2 神々のご利益
「お米にちゃんと水がしみている具合から考えると、転移魔法で時間がどうこうなったわけではなさそうだね」
「そんなに簡単に時間を巻き戻す魔法まで習得できるわけがないだろう」
転移魔法だって簡単にできる魔法ではないけれど、トニーが存在さえ知らなかった時間を戻す魔法がそこら辺にいる精霊達にホイホイとできるわけがないか。
「転移の魔法と時間を戻す魔法は別物なの。精霊達の転移魔法は亜空間を経由する事で地上に戻る時に別の地点に移動しているの。アルは上級精霊様の亜空間を行き来しても時間が経過していなかったから、亜空間を経由すると時間が戻ると推測したのね。でも、上級精霊様は時を戻す魔法を亜空間を経由しないで行使されていたわ」
何度も時をも遡ったシーナの説明に僕とトニーは頷いた。
「普通の精霊でも亜空間に行けるんだね」
「普通の精霊達でも寄り集まれば亜空間に転移することは可能よ。知っていたからあの場で転移魔法が可能じゃないかと考えたのよ」
シーナはアップウの呪文で竈を作るとお米を炊き始めた。
精霊魔法を便利に使い過ぎだな、と苦笑するトニーにシーナはハハハと笑った。
「精霊達は寄り集まるとろくなことをしないのよ。できるだけ早いうちに精霊達を制御できるように訓練しておかないとひどい目に遭うわ。緑の一族の子どもたちの中にはうっかり精霊達に気に入られてしまい、亜空間に閉じ込められて延々としりとりをさせられたり、精霊達が飽きるまで花冠を作らされたりしたわ」
水飴を混ぜたすき焼きのタレの原液に集まっていた精霊達の一部が申し訳なさそうに光を揺らした。
「まあ、美味しそうなタレができたのね。これは祭壇を作って神々に奉納しましょう!」
「待った!これはこれで美味しいけれど、トニーのお酒をちょっと拝借して……」
ドボドボと蒸留酒をタレに入れるとトニーはギョッとして僕を睨み、シーナは手を叩いて喜んだ。
「過熱をしたらアルコールが飛ぶのは知っているけれど……。これねぇ。滅多に手に入らないんだよ」
「ごめんね。なくなったら補充できないのか……」
「……この沢を下った三つ先の村の酒屋に売っているらしいよ。村長の娘の嫁ぎ先が酒蔵らしいね」
「「何なんだい!その情報!」」
「上級精霊様が、惜しみなく酒を使いなさい、って精霊言語でご神託をくださったわ」
「「ご神託!?」」
神々の神託って、そんなに簡単に下るのか?
精霊達が神々の僕で、その頂点に近い上級精霊様の干渉があったシーナだから、ご神託が下ったのかな?
「神々は献上された水飴をたいそうお喜びになったそうだから、水飴を使用した料理にもご関心があるのでしょうね」
「上等なお酒をケチらずに使用して美味しい物を作らなければならないんだね。せっかくだから、さっき採取した野草の中に小葱や春菊みたいなのがあったから……」
「いいねぇ。旬の野草はごちそうよ。この炊事場近辺にいる精霊達は調理の補助を!アップウ!」
シーナが呪文を唱えると精霊達は淡い光を発しながら僕が選り分けた小葱や春菊に似た野草を洗浄し、ご飯の竈の側にいた精霊達が火加減を調節し、トニーがコンロの代用品として描いていた書きかけの魔法陣を一気に描き上げた。
「トニーは野草を切るのを手伝って……」
僕の言葉が終わる前に精霊達が洗浄した野草を切っていた。
「玉ねぎを入れてもいいかな?」
玉葱好きのトニーが食材保存の箱から玉葱を取り出すと、先回りした精霊達がトニーの手の中の玉葱の皮をツルンとむいた。
「アハハハハ。気が早いな。玉葱も入れたら美味しいよ。この茸も入れよう」
僕が椎茸に似た茸を取り出すと茸のいしづきが取れてスライスされてしまった。
僕とトニーは無言で精霊達が刻んだ食材を皿に盛り付けて即席で仕上がった簡易コンロに鍋を置いた。
ご飯が炊きあがる前にすることがなくなってしまった。
「トニー、祭壇を作るから手伝って!」
シーナは自分の収納鞄から小さな水晶を七つ取り出しながらトニーに声をかけた。
「食卓テーブルを囲むように北側に火の神の台座……精霊達は手伝わなくていいよ。ここはトニーが手伝うことでトニーにご利益があるようにしたいからね。あなたたちはお料理の火加減を見張っていて!アップウ!」
シーナの手伝いをしたくてウロウロしていた精霊達はお米の竈のそばに集まった。
「土魔法で円柱状の台座を七つ作ってほしいの。大きさはこの水晶が載るくらいでいいわ」
シーナの指示の元トニーが土魔法で台座を作る魔法陣を描く様子を大人しく見学した。
トニーが描く魔方陣にシーナが何か上書をした。
「複数の神々に祈る時は七大神にバランスよく祈るといいの。七大神から眷属神にご進物を下げ渡していただくようにすると、神々の細かい序列を気にしなくて済むのよ」
七大神全ての祭壇を作った方が神様の序列を間違えずに済むのか。
「これだと、俺達は光と闇の神の真正面で食事をする事になるんだが、これでいいのか?」
「問題ないわ。私が祝詞を上げるから、そのまま普通に食事をすれば、神々からの下げ渡しをいただくことになるので食べること自体が神事になるわ」
昼食のすき焼きが神事になるのか!
「教会ではね、季節ごとにたくさんの神事があるのよ。昔は一般公開していたらしいのだけど、言葉が使用できない時代を経て、非公開になってしまったわ。上級精霊様によると、かつては新緑の芽生えの季節にその年の豊作を願うお祭りがあったそうね。私はその祝詞を丸暗記しているから再現できる、っておっしゃっているわ」
昼食のすき焼きが古代のお祭りの再現になってしまうのか!
ご飯がふっくら艶々に炊きあがる頃に祭壇の準備が出来上がった。
光と闇の神の前の祭壇の上にスープ皿に盛られた熱々のご飯とすき焼きの素材が並べられた。
シーナが祭壇の前でごにょごにょとハッキリ聞こえない言葉で祝詞を上げている。
神々にまつわる言葉は詠唱魔法の基礎なので、一般人にはわからないように唱えなくてはならないらしい。
僕のアップウの呪文も最終的には声に出さず、口の中で唱えられるようにしなくてはいけない、とシーナにきつく言われている。
独特のリズムで唱えられるシーナの祝詞に合わせて精霊達が淡い光を放ちながら食卓の周りをグルグル回りながら踊るように弾んでいる。
メルヘンチックな光景に物凄く荘厳な神事に参加している気分になってきた。
祝詞を唱え終えたシーナが一礼すると振り返って僕とトニーを見た。
「さあ、いただきましょう。美味しく食べ終えるまでが神事ですよ!」
シーナの言葉に呼応するかのように食卓の簡易コンロに火が付いた。
祭壇から下げた食材を食卓に並べると、お鍋がいい具合に熱せられていた。
トニーが猪の脂身を鍋に落とすとジュっと煙が立ち上がった。
「このまま肉をサッと焼いた後にタレを入れて野菜を入れればいいんだな」
僕が頷くとトニーは肉を鍋に入れた。
ジュっと炙ったお肉にタレをかけると香ばしい匂いが当りに漂った。
食べる前から美味しいとわかる匂いだ!
僕は卵をスープ皿に割って入れると、カチャカチャと箸でかき混ぜた。
トニーとシーナも見よう見まねで卵を割り淹れ、かき混ぜた。
東方連合国東部では箸を使う文化があったので、トニーもシーナも教養として箸が使えた。
「お肉は炙ってあるからそんなに煮込まなくてもいいんだよ。青菜はシャキシャキしている方が美味しいから、もう食べごろだよ」
トニーは僕にお肉と青菜を小皿に取り分けた。
「「「いただきます!」」」
お肉を卵にたっぷりからめて口に入れると、濃い目のタレが卵で薄まり丁度良い塩梅だった。
噛みしめるとお肉は思いのほか柔らかく、野性味があるかと思った猪の肉は上等なお酒で臭みが消えており美味しかった。
僕は満面の笑みで頷くと、ご飯を口に入れた。
そうそう、このルーティン!
次は、タレがからんだ春菊もどき!
青い味を味わいたいから卵は控えめにからめる。
うーん。
苦みが強いけど、濃い味のタレに負けない青臭さがいい!
ご飯を二口掻きこんだ。
「生卵をつけた方が、断然、美味しい!」
僕が夢中で食べている間にトニーは卵のあるなしで食べ比べをしていた。
トニーの感想を聞いたシーナは覚悟を決めたように頷くと、お肉を生卵に浸した。
恐る恐る口に入れたシーナの顔が明るくなった。
「うん。これは、断然、生卵がある方が美味しいわ!」
「お口が幸せになっているうちにご飯を食べると美味しいよ!」
シーナは僕の勧めに従ってご飯を口に入れると、大きく頷いた。
「うん。そうね。口の中で白米の味と残っているすき焼きの味が合わさって、ご飯がよりおいしく感じるわ」
「行儀が悪いかもしれないけれど、生卵をからめたお肉をご飯の上に載せて一緒に掻きこむと、それはそれでまた美味しいんだよ」
僕が大口を開けてすき焼きご飯を掻きこむと、トニーも真似をした。
「不快になるほどのマナーの悪さでなければ、この神事では問題ないんだそうよ。昔は小さな村にもたくさん教会があって、司祭も役人も農民たちも一緒になって食事を楽しんだそうよ。神々に感謝しながら美味しい食事をする事で、この神事が完結するらしいわ」
シーナの言葉に精霊達が、正解!と二回点滅した。
「昔は神事の準備に一般人も参加して神々のご利益を集落全体で分かち合っていたのかな?」
「そのようね。上級精霊様がトニーに準備を手伝わせるようにおっしゃったのも、ご利益があるから、という事だったわね」
「魔法学校に通うと、一番最初の授業で神々への誓約があるから、魔法を学んだことがある人間以外は神々から遠ざかってしまっているのか」
「そうかな?祠巡りを毎日している一般市民の方がそこら辺の魔術師より神々に祈りを捧げているような気がするわ」
「うーん。否定しがたい。……騎士団でも毎日七大神に魔力奉納をする人は稀だったな」
「神々の力を借りて魔法を行使するのに!?」
「どうしても、自分が得意な魔法を司る神に偏りがちになってしまうんだ。アルは便利に魔法を使おうとするから、この旅では土魔法を使うことが多いけれど、本来、俺は土魔法をはほとんど使わない。俺は得意な魔法の御礼に火の神と風の神に祈ることが多かった」
トニーの独白にシーナは頷いた。
「ここぞの一撃に火の神からのご利益があったトニーはお礼参りも兼ねて、火の神の祠に参拝することが多くなるのは仕方ないわね。でも、アルと一緒に過ごしていると、まんべんなく全属性の魔法を使うことになるでしょうから、七大神の祭壇をトニーが作ることに意味があったのね」
「美味しい食事がいただけるのは様々な神様の恩恵なんだから、全ての神々に感謝するよ。トニー、追加のお肉を入れてくれるかい?」
真面目な話の最中だけど、お鍋の中のお肉が乏しくなっていると、鍋奉行としては許しがたい。
「ああ、そうだね。今は美味しくすき焼きをいただこう」
「俺は卵をおかわりするけれど、シーナはどうだい?」
「私はまだたくさんあるから後にするわ」
僕達が食事に集中すると精霊達は楽しそうに淡い光を揺らした。




