8 僕とトニーの諸事情
……どこに行っても問題が山積しているなんて、……王子様って大変なんだなぁ。
今朝はお金持ちっぽく爆買いをしたけれど、長旅の食料品は必需品だもん。
基本的には倹しく暮らしていけば、母の母国の田舎の片隅で貴族の落胤のふりでもして生活すれば不労所得で何とかなると考えていたが、どうやらそうもいかないようだ。
説明不足だと糾弾されたトニーは、申し訳ない、と項垂れた。
「この場ではアルフィー殿下と呼ばせてください。アルフィー殿下は、洗礼式をラウンドール王国で行うとラウンドール王国の王位継承権を継承することになります」
「えっ!母上は王位継承権を返上してシャオ王国に嫁いだんじゃないの!?」
「メリーアン妃殿下はラウンドール王国の王位継承権を放棄していますが、メリーアン妃殿下の母上、王妃殿下のご実家が放棄した王位継承権を留保しています」
「ラウンドール王国とシャオ王国と婚姻前契約で、メリーアン妃のお子様はシャオ王国の王位継承権を持たない場合はラウンドール王国王家に帰属する、となっているからだよ。ラウンドール王国王家はメリーアン妃の子ども達がシャオ王国国王にならなければ子ども達を引き取るつもりなんだ」
トニーの説明を補足したシーナの話はトニーも初耳だったらしく、えっ!とトニーはシーナを凝視した。
「……いくら防音の魔法陣が発動しているとはいえ、国家間の機密事項をサラッと口にしましたね」
「機密事項なんて言っても、メリーアン妃の遺産の分配配分で察することはできるはずだよ。配偶者であるシャオ王国王太子はシャオ王国国内の資産しか相続していないでしょう!それ以外の個人資産をアルフィーとメラニーが相続したじゃないか!ラウンドール王国はメリーアン妃に持たせた資産を回収するために、はなから子ども達をラウンドール王国に取り込む気でいたんだよ」
確かに、母の遺産の宝飾品の多くをメラニーが相続し、僕はラウンドール王国の母の領地を相続している。
母はラウンドール王国で王位継承権を放棄したが、祖父から相続した爵位を返上していなかった。
僕の市民カードはラウンドール王国で領主代行者から振り込まれる潤沢な資金を引き出せるのだ。
僕の遺産の管理者は母の母、つまり、ラウンドール王国王妃で、僕は勉強を兼ねて月に一度、祖母に手紙を書いて日常の報告をしていた。
「すぐに遺産を使用するなら宝石を換金するか、ラウンドール王国の紐付きのカード決済をすることになるよね。だけど、ラウンドール王国内の現状を把握しきれないことを憂慮したメリーアン妃殿下は遺言に呪いをかけた。緊急時にアルフィーが個人的に使用する資金は生活必需品の名目であれば、年度末にまとめて管理者に報告するよう変更されている。まあ、それも未成年の内に限定されているわね。けれど、それも迂回して使用しようとしたら可能なことは理解できたよね」
僕とトニーは、そうなのか?と顔を見合わせた。
僕達は僕が個人資産を使用したら即座に祖母に知られると思っていた。
「……アルフィー殿下にラウンドール王国の王位継承権を継承してほしくない勢力に、アルフィー殿下がラウンドール王国に向かっていることを知られないための措置ですね」
トニーの言葉にシーナは頷いた。
「おそらくそうでしょう。妃殿下の遺言の呪いは、段階的に発動するようになっていたの。アルフィーに強い毒を盛られた事と側室の手の者がアルフィーの相続した遺産を不正に遺産を使用しようとし事とで、本来別々の呪いだったのに同時に発動したの」
母の魔法は解毒と逃亡の手助けだと思い込んでいた僕とトニーは、驚いて顔を見合わせた。
「多少の毒は、生活していればそこら中に、そう、花壇の美しい花も口にしてはいけない物があるでしょう。命の危険に直結するほどの毒や怪我で発動する呪いの魔法で、トニーがアルフィーの寝室に突入するちょっと前から発動していわ。呪いというより、呪いの要素が強く、毒を盛った本人に症状を返す物でね、指示を出した側室、毒を調達した側室の従者、調理人、給仕係など、かかわった全員を特定して跳ね返したから、時間がかかったみたいね。魔法陣が広がり切った時に犯人たちに跳ね返し、アルの痛みが取れたんだよ。……ふむふむ。人数が多かったから分散されてしまい、食あたり程度に薄まってしまった、とメリーアン妃に懐いていた精霊達が嘆いているわ」
残念そうにシーナが言うと、トニーは舌打ちし、いくつかの精霊達が憤るかのように激しく点滅した。
事実を知ると僕は少し複雑な気分になった。
直接、僕のお世話をしてくれていた人達は、断れない立場だったかもしれないのに。
「アルは優しいな。罪のない子どもを苦しめる奴らは、理由のいかんにかかわらず、それ相応の罰を受けるべきよ。側室は跡継ぎ候補のアルフィーを亡き者にしようとしたのではなく、アルフィーを寝たきりの病人にするつもりだったんだ。アルフィーを離宮に隔離し、実子をアルフィーに成り代わらせて次期王太子候補にして、メリーアン妃殿下の遺産を食いつぶすつもりだった。同情の余地なんてないね」
シーナの補足の説明に僕は怒りのあまり体が小刻みに震えた。
前世は病弱で入退院を繰り返していた僕は、現世の健康な体で生活できることを感謝しない日はないというのに、前世の記憶を思い出した当日に生きる屍のようにされてしまうところだったのか!
もう二度とシャオ王国に戻ることはない!と宣言したいところだが、シャオ王国を見捨てられない事情がある。
「メラニーは大丈夫だろうか?」
メラニーの乳母兼護衛のアデルを信頼しているけれど、気がかりだ。
「姫の存在は利用価値が高いから側室もメラニーの健康を害するようなことはしない。宝飾品の管理もアデルに任せて大丈夫だろう。今回はねアルフィーの続分を狙った、ちょっと特殊な状況だね」
女子の出生率が低いこの世界で、お姫様は政治の道具として価値が高いからそれなりに大事にされる。
メラニーをより大物に嫁がせるためには美貌に響くような状態にしないのだろう。
ラウンドール王国王家に伝わる宝石を側室が使用できないし、換金しても足がつく。現金を引き出しやすい僕の遺産が狙われたのだろう。
「アルフィーを重体に陥らせてアルフィーの寝室を乗っ取ろうとした事で、アルの寝室は一部メリーアン妃の遺産で整えていたから、遺産管理の呪いが発動した。転移の魔法陣はトニーが起動させる前に準備ができていただろう?」
トニーが僕のベッドをひっくり返した時に魔法陣はすでにうっすらと光っていた。
「解毒の呪いはラウンドール王国秘伝の魔術具を媒介しているから、一回しか使用できない。もう効力はないよ。……ああ、アルフィーの祖母なら直せるらしいから、トニーはちゃんと魔術具を王妃に返してあげてって精霊が言っているよ」
トニーが収納ポーチを撫でると一体の精霊がほんのりと淡い光を放った。
「間違いなく返納いたします」
「うん。ラウンドール王国の一部の王族は呪いの魔法に長けている。その魔術具はきちんと管理できる者のところにあるべき物だ」
呪いの魔法かぁ。
ラウンドール王国の王族の方も王宮内はドロドロの権力争いが凄そうだなぁ。
「遺産管理の呪いはまだ継続中だ。仮市民カードを媒介しているから教会の魔力も使用しているので、アルフィーが成人するまで十分効力を発揮するだろう。教会に仮登録さえしていないメラニーの資産は特殊な収納の魔術具でアデルが管理している。シャオ王国の国民には開封できないだろう」
メラニーの産後からずっと体調がすぐれなかった母が、僕とメラニーの行く末を案じて状況に合わせて遺産を分配し強力な呪いをかけてくれたんだ。
僕は胸に手を当てて服の下になっている市民カードを触った。
息子が入れ変わっても気付かないかもしれない父に絆は感じないが、僕の市民カードを媒介して母の呪いが継続しているなら、ここに、母の愛情がこもった絆が形を持っているように感じる。
両掌を胸元に当てて目を瞑ると、ほんのりと感じる魔力がある。
ほとんどが僕の魔力だろう。けれど、死してなお僕を守る母の魔力が残っているかもしれない。
……ああ、母に抱き締められた温もりを思い出してしまう。
「ねえ、呪いはそのままにしておいて、私に冒険者として依頼し、資金を迂回して使用する方がいいだろう?」
シーナの提案に、そうだね、と言いそうになりかけた口を閉じた。
今のトニーでは僕を守り切れない、という件についての説明が足りない。
「ああ、アルフィーとトニーについてきた精霊達は、シャオ王国王太子はさすがに息子が入れ変わっていることに気付くだろうと踏んでいる。カツラを被った次男をうつ伏せで寝ている時に面会させる事で誤魔化しても、トニーがいなければ別人だと気付くだろうと言っているよ」
「あの方はおそらく、入れ替わりを知っても、表立って私がアルフィー殿下を誘拐した、と偽装する事さえできませんよ」
「そうだな。ラウンドール王国にアルフィーを取られる事は避けたいだろうが、アルフィーを確保する前に側室の派閥を刺激することはないだろうね」
シーナとトニーは本来なら第二皇子で後ろ盾の弱い父の状況から隠密に僕を捜索するだろう、と踏んだ。
「あの方の密偵なら、今の私は負けません」
「今のトニーは同胞が後ろからいきなり攻撃してきた時に、一切の躊躇なく攻撃魔法を放てない」
シーナの指摘にトニーは顎を引いた。
「……言いにくいことだけど、トニーが歩く活火山のような存在だったのは……ちょっと特殊な事情があって、……いや、アルフィーのように異世界転生者、というのではなく……ちょっと面白い存在として精霊達がトニーに干渉していたんだ」
目を泳がせて言い淀んだシーナの言葉に、トニーは珍獣なのか?と僕は首を傾げ、精霊達が!とトニーは驚いた。
目を丸くするトニーの周りで精霊達が楽しそうにキラキラと煌めいた。
シーナはトニーに気の毒そうな視線を向けた。
精霊が干渉して強くなる事は良い事ではないのかな?
「精霊達がトニーを気に入っているから、いざという時に精霊達が加勢していたの?」
「そうだな。かなり気に入られている。だけど、悪ノリが過ぎたともいえる。どう言えばいいのかな?うーん。……トニーの葛藤に感極まって応援していた、とトニーに干渉している精霊達は主張している」
トニーの周りで土星の輪のように並び、グルグル回りながら点滅している精霊達は、確かに悪ノリしそうな雰囲気がある。
「どういうことなの?」
真相をシーナに尋ねると、シーナは口元を隠すように両手を当て、僕とトニーを見てからすーっと斜め上に視線を逸らした。
本当に口にしにくい事らしい。
「俺が必殺技を最後に出した時は……あっ!……ああ?……ああぁぁ……」
何を思い出したのか、トニーは首から上が真っ赤になった。
「即座に興奮するような事なんだ」
「……言い得て妙だから、何とも言えない」
シーナもほんのりと赤面した。
トニーは深く呼吸をして顔色を整えた。
「アルフィー殿下は前世で成人していたんですよね」
あらためて確認したトニーに僕は頷いた。
「……私が最強の魔法を使用する時にいつもある身体的特徴がありました。離宮を脱出する際、中庭で模擬戦用の火炎魔法を使用しながら離宮の一部を完全に破壊するため最終兵器と言われた魔法を使用するつもりでした。不発に終わってしまいましたが最強魔法が発動しなかったことに気を取られるより、逃走手段を変更する方に気を取られていたので気にしていませんでしたが、……その、最強魔法を使用する際、いつも起こる身体的特徴が反応していなかったのです」
あれ?
成人男性の記憶があればわかることで、身体的特徴、と言えば……。
僕が思いついたことが正解だ!と言うかのように精霊たちが一斉に点滅した。
あれ、あれなのか!
いわゆる男の証明!頑張れ中高年!なんてのぼりが個人薬局の入り口ではためいているヤツ!
「そっか、アルフィーは前世で成人男性だったんだよね。うん。それだよ」
「私は勃起不全なのです!」
ごめんね、トニー。
僕とシーナが口にするのを避けたから、大声で自己申告させちゃった。
次回予告!
下ネタが入ります!
ですが、この先ずっと下ネタが続くわけではないので、下品だ、と見捨てないでください!
下ネタは本作ではスパイス程度で、この物語はほのぼのを目指しています!




