第101話 若き器、老いた魂
車椅子の少女の発言に、ハカセは首を傾げる。
「……ハカセ、お知り合いですか?」
リリィがハカセに質問を投げかける。
すると少女が答えた。
「いいえ、貴女方とは初対面ですわ……リリィ。」
少女の放つ声は、外見に負けないくらい透き通る様な声色だった。
「貴女は……」
ハカセも見覚えが無いのだろう、怪訝な表情を浮かべていた。
「こんななりだが、アトラスの専属の科学者だ。名前は……」
ダルケンがそこまで言って少女は遮る。
「こらダルケン。せっかくなのだから私に直接挨拶させなさい」
少女がむくれた表情でダルケンを見つめ、ダルケンは肩を竦め一歩下がりわざとらしく片足を後ろにずらし会釈した。
「コホン……では改めまして、ダルケンより説明がありましたが、私の名はアヴェリーナ・アレクサンドロヴナ……
親しい人からはリーナと呼ばれております。
……アトラスで兵器類の点検や開発等を担っておりますわ。」
ソーマがそれを聞いて驚く。見た所、十四〜十五歳程の少女が……それも足が不自由そうな彼女が傭兵部隊の兵器開発をしているというのが信じられなかった。
「……君の様な少女が……かい?」
それを聞いてリーナと名乗った少女はクスクスと笑う。
リリィは思わず首を傾げる。今の質問の何処におかしなところがあったか分からなかった。
「ふふっ……ソーマさんたら、お上手ですこと……でも、私はそこのダルケンよりもずっと年上ですのよ」
リーナの発言にその場の皆の視線がダルケンに集まる。
ダルケンの外見はそのシワの深さと髪の色から、明らかに五十歳くらいか、若くても四十以上だろう。
そんなダルケンよりも"ずっと"年上だといったのだから驚かずにはいられなかった。
ダルケンは皆に見つめられ居心地が悪そうにパワードスーツのまま頭を掻いた。
「ベル博士のおかげですのよ。だから……
ずっとお礼が言いたくて。」
「私は、ティターニアの前身、プロメテウスの実験でこの姿になったのです。貴女が世界に齎した、魔力結晶の技術実験で……」
そこまで聞いてハカセはハッとする。
プロメテウスの、ダルク・グリードの実験記録の中には高齢女性への魔力結晶適合実験の記録があったのを覚えていた。
リーナは微笑んだまま言う。
「私はあの実験を恨んではおりませんの。
手荒でしたが、あれがなければ、私はとっくに老衰で死んでおりましたもの」
そこまで言ってリーナは自身に繋がっている機械……ネガ・メガミドライヴを撫でた。
「この身体は……本来彼女のもの。ダルクは私に新たな若い身体を与える代わりに、私に技術協力を仰いだのです。」
そこまで話して、リーナの声が一段下がる。
「最初こそ私は喜びました。
皺のない手。苦しくない呼吸。死の恐怖から救われた……と。そして鏡に映るのは若い頃の自分にそっくりな、美しい姿……
この身体は……孫のものでした。」
その発言に、その場の誰も言葉を発せなかった。
「ベル博士……貴女の記した論文には、魔力結晶には、適合した者と近しい遺伝子の者が選ばれやすい……そう、記されていましたわね。
ダルクはそれを利用した。彼は魔力結晶と適合した私の頭脳と、その頭脳を少しでも長く使える若い身体が欲しかったのです。
だから……孫は魔力結晶と適合させられ、こうしてネガ・メガミドライヴに……
そして、残った身体に私の脳を移植した。」
リーナの話しにベルは唇を噛む。
「……あの論文は、あくまで理論値だった。」
ポツリポツリと呟くハカセをリーナは優しい表情で見つめている。
「……こんな事に適用されることは……想定していなかったの。」
「……ええ、存じておりますわ。」
リーナは目を閉じ、ただ微笑む。
「だからこそ、ダルクはあなたを尊敬していた。
論理的に正しくないと理解してもなお、止めることのできない知識欲。
彼は貴女を妬み、羨み、尊敬した。
論理を捨ててもなお届かない貴女という存在に……
……これは私もですわ、ベル博士。
同じく科学を志す者として、貴女の知性に敬意を評しますわ」
リーナが頭を下げるのを呆然と見つめてしまった。
リリィには理解出来なかった。
リーナの話はあまりにも残酷で……救いようの無い、酷いものだ。もし自分が同じ境遇なら受け入れることは出来ないだろう。
「……そんなの……」
リリィは思わず声を漏らす。
リーナはきょとんとした表情でリリィを見つめる。
「そんなの……酷すぎます。」
「……えぇ、本当に……酷い話ですわね。
でもだからこそ、リリィ……
ダルクを打ち倒してくれた事、心よりお礼申し上げます。
……孫の仇を取ってくれて……ありがとう……」
リーナは小さく零す
「……この子は、貴女の様に優しい子でしたのよ。」
ネガ・メガミドライヴをリーナは愛おしそうに撫でた。
魔力結晶と適合した少女の脳で作られるエネルギー機関……ネガ・メガミドライヴ。
そんな禁忌の技術によって、新たな形で歪められた存在を……リリィは知ったのだった。




