白い影は夜を斬り裂く。
「……ゴールドが足りない」
俺はステータスに記載されたゴールド量を見て呻いた。
所持ゴールドは452。
どうする。
これで45匹のグレイウルフを召喚する?
いや、そんな時間はない。
召喚はできたとしてもトモの絆刻印が間に合わない。それに20匹も施す前に疲れが出て休息が必要になる。
なら、300ゴールドで新しいモンスターを召喚する?
300ゴールドクラスからは森熊や山虎のパワー系モンスターを召喚できる。
しかし、それであいつを倒せるか?
100ゴールドだが白ポイントを80も振ったフラフィーでさえ傷つけられない敵なんだぞ。
ちょっとチカラが強くても銀の騎士を倒せるほどのダメージを出せるとは思えない。
そもそも銀の騎士の攻撃が岩の壁や柱を壊すほどの威力なのだ。
いくらチカラが強くても普通のスピードなら銀の騎士の攻撃に当たってしまう可能性がある。
ならフラフィーを強くするか?
フラフィーに白ポイントをさらに80ポイント振ればもう一段階強くなれるはず。
そうすれば奴にダメージを与えられるほどのチカラを得られるかもしれない。
でも今は戦闘中だ。
今まで成長させる時はみんな動かなくなった。
もしかしたら動けるが動かなかっただけの可能性もある。……あるのだが、この局面でそんな賭けはしたくない。
グレイウルフを何体か向かわせて時間を稼がせる?
いや、銀の騎士相手じゃ数秒でやられてしまうだろう。
成長が終わるまで20秒だとしても1班以上が犠牲になるかもしれないのだ。
勝つ為の犠牲と言えなくもないが、せめて最後の手段にしたい。
フラフィーが成長しても倒せなかった場合、彼らは完全に無駄死にだ。
他に……。
何か方法は。
圧倒的な力を。
せめてもっとゴールドがあれば。
「この野郎!」
「ちょこまかと動くんじゃねぇ!」
「獣人メイド風情がっ!」
怒号があちこちから飛び交い、血が舞う。
殺意の渦が屋敷の中を包み込み、むせ返りそうな臭いが立ち込めていく。
街中の盗賊が集まるまであと5分もないだろう。
40人程はすでに屋敷まで辿り着いていた。
今はまだなんとか入り口でグレイウルフ達が抑え込んでいるが、じきにそれも厳しくなる。
もっとゴールドを貯めておけばよかった。
ゴールドで魔石を交換し、新しく召喚した使い魔で狩りを行い、もっとゴールドを集められたはずだ。
この街に来る間だって、魔石もいくらか集めていた。
あの魔石をすぐに使ってもっと魔物を狩っていたら……。
いや、そんなこといくら考えても変わらないか。
そもそもトモがパーティーに加わってこの街に向かったのが数日前なのだ。
それだけでこの量の盗賊を相手できるほどの使い魔を召喚出る魔石を用意できたとも思えない。
ん?
パーティーに加わって……。
「おい、トモ!」
「は、はい!」
いきなり名前を呼ばれて驚いたのかトモがビックリしながら返事をした。
「お前! いくつだ!」
「16ですけど……」
困惑しながら答えるトモ。
でも俺が聞きたいのは歳じゃない。
「ゴールドだよ! 今、何ゴールド持ってる!?」
「ま、待ってください!」
すぐに察したトモが慌ててスマホを取り出して確認する。
そう、ゴールドだ。
トモとパーティーを組んでからも取得ゴールドに変化はなかった。
今まで疑問に思わなかったけど、オンラインゲームなんかではパーティーを組むと経験値やドロップアイテムなんかは均等に分けられることがある。
しかし、それがなかった。
ゴブリンを倒してもらえるゴールドは3ゴールドのままだったし、人を倒しても9ゴールドから12ゴールド程獲得できた。
ポイントも同じだ。
トモがパーティーに加入したことで所得量が下がったなんてことはなかった。
下がったなら気づいているはずだから。
「1300ゴールドくらいあります! 1300ゴールド!?」
それが本当に自分のゴールド量なのか驚いて画面を見直すトモの声に俺の予想が正しかったことを悟った。
パーティー時の獲得ゴールドとポイントは同じだけ各パーティーメンバーに配られる。
もっと早くに気づくべきだった。
「全部寄越せ! お前のゴールド、全部寄越せ!」
「分かりました!」
俺の命令に二の句もなく頷いて、すぐにトレードメニューを表示するトモ。
「よし! これだけあればっ!」
俺は受け取った1363ゴールドで迷わず召喚スキルを選ぶ。
この状況をひっくり返すほどの圧倒的なチカラ。
俺が目をつけていたモンスターでそれにふさわしい奴は1匹、いや、1体しか心当たりがない。
スキル購入の確認画面を進め、さらに中型の魔石をショップで3つ購入する。
俺は一握りほどもある魔石を突き出して叫んだ。
「咬岩竜召喚!」
今までの3倍以上もある魔法陣が床に広がり、暗い屋敷の中を幻想的に照らし出す。
フルメイル剣士も何事かと警戒して一歩後ずさる。
「てめぇら全員皆殺しだ!」
俺の言葉に応えるように、竜の咆哮が大地を震わせた。
「うわああああ!」
召喚され、すぐさま絆刻印を施された咬岩竜が1人のフルメイル剣士を噛み砕いた。
「やっちゃえダイナちゃん!」
気づけばトモに名前をつけられていたダイナの噛みつきはまさに岩をも砕く一撃。
鋼で出来た鎧が何の抵抗もなく、嫌な音を立てるだけでひしゃげたのだ。
咬岩竜は二本足で立つ恐竜のようなモンスター。
昏い岩色の鱗に、長い尻尾。
そして強大な顎。
ずらりと並ぶ牙は人の頭ほども大きいものまである。
「何だあれは!」
「デカイだけだ!」
「囲めば倒せる!」
「狼が邪魔で囲えるわけねぇだろ!」
フルメイル剣士達の怒鳴り声が屋敷に満ちる。
「やめっ! 来るな! 来るにぎゃああああ!」
そんな間にもまた1人フルメイル剣士がやられた。
まるで恐竜映画だ。
「あんなの勝てるわけねぇだろ!」
「下がれ! 下がれ!」
「もう少しで仲間がくる! それまで持ちこたえろ!」
フルメイル剣士達がグレイウルフを牽制しながら大階段へと登っていく。
「まだこれからだぜ!」
俺はそんな様子を見ながら2体目の咬岩竜を召喚した。
「ま、まだでやがんのか!?」
「フザケンナ!」
「兄貴! どうにかしてくれ!」
「そうだ兄貴なら倒せるはずだ!」
トモが2体目の咬岩竜に絆刻印を施している間に、俺は3体目の咬岩竜を召喚する。
「たくっ。結局俺を頼るのかよ……。だが、ま。悪くねぇな」
フラフィーを追いかけていた銀の騎士が吹き抜けの二階から、大階段前にいるダイナの前に飛び降りてきた。
いや、今更だけど人間やめすぎだろあいつ。
「竜退治! 大いに結構! 幼女追いかけるより楽しそうだぜ!」
銀の騎士が何もないその場で剣を振り払う。
それに呼応するようにダイナが再度吼えた。
「ははっ。いいねぇ。いいねぇ。良いねぇ! 最高だぜ!」
体長5メートルはあるダイナを前にして銀の騎士は怯まない。
「俺様は城塞都市ミル軍の元千人隊長! 仟斬りアマン!」
ダイナへと剣を向けて、銀の騎士は言い放った。
「イチヤ様に貰ったカゲフミ三頭竜の大いなる地位! 竜殺しに相応しいじゃねぇか!」
アマンがダイナへと斬り込んだ。
空気をも切り裂く一撃をダイナは体を右回転させて避けた。
いや、避けるだけじゃない。
右回転させた体をそのままさらに捻り、丸太ほど太い尻尾でアマンに攻撃した。
「蜥蜴よりは賢いみたいだなっ!」
しかしそんな見事な攻撃にもアマンはビクともしない。
奴を倒すには咬岩竜の噛みつきじゃないと。
「いけ!」
「やっちゃえ! ダミラ! ダギス!」
絆刻印を付け終えたトモが走り出した2体の咬岩竜の名前を叫ぶ。
俺の使い魔が勝手に名付けられてる……。
いいけどさ。
俺じゃあこんな戦闘中に咄嗟に思いつけないし。
「てめぇら! ちょっとは働きやがれ!」
「兄貴の援護に行くぞ!」
「倒さなくてもいい! 兄貴があいつを倒すまで足止めするんだ!」
アマンの一声で大階段で状況を眺めていたフルメイル剣士達が動き出す。
ダイナと一騎打ちで戦うアマンに邪魔をさせまいと、ダミラとダギスの前に立つ。
俺は計7班のグレイウルフ達を外に出し、街中から押し寄せてくる盗賊の相手をさせに行かせた。
残ったグレイウルフは3班。
ダミラとダギスに1班ずつ支援させる。
残り1班は欠員と負傷員だ。
もうポイントはない。
これ以上の使い魔は召喚することはできない。
戦況はひっくり返り優勢だろう。
だが厳しいことには変わりない。
咬岩竜がフルメイル剣士を倒せるといっても、フルメイル剣士が弱いわけではない。
奴らの攻撃力はやはり脅威だ。
二本足で立つ咬岩竜は片脚でもやられたら動けなくなるだろう。
それを察してか、フルメイル剣士達もサイドに回り込み脚を狙っている。
ツツとテテはダイナの援護。
だがツツとテテではアマンに決定的なダメージを与えることはできない。
ダイナが攻撃されそうな時に邪魔をするくらいだ。
「おらぁ!」
アマンが逆袈裟掛けに剣を振り上げた。
ダイナは首を捻るだけでアマンの大振りの攻撃を避ける。
攻撃を避けられたアマンの体がチカラに流されて後ろに傾いた。
その隙をダイナは見逃さない。
強靭な顎が開かれ、アマンへと噛み付く。初めてダイナの噛みつきがアマンを捉えたが――。
「くれてやるよ! イチヤ様の加護を喰いちぎれるならなぁ!」
咬みついたのはアマンの左腕。
彼はまるで狂ったように嗤う。
竜の圧倒的な咬合力にアマンの左腕は一瞬で食いちぎられる――ことはなかった。
「なっ!」
俺は驚きの声をあげる。
アマンの左腕が闇の靄に包まれていたのだ。
まるでダイナの噛みつきから銀の騎士を守るように。
「死ねやぁ!」
アマンがダイナの首めがけて剣を振り下ろす。
「グギャアアアアア」
ダイナの尻尾が根元から斬り落とされた。
咄嗟に咬みつきをやめたダイナは体を反転させて尻尾を犠牲にしたのだ。
雨かと錯覚するほど大量の血が噴き出る。
それでもダイナは倒れなかった。
「ちっ。だが、尻尾がなかったらバランスも取りずれぇだろ」
アマンが剣を空振りし血を払い、距離をとったダイナへと血溜まりの中を進む。
エントランスの真ん中程まで来たアマンが剣を前に向けた瞬間――、
「次で終わらせてやぶべふぉっ!」
屋敷のエントランスを華やかに彩るはずの巨大なシャンデリアに押しつぶされた。
「よしっ!」
ずっと狙っていた攻撃が当たった事に内心喜んでいると、大量の埃と激しい音が波のように押し寄せ、屋敷の中にいる全員にぶつかる。
「クソがっ! ふざけた真似をしやがって!」
あんなシャンデリアを直撃したのにアマンは血も出していなかった。
すぐさま立ち上がったアマンの怒りに応えるように、全身から滲み出た黒い靄が奴を包み込む。
「てめぇら! 全員! ぶっ殺して――や――る?」
だがもうその時には怒りに歪んだアマンの首が叫びながらも宙を飛んでいた。
「殺すのは、フラフィー」
血で滴るククリナイフを振り切った小学生高学年程までに成長したフラフィーが、透き通る白い肌のまるで人と同じ形をした手で顔に飛び散った血を拭う。
俺はこの戦いの勝利を確信した。
白に160ポイントまで振られたフラフィーの成長画面が表示されるスマホを手に持って。
第二章のメインキャラ、フラフィーです。幼女で始まり幼女に終わる。