第95話 確かに紡いできたもの
ソーマは目の前で今にも崩れそうなハカセ……ベルを抱きしめた。
ベルにとってラボがどういう所だったのか、ソーマは理解していたつもりだ。
「ごめんベル……僕は……ガドルを止められなかった。」
「……貴方が悪いわけじゃないのは……分かってる……」
そう、ソーマが何故ティターニアの無人機に襲われていたのか、それは明白だった。
ガドルは国連の二番手にして、表では人権を大切にする聖人。
しかしその実、ソーマ率いる穏健派を国連から排除し、力で世界を満たし破壊の連鎖を振りまこうとしているのは……キュベレが調べた情報から明確だった。
だからこそガドルは演説の際、ティターニアの一拠点を破壊し技術を接収した、に留めたのだ。
……ガドルはティターニアを、あくまで悪のテロ組織として運用し、
表舞台ではそのティターニアから接収したとされるネガ・メガミドライヴの技術で正義の国連を武装する……
そうする事で世間にはあたかも悪と正義の勢力が拮抗している様に見せられる。
───しかし実際は、国連もティターニアもガドルが牛耳り、裏で世界のトップに立つ……
ガドルの姑息さにハカセは下唇を噛んだ。
奴はラボを破壊する前の演説の途中でこの様にも語っていた。
『今、この世界は混沌の中に有ります!ただ指をくわえ、闇雲に平和を唱えるだけでは力ある者の思う壺なのです!!
無慈悲な力には同等の力を誇示しなければ、もはや人類は……滅んでしまうのです!!』
……と
……きっと、奴の言い分は正しいのだ。
ハッキリ言って、私達メカニカルワルキューレの理念と全く同じと言っていい。
……でも、それでも、これだけは違う。
奴は裏で戦争の全てを、まるで舞台を作るようにしている。
確かに奴の目指す世界は表面的には平和に見えるかもしれない。
しかし、そこにある平和はガドルの気分次第で幾らでも地獄に変えられてしまう。
そんな世界が嫌だから、もう誰にも幸せを奪わせない為にハカセはメカニカルワルキューレを開発し続けていた。
"ベル"はゆっくりとソーマの腕から離れる。
ソーマの目に映ったその瞳は、もはやか細く消え入りそうなものでは無く……
メカニカルワルキューレ総合責任者"ハカセ"の瞳になっていた。
「……もう、大丈夫そうだね。」
「……えぇ。ありがとうソーマ。
……たまには他人の体温も悪くないわね。」
「た、他人……」
他人と言う言葉にソーマは肩を下ろす。
きっとベルの事だ、他意は無いのだろう……
何よりソーマはそんなベルの弱みにつけ込んだのではないかと自分が嫌になりかけた。
ハカセは不意にポツリと呟く。
「……また」
「……えっ?」
「その、また頼むかも、知れないわ……体温……」
ハカセのその言葉にソーマは感情が追い付かず、思考が遥か彼方へと飛んでいく。
ソーマはこれまで政治的にも追い詰められ
理念こそ違えど仲間だと思っていた過激派に命すら狙われ
そして、大切な人……ベルを失いかねない危機に見舞われ
精神は既に限界を迎えていた
故に彼は───
笑顔を浮かべながら卒倒した。
ハカセは突然の出来事に驚くも、倒れるソーマを支える。
そんなソーマを抱き寄せるとハカセは困った様に微笑みため息をこぼす。
「……本当に、無理をする人ね」
────
トニオは五分経っても反応が無かったため、無神経とは思ったが無断で司令室に入る。
ソーマの友であり、そんな彼を国連事務総長専属のSPとして支えると決めた身だ。
彼の身に何かがあってはSPの名折れと言うもの。
───しかし、トニオの目に飛び込んだのは、ハカセに膝枕されているソーマの姿だった。
「な、何やってんですかアンタぁ!?」
トニオの叫びにリリィ等メカニカルワルキューレも司令室を覗き込む。
「あらあらぁ……あらあらあら!」
ディアナは両頬に手を当て、眼福という表情を浮かべハカセとソーマの顔を交互に覗き込む。
「いや……マジかよ」
アリアは目の前の光景に呆然としていた。
リリィは顔を赤らめながらもその光景を凝視し、メガイラもまた、ハカセの行為に顔を押さえていた。
「あー、いや……うむ……なるほど……いわゆる……ハレンチ、と言うやつか」
ナギサは腕を組みながら、若干頬を赤らめ目を閉じた。
ハカセはラボを失い、親友との思い出の全てをガドルの放った砲火により焼き尽くされた。
しかし……確かに、新たに紡いできたものがあった。
視線を落とせば、これまで無償で自分の危険な活動を支えてくれたソーマが居て
司令室の入口を見れば三者三様の表情を浮かべる愛しい"我が子達"が居る。
───失ったものはけして取り戻せない。
それは覆しようのない摂理だ。
───しかし、新たに得る事は出来る。
───ハカセは……十数年ぶりに心から笑った。




