに、ドアの上には『魔石屋』と、例の迷路文字で書かれている。窓がそのままショーウィンドウのようになっていて、初めてオリガたちに会った時に見た、赤や紫色の綺麗な石が飾られている。そこまでは、良かった。
「…何なんですか、この花の量は?」
一応、ミシェルから聞いてはいたのだが、たしかにそこは、入口であると同時に、お花畑だった。いろいろな花の香りが混ざり合い、香水顔負けの香りを醸している。色にいても、魔石の色に負けるまいと、競うように、色とりどりの花が咲き誇っている。そして、なぜか『新人様大歓迎』の文字が白地の看板に、虹色文字で光っている。なんとなく、キャバレーか、パチンコの新装開店を思い出させた。
オリガが小さく唸った。
「―――あきらめろ。ここの店主が、魔石のセールをやるときの…、まあ、なんだ…」
「”お約束”みたいなものよ。まあ、ちょうどよかったじゃない」
言葉が出てこないオリガを、イリサが補った。おかしそうにその表情は笑っている。
「はぁ…」
こちらに来て、初めての店に、ナギサはぽかんとしていたが、とりあえず中に入ることにした。
ドアののぞき窓から見る限り、幸い、中は普通の店のようだ。どっちにしても、魔石は手に入れないといけないらしい。
ナギサは気を取り直すと、そのドアノブに手をかけ、引いた。
そして花の香りをさせながら店に一歩、踏み出すと、
「いらっしゃーい!!」
いきなり、紫色のモノが視界をふさいだ。
柔らかいうえに大きなモノに、息までふさがれる。
それに埋まりながら、ナギサがうーうーと唸っていると、イリサの声が聞こえた。
「ああ! フィーデルさん、こんにちは」
「ええ、こんにちは、イリサちゃんにオリガちゃん。三日ぶりくらいねぇ」
「…フィーデル殿、そいつを離してやってくれないか。息ができていない」
オリガの声が聞こえ、ナギサはようやく解放された。
見上げると、色の白い、紫色の髪の美人が、満面の笑みを浮かべて自分を見下ろしていた。
その美人がぽってりとした唇を開いて、言った。
「あら、まあ、かわいい子。近くで見ると、なおさらね」
楽しそうな声を上げ、また抱きしめようとする。
ナギサはあわてて、その腕から逃れた。
「あら、残念…」
そう言って髪と同じ、紫のローブを着た美人、フィーデルがくすくすと笑った。
オリガがため息をついた。
「フィーデル殿、いつものことだが、今日は客だぞ?」
「知ってるわよ。急にどうしたの? オリガちゃんたちも壁の方に言ってたんじゃないの?」
「これも仕事よ、仕事。この子の護衛」
そう言って、ナギサに親指を向けた。
「―――じつはね、その子、ナギサちゃんっていうだけど、魔法使うんで魔石が欲しいのよ。見つくろってあげてくれないかしら?」
イリサに言われ、フィーデルの紫色の目がナギサを向く。
「あ、はじめまして、ナギサといいます」
「こちらこそぉ、ここで魔石屋をやってる”フィーデル”よ。フィーちゃん、とか呼んでもらえるとうれしいわねぇ」
くねくねする動作で―――たぶんブリっ子なんだろう―――話すフィーデル。
ナギサはとりあえず、もう一歩、距離をとった。
「…フィーデル、さん、―――それで、魔石のほうは?」
ナギサはひきつる顔を必死で抑え、なんとか用件を伝える。
「フィーちゃん、よ。やけに強調しちゃって、もう、しょうがないわねぇー」
ちぇーとでも言いたいのか、フィーデルが口を尖らせながら、カウンターのほうへと歩いて行った。
店の中は、普通といっていいほど落ち着いている。カウンターがあり、その両脇の壁を覆うように、大きな戸棚がある。そこに、色とりどり、形もそれぞれの魔石が並べられていた。掃除も行き届いているようだし、実に見栄えがいい。きっと、いい店なんだろう。―――店主を除けば。
”フィーちゃん”がカウンター越しに言った。
「―――それで、どういうのをお探しなの?」
フィーデルに言われ、ナギサはオリガを見上げた。
「どういったのが、良いんですか?」
「―――そうだな」
オリガは小さく唸ると、体に近い方の戸棚にある魔石を見た。そして、その中から、赤い一つを指差す。
「私が使っているのは、あのタイプだ」
ナギサが指を追ってみると、そこにはオリガの剣に収まっているのと同じような、丸い赤い石が置いてあった。
「ああ、赤石ね」
フィーデルが、カウンターに、のそりとうつ伏せになりながら言った。
近くまで行ってそれを観察しながら、ナギサが聞いた。
「色で、何かあるんですか?」
「そうよぉ」
一つあくびをして、フィーデルが説明した。
「…黒に、近いほど、魔力を込めやすい。白に近いほど、魔力を出しやすいってところかしらねぇ。そんな感じよ、って、知ってるでしょうに…」
どんな感じなのか、分からない。
ナギサの顔に疑問符が浮かぶ。オリガがため息をついた。
「フィーデル殿、もう少し、まともに説明してやってくれないか?」
「だいたい、こんな感じでしょう? 常識じゃなぁい?」
ナギサの顔をちらりと見て、オリガが微妙な表情になった。
「こいつは、常識知らずなんだ。基礎の基礎から頼む」
「えー?」
ナギサとオリガ、二人を、フィーデルは交互に見た。ナギサは恥ずかしそうに頬を掻き、オリガは迷いなく言いきっている。
フィーデルは、少し考えるように頬に指を添えた。
「ねぇ、ナギサちゃん、あなた、魔法使えるのよね?」
「…ええ、その筈ですよ?」
ナギサは首を傾げながら、答えた。
フィーデルも首を傾げた。
「どういうこと?」
「―――知らん。だが、こいつが言うには、そうなんだそうだ」
オリガは頭痛でもこらえるように、片手を顔に添えて、言った。
フィーデルはそれを聞き、しばらく考えるようにナギサの顔を見ていた。
やがて口を開いた。
「―――まあ、だったら初心者用から始めたらどう? 今日は安くしとくわよ?」
そう言って、カウンターの横、そこに置かれたテーブルを指でさす。
戸棚に置かれたものよりも、さらに淡い色の石がそこに並んでいた。
「初心者用、ですか?」
「ええ、そう。貯めにくいけど、出しやすいの。練習用にもぴったり」
言われて、ナギサはテーブルの近くに寄って行った。どれも丸く加工され、窓からの光で淡く輝いている。ビー玉がばらまかれたような中から、ナギサは、淡い、空色のものを一つ、手に取った。今の自分の掌くらいあるそれは、意外と軽かった。
「―――じゃあ、これを」
「はーい、銀貨一枚でーす」
ナギサは腰に下げた袋から、銀貨を一枚取り出し、フィーデルに渡す。
まいどありー、と、いかにもやる気なさそうに答えて、フィーデルはそれを受け取った。
ナギサたちとは反対側の戸棚を見ていたイリサが振り向いた。
「フィーデルさん、こっちのは安くなんないの?」
「んー、あー、それね」
目だけでイリサのほうを見たフィーデルが手を振った。
そこには、ナギサが買ったモノより、さらに大きめの魔石が置かれていた。色は、かなり黒っぽい。
「あー、ダメダメ。今日は『新人さん歓迎セール』なの、玄人さんはお呼びじゃないのよねぇ」
よく見ると、そちらの壁の戸棚の魔石には、彫りモノや細工が施してある。例の、役付きの魔石とかいうやつらしい。というか、値札もないのに値段は分かるんだろうか?
「―――ふうん、残念。まあ、魔石も手に入れたことだし、行きましょうか?」
「…そうだな。では、行くぞ」
オリガが頷き、ナギサに言った。買ったばかりの魔石を窓の明かりにかざしてみていたナギサが、あわてて言った。
「―――あ、はい! じゃあ、フィーデルさん。ありがとうございました」
三人は、それぞれにあいさつをし、フィーデルの店を後にした。
カウンターにもたれかかった姿勢のまま、フィーデルはそれを見送る。ドアから三人の姿が消え、見えなくなるまでそれを見送った。
そして、ぽつりと、つぶやいた。
「―――なんなのかしらね、一体?」
そのまま、フィーデルは両腕を組んだ。そして、それを枕に、寝息を立て始める。
誰もいない店の中、フィーデルはのんきに寝むっていた。
ナギサたちは、フィーデルの店を出たその足で、クレスヴィルの外に出てきた。大きな門をくぐり、そのまま平原へと歩を進める。
「あ…」
少し離れたところ、小さな丘を見て、ナギサは声を上げた。
オリガが不審な目をナギサに向けた。
「―――どうした?」
「…あ、いえ、なんでもありません」
ナギサは言った。
そこには、何でもない丘があるだけだった。もう、死体も何もない。
オリガが呆れたように鼻を鳴らした。
「―――あそこで、襲われたんだろう?」
ナギサが思わずオリガを見ると、若干怒りのこもった眼が、ナギサをじっと見つめていた。
「昨日は何も言わなかったがな、お前、ずいぶんといろいろ黙っていたな?」
「あー、すみません」
オリガたちにはケンカに巻き込まれたと説明していたのだ。少なくともあんな危ない奴らに襲われたのだとは、言っていなかった。
ナギサは素直に頭を下げた。
「すみません、必死だったもので…」
「…まったく。今度からは正直に話せよ?」
オリガはそれだけ言うと、草原の草を踏みしめ、一人先に言ってしまった。黙っていたことより、信用していなかったことを怒っていたらしい。
くすくすと、イリサの笑い声が聞こえた。
「―――ごめんね、あの子、頭固くって。信用してくれてなかったの、怒ってるみたいなのよ」
「ああ、いえ、分かっていますから、大丈夫です。イリサさんも、すみません」
「いいって、いいって。私もあんな状況だったらそうしてただろうしね。というか、ナギサちゃん、雇い主なんだからもっと堂々としてた方がいいよ?」
「いや、なんだか習い性でして」
ナギサは頭を掻きながら言った。
どうも前々から、部下でもなんでも偉ぶるのが苦手なのだ。
イリサは、ただ、ふーんと言って、ナギサを伴って歩き始める。
これから、ようやく、”魔法”の講義だ。




