前世、わたしは騎士であったか
あずまやでは、仏頂面の魔導士に、華やかに笑う女性がめげることなく一生懸命話しかけていた。
一気に脱力感を覚え、騎士に取り次ぎを頼む。
「姫。城に常駐なさっている神官殿がいらしています」
「あら! はじめまして!」
元気よく立ち上がり、ドレスの裾を摘まんだ娘が丁寧にお辞儀をする。
ミルクにはちみつを溶かしこんだような淡く艶やかな金の髪。磨かれた銀食器のようにはっきりとしたシルバーの瞳が、人懐こそうにロメリーに笑いかけている。あまり見かけない頬のえくぼに、愛嬌がたっぷり詰まっていた。
「このたびレントレイドの城を預かることになりました、国王が第十三子リリアンと申します。領地は下拝されておりませんので姓も肩書きもございませんが、この城はきっと私が守り通します」
貴人であれば姓の他にも領地の名や爵位をつけて自己紹介するのだが、彼女は王族といえど権力は持ち得ず、逆に言えば王の子というただそれだけの娘だった。国には全部で十六の王子と王女がいるので、仕方ないのかもしれない。
ロメリーは活発そうな彼女に安堵して、こちらも頭を下げた。騎士や使用人とは違い、神官の長は教会の総本山に存在するので、王族の前にひざまずく必要はなかった。
「はじめまして、王女。わたしはロメリーと申します。神官ゆえわたしも姓を持ち得ませんのでご了承くださいませ」
「このあたりでは神官はあなただけと聞いたわ。あなたと私、きっと仲良くなれる。よろしくね、ロメリー」
「はい、王女」
リリアンは楽しげに両手をぱちりと打って、お茶にしましょうと言った。城主代行とはいえ、来た初日からくつろいだ様子を見せる彼女に、ロメリーは感心しきりだ。魔導士とは大違いの人当たりのよさ、加えて気詰まりを感じさせずにぽんぽんと話を投げてくる賢さ。
魔導士とて賢さでは国一番、魔法の腕前はそれこそ世界一といっても過言ではないが、彼にこの明るさを求めてはならない。
ロメリーは城に来た当初、視線さえ投げ掛けてもらえず、挨拶が返ってくるようになるまで約半年もかかった。今でこそお茶もごはんもおとなしく食べてくれるが、以前はロメリーが手ずから淹れたものやいたずらしたものには一切手を触れなかったし、そもそも部屋に入れてもくれなかった。
口では言わないが負けず嫌いなところのあるロメリーは意地になってこの一年を過ごしてきた。その甲斐あってか、警戒心の強い野良猫を懐柔することにはひとまず成功したが……。
「魔導士。いかがなさったのですか」
魔導士の様子がおかしい、と知らされていたので、何かとんでもない態度をとっているものと思い込んでいた。けれども彼は天変地異が起きてにこやかにしているわけではなく、いつも通り考え込むようにじっと座っているだけだった。確かにちょっといつもよりぶすっとしている感じはするが。
「なんでもない」
返事もそっけない。ますます機嫌の悪い日そのものだ。こんなのは慣れっこなのに、いったい城のみんなは何を騒いでいたというのだろう。
いやしかし、来客があってこの態度というのも失礼だ。さっき機嫌が直ったばかりだというのに、何がきっかけで鬱々しい気分がぶり返したのだろう。元気なリリアンがまぶしくて己の暗さに嫌気でも差したのだろうか。めんどくさい。
「魔導士は今朝からあまり体調が優れないようで、王女にはわたしからご無礼を謝罪させていただきます」
「あらっ、体調が悪かったの? 私ったらガンガンおしゃべりしてしまって、申し訳なかったわ」
彼の愛想のない態度は気にならなかったようだ。ありがたいことに心配までしてくれた王女に、魔導士は終始丁寧ではあるもののぶっきらぼうな返事ばかりしていた。
「俺……いや、私のことはおかまいなく。それよりも引き継ぎは明日からでよろしいでしょうか。本日はもうお部屋でお休みください。長旅の疲れが溜まっておられるでしょうから、晩餐会は少し早めに」
「そうね。私、早くみなさんと顔を合わせておきたいわ。疲れなんてちっとも感じないから、引き継ぎは今からでも問題ないけれど」
「そういうわけにはいきません。……では私は、準備がありますのでこれで」
魔導士にいったいなんの準備が要るというのか。
晩餐会の采配はすでに終えているくせに、いい加減なことを言い置いて逃げる気だ。
王女の手前、あからさまに引き留めては失礼だと考えた一瞬の隙を突いて、彼はまんまと逃げおおせた。
「あの魔導士はなかなかクールね」
王女が楽しげに笑って言ってくれたのが、かえって申し訳なかった。
王女リリアンが城主代行に着任した翌日、驚いたことに魔導士は早朝から起き出して彼女に託すべき城主の仕事の引き継ぎを始めていた。
しかし、昨夜は晩餐会を終えてからも長々と机に向かっていたので顔色が悪い。適度に日焼けしていた頬は青白く、明らかに寝不足の様子だった。
朝食の席に呼ばれれば応じるものの、口に運んだ料理は少ない。王女が近くにいればかろうじて人並みに振る舞うが、彼女が席を外したとたんに表情を曇らせ、じっとして動かなくなる。
中庭の小川で午後の休憩をとっている王女を、魔導士が遠目に見守っているのを見かけたときには、間者でも潜り込んだかというくらい熱心に彼女を凝視していたのでかなり驚いた。
あまり近づきたがらないわりに、気になってはいるらしい。
まるで好きな子に近づけない不器用な朴念仁みたいだ。みたい、ではなくて本当にそうだったらどうしようと思わないでもないが、まあたぶんそれはないだろう。
きっと、魔導士は王女と関わりたくないと思っている。理由はわからないが、間違いない。やはり彼女の活発さにあてられてじぶんの積極性のなさが浮き彫りになるせいだろうか。劣等感を抱いているならかわいいものだけれども、たぶんその可能性もなさそうだ。
王女が来てからというもの、魔導士の夜更かしが過ぎて、お茶を乞われる回数が増えた。眠いならお茶でごまかさずに寝ればいいものを、睡眠時間さえ惜しいとばかりに仕事に打ち込む姿はいっそ痛々しい。
とはいえ、仕事をしていないときの彼はまともに返事もせずに物思いにふけるので、好きにさせておくことにしていた。少なくとも、お茶がほしいと声をあげてくる程度には、仕事中のほうが周りが見えている。
そんなこんなで、以前よりも手のかかる男となってしまった魔導士の世話のせいで、なかなかカーリー・リヴリンの告白を腰を据えて聞くことができずにいた。
やや遅い時間ではあったが、昼間は彼女にも仕事がある。五日経ってようやく、夜更けに彼女を部屋に招くことになった。
リヴリンは城主代行就任初日のことを、こう語る。
「私、なぜだか動悸がしたのです」
「王女とお会いしたときですか?」
「そうです。何か見過ごせない、大きな問題を抱えたかのように胸が騒いだのです。魔導士ももしや同じお気持ちだったのではないかと、今では思います」
「魔導士の愛想のない態度についてはいつものことでは。あの日は特にひどかったようですが」
「いいえ、いいえ、ロメリー様。あの日、初めてお会いしたはずの王女に、魔導士はなりふりかまわず駆け寄っていらしたのです」
「なんですって?」
初日の詳細が、リヴリンによってようやく明らかとなった。魔導士は、まるで生き別れた兄弟や恋人に再会したかのような様子だったという。自制したのか王女に触れることこそなかったが、触れてはならぬと自戒したような素振りがあったあとから、態度が硬化したのだとリヴリンは言う。
あの朴念仁にまさかそこまでのことをさせるとは。あの王女に彼は何を感じたのだろう。長いときを生きる彼のことだ、ロメリーが城へ住み込むより以前に何かしらの出来事があったに違いない。けれども王女のほうには彼に対する特別な思いは感じられなかった。
もしや、一方的な片思いか?
ぼけっとしたあの男が?
恋愛の機微になど通じてなさそうな仏頂面なのに?
まさかそんなわけが。
「魔導士が何を感じたのかは存じ上げませんが、私は焦燥のようなものを感じました」
「というと?」
「私は最近、楽しい夢を見ます」
「え? ええ、それはいいことですね?」
ロメリーは首をかしげて、手元のティーカップを手のひらでもてあそんだ。お茶菓子を用意したがリヴリンが手を伸ばすことはなく、質素なロメリーの私室にはいつまでも甘い焼き菓子の匂いが漂っている。
「夢の中の私はそれはもう陽気な人物で、いっそ大胆なのです」
「夢の中ならできることも、あると思いますよ。普段は自制していることを夢の中でやってみているのではありませんか?」
「どうなのでしょう。けれども、目覚めたときの虚しさは、惨めに思えるほどなのです。起きているときの私は、ただの地味な女。自覚があるのですから、慰めは不要です。私は王女のように明るく振る舞えない、つまらぬ根暗なのです」
前向きとは言いがたいリヴリンの性格をロメリーも理解している。彼女はときに卑屈だ。しかも謙遜ではなく本気でそう思っているふうだから返す言葉に困った。
神官としてなら月並みに励ますことはできる。けれどもロメリーという女としての言葉を告げようとすると、うまくいかない。
「そしてあの日、王女にはじめてお目にかかったとき、私は夢を見ているような心地だったのです」
「夢? ですか? それは光栄であるという意味ではなく?」
「いいえ、比喩ではありません。王族の方とお会いできて夢のようだ、と申し上げているのではないのです。それは眠って見る夢のことで、夢の中の陽気な私があのときあそこにいたような気がするのです。夢を見たまま現実に戻ってきたような……夢が現実になったような、そんな感覚です。不自然でもなんでもなく、私はあのとき一瞬だけ、ごく自然に夢の中の私として王女と対面いたしました」
リヴリンはそのときから夢がひどくなったと訴えた。
「紅茶をいれる手が震えて仕方がありませんでした。使用人が王女と目を合わせるものではないと教えられていたのが、こんなにも幸いしたのははじめてです。本当はこのことだけをご相談したかったのですけれど、あの日から日中にも夢を見るようになってしまって」
「居眠りをしているのですか?」
「いいえ、そんなつもりはありません!」
リヴリンは憤慨したように答えた。
「シーツを抱えて歩きながら眠れるのなら、苦労はしません。疲れなど溜まるはずもないとお思いになりませんか」
「そうですね、その通りです。では、無意識に眠りに落ちるということですか?」
「さあ、どうなのでしょう。白昼夢というのか、幻影というのか……。たまに、ふっと景色がゆらいで、おぼろげになって、そこを見覚えのあるひとが歩いていくのです。あれはきっと夢の中の私だと思うのですが」
世の中には不思議な現象がいくつも存在する。霊的なものから、呪いを受けたとしか考えられない奇形の生き物、または魔法の派生と思われるような特異な能力まで、語って聞かせるのに十分な逸話が各地に残されている。
だからたいていの神官は、どんなに突拍子のない話でもうんうんとうなずいて聞く。
「そのひとは、ただ歩いていくだけなのですか?」
「そういうときもあれば、おぼろな白い影の中で誰かと酒を酌み交わすこともあります。けれども多くは、足早に歩き去るのです。とても私では追い付けないほどに、速く」
夢占いのようなことは神官も心得がある。ただ、得意不得意はあって、ロメリーの場合は辞典がなければ占いの類は難しかった。そしてその辞典は神官だけが所持できる非公開の書物なので、旅のあいだは教会の総本山に預けておかねばならない。
「そうですか。詳しいことはわかりかねるので、同僚に手紙を出してみましょう。彼ならば占いは得意ですからきっと良い助言を授けてくださるはずです」
「ああ、最初にここへいらしたとき、ロメリー様と一緒にいた方ですね」
ロメリーはうなずき、二年ほど旅路を共にした相棒を思い浮かべた。勤勉で敬虔な彼は、少し離れた別の城に滞在している。同じ領地内なので、行き来するのには四日で済む。手紙なら五日もあれば戻ってくるだろう。
「ぜひよろしくお願いいたします。何かやらねばならないことがあるのではないかと、ずっと落ち着かない気分なのです」
「大丈夫。もしも王女に関係することならば、わたしもお手伝いいたしますから。あの方はこの城を守るとおっしゃいました。だからわたしたちも、誠心誠意あの方をお守りして差し上げなくては」
「そう、ですね……」
言われてはじめて気付いた、というように彼女はゆっくりとうなずいた。
「きっと、そうです。私は、あの方をお守りしなくてはいけないのです、何があっても」
珍しく熱心な口調でリヴリンが言う。
どちらかというとロメリーもリヴリンも冷めた部類の人間だ。年相応にはしゃぐということもなかったのだが、王女の登場で良くも悪くも固まった地盤が揺らぎ始めている気がした。
「第十三王女リリアン様。これからはあの方が、私たちの主人となってくださるのですね」
リヴリンは噛み締めるようにそう言った。
神官として長く過ごしてきたロメリーには実感がわかないが、主人がいるという状態は使命感を帯びるものなのだろうか。
このひとを守る。
このひとのために働く。
そういう思いが、使用人たちにはあるのかもしれない。
じぶんが比較的裕福な家に生まれたからだろう。
ロメリーは、その感情を向けられる側として従順な使用人の姿を「懐かしいな」と思った。
リヴリンの話を聞いた夜、ロメリーは夢を見た。
赤い巻き毛の娘が、騎士の制服を着て剣をふるっていた。あれは間違いなくカーリー・リヴリンだったが、体型が少しがっしりしているように見える。腕にも足にも筋肉がついて張りがある。振り下ろした剣の威力は男性騎士にも劣らない。
彼女の相手をしているのは同じく騎士の男で、ふたりとも灰色の上着を着ていた。詰め襟のその上着は配属先によって配色や飾りが異なり、金のラインが入っているのは総じて王族の近衛騎士である証だ。レントレイドの城の騎士も、城主代行が入城したことによって上着が新調された。
今、城で使われている上着は、まさしくカーリー・リヴリンが着ている騎士服と同じだった。
リヴリンの不思議な話を聞いて、どうやらロメリーも影響を受けたようだ。自覚はなかったが、よほど衝撃的だったのだろうか。
夢の中のカーリー・リヴリンは剣を打ち合うたびに、彼女らしからぬ威勢のいい声をあげていた。対峙する同僚は困ったように、けれども押し負けることもなく彼女の剣を弾いている。
「まだやるんですか」
相手が疲れたように言うと、彼女はつまらなそうに唇を尖らせた。
「あんたは根性がねぇのよ。そんなんでほんとにタマついてんのか、おい?」
「仮にも女性がなんてことを言うんだ……」
疲労感を滲ませて彼が強く剣を払う。
耳障りな金属音がして、カーリー・リヴリンの剣が石畳に叩きつけられた。整えられた木々や花壇に取り囲まれた、中庭の一画でのひと勝負。勝ったのはあまり乗り気ではない彼のほうだった。
「君は直線的すぎる。もう少ししなやかな動きを意識したほうがいいと思うよ」
「猫みたいな?」
「近い」
「では王女のお部屋に行ってこよう。猫様に御指南いただいてくる」
「ああ、そうしたほうがよさそうだ」
ふたりは笑いながら肘をぶつけあい、その場を離れた。
カーリー・リヴリンは女性らしさを丸めてごみに捨てたような豪胆な娘だった。中庭を突っ切りつつ、ひとりであるのをいいことに口笛を吹いて軽やかに跳び跳ねている。確かに陽気だ、とロメリーは半ば呆れて彼女を見守った。
リヴリンは、本当は夢の中のカーリー・リヴリンのように振る舞いたいのだろうか。
「失礼いたします、王女。猫様はご在室でしょうか!」
宣言通り王女の部屋へ突撃していったカーリー・リヴリンは、壁一面に貼り付けられた鏡に映る王女へおどけた一礼をした。部屋にいた侍女たちはくすりと笑い、またこのひとだよ、と言いたげに目配せしている。
髪を結い上げてもらっている最中だった王女は、鏡越しにカーリー・リヴリンを見やった。
「猫がどうかしたのか?」
「猫様のしなやかさを学べと相棒が言うので!」
「それはいい。だが残念なことに猫は今どこかへ出掛けているんだ。どうもわたしが魔法を使うのが怖いらしい」
「そりゃあ、私だって王女の魔法は怖いですよ」
軽口を叩くカーリー・リヴリンを、年配の侍女がたしなめる。
「お怒りにならないでください。怖いものは怖いんですから」
「最初に暴発させたとき、確かおまえが被害を受けたんだったか」
「ええそうです。ぽんぽんタンスが飛んでくるのを必死に避けたあのスリル。たまりませんね」
「大事なくてなによりじゃないか」
「怪我はしませんでしたけどね。しばらくタンスに潰される夢を見るはめになりましたよ」
「悪かった。けれど、失敗なくして成長することはないと魔導士がおっしゃっていたぞ」
カーリー・リヴリンは三回うなずいた。霞がかって見える王女の髪に、ベルベットのリボンが結ばれた。やたらと目につく鮮やかなリボンの色が、王女の容姿をかすませている。
「ええそうでしょうね。最近はめっきりタンスが飛んでこなくて身体が鈍りそうです」
「つまりわたしも成長しているということだな」
王女の髪から手を離した侍女が、肩をすくめながら「王女が自らなさる必要はないでしょうに」とため息混じりに言った。
王族は帝王学を、軍人は武力を、魔導士は魔法を、それぞれ修めるべきだと周囲は説く。けれども王女は、武力も魔法も、他人にさせておくだけのものにはしたくなかった。特に魔法は、彼女にとって未知なるものであり、探求するに値する能力だった。
ロメリーには、王女の気持ちが手に取るようにわかる。おそらく侍女たちにも、カーリー・リヴリンにも、わかったのだと思う。
「わたしはもっと学びたい。魔法にも武術にも興味があるんだ。ひとがやっているのをただ見ているなんて、もったいないじゃないか」
そう思わないか? と無邪気に笑う王女を、その場にいる誰もが諌められなかった。
「王女、好奇心は九つの魂を持つ猫さえも殺すのですよ」
「……ああ、魔導士――」
部屋の戸口に現れて、さらりと忠告をした黒い魔導士の他には、誰も。
目が覚めて、ロメリーはしばらくぼんやりしていた。
カーリー・リヴリンの深層心理を勝手に覗いてしまったような罪悪感が胸を渦巻く。
彼女の他の登場人物たちは、おそらくロメリーの記憶から構築されたのだろう。王女はリリアン王女と同じ金髪だったように思うし、侍女は城の使用人たちの誰かで、魔導士はアンセル・アルフリークで、カーリー・リヴリンの相棒はこないだ出会った盗賊の青年に似ていた気がする。
これがもしも、まったく見覚えのない人物たちの日常の一幕だったなら、ロメリーは異世界の存在を感じただろうと思う。過去や未来、あるいは平行世界。そんなものの存在を、信じてみる気になったかもしれない。
けれども夢は夢だった。見たことのないものを夢で見たと思っても、思い出せないだけで一度は確かに目にしたことがあるはずなのだと位の高い神官は言っていた。ということは、不完全とはいえ既視感のあるひとびとが集っている時点でそれは限りなくただの夢なのだ。
何かの暗示、という可能性は大いにあるとしても、その夢の登場人物たちが現実に現れることはまずない。あれは幻想だ。カーリー・リヴリンの言動によって引き起こされた、ロメリーの夢。願望ですらない。
もしかしたら、近い将来、カーリー・リヴリンに転機が訪れて陽気な娘になるのかもしれない。そういう暗示なのではないか、とロメリーは夢占いを苦手としながらもけっこう本気で思った。




