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06

 このソファには初めて座ったというより寝転がったが、ベッドまでとはいかずともふわふわで気持ちがいい。

 うとうとしているが寝ないと負けじと目を開けていたがまぶたが重くなってきた。

 寝る前に風呂に入りたいのに、体が鉛のように重たい。動けない。

 ついに目を開けてられなくなり、目を閉じる。


「仕方ない人ですね」


 声が聞こえたかと思ったら、ソファがギシッと音を立てる。少しだけソファが沈んだ感触を感じた。

 何だろうと思うがまぶたが開かない。眠くてそのまま眠ってしまいたい。

 ふと頬を何かが触った。優しい触り方だったと思う。

 今度は頬ではなく耳に何かが当たる。息をする音がすぐ近くから聞こえた。それがくすぐったい。


「起きないとそのままお湯に放り投げますよ」

「ん……ん?」

「さて、どうやら起きないようなので投げますか」

「……ちょっと待って」


 不吉な言葉が耳元で聞こえた。バッと勢いよく目を開ける。

 目を開けて初めて目に付いたのは金色の髪だ。意味が分からず手で触って見るとさらさらとした触り心地だった。

 この触り心地は素晴らしいと思っていると、髪の持ち主は顔を上げた。私の耳元に唇を寄せていた人は顔を上げたのだ。


「なっ、なんでいるの!」

「なんでって酷いですね。貴女が起きないのが悪いのですけど」


 どうして僕がそんなことを言われないといけないのですか、と呟きながらソファから降りる。私を見下ろし、レオンはふふっと微笑んだ。


「いい眺めですね」

「はっ?」


 レオンは私の顔なんか見ていない。見下ろしながら全身を見つめていた。

 それに習うようにソファに座り、自分の姿を見下ろした。鬼ごっこの所為で服は所々裂けていて、一番ひどかった足の傷は治ったがその他の傷は治ってないので傷だらけだ。

 服が裂けた所からは肌が露出している。見られたくない所はギリギリ隠されていたが、見方を変えると見えるぐらいギリギリだ。


「やっ、見ないで!」

「見たくて見た訳ではないのですがね」

「なら、見ないでよ」

「貴女が僕に見て欲しいと言っているのかと思いまして」

「言ってないから」


 見えないように手で隠しながらレオンを睨むがきっと顔は赤くなっているだろう。それは恥ずかしさと怒りの気持ちが混じって赤くなっている。

 顔に笑みを張り付けているレオンはある扉を指差した。そこは脱衣所へ続く扉だ。


「入ってきたらどうですか?」

「また熱すぎるものじゃないよね?」

「貴女が望むのなら、そうします」

「しなくていいから!」


 扉に近付くレオンを制して、私がその扉の前まで来た。

 彼は「ごゆっくり」と言っていたので私は風呂に入る選択肢しか残っていない。入りたかったからいいのだけど。

 脱衣所に入ると小さなテーブルの上に服が乗っていた。今着ている服みたいのではなく、柔らかい素材のワンピースみたいなものだ。寝るためには快適だと思う。

 風呂場は朝見た時と同じだ。真ん中にある浴槽にそっと手を入れてみる。前は熱すぎたので本当にそっとだ。


「あ、普通」


 熱すぎるのでもなく、ぬるすぎるのでもない。丁度いい温度だ。

 単純と言われようとも私はそれが嬉しくなる。だが、それがレオンの作戦だったらと思うと苛つく。それでも嬉しかったと素直に思うことにした。

 お湯を頭からかぶり、体を洗っていく。傷口が染みたが風呂に入れるのなら我慢出来るぐらいだ。

 やっと浴槽に全身を浸かることができ、ホッと息を吐いた。


 しばらく風呂に入り、体を拭く。ワンピースみたいな服に着替え、部屋へと戻っていく。

 部屋にはいると思っていたレオンはいなかった。いないならいないでいいのだが、初めて一人でこの広い部屋にいるなと思った。

 広い部屋にはいくつかの扉があり、一つの家みたいだ。風呂場もトイレも寝室も揃っている。

 流石に台所はないだろうなとまだ開けてない扉を開けて、すぐ閉じた。

 ふぅと扉の前で息を吐いていたら反対側から扉が開いた。


「もう上がってきたのですか」

「上がったけど…なにしてるの」

「見て分からないのですか?」

「いや、分かるけど分かりたくないような…?」


 流石に台所はないと思っていたのに、思っていたのに、まさかあるなんて思いもしなかった。

 しかも台所の近くには大きな箱がある。箱の蓋は閉じられているが、蓋の上に食材が乗っていた。まさかあそこが冷蔵庫とは言わないだろう、きっと。

 また改めて台所を見る。台所は当たり前だがコンロではなかった。どういう技術で火が出ているか気になって凝視する。


「これ、どうなっているの?」

「これは魔法です、正確に言うと一定の魔法を使える道具を使用しているのです。魔法道具で火を出し、調理をしているのですよ」

「そうなんだ」

「興味津々ですね。僕よりもそっちに興味を持たれるなんて」


 わざとらしく悲しむ素振りを見せるレオンに冷たい視線を向けつつ、ふとあることに気が付いた。


「貴方って第二王子なんでしょ?」

「えぇ、そうですよ」

「なら、なんでこんなことしているの?」

「あぁ…そのことですか」


 第二王子というならこんなことをしないのではないか。

 私のイメージの王子なら城で召使いなどに囲まれながら生活をしていると思った。それはレオンとは全く異なるイメージだ。

 第一にここは城ではない。城はここから遠くに見えたので。


「元々、ここには召使いと言われる者はいませんね」

「でも…」


 私がこっちに来た時にいた女性の方はどうなるのか。ここに住んでいないのか。

 よく考えたら、あれから一度もあの人達を見かけない。

 私の考えを読んだようにレオンは言葉を紡ぐ。


「あそこにいたのは巫女ですよ。神殿には巫女が付き物でしょう?」

「そうなの?」

「えぇ、そうです。それに僕は巫女達に嫌われてますから、僕の前では絶対に姿を現さないのです」


 レオンの言葉を反復するように「きらい?」と呟いた。にっこりと彼は笑い、頷く。


「僕が男だからです。本来、この神殿は男は立ち入り禁止なのですよ。男は野蛮な生き物らしいですからね」

「え、でも貴方は…」

「僕は特別ですから。特別といってもここで生活をするには一人で何でもしないといけません。それが楽だったりするのですがね」


 それだけを言い、レオンはさっきまで放置していた調理をし始めた。その手付きは慣れたもので、軽々と料理を作っていく。

 何となく落ち着かなくて、自分でも出来ることを探す。それに気付いたレオンが「それ切って下さい」と指示をしたので言われた通りに切っていく。

 私も料理に関しては出来る自信はあった。あったのだが、レオンの手付きを見ると自信を無くす。


「貴方って何でも出来るんだ…」

「出来ませんよ、何でもは…そこまで器用ではありませんから」

「…貴方が出来ないことを逆に知りたい」

「おや、僕に興味を持たれたのですか?」

「……やっぱり、いい」


 ふふっと笑いを漏らし、それは残念ですと私の耳元で囁くように呟いた。呟かれた瞬間に刃物を持ってない方の手でレオンを殴ったのは仕方ないことだと思う。


 料理を大概がレオンが作り、出来上がった。当たり前だと思うがレオンが作った料理は今まで店で食べた料理より美味しくて悔しかった。

 ついでに台所の近くにあった大きな箱はやっぱり冷蔵庫だった。それも魔法道具で常に冷やしているらしい。

 片付けは私がやると言ったが、レオンはそれを嫌みで却下し、結局は二人で片付けることになってしまった。


 今はふかふかなソファに座り、暗くなった外の景色を窓から見つめていた。

 部屋は魔法道具で灯りを灯していているのに対して、外は月の光が辺りを照らしていた。窓から見える森だけは深く暗い。


「あまり窓に近付かない方がいいですよ」

「なんで?」

「夜は物騒ですから。魔物が窓に突撃してきますよ?」


 その言葉に勢いよく窓から距離を取る。

 ドンッと大きな音が聞こえ、ビクッと体が反応しながらレオンの方へ行く。レオンと距離を取っていたのも忘れて、彼の方へと行った。

 近くに来た時に分かった。レオンは必死に笑いを堪えていることに。


「冗談ですよ。それに風の音で驚くなんて…」

「…えっ、あれ風の音なの?」

「そうですよ。今日は風が強いですから、窓に風が当たったらあんな音になります」


 冗談を言われ、騙されたことよりも風の音があんなに凄い音だということの方が驚いた。もう、窓が割れるのではないかと思うほど大きかったというのに。


「それにしても、貴女の方から僕に近付いてくれるなんて嬉しいものですね」

「ち、ちがう。貴方の方が安全だと思っただけ」

「安全、ですか。ふふっ、僕が安全だと言ったのは貴女が初めてですよ」


 口角を上げるだけの笑みを浮かべるレオンに首を傾げた。

 レオンは安全ではないのか。確かに危険なことをされた気がするが、まだ出会ったことのない魔族や魔物よりはレオンの方が安全だと思う。

 うーんと考えていると、眠くなってくる。夕方は寝れなかったので、もう眠い。


「もう、ねむい…」

「貴女は眠くなると素直なのですね」


 ふと肩に感じるぬくもりに身をゆだねると耳たぶを刺激するような笑い声が聞こえた。

 そのまま全身の浮遊感と共に私はまぶたを完全に閉じた。


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