19 王子様の昼食
「アルは王子様なんだから、王族然とした仕草を身に着けないといけないんじゃないかい?」
「ラウンドール王国では王子として戻るより、成人するまでは母上の実家にお世話になるつもりだけど」
「それでも、そこそこの規模の領主なんだから、雅な仕草は身につけておいた方がいいよ」
母を亡くした東の田舎少年はマナーもろくに身につけていない、なんて侮られかねないか。
「洗礼式までのんびり旅をするのもいいが、ラウンドール王国到着前に礼儀作法の修得時間を設ける必要があるな……」
街道脇の下草を刈り休憩スペースの設営をしていたトニーは、どうしたものか、と首を傾げた。
「多少、無頼漢の方が、ラウンドール王国内の後継者争いの候補に推されないで済むでしょう?」
厳つい男になって、ヘンタイサディストの伯父に目を付けられないようにひっそり生きていたい。
「無頼漢だろうがやさぐれていようが、血筋による序列の順位が変わるわけではない。まあ、ちょっとズレた人物に成長した方が派閥関係に利用されにくいかな」
精霊達の未来予測をサラっと口にしたシーナは右手を挙げて振り下ろすと、街道のそばの草が急成長し、トニーが整えた休憩スペースを隠した。
「凄いねぇ。これも精霊魔法かい?」
無邪気に拍手をする僕の傍らで、トニーは、何しているんだ!とシーナを凝視した。
「植物の生長を促す魔法陣を指先に仕込んである。後は、私の意図を酌んだ精霊達が適切な範囲に絞ってくれた」
街道から見えないように低い位置に姿を現した精霊達が通常モードの光量で二回点滅した。
上級魔導士の魔法と精霊魔法のハイブリッドだ。
「精霊が魔法を使うのに精霊使いではない、とシーナが主張するのはどうしてなの?」
「うーん。例えば、アルがそこのマメリンゴの花を一輪手に取ろうと手を伸ばして届かなかったら、そばにいるトニーが無言で一輪取ってくれるだろう?」
シーナのたとえ話にトニーは頷いた。
「私のそばにいる精霊達は私のために何かしたい。だが、私は余計な時に精霊達に干渉されたくない。だから、適当な時に精霊達に魔法を使用させると、私も楽ができるし、精霊達の過干渉を予防できる。この関係を精霊使いとは言わないだろう?」
なるほどね、と頷いたトニーは収納ポーチからテーブルと机を取り出した。
僕は折り畳みの足を出すのを手伝った。
「おいおい。こんなものまで持ち歩いているのか!ああ、メリーアン妃が用意した装備か。ちなみに、精霊達が気を効かせない時の魔法の範囲指定は詠唱魔法の方が魔法陣より楽だよ」
「俺が聞いたことのある精霊使いとは、魔獣使役師と使役魔獣のように精霊を使役するらしい。シーナと精霊たちの関係とは全く別物だな」
トニーは簡易コンロを取り出し湯を沸かしてお茶の準備を始めた。
僕はトニーの収納ポーチを覗き込み、作り置きのお弁当を漁る。
「いやいや、精霊使いは魔獣使役師とはだいぶ違う。そもそも、精霊達には格があり、本物の精霊使いはそこら辺にいる精霊達よりもっと実力のある精霊と契約を結ぶ。そんな格上の精霊に認められる人間なんて、百年に一人どころか、滅多にいない。存在そのものが伝説のような人物だよ」
シーナの説明に精霊達はてんでばらばらに点滅した。
「ハハハハハ。ここにいる精霊達は、私達三人が精霊使いになる可能性はなくはないが、難しい、と言っているよ」
そりゃそうだ。百年に一人といない傑物がここに三人いる方がおかしい。
フワフワパンのサンドイッチもいいけど、たくさん歩いたからガツンとお腹に堪るハンバーガーもいいな。
「精霊使いを異端視する者もいるから、精霊使いについては詳しく語らないよ。後の世で精霊使い狩りが起こる時に、私の言葉が精霊使いの定義になる恐れがあるからね」
精霊使い狩り、というシーナの言葉に精霊達が不安そうに光を揺らした。
「精霊使い狩りとは?」
トニーは動揺する精霊達の様子から、精霊達の救世主の話に繋がる、と読んだのか左眉をグッと上げてシーナに尋ねた。
「精霊魔法を異端視して精霊魔法を使用した疑惑のある人間を拘束することだ。本物の精霊使いかどうかなんて関係なしだね。教会だけでなく魔法学校側も賛同することになる」
シーナがコツコツとテーブルを指で叩くと、精霊達は落ち着きを取り戻したのか穏やかな光になった。
「文字と言葉を失った混乱した時代に、神々の記号を使用して魔法陣を構築し魔法を行使する方法は魔法学校が確立した。国を跨いだ独立組織なのにもかかわらず、各国の貴族階級が牛耳って内部で覇権争いをしている。祝詞を使用する詠唱魔法は教会が独占している。過酷な時代を乗り越えたのに、貴族と教会が、こぞって自分たちの立場を優位にしようと争っても、他の魔法を排除することで利害が一致するんだ」
魔法学は、間違えれば即死亡、という状況下を乗り越えた先人たちの偉業が独占され、二極化した利権争いになっているんだ。
深刻な話に収納ポーチに片手を突っ込んだまま聞き入ってしまう。
「両者と一線を画す、精霊魔法は精霊達が気に入った人間に協力する形で魔法が行使される。精霊魔法には一見のところ神々を崇める要素が見当たらないから、異端視されやすい。魔法を行使するうえで神々のご威光を頂戴するのだから、神々の僕たる精霊魔法こそ神聖なんだけど、精霊たちが見えない限り理解できないだろうね」
シーナの言葉に精霊達は、そうだそうだ、と二回点滅した。
「魔法が二極化しているのは、魔法事故を考慮すると仕方がない、と思っていたが、魔法学の権威たちは精霊魔法の存在を消そうとしているのか……」
三人分のお茶を入れたトニーが言葉を濁すとシーナは頷いた。
「自分達に理解できない事はなかったことにしたいのさ」
自分たちに都合のいいよう事を運ぼうとするのは人間も精霊たちも変わらない。
「精霊を見る機会が少ないから、精霊魔法を否定したくなるんじゃないのかな?」
お茶にミルクを注ぎながら僕はシーナに尋ねた。
猫舌の僕はミルクは後入れの方が美味しい。
ミルクが濃いのでお砂糖入れない。
シーナは曖昧な表情で首を傾げると言及を避け、お茶を飲んだ。
「残念ながら、精霊魔法が異端だと言われたら、俺は信じたくなる気持ちはわかる。魔法に関する常識が全く違うんだ」
朝からコテンパンに言い負かされていたトニーは立ったままお茶を口に含んだ。
「そうだね。魔法学校にも教会にも所属していた私は、既存権威に対抗するほどの気概もなかったから、精霊魔法に関してはずっと口を噤んでいた」
「緑の一族ごと異端視されるくらいなら俺がシーナの立場だったとしても黙っているな」
トニーはシーナの態度を擁護した。
ああ、そうか。
一族もろとも迫害される恐れがあるなら、僕でもそうするだろう。
ミルク多めのお茶をゴクンと飲んで一息ついた。
「まあ、今はまだ精霊使い狩りが大々的に行なわれていない。精霊達は自分たちが好む人物たちが殺されることを予見すると、人間とのかかわりを断つ。……まあ、遠い未来、そうなるかわからない未来の話だ」
眉を顰めた僕を見たシーナは軽い口調に変えた。
「それで、昼飯は何にするんだい?」
「ハンバーガー!」
「何だそれ?」
「柔らかいパンにくず肉を叩いて固めて焼いたパティを挟んだ食べ物」
「そんなのが、王子様の昼食なのか!」
「……トニー。説明が雑だよ。天然酵母を大事に育ててふっくら焼き上げたパンに、牛の赤身にほど良く牛脂を加えたパティをジューシーに焼き上げた、グルメハンバーガーだもん!」
トニーの収納ポーチから調理済みのハンバーガーがどっさり入ったお弁当箱を取り出し、ドンとテーブルに置いた。
お弁当箱の周りで精霊達がピカピカと光り、素晴らしいご馳走のように演出してくれた。
一からハンバーガーを作るのは思いのほか大変で、素材の調達から下ごしらえを含めると三日もかかった大仕事だった。
「……ずいぶんと……苦労したんだね」
精霊達から事情を聴いたらしいシーナが、プププ、と笑った。
まあ、今となっては笑い話だ。
シャオ王国の王都でお世話になった商会の台所で腐った芋を見つけ、天然酵母の種をゲット!と喜ぶ僕に、捨てなさい!と叱るトニー。
あの芋は冬を越えでんぷんが糖化したところに天然酵母菌が繁殖していてシュワシュワしていた。
腐敗ではない!発酵だ!
商会の人に頼み込んで入手した高級なガラスの保存容器に入れた酵母にすりおろした芋を加え、人肌で温めて育てようとして服の下の腹部で温めると、捨てないから隠すな!とトニーが根負けしたっけ。
結局、王都を出る前に酵母を育て、フワフワパンを焼くことになり、トニーと商会の人たちがフワフワパンに適した小麦粉を探してくれて、何回か試行錯誤をした末に出来上がった。
三日もロスしてしまったが、その間にたっぷり美味しい物を用意して旅に出たんだよね。
「……王子様が台所に入り込むこと自体あり得ないのに、腐った芋……ハハハハハ……」
「そんなこと言ったら、ワインだって腐った葡萄の汁じゃないか!」
僕の返しに、それは違う!とシーナはテーブルをバシバシ叩いて目尻に涙を浮かべるほど笑った。
「もう、食べればわかるよ。……食べたら飛ぶよ」
飛ぶ?と首を傾げたシーナに、ネットミームなんてわからないのにトニーが笑った。
「苦労した甲斐があって、味はとても美味しいんだ。それはもう、飛び上がるくらいにね。……見た目は地味だけど」
トニーがお弁当箱を開けると覗き込んだシーナは、美味しそうだよ、と涙を拭って言った。
「チーズ入りと無しの二種類だよ。僕はチーズをもらうね」
ピクルスの代わりに香草をたっぷり入れたチーズバーガーは完全栄養食に違いない!
トニーの掌ぐらいある大きなハンバーガーなので僕は一個で十分だ!
シーナはチーズなしを選び、トニーは両方つかみ取った。
「「いただきます!」」
声を揃えた僕とトニーに、少し遅れて、いただきます、と言ったシーナが一口かぶりつくと目を見開いた。
「美味しすぎ!柔らかいパンはたっぷり滴る肉汁を受け止めるのに十分なほどの硬さがある。ああ、半分に切った下側のパンの密度が高いのか。工夫したね。ああ、やだ、お喋りしている間に冷めてしまう」
シーナはパクパクと口に含み、くず肉じゃないでしょ!とトニーに言った。
「通常、王族の方々が召し上がるような肉の部位ではないのに、刻んで捏ねて成形して、という調理法が受け入れにくかったんだよ」
「まあ、美味しいんだからいいじゃない」
「ハンバーガーが飛ぶほど美味しいのは理解したわ。でもね、高級回復薬を保管する容器に出来立ての料理を詰め込んで運ぶなんて、さすが王子様の昼食!贅沢の極みだねぇ」
ハンバーガーがジャンクフードでも、持ち運び方法がロイヤルクオリティーだった。
「天然酵母を寝かせる容器は最高級回復薬の保存瓶だよ。一定の温度に保てるから発酵の成功率が高いんだ」
天然酵母が成功しないと王都を出発できなかったから、商会の人たちが確実に成功する物を用意してくれたんだよ。
「そんな贅沢をしたら成功するに決まっているでしょう!」
「俺でもシーナを驚かせることができるなんて、ちょっと楽しい」
トニーは嬉しそうな声でそう言うと、チーズバーガーを三口で食べ終えた。




