↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/6

1

『月の陰:DANGEROUS HUNTER』


 1


 “アポーツ”という能力がある。日本語では“引き寄せ”と言うらしい。そのままの意味で、遠くにある物体を一瞬で手元に“引き寄せ”る能力だ。俺は、この能力をある日から突然、使えるようになった。

 哀しく、どうしようもない恐怖を感じたあの日から。

 恐怖。

 自分にとって、どういった状況が一番の恐柿なのか、ふと数年前に考えた事がある。

 その結論は、孤独だった。

 例えば、この地球上の人間が誰一人、自分以外が存在しなくなってしまう。目の前に佇む相手との間に言語の違いがあっても、存在の有無よりは大した問題とはならない筈だ。

 誰もいない。気配さえ感じない。

 自分は一人だ。

 否応の無い寂蓼感は、地獄で苛まれるよりも、実体のある痛みよりも、一瞬で精神を蝕み、狂おしい絶叫を迸らせるに違いない。

 都会の中の孤独と言われて、何十年も経っている。だが、その場合は決して社会や環境においての自己認識とは言えない。自分自身に内なる世界を安定させる為というのが、そのほとんどの理由であろう。

 人の認識力は、とても大きな自己中心的で感覚的な情報選別が行われている。

 見たいものしか見えない。聞きたいものしか聞こえない。

 それが自分を自分として認識する証明となる。

 内なる世界の外では、青い空に白い雲が波打っていた。その白波が沈みかけた太陽光のせいで、端が橙色に染まっている。秋から冬へと移り変わる日の夕暮れだった。

 カリカリという、極々小さな音に聴力を集中させながら、味気ないアルミケースの中で回っているだろう、丸く黒い円盤を勝手に脳内で映像に変換させていた。

 他愛のない堂々巡りを、繰り返す意識に身を任せる。時折、数十個の小さな四角が一気に色を変えると、速度を上げて処理が進行する。

 地道な作業をしているパソコンは凄いな、と感心してみようと意識を動かしてみた。

「いづきくん」

 また暇つぶしらしい。傍らに来た同僚の細い顔に、脳内の映像を切り替えた。

「おい、射月って。お前、何やってんの?」

俺は振り向かなかった。

「……考え事」

「考え事って」

 呆れているらしく、大きなため息が聞こえた。同僚のいつもの、どこか芝居じみたオーバーなリアクションだ。

「どうして会社のパソコンを勝手にデフラグしてるんだよ。それ、会社の持ち物だぞ。もう一つ言わせてもらえば、今は仕事中だろ。勝手に社内ネットワークから切り離したらバレるんだから、また呼び出されるぞ、お前」

中途半端に真面目な意見を主張する同僚に、わざと俺は口元を歪めて見せた。

「暇つぶしをしてるお前には言われたくないよ、佳那」

しかし佳那は軽く笑った。遠回しな皮肉は、どうやら通じなかったようだ。

それに大体、この会社の持ち物は常時、社内ネットワークに組み込まれており、自分の仕事だけならず、細かい動作でさえ会社中の人間に監視されているように感じられた。他人の言動に自分の生活が何らかの影響を受けるのが不愉快なのは、至極当然な理由となり、ひどく非難するほどのものではない。この不愉快さも俺自身のものに過ぎない。

「……デフラグ中の画面って、考え事にはいいと思わない?」

「は? お前、自分の頭もデフラグしてみろよ」

整理するという意味では、出来るならそうしたい。たまに、うまい事を言う奴だ。すっと顔だけを動かして、百七十五センチ前後の細い体つきをした佳那を見上げた。

「何だよ、射月。気持ち悪いな」

「うまいことを言うな。ジョークもアメリカで勉強したのか?」

 そう言って微笑んでみせたが、佳那はこれといった特徴の無い顔を歪めて、やはりオーバーに脱力感を表現した。

「まだ俺がアメリカ研修に行ったこと気にしてるのか?」

「いや……別に」

「ああ、そうだ。別にそんな事はいいんだよ。それよりさ、明後日、女子たちと飲み会やるんだけど、お前も来ないか?」

「いや、いいよ」

「三十過ぎの男が少しは協調性を持てよ」

「協調性ね。俺が一番嫌いな言葉」

「そんなんじゃ、変な目で見られるぜ、お前。それとも逆井と同じ人種か?」

「逆井? 誰だっけ?」

「だからぁ。ちゃんと人とコミュニケーション取れよ」

「はいはい」

「同じ課の人間じゃないか。女子社員の間で変人扱いされてる」

「……ああ、何か聞いた事がある。オタクとかって」

「ほら、二、三日前にも美人OL猟奇事件があったじゃないか。それを懸命にネットで調べてるのを見たのがいるらしくてさ。何か柿いじゃないか。そういうのが模倣犯とかで第二、第三の事件を起こすんだろ?」

 俺は鼻で笑った。

「ワイドショーを鵜呑みにし過ぎ」

「何言ってる? 情報収集に会話は重要だぞ。まあ、いいや。そうだ。射月は書類はまだか、って課長が言ってたぞ」

 数メートル離れた所で書類の束に熱心に目を通している初老の男を、俺は一瞥した。今年で六十四になるという男である。先月、同じグループ内の別会社から急遽異動して来たという、大人の事情を直感させる、社員の間に様々な憶測を生じさせる存在だった。

「ああ。これが終わったらやる」

「終わったらやるって。ほら」

 佳那は言葉の途中で窓へ目をやった。俺もそれにつられた。

「もう夕方だぞ」

時間潰しの会話の終わり。

その瞬間に、ソレは降って来た。

課長の背後にある窓ガラスの向こう側、青みが滲み消えそうな空が広がっていた。

その限られた空間を、不意に何かが高速で横切ったのである。さらにソレは、フロアを見渡せる高さで急激に停止し、窓に向かって来て激突した。二十階のフロアに備え付けられたガラスは厚く割れはしなかったが、代わりに赤黒い粘液を飛び散らせ付着した。

フロアのほぼ全員に注視させるほどの衝撃音だった。

不意に出現した黒影は窓の外で、風か、ぶら下がった時の反動か、自分の存在を皆に主張しながら、左右に揺れていた。

それが意味しているのは一つ。落下。

死への落下である。

佳那は口を動かして、懸命に何かを吐き出そうとしていた。やがてゆっくりと、困惑を口にした。

「……おい……あれは、何だ?」

俺は何も答えなかった。人は信じ難い状況を受け入れるのに時間をかけ、自分を保とうとする。

社内がざわつき始めた。

「おい、人じゃ……アレ……人だろ?」

誰かが言った。

その疑問が急速に人々の心に現実を認徽させ、共通の意思が形作られていく。

フロアのどこかから、一人の女性社員が上げた、悲鳴に似た小さな吸気音が聞こえた。

「射月……」

はじめて見る同僚の顔だった。不謹慎だが、驚愕と恐怖が入り混じった表情は、少し面白いと思った。対して俺は、冷静な口調で佳那の問いに答えてやった。

「人があそこで首を吊ってる」

佳那だけに聞こえるように小声で言ったつもりだったが、静まり返るフロアに、俺の声は想像以上に響いた。

「いやぁっ!」                                           

悲鳴が瞬時に伝染して、フロア全体の空気を激しく振動させた。俺は耳を塞ぐ代わりに顔をしかめた。

感じた一瞬の間ともいえる静けさは、脳内の時間の経過を狂わせた。止まっていた空気が一挙にかき混ぜられる。

まるで思考が読み取れるほど、彼らは一つになっていた。

一人の社員がデスクから立ち、現実的ではない光景を作り上げている窓から離れようと走った。それを合図に、このフロアを占めている企画デザイン事業部・アートエンターテインメント課に所属している、社員のほとんどが一斉に同じ動きを見せた。

俺はその群れには属さず、デフラグの進行状況を表す液晶画面へ視線を戻した。

しかし混迷する中、協調性の無い者がもう一人居た。先の佳那との話で出た課長である。課長は騒いでいる部下たちを注意するでもなく、騒ぎには何の感心も示さず、まるで気付いていないように、ひたすらに目の前の書類を整理し続けていた。

非日常の中では、日常的と思われる行動のほうが、非日常となる。気付かないフリをする俺と課長の方が現実から浮き上がっていく。

興奮しているらしく、佳那の声は上ずっていた。

「お前、何やってんだ? 冷静を装ってるつもりかよ!」

「今の俺に何ができる?」

まるでそれに対する返事のように、泣いている女性社員もいる中、一応真っ当と思えることを言う者が居た。

「け、警察に、電話しなくていいのかな?」

 だが気になるなら自分で電話すればいいだろう。人任せにして自分はただの目撃者で居たいらしい。

 目の前の佳那が、興奮し切って早口で言った。

「誰? 一体、誰なんだ?」

 俺は驚いて佳那の顔を見た。

「お前こそ意外と冷静じゃないか」

「あ、いや……知り合いかも、知れないじゃないか」

「誰か確かめてきたら?」

「行けたら、お前に聞くか!」

 俺が妙に冷静でいる理由。

 決して勝手な想像でも、見間違いでもなかった。

 一瞬。ほんの一瞬だけ、無残にぶら下がったままの相手と目が合ったのである。その途端に、この二年で身に付いた習性が、普段は注意深く潜ませている俺の警戒心を引っ張り上げたのである。

「あっ、ゆうちゃん! 大丈夫?」

 そこには、三ヶ月前に事務課から転属してきた、京由宇(きょう ゆう)が何時の間にか立っていた。普段は明るく、強気な発言も飛び出すような強気なところも見せる、課内でも美人と評判の彼女の顔は、今は見る影も無く蒼白だった。

「大丈夫、由宇ちゃん?」

 肩に触れようとする佳那を、由宇は見ようともしなかつた。

「……か、彼女」

「ん?」

 由宇の憔悴は、誰よりも深く見えた。それが佳那の手を遠ざけた。

「彼女……鏡子だわ」

「鏡子って……もしかして、小林鏡子?」

 由宇は、ただ小さく領いた。小林鏡子は高校時代の後輩とか言っていた。プライベートでも一緒に買い物に行くような間柄だった筈だ。

「そんな、まさか……」

 しかしそれを聞いた佳那が、今まで以上に顔を青ざめさせた。人が落ちるのを見たことよりも、彼には相手が誰かという事の方が重大だったようだ。

 小林鏡子は、地味な印象しかない女だった。スタイルだけはいい、と陰では男子社員たちに卑猥な話のネタにされていたが、佳那が興味を持つようなタイプではなかった。

 そのため彼の落ち込みようが、俺には意外で不可解だった。

「鏡子……鏡子が、私たちを……見てる」

 気を失って倒れないのが不思義なくらい、何とか足を踏ん張っている由宇の横顔を見上げても、俺は黙していた。

 彼女の言葉には一つ間違いがある。

 硬化ガラスにまともに顔面を打ちつけ、鼻腔や見開いた目から血が滴り、スカートから出ている魅力的な両肢は、恐らく股間からだろう赤い粘液が流れ、裸足の先から滴ろうと溜まっていた。

 その小林が見ているのは、未だに窓際に背を向けている、伊東克久課長の後姿だった。

 小林は赤黒さを滲ませ暗く沈みきった瞳で、生命を感じさせない視線を伊東の背中へ送っていた。

 広大なフロアは、死を目撃した人たちが自ら招いた喧噪に満たされていた。それぞれは小声だったが、小は大へと拡大していく。

 だが、その喧騒が、あまりにも思い掛けない内容の発言で、終わりを告げた。

「何をしてる? 仕事はどうしたんだ?」

 それまで沈黙を守っていた伊東課長が、部下全員を驚かした。

「この騒ぎの意味を知らないのか! 後ろを見ろよっ!」

 佳那の怒号に、伊東は不快な表情を浮かべながらも、ようやく振り返った。

 会社の重役連は、マンネリ化していた組織に、突如入り込ませたモノによって、集団の活性化を狙ったのだろう。だが、必ずしも同化する訳はなく、異質なままになることもある。

この空気を読めない男がそうだった。

「何だ、コレは?」

 由宇へ視線を戻すと、彼女はその瞳で何か言いたそうにしていた。佳那は課長に駆け寄ろうとするつもりか、足に力を込めて踏み出した。

「……全く、どうするんだ、コレ」

 面倒臭そうに立ち上がった伊東は、膨れ上がった腹を掻きながら、ぶつぶつとフロアを出て行った。

「……何だ、あの野郎っ」

 部屋のドアが閉まると同時に、佳那は去って行った男へ毒づいた。

 上司の動きに触発されたのか、社員は皆部屋を出始めた。仕方なく佳那に続いて、俺は由宇を促した。

 ふとドアを閉める瞬間にフロアを見渡すと、奥の方のデスクにまだ一人残っていた。二十台半ばだろうか、見るからにオタクと感じさせる男は口元を歪めながら、窓の外で左右に揺れている小林を見ていた。それが佳那が言っていた逆井だと知ったのは、警察が来てからだった。一人になっても残っていた為、不審がられたらしい。

 会社から連絡がいったのか、向かいのビルの人が通報したのか、二十分後には出入り口の辺りは騒然となった。

 現場は警察と報道機関、それに、ちょうど帰宅時間と重なったせいで、集まった野次馬で一気にごった返した。

 会社の重役たちは、響索への対応で右往左往して、哀れなほどパニックになっていた。

 事件、自殺の観点から複査が進んでいるだろう事は、容易に推測できた。

 当然仕事にはならず、混乱したまま終業時間を迎えた。フロアに居た女子社員の中には、ショックで十数人ほど救急車で運ばれたようだ。明日も欠勤するだろう。

「俺は帰るよ」

「ああ……そうだな。じゃ俺も帰ろう」

 佳那の意気消沈ぶりが妙に気になった。

 小林と友人だった由宇は、すでに優先的に他の女子社員と一緒に退社していた。これは彼女等への会社なりの心配りのつもりなのだろう。労働者に対する環境にも気を配らなければ、今はすぐに辞められてしまう。

 世界は闇に沈み込み、残っているのは消えかかる太陽光がガラスに反射している、並ぶビルの一部だけだった。

 会社から出てくる人へ無遠慮にライトをあてながら近づいてくる、報道リポーターを避けるため、なるべく目立たないように早足で俺は正面玄関を出た。着る服にもあまり気を使わない俺とは違って、惜しみなく金を注いでいるスーツを見事に着こなしている佳那なら、照明ライトの中できっとテレビ映りもいいだろうが、さすがにあの落ち込みようでは気軽にインタビューには答えないだろう。

 俺は群衆の中をすり抜けて会社から離れた。

 歩道を十数メートル進んだところで、ふと自分の会社を見上げた。

 “北原デザイン・ワークス”の略杯である“K・D・W”の巨大な文字が、誇らしげに存在をアピールしていた。その堂々とした様相は、事件発生の有無さえ霧消するほどだった。

 生まれ出ようとしている新しい月が、狂おしく悶えるように唸っていた。

 不快な音が澱み続ける街であり、光を失う世界の月、と名づけられた街。

 人が定めた時の刻みを無視する音が入り混じり、現実よりも密な空気を震わせ、街が発する唸りへと成長している。

 しかし、この街で日常を紡いでいる者には、その低い低い、とても低い唸り声は、決して耳介から外耳道を通る事は無い。自らの存在を脅かすかも知れない事象は、人は無視をする。



 深遠になりつつある闇の中で、かつて明鏡と呼ばれた月が、暗天の中に浮かんで夜を照らし、朧気ながらに街全体を有形化していた。

 身体の深奥にまで染み入って来るような、冷徹な空気が辺りに漂って、露出した肌を探してそこから入り込んでくる。

 二棟が並列するマンションの屋上から見下ろしている街には、人工的な光がひしめき合っていた。

 昔、もう誰かは忘れてしまったが、確か高校の先輩だった人が、ふと呟いた。

 夜空に輝く星光は、実は街の明かりが暗い空に反射している、と。

 非科学的だがとてもロマンチックで当時の俺は、ある種の感慨を覚えた。だが今の俺には、そんなに幻想的なものだとは到底思えなくなっていた。夜空に反射するこの地上の光が、心地良い高揚を呼び起こすようなものではないと、気付いてしまったからだ。

 夜の闇よりも黒い地上。

 人々のマイナスの情念を路地の隅にまで満たす地上。

 偽りのつながりに執着する人々が作り上げた、夢幻の街。

 だから人は無理にでも、自分たちの住む街を、明るい希望が感じ取れる場所と定義づけたいのだ。

 しかし俺が見下ろす街は、すでに作った者たちの思惑を越えていた。自らの意志を持って蠢いている生き物だった。

 どういう経緯でそう名付けられたのかは知らない。当時の俺はまだ東末支社務めで、この話は先に転勤していた佳那から聞き、街の名が“新月市″と決定したというニュースをネットで見て、関する項目を読んだものだ。

 “新月市”は、かつて“架空都市″と呼ばれていた時期がある。

 労働率の増加と、福岡県のさらなる未来への発展という目的も含んだ都市開発は、大規模な公共事業として始まった。期待を込められた事業だったが、一朝一夕には進まず、広大な埋め立て地での街作りは何度も暗礁に乗り上げ、県民からは抗議運動も起こった。それには、担当した役人による資金の横領事件などの、計画進行の不手際が、地元新聞により暴かれたのも理由の一つだったろう。

 目標どころか目的さえ失いかけた計画は、最終的に数十社の民間企業に委ねられる事で四苦八苦の末に、ようやく再スタート出来た。

 人々が描く希望を、その街で昇華させるという夢のような街作り。街の住人が幸せに暮らすため、安全と調和を保つために作られる街。それは正に架空の話とも言えた。

 そんなコンセプトに対する現実への皮肉を込めて、テレビのコメンテイターが勝手に命名したのが“架空都市″だった。それが妙に国民にウケて一般化してしまった。

 街は多くの居住者が増えた現在でも、まだ開発は続けられていて、いまだ成長を続けていた。

 そんな中で彩られる人々のつながりは、現代的へとシフトしても、さらなる促進を促されていた。

 この街は、当初からネットワークを重要視して計画されていたこともあり、企業から個人、各家庭に、役所関係まで街自体を一つのシステムとして運用出来るように有する、インターネットを含めたネットワークが構築されている。また街の外観も配慮され、電柱、電線は全て地下へと埋められ、建造物も細かい規制を受けていた。

 それでも街の中央には、開発に携わった各企業の高層ビル群があり、遠目に見ると、まるで中世の巨大な城のような景観を成していた。まさに世界経済競争時代を象徴する、時代の勝者の住む城だ。

 自らの巨大な力を誇示する城が、夜空をバックにして聳え立つマンションの遥か向こうで、時間を無視して強烈な光を放っていた。

 その光の中には、俺が勤めている会社を飲み込んでいるグループを象徴している城もある筈だ。

 だが今の興味は、理想郷を目指した街でも、富の象徴である城群でもなく、その手前にあるマンションの方であった。

 腕時計に目を落とすと、午前二時近くだった。

 深夜にも関わらず、マンションには三分の一ほどの部屋が明るかった。ちようど目線の高さにある目的の一室も、それは同じだった。

 覗き込む双眼鏡の先で、一人の初老の男が徹動だにせず、部屋の壁際に設置されているTVの大画面を凝視していた。膨れた腹が双眼鏡越しにも見て取れた。

 毎日、嫌でも顔を合わせなければいけない、俺の上司である伊東克久だ。

 会社での様子から考えても明らかだが、この男は会社の中では大した仕事の成果も上げず、もっぱら人脈作りに精を出しているタイプである。たしかにそれも才能の一種とも言えるが、上昇志向の強い若い社員からは嫌悪の対象だった。昼間の書類へ真剣に目を通す姿は、ただの見せ掛けに過ぎないと思っているのは、俺だけではないだろう。

 加えて“K・D・W”に移って一ヶ月しか経っていないのに、すでに社内に恋愛している女が居るらしいと、そんな噂を佳那から聞いた。

 もしかしたら、自分から同僚などに吹聴しているのかも知れない。浮気をしている男にありがちな自己顕示欲で、人とは違う価値観に基づいた誇示である。そんな事でしか自らを確かめられない男だ。

 奥さんを半年前に事故で亡くしたらしいが、その悲しみも、女性を口説く手段にしているに違いない。

 そんな噂の検証中に、小林鏡子の死である。伊東との関係の有無を調査するまでもない。

 数年前の俺だったら気付かない事柄が、今では勝手に見えてくるようになってしまった。

 こうして伊東を監視し始めてから、すでに二時間が過ぎた。その間、相手は少しも動く気配を見せなかった。凝固したようにTV画面を見続けているだけだ。何も思考していないのか。

 俺の手足が微かに震えた。

 他人の考えなど分かる訳もなく、あくまで想像の域を出ない。それでも何を考えているか全く読めないと、それは恐柿を感じさせる。

 エンターテインメントの表現としての基本の一つに“驚き”があるが、何も見えないと、逆に人は不安になるだけである。予測出来ない困惑からくる恐怖心を抱き、一方的に相手のことを不自然な存在だと決めつけてしまう。そして、そのような“異端”は排除しなければならない存在だと考えるようになる。

 不意に視力が急速に奪われた。

 周りが暗くなったように感じて見上げてみると、現実に月が雲に隠れるところだった。今更ながらに、様々な想像を掻き立てさせる、闇の時間だと気付いた。普段は、超常現象など認めない人間でさえ、何か不気味なモノを感じる時間帯だ。

 だが、俺には当てはまらない。

 忘れ得ない、あの日。決して記憶の深奥部へと沈まない記憶。蘇ると意識が凍り付いていく情景。

 そこまでで頭を軽く振り、俺は浮かびかけた情景を払拭した。今は目の前に集中しなくてはならない。集中できなければ、待っているのは“死”である。

 時間の経過を実感出来ないまま、さらに三十分ほどが経過した。

 秋はすぐに去り、冬の空気を呼び込む。皮膚を切り裂きそうな冷風が、時折吹き過ぎていく。何の感情も感じられない風だった。

 対象は、まだ動かない。

 見続けていた画面に放送終了のテロップが映し出された。俺は時間を確認した。午前二時三十三分だった。

 すぐに双眼鏡の中へ視線を戻すと、ようやく対象が動いた。

 緩慢な動作で立ち上がり、そのまま真っ直ぐテレビまでユラユラと近づき、そのスイッチを切った。全ての動作が機械的で無機質で、動きには何の意思も感じられなかった。

 そのまま引かれるように部屋の隅にある電話台へ行き、無造作に受話器を取った。どうやら電話がかかってきたらしい。表情までは分からなかったが、何度か領くと十数秒で電話を切り、隣室へと向かった。

 姿が視界から消えた。それから十分後、スーツに着替えリビングに戻って来た。見るからに高そうなスーツに身を包んでいる。

 こんな夜中に仕事で出かける訳もない。

 俺は嬉しさにも似た衝動を押さえて、懸命に冷静さに勤めた。

 すると伊東は、今更のように部屋のカーテンを閉めた。

 俺は即座に行動を起こした。

 双眼鏡をケースにしまい、周りに散らばせていたコーヒーの空き缶などを、持参して来たバッグヘ慌てて放り込み、閉めたバッグを乱暴に肩に担ぐと、屋上の端にある扉へと走り、立ち入り禁止の札を元に戻し、エレベーターに飛び込んだ。

 下界へと向かうエレベーターの中で、あるモノを感じ始めていた。

 湧き上がる衝動の理由。心待ちにしていた感覚。俺から人らしさを失わさせる、冷徹で底が見えない恐怖だ。

 ふつふつとした湧き上がる黒い塊が、俺を逆に歓喜させた。

 地上へ降りると、マンションの近くに路駐していた、スポーツタイプの車へ素早く乗り込んだ。バッグを座席後ろの隙間に放り込み、すぐにキーを回すと、タコメーターが一気に跳ね上がり、エンジンがすんなりと目を覚ました。

 エンジン内部でおにぎりの形をした金属の魂が回転している様子を、頭の中で描きながら、バケットシートにお尻を深く入れ、きちんと腰を落ち着かせた。高回転で目覚めたエンジンも、やがて数分後には落ち着くように、回転数を落とした。レシプロエンジンとは違う、少し間抜けなアイドリング音である。

 車の明かりを最小限に絞り、あとは伊東が出てくるのを待つだけだ。ここからだと地下駐車場の出入りロが見えた。

 全て事前に調べた事に基づいた行動だった。

 アイドリング音が、俺の存在を周囲の闇に知らしめていた。だが低回転で息を切らせそうな喘ぎを保っている程度では、気付かれる恐れはないだろう。

 ステアリングに寄り掛かって、俺は沈黙の中、フロントガラスの向こうを凝視し続けて伊東を待った。

 丑三つ時に入った街は、静寂を漂わせ、一つ向こうの通りからは、トラックの走行音くらいしか聞こえてこなかった。

 しかし、あらゆるものが見えてこようが聞こえようが、この時間帯では全てが遠く虚ろだった。先の見えない、時の経過の中にいると、時間の概念が奪われていく。闇は全てを無へと変えて、その内に飲み込もうとする。それは光さえ例外ではない。

だが俺はまだ、闇に同化される訳にはいかない。生きて果たさなければならない課題に責め立てられている。

 視線を僅かにずらすと、地下駐車場の出入り口にある、切れかかった外灯が点滅していた。

 対象が現れない状況から、監視していた事がバレたのかとも考えたが、その疑念はすぐにかき消した。今までも対象が変わる度に、何度となく脳内で巡らせてきた。そして思考の渦巻きは延々と続くだけで、逆に脳内シュミレーションが、余計に自分を追い込んでしまい、瞬時の行動を抑制するだけだった。

 我ながらキリがない事を反芻していると、自ら呆れる。

 意識を他へ向けようと、コクピット内にこもるエンジン音に耳を傾けた。

 アイドリング中のロータリーエンジンは、アクセルを踏まなければ想像以上に静かだった。他のレシプロエンジン車と比べて、この音を可愛いと表現する者も居た。

 フロントウィンドウに現実の光景を押し退けて、記憶している情景が現実化していく。エンジン音に耳を傾けていると、いつも意識の表層に浮かび上がり、現実の視界を遮ろうとし始める。

 “彼女”はいつも、この音を好きだと言ってくれた。

 無意識に視線が助手席へと向けられる。

 “彼女”は、いつもそこに居た。助手席に座って、優しさに満ちた笑顔を見せていた。

 過酷な戦いのせいか、闇の毒に犯されているせいか、すでに顔の輪郭さえ鮮明ではないが、その存在は今でもはっきりと感じられる。たしかに“彼女”は、夢の中に住んでいるような女性だった。

 二人っきりで部屋にいても、あまり話はしなかった。何も話さなくても、お互いの事を理解していた。少なくとも俺は、今でもそう確信している。

 俺の家から“彼女”が住んでいたアパートまでの道を、毎日のように送り迎えのため往復した。当時は今ほど都市の開発が進んでなく、居住地区はまだ建築中の家や手付かずの空き地も多く、そこでこうやって車の中でエンジン音を聞きながら、別れを惜しんだりもした。

 ステアリングに寄り掛かっている俺の横顔を何が楽しいのか“彼女”はずっと隣りで見ていた。音楽はかけず、アイドリング状態のエンジン音が、B.G.M代わりだった。

 両目は現実をずっと凝視し続けているが、脳内から溢れる情景が見詰める世界を押し流していた。無音で見つめる目の前を、かつて愛していた幻が次々に浮かんでは消えていく。

 “彼女”はいつも俺が落ち込んでいると、優しく微笑しながら元気づけてくれた。年下の“彼女”の方が精神的には大人だった。

 デートを重ねる内に、いつしか、お互いに共通の 『好きなもの』 があるのを知った。

 それは、つねに頭上に広がる広大なもの。

 グレー系であったり、青色で統一されていたり、時間と共に暖色系のグラデーションが施されたりする。そんな風に表情を変えても、そこにあることだけは変わらない。

 空。

 俺と“彼女”は空が好きだった。空に関するグッズを二人で色々と集めた。彼女の部屋には、空の写真が壁中に貼られ、中には数枚の月の写真もあり、まるで空の中にいるような錯覚を覚えた。

 正直に言えば“彼女”が持っているほどの強い想いは、俺には無かった。それでも一緒になって盛り上がったのは、“彼女”の夢、それを理解して共感すること、それが俺の望みだったからだ。

 多くのカップルが感じている、内容の無い時間が作り出す、二人にとっては意味のある、重ねられる毎日が永遠に続くと、他のカップルと同様に錯覚していた。

 予測はつねに自分自身の外にあり、自らの脳が作り出す想像など幻想に過ぎないと思い知らされる。

 忘れる事の出来ない瞬間は、突然訪れ、費やした時間に比べて、終わる瞬間はとても呆気なかった。

 あの日、彼女は、彼女の顧い通り、空と一体化した。

 それからの俺は、この体を縛りつける世界と抗い続け始めたのだ。

 迷走し続ける思い出の中に入り込みかけた瞬間、ようやくリアルな意識が、俺を強引に引き戻した。

 伊東の運転する大型高級車は、ほとんど減速せずに、一気に地下駐車場から車道へ飛び出した。

 俺はギアを一速に入れて、クラッチとアクセルのペダルに置いた両足をゆっくりと動かした。少しふかし気味にして丁寧にクラッチをつなぐとエンジン音が高まった。伊藤の車に近づき過ぎないように気を付けながら、車道に出てからは、間に二台の車をわざと挟むようにした。二速、三速とシフトチェンジして車速を上げる。

 鳴物町と蒔絵町の境となる片道二車線の道へ合流すると、伊東の車はさらに加速した。大排気量のエンジンが発揮するトルクで後輪が小さい甲高い音を発した。俺の尾行に気付き振り切ろうとしている様子は感じられなかったが、昼間の伊東に似合わない乱暴な運転だった。

 遅れないようにギアを4速に入れるとスピードメーターは軽く七十キロを越え、夜の街に溢れる色とりどりの光が急速に横に流れていった。

 視線を外さないようにオーディオのスイッチを入れると、静かな音楽が流れてきた。あまり人の生気が感じられない夜の街に、妙に溶け込んでいくような曲だった。

 窓外の街は、まるで無声映画みたいで、妙に現実感が無かった。

 夜は様々な魔物が轟く。

 それは分かっていたが、今夜はいつもと違う異様さが含まれていた。窓は全て閉じていたが、ガラス一枚を隔てた外界の空気と、車内の空気が明らかに違っている。まるで空気そのものが別のモノになってしまったようだ。

 本能が窓を開ける行為を嫌がった。空気に混じる何かが皮膚をピリピリと刺激していた。

 この街全体の雰囲気が、完全に昼間とは様相を変えていた。

 全体に重く粘っこいモノが充満し、それが庸にベタリとへばり付き、胸がムカムカしてくる。俺は我慢できず、外界へ意識を向けるのをやめた。自分の意思までもが蝕まれていく気がしたからだ。

 気を紛らわそうとルームミラーを覗くと、後方には一台も車を確認できなかった。よく考えると、さっきからすれ違う車も全くない。街にも、やはり人っ子一人見当たらなかった。

 これが 『草木も眠る』 という異空間だろうか。         .

 充満する空気は、俺が追い続けて来た連中と酷似していた。

 “奴”そのものが新月市の路地の隅々にまで充満しているようだ。

 “奴”。

 俺が勝手にそう呼んでいる、この相手をひたすら追い続け、何の生産性も無い二年間を過ごしている。

 しかし“奴”は俺の事など憶えていないだろう。“奴”にとって俺など、ただ、そこにいただけの存在、に過ぎなかったに違いない。

 だが俺の方は忘れなかった。忘れられる訳がない。

 否。忘れたくても、いつも事あるごとに思い出してしまう。眠っている時でさえ“奴”は夢の中にまで執拗に現れる。

 昼も夜も繰り返される悪夢の応酬に、俺は二度だけカウンセリングを受けたこともあった。だが何も変わらなかった。

 そのうち、俺は考えを変えることにした。

 悪夢に追われ逃げられないなら、逆に相手を追えばいい、と。そして、“奴”を追うのが俺の生きる目的になったのである。 もしそれが苦痛から逃げる為に選んだ手段だったとしても、他の選択先を選ぶ余裕は、もう無かった。

 視界の外は、現実感を失わせる光の奔流が流れ続けた。

 対象へ目を向けていないと、すぐに意識が変容してしまう。

 車が鳴物町の隣り、駒原町を抜けると、視界が急に開けた。片道二車線だった道路が、三車線の国道と合流したのである。途中、伊東の車との間にいた二台の内、一台が消えていた。

 点滅する信号を通過してすぐ、最近はビジネス街として発展目覚しい日景町へと、大型高級車は向きを変えた。

 それに伴い周囲の風景が再び変化する。

 一転して、ビルがひしめき合って建っている、窮屈な印象を感じる通りへと入った。

 今夜は濃密な闇のせいで、建物自体の質量感が失せ、まるで透明のようだった。向こうの景色が透けて見えそうなほど幻覚じみて、存在感が薄れている。

 酷く虚ろで、底冷え以上の寒さが夜を満たす。

 息を吸うと、喉を粘液がドロリと通るような気がして、僅かに吐きそうになった。

 気持ちが悪くなるのを堪えていると、伊東の車がウインカーを点滅させて右へ寄っていくのを視界の隅で捉えた。すぐ後ろにつけていた車が脇を通り過ぎた。停止している高級車に急速に近づき、俺は軽くブレーキを踏んで減速させた。

 すると俺の車が停止する直前、伊東の車が勢い良く右折した。

 視線だけで追うと、門が開け放たれたままの、十階建てのビルの正面入り口へ向かっていた。

 そのまま視線を横にずらし、建物の傍に細い脇道があるのを確認した。事前に伊東の行動範囲を調べた時に、地図で見つけていた。

 伊東の車は警備員のところで一端止まり、そのまま開けられた門の中へ入って行った。門の脇には“城川エンジニアリング”の巨大な文字が飛び込んで来た。“城川エンジニアリング”は、伊東がかつて勤務していた会社で、“K・D・W”と同じグループ内の関連企業である。そこの開発室の室長だった。

 この一週間ほど尾行し続けたが、ほとんど同じルートだった。

 俺は、それ以上は追わなかった。

 今夜は見逃してやる。こちらも、まだ行動の確認をしている段階だ。もちろん“奴”をいつまでも見過ごすつもりはない。

 会社の目の前に横断歩道があり、不意に赤に変わった明かりに、俺は車を止められた。

 道がコンビニエンスストアからの光で、煌々と照らされていた。

 そのコンビニから、一人の男がビニール袋を手にして現れたかと思ったら、目の前の歩道を駆けながら渡った。

 ヘッドライトの光の中に男の顔が浮かび上がる。

「……さ、かい?」

 俺は思わず声に出した。       ・

 渡り切る逆井はジーパンに何かの絵が描かれたシャツに、くたびれた上着を羽織っていた。

 どこか不審さを感じながらも、青へ変わった信号に従って愛車をスタートさせた。

 その途端、電子音が聞こえてきた。               ′

 俺は傍らのコンビニへ車を止め、小物入れに放っていたスマホを素早く取り、相手を確認した。

「……はい」

『どうだった?』

 機械処理された音声は相手の正体を隠していた。

「行き先は予想通りだった。この一週間何も変わらない」

『じゃ、今夜、やるのか?』

「いや。今夜は最終確認だけ。そういう話だったと思うが」

『……そうだな』

 電話口から微かに相手の呼吸音が聞こえた。どこか苦しそうな物言いだった。

『……アレは、新しいのが手に入った。いつものところに預けておくから行ってくれ』

「わかった」

 この電話の相手とは一度も会った事は無く、顔さえ知らない。

『新しい情報が入ったらメールする。やる時は前日に教えてくれ』

「……どうして?」

 疑問は、この相手を心底から信用していないからだ。

『……知っておきたいだけだ。何か、バックアップが出来るかも知れない。だろ?』

「……わかった。それじゃ」

 気まずい感じの電話の切り方だが、お互いの正体も知らず、目的だけが一致しているに過ぎない。

 俺が“奴”を追い始めて一年が経った頃だ。

 現場に居たとはいえ、ほとんど“奴”に関しては情報が無かった。それで、どんなものでも良いからと、ネットで情報を探しまくっていた時に、不意に相手の方から連絡があった。個人情報の法律など役に立ってない。

 相手は薮から棒に、俺への協力を申し出た。

 情報の信用度を探るのに、どれだけ広範囲で確かめられるか、という確認の仕方があるが、反対にどれだけ少数かという条件でも確認できる。それが自分しか知らないかも、といった情報であれば、真実度は高いと言える。

 俺にしか理解できないこと。俺しか知らない状況と光景。

 それらの情報を、この相手はほとんど知っていた。

 チャンスか罠か。ただ、苦慮していた俺にとっては、新たな展開を期待させるものとして密かに歓喜させた。

 その事実は当時の俺にとって、何歩もの前進を意味していた。

 自分以外に“奴”の存在を知っている者が居た。それが相手への興味を抱かせたのもある。

 しかし話はするが、相手はつねにこうやって機械で変声していた。俺も決して会おうなどとは言い出さなかった。連絡は主にメール。話す時は、常に相手は変声している。ただ“奴”を追っている、という目的だけが共通する事だった。

 俺だけでは入手困難なモノを提供してくれ、その都度の対象に関する情報も入手してくれる。伊東に関する情報も、半分以上は彼から送られたメールだった。

 相手の真意がどこにあるのかは、未だに計りかねない。

 それでも俺にとってはプラスの方が多いため、本音としては今のところだけ、この相手を“協力者”として認識したのである。

 通話を終了させた直後、別の電子音が鳴り響いた。俺の知らない間に、勝手に設定されていたらしい流行歌だった。

 液晶画面には由宇のピースサインをした顔写真が表示されていた。



 心地良い音の羅列。

 空気を伝導媒体として人に認識させ、言葉としての意味を持っている音が、本来の役目にならない僅かな吐息や喘ぎを放つ。

 相手によっては、音味の無いものが、俺にとってだけ意味を成す。それは人との関係から生じる、意味のある音の羅列だ。

「……由宇」

 名前を呼ぶと、返事の代わりに熱い吐息が答えた。       ′

 激しく胸部を上下させる彼女の肌は上気して、うっすらと汗ばんでいた。そのさざ波のように脈打つ腹に指を遭わせると、小さく笑いながら由宇は抱きついてきた。

 密着する肌と肌が汗でより一層吸い付いた。

 気持ちを一つにする、単純で効果的な行為。女と男では、女性の方がその効果を知っている。

「由宇」

「……ううん」

 艶のある声が、俺の聴覚をくすぐった。

 三時間前までは、死んだ友人のことで泣きじゃくっていた。彼女の悲しみの重さは容易に想像できた。

 人の心はマイナスかプラス、どつちに傾いてもいけない。そのバランスを保ってこそ正常といえる。そのためには、非常識といえるようなことでも、自分のバランスを取る手段として認めてしまう。

 由宇が悲しみから逃げる方法として、俺とのSEXから得る快感に委ねるのも、例外ではないと思う。

 彼女のマイナスよりの感情を、俺は自分なりの愛情でバランスを取るようにしたつもりだった。

 すると、ゆっくりと顔を近づけてきた。

「ねえ……」

 社内では強いタイプで、後輩からも相談を受けるという評判の女が、まだ目を腫らしたまま甘い声を発した。

「先週ね……任那さんにデートに誘われたんだけど」

 今は、亡くなった友人の話題は、意識して避けているようだ。

「ふうん」

 わざと俺は軽く流してみた。

「むっ」

 すると、本来表現に使うものを言葉にして、由宇はその通りに頬を膨らませた。

 同性に嫌われそうなこういった仕草も、男にはやはり可愛いものとなり、こんなところが、男が馬鹿だと言われる由縁だろう。

「じゃ、私が佳那さんとデートしてもいいんだ。ふーん、そう」

「自分で決めることだろ?」

「あらあら。わあ、ビックリした。そう、わかった。デートする」

 面倒臭いと思うことをいちいち確認してくる。

 それもコミュニケーションと思い、俺は由宇の顎に指をかけて顔をさらに近づけた。気の強い視線の奥に見える、少女のような光を直視する。

 由宇は黙って見詰め返してきた。どうしても言葉にして欲しいらしい。俺は諦めた。

「わかった、わかった。行かない方が俺は嬉しいよ」

 まだ黙り続けている。ここで、しつこいと思ってはいけない。

「行くな。俺とデートしよう」

 俺は一音一音はっきりと告げた。

 由宇がようやく笑顔を見せた。やっと満足してくれたようだ。

「うん。じゃあ行くのは止める。断る、ね」

 あまりの明るい声に、俺の頬がひくついた。

「……あ、そう」

「何? まだ、何か?」

「あ、いえ別に」

 由宇は妖しく微笑みながら、俺の首元に顔を埋めた。

 文句を言いつつも、こういう女を、とても可愛いと思う。やはり男は単純で馬鹿だ。

「で、どこに行きたい?」

「うーん……遊園地、とか」

「は? 学生の頃とか行かなかった?」

「行ったことあるの?」

「いや」

「私もデートじゃ行ったことないの。だから行くなら」

「はい、承りました」

「よしよし」

 由宇は俺の頭を撫でた。ただ苦笑するしか出来なかった。

「ねえ、私たちのこと、佳那さんに言えばいいのに」

「言えないよ。あいつに言ったら、すぐに会社中に広まるだろ?」

「うちの会社って、別に社内恋愛禁止じゃないでしょ?」

「それでも大っぴらに恋愛してたら、上司に何かと睨まれて居ずらくなるし、由宇だって色々陰で言われるよ、上司やら後輩とかからネチネチと」

「私は、別に気にしない……」

 言葉尻をあやふやに濁した。

「何? はっきり言えば?」

「……私も、もう二十代後半じゃない?」

 二十九才とはっきり自分の年齢を言わないところが女性らしい。三十一の俺に比べたら若いのに、とは言えなかつた。殴られる。

「やっぱりね、お母さんが色々と気にしてて。このまま独身というのも、ね。それに、お母さんも会いたいって言ってるし」

 自分の願望を母親のせいにすり替えている。

「ごめん、由宇。もうちょっと待ってくれない? 今のプロジェクトが一区切りつくまで。そしたらきちんと考えるよ。頼む」

「ううん……わかった」

 彼女の気持ちも分らないでもない。

 由宇の父親は幼い頃に亡くなったらしい。それからは母一人娘一人の家庭で育ったのである。これといって語る事のない、平凡な家庭で育った俺には、どんな苦労があったなど、あくまで想像の域を出ないが、彼女にとっては母親のことも心配なのだろう。

 由宇は人とのつながりを気にするタイプで、付き合い出してすぐに俺の親と会いたがった。一度、電話だったが俺の母親と話したことがある。その時は、端から見ていて苦笑するはど緊張していた。

 人間関係の構築を気にするなど、“彼女”と出会うまでほとんど気にしなかった俺に比べると、由宇の方が俺よりも大人だ。

 結婚して家庭を持ちたいという望みを、何とかしてやりたいとは、それなりに考えていた。俺の母親も最近は、電話だったが、遠回しに良くそんな話をするようになった。父の方は、子供の頃から変わらず俺の事には、関わらないという態度を通しているが、母には色々と言っているようだ。

「あ、でも、別に今すぐって訳じゃないし……お父さんとお母さんにもきちんとした挨拶はまだだし」

 新月市に引っ越してきてからは、俺は前以上に実家に帰らなくなった。

 今の俺の人生では、両親との接点は遠ざかるばかりである。

 由宇は枕に顔を突っ伏して、言いたい言葉を消し去ろうとするかのように押し付けた。彼女なりに気を使って、俺に対しては結婚を前面に出して、あまり無理強いはしたくないというところだろう。

 俺は微笑しながら由宇の肩を強めに抱き締めた。

「分かってるよ、由宇」

「……うん」

 納得しようと無理をしている彼女の唇に指で触れて、そっと重ねた。お互いの想いを確かめ合うと、由宇はもう笑顔になっていた。

「ねえ、シズカちやん」

「頼むから、その呼び方やめてくれる?」

「何よぉ」

 そう言って俺の頬を軽く引っ張った。

 俺の名前は“静”と書いて“せい”と読むのだが、俺が嫌がるのを知っていて由宇はわざと呼んでいるのである。中学生の時にクラスメートに同じ字で“しずか”という女の子がいて、良くクラスの男子に冷やかされたという昔話をしてから、由宇はこの呼び名が気に入ったらしく、会社以外ではずっとこう呼ぶのである。

「話違うけど、明日の会議の用意したの? もう今日だけど」

「会議?」

 俺は思わず上半身を起こして頭を巡らせた。

「……あ」

 彼女の指摘で資料作りの事を思い出すと、俺は慌ててベッドから飛び降り慌ただしく下着を身に着けながら、ベッドの隣りにある机上のパソコンを起動させた。その横に由宇が持ってきたノートパソコンが無造作に置かれてあった。ケースの角に傷があるのが見えた。

 衣擦れの音が聞こえて振り返ると、由宇はシーツにくるまっていた。それを見て問いかけようとした俺を、彼女は先に制した。

「私、明日は配属さされたばかりで傍観者だから」

「……そう」

「そうなの。そうなのよぉ」

 明るい言い方に少しムッとしてみせたが、由宇はその顔を面白がって声を上げて笑った。結婚話に対する軽い復讐だったらしい。

 彼女が欠勤しない理由は、あえて尋ねなかった。

「でも、資料の取りまとめだけじゃないの? あの、来月から着手するプロジェクトでしょ?」

「ああ。その基本のコンセプトの変更案を課長に言ったら、それを明日出せとか言われて」

 パソコンが起動するまでの待ち時間を利用して、パジャマを身にまとった。

「コンセプト? だって基本コンセプトは“アートとエンターテインメントの融合から昇華”に決まってるんでしょ? 大丈夫なの? 明日は重役も出席するって聞いたよ」

 由宇の言う通り、明日はもう企画の最終ミーティングなのだが、そのコンセプトにいまいち納得がいかない俺は、もう一度考え直してもらおうと、その席で変更案を提示しようと思っているのだ。ちなみにこの企画全体のアイディアを出したのは佳那だった。

「そう何だけど」

「何か異存があるんだ、シズカちゃんは。それとも、佳那さんへの対抗心?」

 彼女の言うような対抗心など別に無い。だが由宇は、答えなかった俺が気分を害したと思ったらしく、即座にフォローをした。

「何か、問題でも見つけたの?」

 俺はディスプレイから目を離さずに答えながら、手元にキーボードを引き寄せた。

「まあ、問題というのとはちょっと違うけど……今回のコンセプトになってる融合っていうのがさ。由宇は、アートとエンターテインメントの違いを、どう考えてる?」

「違い? 私は別に……うーん、考えたことない」

「物凄く分りやすく言うなら、ある事で区別がつけられるんだけど」

「分からないわよ」

 呆気ない返事に、俺は思わず顔をしかめた。

「アート、つまり芸術は極端に言うと、作られた作品を理解してくれる人が、この世の中で一人でも溝わないんだよ」

 文書の内容を確認しながら、俺は話し続けた。

「そうだな……ある白い壁がありました、と想像してみて」

「うん」

 シーツにくるまり顔だけ出している由宇は、まるで童話を聞く幼い子供みたいだった。

「その真ん中に、廃工場なんかで拾ってきた錆びた鉄パイプを、こんな風に」

 宙に両手を使って説明する俺に、彼女は優しい視線を向けていた。

「壁に取り付ける。そこに人を引きつけることが出来るテーマが生まれれば、コレはそれだけでアートになる訳だ。この作品を見る場合、これはこの鉄パイプだけが作品なのか、または、白い壁を含めて表現されたものなのか。また、ここにはどんなテーマがあるのか、作者の意図から感覚まで含めて、作品を見た人が判断して、感銘を受けたりする。これでそれがアートとして成立するんだよ。ただ、それを感じ取れない人には全く理解できない。俺の親父なんか、ピカソの描いた絵に高額な値段をつけたのをニュースで見た時、何であんなものに勿体無い、とか言ってたよ。感銘を受ける人と、全く理解出来ない人の間には、極端過ぎるほどの距離がある」

 由宇は一気に説明しているのに対して、時々小さく額いていた。

「少し乱暴だけど、つまりアートは分かる人にだけ分ればいい訳だ。でもエンターテインメントは違う。日本語では大衆娯楽と訳されたりするように、娯楽(amusement)の一種なんだよ。鑑賞する対象は不特産多数の人たちだから、アートみたいに分かる人にだけ分かれば良い、では成り立たない。同じ文化とは言え、エンターテインメントは経済システムの中にある限り、それはしょうがない」

「じゃ、さあ、アートとエンターテインメントは融合出来ないの?」

「ビジネスとした湯合でも、アートはアマチュアとプロの境が難しい。趣味で絵を描いていたおじさんが個展を開いて、それなりに認められれば、アーティストとしても認知される」

「でもそれは、エンターテイナーがプロになっていく過程と同じじゃない?」

「過程はね。だけど、アートは一生ただの趣味で終わる場合もあるだろ? だけどビジネスとして成立するエンターテインメントは、その部分が分かり易い。まあ確かに、クリエイティブという分野で見れば、アートとエンターテインメントは両翼であり、もちろんどちらが優れているとか、劣っているとか比較は出来ない。そう考えても、部分部分では融合する場合もあるんだろうとは思う」

「お互いがあってこそのクリエイティブと、シズカちやんは考えてるんだ。だから融合なんていうコンセプトは、ってコト?」

「うん、まあ。確かに、エンターテインメントとして作られた作品の中には、芸術とみなされるようになるものもあるけど、根本の求めるものに違いがある。アートというと、一般の人は妙にハードルが高いと感じてしまうだろ? だから、エンターテインメントをアートとして捉えてさ」

 珍しい俺の熱弁を黙って聞いている由宇の視線は、心地良さそうなものに変わり始めていた。

「どのみち、どんなに選別されたモノを出しても、それがまた消費者に受け入れられるとは限らないし、それなら妙にハードルを高く求めるよりは、もう少し間口を広げて供給した方が、消費者の選択肢も広がるんじゃないかと思ったんだよ」

「芸術性を押し出すよりは、エンターテインメントビジネスとしてね……じゃ、今言った事を、明日の会議で発表するんだ……ホントに、大丈夫?」

 すっかり意識がクリアーになってしまった俺とは反対に、由宇の声音は小さくなりつつあった。

「うん。もう少し違いも考えて煮詰めて欲しい、と言おうと思ってる。結局、作品を羅列しただけとか、みたいになってしまったら、それこそ融合なんかじゃなくて、ただの展示だろ?」

「……ふ、うん……」

 その返事は俺に対してのものではなかったようだ。

 手を止めて振り向くと、由宇の両目は完全に閉じられていた。これではホントに、童話を聞きながら眠りにつく子供である。

 眠りに入って夢を見ることは、現実世界での精神状態が激しく変動するのを押さえようと、バランスをとってくれるものと、音読んだ雑学系の心理学の本に書いてあった。

 出勤すれば、由宇の心は再び悲しみに襲われるだろう。それでも数時間前までの、激しい感情の動揺は幾分か減っていると思う。

 自分のアパートに帰宅していた由宇に電話口で泣かれて、こちらに連れて来たのは正しい判断だったようだ。その分、俺の睡睨時間が削られてしまったが、安らかな彼女の寝顔を見ていると、“彼女”の事や“奴”を追う熾烈さから、俺自身も遠ざかることが出来た。

 由宇という存在と過ごすことは俺にとって、常識的な人として生きていられる、とても大切な時間だった。

 寝入っている由宇を見て微笑んだ俺は、なるべく静かにキーボードを叩き始めた。

 すっかり重くなった頭で、軽くため息をついてベッドに潜り込んだのは、それから二時間後だった。



 レースのカーテンは、朝の強い光を遮るには役不足だった。

 夢を見る暇も無かった俺の耳に歌が聞こえてきた。コンポからでないのは、すぐに声音で分かった。俺が心地良くなる声だ。

―楽しいな。

―楽しいな。

―好きな人の為に作る朝ご飯は、美味しく出来るかな。

―ちょっと失敗しても、彼なら許してくれるよね。

―でも、彼の為なら失敗なんかしないんだよ。

―絶対に、うまくいくから。

―今日は何が食べたいんだろう。

―楽しく作れば、美味しくなるんだよ。

―楽しく作って、楽しく食べれば、きっと明日も笑えるよね。

 歌詞はちょっと少女マンガっぽいが、確かに良い匂いがしていた。

 少し寝不足の頭を緩やかに左右に振って、俺は身体を起こした。

 パジャマに由宇の匂いが移っていた。これが移り香か、とぽんやりと思いながら、まくれたパジャマを直しながら寝室を出た。

 キッチンでは、自分で適当に作詞作曲した歌を口ずさみながら、由宇が朝食を作っていた。

「あ、おはよう」

 俺の存在に気付いた由宇が、部屋に差し込む光と同じような明るい声を発した。いつもと完全に同じとは言えないが、本人が努力しようとしているのが良い傾向に見えてホッとした。

「早く顔を洗ってきてね。ちょっとシズカちゃん。自分の頭を鏡で見たら? ハリネズミみたいになってるよ」

 俺たちは別に同棲している訳ではない。

 由宇はちゃんと自分の収入でアパートを借りているのだが、最近はすっかり俺のマンションで過ごす時間が増えていた。彼女の服や下着もこちらの方が多いくらいである。隣近所に住む人の中には、由宇を奥さんと呼ぶ人もいるらしい。いつだったか、はしゃぎながら彼女がそう話していた。

 鏡を見るのが嫌いな俺は、見ずに顔を洗った。身支度して座ると、目の前に目玉焼きが置かれた。好み通りに半熟にしてある。箸をつける前に、コーヒーの湯気を吹き飛ばして一口だけ飲んだ。

 背もたれにしている安物のソファに唸って寄りかかると、数冊の雑誌が派手に落ちた。まだはっきりしない頭で、面倒臭そうに拾い上げてソファの上に放り投げた。

「ちゃんと片付けたら?」

「今度……やる」

「もう、大体そんな鉄砲の本とか読んで。戦争でもする気?」

 由宇が嫌そうに銃器類の専門雑誌を見やった。

「男の人って、ホントにそういうの好きだよね。子供の頃、近所の男の子とかが、モデルガンとか、あの何だっけ、黄色い玉が出る奴、あれで女の子を脅かして、良くイジメてた。まあ、私に向かって撃った時は、泣くまで追いかけ回したけど」

「そりゃ、すごい」

 口元を歪める俺は、箸で目玉焼きを手ごろな大きさに切った。すると黄身がトロリと流れ出てきた。

「私、好きじゃないのよ。ちゃんと片付けて、ね」

「わかった。今度やるよ」

 少し畷り気味にしながら目玉焼きを口に入れた。やっぱり、いい感じに焼かれてあった。

「今日は遅くなるの?」

 俺は由宇の顔をあえて見なかった。

「ああ……うん。たぶん、会場の下見に行くから」

「じゃ、今夜は」

 言葉が止まったのが気になって、由宇の顔を見た。彼女は顔を伏せ気味にしていた。

「あのね……今夜、鏡子の実家に行ってみようと思って」

「そうか。わかった」

 軽く咳払いをすると、由宇は何とか視線を上げた。その失敗した笑顔を見て、テーブルの上に置かれた細い指をした手を、俺は優しく包むように握りしめた。

「挨拶したら、アパートに居るね。何かあったら電話して」

「ああ、由宇も、な」

「うん」

 どちらかの家に泊まった時は、会社まで違うルートで出勤している。彼女はバスで、俺は電車で、という風にだ。やっぱり気になって、今日ばかりは休むよう勧めてみたが、由宇は出勤すると言い張って、俺は仕方なく頷いた。何かしてる方が気が紛れるそうだ。

 出掛ける前に、昨日と同じスーツだと彼女に怒られ、慌てて着替えてから、俺は家を出た。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。