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可哀想なんて言葉を使うやつほど他人をちゃんと見ていない。

 


「あぁ……眠い」


 残党狩りが終わった頃には太陽が顔を出し始めていた。

 俺は領主屋敷の庭で足を伸ばしながら座っていると、日の出の陽光が暖かに世界を包み込んでいく光景が広がっていく。


 倒した残党の数はもうわからない。


 ただ総勢200人以上も殺した事は確かだ。


 確かにこの街は広いが、そんな人数を補う食料なんてあるはずもない。

 俺が来なかったらもっとずっと酷いことになっていたかもしれない。なんて考えは自惚れだろうか。


 俺がボンヤリと穴を掘るグレイウルフ達を眺めているとトモがやって来た。


「センパイ、何してるんですか?」


 手入れされた芝の上で両手をついて脱力していた俺の隣にトモが並んで座る。


「考え事かな」


「何を考えていたんですか?」


「この世界に来てからとか、これからのこととか」


「センパイもそんなこと考えるんですね」


 空気を軽くするためか、トモは茶化すようにイタズラな笑みを浮かべた。


 空を見上げると相変わらず雲は高く、手が届きそうな気はしない。

 手を伸ばすも、そよ風が通り抜けて行くだけだ。


「ギギってのが、いたんだよ」


「ギギ……ですか?」


「俺がこの世界に来て最初に呼び出した使い魔なんだけどな。あいつらに殺されちまったんだ」


「そう……なんですか」


 どう反応していいのか分からないのか、寂しそうな声を出しながらも曖昧な返事をするトモ。


「あれからフラフィーやテテ、ツツ、トト。ズズやゼゼのグレイウルフ達。スライムやラピッドラビット。ダイナやダミラ、ダギスなんてドラゴンまで仲間にできた」


「80匹くらいいますもんね」


 今となっては広々とした領主の誇る屋敷の庭でさえ狭く感じるほどの大所帯。


「ギギとは召喚して1時間も一緒にいなかったのに。それでも殺された時は物凄い喪失感があったんだ」


 薄暗くジメジメと心を蝕んでくる湿度と、腹に据える鉄と汚物の臭いが立ち込める牢獄の中でいったい何度、灰色になったギギのステータスを見たことか。


「だから殺した」


 皆殺しにした。


「あの時はただ嬉しかった。よくもギギを殺してくれたなって。ざまあみろって……」


 俺はジッと足元の風に揺れる芝生を眺める。


「後悔してるんですか?」


「分からない。あそこで殺さなきゃ俺やトモまで殺されてたかもしれないってのは理解してるんだ。多分ギギが殺されてなくても似たようなことはしたと思う」


 少なくとも逃げる為に何人かは殺したと思う。


「でも、それでも辛くはなかったんだ。人を殺したのに罪悪感とかはなかった」


 心地よい酩酊感すらあったほどだ。


「だからこれでいいんだって思ってここまで進んで来た。使い魔を召喚して、敵を倒して、また使い魔を召喚して」


 そうすればどこまでも歩いて行ける気がしたから。


「昨日の夜、名前もつけてあげられてないグレイウルフが殺されるまで一度も後ろを振り返らなかったのに……」


 一度振り返ってしまうと、今度は前を向けなくなる。


「これは本当にギギが望んだことなんだろうかって」


 俺なんかのために命を捨てて守ろうとしてくれたギギの復讐をする為に、それ以上の犠牲を払う必要はあるのか。


「これから俺は何十匹もの使い魔を殺さなくちゃならないのかもしれない。この先の戦いで、カゲフミのイチヤって奴とも、神聖王国軍とも、ランキングトップの勇者とも。戦うのは俺じゃなくて使い魔で、やっぱり死ぬのも使い魔なんだ」


「センパイ……」


「もうすでに後には引けないこともわかってる。進んでも逃げても結局俺は使い魔の死骸の上を歩き続けなきゃならないんだ」


「センパイっ」


「もし俺があの時……。ギギが殺されたあの時に復讐なんてしなければ、これから死んで行く使い魔は――」


「センパイっ!!」


 意識がハッとするかのような声に言葉を遮られ、隣に座ったトモへと視線を向けた。


「トモ……?」


 俺の呼びかけにトモは自らの声を響かせる。


「センパイは私を助けてくれました!」


 両肩を捕まれ、鼻と鼻が触れ合いそうな距離で黒曜石の如き瞳が俺を射抜く。


「センパイが盗賊を殺したのも全部全部私を助ける為です! 昨日だって一昨日だってセンパイが奴らを倒したのは私の為です! それが理由じゃダメですか!?」


 そんなことはないと二人ともわかりきっているそんな嘘を、彼女は真剣に、まぶたを真っ赤に腫らしながら、嗚咽に潰されそうな喉を震わせて――、


 叫んだ。


「使い魔が死んだら私のせいでいいですから! センパイは私のために使い魔を殺したんです! だから……だからっ!」


 心の底から自分の気持ちを伝える為に、彼女は喉を掠れさせながらも震わせた。


「自分を……攻めないでください……」


 むちゃくちゃだ。


 言ってることがむちゃくちゃすぎる。


「……センパイには前を向いていて欲しいんです」


 理屈も外聞もなく、泣き噦る子供のように理不尽でむちゃくちゃに。

 しかし、だからこそ純粋で本心から溢れて来た彼女の言葉なんだと、その想いは俺の心に伝わってきた。


「役目を果たして死んだ使い魔に、お疲れ様。頑張ったな。って手を合わせて眠らせてあげてください! みんなが死ぬたびにセンパイが悲しんでたら、何もできないじゃないですか!」


 透明な雫が地面から茂る芝の葉に落ちて――跳ねる。


「……そんなの……悲しすぎるじゃないですか」


 まるで自分の過去を見つめ返すようにトモが最後の言葉をひねり出した。


「私はずっとそばにいますから……。使い魔が死ぬたびに私が理不尽に怒られたとしても、ずっとそばを離れませんから……」


 初めて感じる不思議な感触が俺を包んだ。

 この世の何よりも柔らかくて、うるさいくらいに鼓動が鳴ってて、触れた場所が火傷しそうなほどに熱い。


「なんだよ……それ」


 涙で湿った彼女の頬が俺の首元に埋まる。


「なんでもいいんです。理由なんて」


 すぐそばで拗ねるように答えるトモ。


「昔、おばあちゃんが言ってました。理由なんて考えてもわからないものなんだって。そんなものを考えるのは死んでからでいい。生きてる間はただ進めって」


「……良いばあちゃんだな」


「大好きでした」


「そっか……」


 俺は彼女のこと、なんも知らないんだなと今更ながらに気づいた。


「私、声優をやってたんです」


「綺麗な声だもんな」


「っ! 今、それは関係ないです!」


 近すぎる距離のせいで顔は見えないけど、トモの体が俺をギュッと締め上げた反応についつい口の端が緩んだ。


「……声優になることを両親には反対されてたんですよ。それでも私が声優になりたいって言った時、力を貸してくれたのがおばあちゃんなんです」


 それはとても優しい声音だった。


「ギギは死んでから何を考えたのかな……」


 俺の呟きに彼女はそっと答える。


「きっとまだ考えてる途中ですよ。……ただ」


「ただ?」


「センパイがどこまでも歩き続けたのなら、ギギちゃんは鼻を高くして仲間にいっぱい自慢できるんです」


「……そうかもな」


 お互いの顔は見えないのに、なぜだかこの時、トモが笑ってる気がした。


「墓、出来たみたいだ」


「行ってあげてください」


 トモはそう言って立ち上がる。

 一瞬だけこちらと顔を合わせると――彼女は目尻を下げて破顔した。

 無理矢理に作ったその笑顔は不恰好だったけれども、俺を慰めようとしてくれている彼女の気持ちがたくさん詰まった素敵な笑顔に思える。


「私は向こうで待ってますから」


 それだけ言い残して屋敷へと歩いて行ったトモの背中を見送って、俺は使い魔の待つ大きな木の下へ向かった。


「お父様。こんな感じでよろしかったでしょうか」


 問いかけてくるテテに俺は頷く。


 リア曰く、この木は春になると薄桃色に染まる白い花が咲くらしい。


 立派な墓は作れないから、せめて花くらい見れる場所にと、ここにしたのだ。


 フラフィーやテテ、ツツ、トトだけじゃない。全員の使い魔が集まったこの場所の中心に眠るグレイウルフを俺はそっと持ち上げた。


 腹が斬り裂かれ、目を向けるのも躊躇いそうなグレイウルフの骸を俺はゆっくりと持ち上げ、穴の中に降ろす。


 血はもう固まっていて、体はどこか軽く感じた。


「簡素な墓でごめんな……」


 一段深い影に眠るグレイウルフに謝る言葉しか言えない俺はそっと穴から出る。


 無理やり口を噤んで、土を落とした。


「もう……立ち止まろうなんて思わないから」


 自分の手で少しずつ土をかぶせていく。

 姿が完全に見えなくなってからは他の使い魔にも手伝ってもらい、完全に穴を埋めた。


「そこで俺の背中を見ていてくれ」


 最後に白石を置き、手を合わせる。

 そして、ただただ静かに黙祷を捧げた。


 自分でもどのくらい目を瞑っていたのか分からなくなった頃にまぶたを開き、隣にもう一つ白石を並べる。


「お前も。形だけですまないがこれで許してくれ、ギギ」


 ギギが殺されたあの場所で、もう少しギギの死体を探せばよかった。なんて思いが頭を過ぎるも、すぐに振り払う。


 俺はもう歩いて来た道を振り返るのはやめたんだ。


「今はまだ2匹だけだけど……たぶん……すぐに賑やかになると思う。でも怒らないでくれよ。俺はちゃんとここにも顔を見せるからさ」


 これから進む先はきっと血塗られていることだろう。


 何十、何百という使い魔が犠牲なるかもしれない。


 それでも進むと決めたんだ。


 あとは辿る足を踏み出すだけ。


「魔王ってのは、優しいとやってられないのかもしれないな」


 だから「悪」なんて言われるんだ。


 もう一度見上げた空はやっぱり高くて遠かった。

 降り注ぐ陽光が溢れた雫に反射して、太陽がいつもより眩しく映る。



第二章完結。

たくさんのブックマーク、評価をいつもありがとうございます! 

ここまで書ききれたのも皆さんの応援のおかげです。


明日から第三章スタート。

これからも応援よろしくお願いします!

感想も心からお待ちしていますよ(ちらっ


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