07
肌触りがよくてふかふかしている感触の他に何か温かいぬくもりが全身を包んでいる。どうしようもなく気になり、深い眠りから目を覚ました。
一番最初に目に付いたものは金色のさらさらしたものだ。手で肌触りを確かめてみるが、見た目通りさらさらしている。
前にもこんなことあったなと思うが未だに眠っている思考では思い出せない。
それよりもここはどこなのだろうと金色の何かを触りながら、辺りを見回した。
やけに豪華な部屋だ。それに私が寝ているベッドも上等なものだと思う。
「…ん、ここって」
見覚えのある部屋もとい寝室。金色のさらさらした何かにも見覚えがある。
今更だが、体が動かない。動かせるのは顔と手だけだ。
私は手を使って金色の何かを引っ張った。私を包み込んでいたぬくもりはもぞっと動いた。
何か嫌な予感がして、恐る恐るぬくもりがある隣へと顔を向かせた。そして、隣を視界に入れた瞬間に手でぬくもりを押す。
「なっっ」
じたばたと彼の腕から逃げ出そうと手を使い、動かない全身の力を振り絞る。それでも腕からは逃げれない。
彼、レオンはどうしてここにいるのか。どうしてここで寝ているのか。そして、なぜ私を抱き締めているのか。全くもって意味が分からない。
抵抗していたが、ほどなくして疲れ始めた。逃げれないなら抵抗しても意味がない。そう思うことにした。
「それにしても…」
レオンの顔にかかっている髪を払う。やけに整いすぎる顔が現れた。
いつも嫌みしか言わない彼だが、顔立ちは甘さを含んでいる。本当に勿体無い。今のように口を開かずに眠っていたら格好いいのに。
きっと口を開かなかったらモテていたのだろう。いや、今でもモテているのだろうか。他の人から見たレオンというのは分からないので何とも言えない。
ジッと観察するようにレオンを見ていたら、ゆっくりと彼の瞳が開いた。透き通る綺麗な蒼の瞳は私を映し出して目元を和らげた。
「おはようございます」
「あ、うん。おはよう…じゃない」
「どうかされたのですか?」
「なんで、貴方がここにいるの!」
あまりにも普通に朝の挨拶をするから一瞬でも流されてしまった。
レオンは私を片手で抱き締めながらにっこりと微笑む。もう片手は彼を押しやろうとしていた私の手を抑えるために使っている。
両手を片手だけで抑え込まれた私は何も出来ずにキッとレオンを睨み付けた。それさえも楽しそうに彼は笑う。
「貴方が起こしに来ても起きないのが悪いのですよ?」
「そ、それにしたって一緒に寝るってなんなのよ」
「大丈夫です。僕は貴方のことを女性として見てませんから」
「…女性じゃなくて悪かったですね!」
もういいと思い、プイッと視線を逸らす。レオンは声を微かに漏らしながら笑っているが知らないふりだ。
レオンは20代前半に見えるような容姿をしている。実際は何歳か知らないが私とさほど変わらないと思う。
それなのに私は女性に見えないらしい。確かに身長は158センチという高さだが、これは平均的な高さだ。レオンが高すぎるだけなんだ。因みにレオンは180ぐらいはありそうだ。
「嘘です。勇者様は凄く可愛らしいと思いますよ」
「……そっちの方が嘘に聞こえる」
「あれ、分かりましたか?」
惚けながら私を離して、レオンはベッドから降りる。衣類の乱れを整えた。
やっと解放されたことで私はベッドの上でのびのびと背伸びをする。どのくらい拘束されていたのかは分からないが、所々が凝っている気がした。
ふぅと息を吐き出しつつ、ベッドの端に座る。
「そういえば、貴方は私がこっちに来た時に言った可愛いって嘘でしょ?」
「そうですね、嘘です。貴女はちょろ…単純そうでしたので可愛いと囁いたら勇者という事実を受け入れて下さると思ってしまいまして」
「……最低」
冷たい視線でレオンを見るが彼自身はいつもの笑みを崩してはいない。
この笑みが崩れる瞬間を見てみたいと正直に思う。だが、果たして笑みが崩れる時はあるのだろうか。
「勇者様、どうかなされましたか?」
「どうもしてない。それと勇者って言うのやめて」
「貴女が召喚されたので、貴女が勇者です。例え、貴女が何も出来なくても勇者を演じて貰います。そうしなければ…」
「そうしないと?」
「貴女、多分ですが…殺されますよ?」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
殺されるとはどういうことだっただろうか。それに殺されるとは誰に誰が殺されるのか。
目の前の男は未だに微笑みを絶やさない。
「勇者召喚を行って、召喚されたのが普通の少女。それは国の恥ではないですか」
「でも……でも、貴方は私を」
「えぇ、僕は貴女を生かしてます。剣も教え、魔法も使えるようになれば、勇者を演じられるでしょう?」
今はまだ召喚が成功したとは報告してないので、貴女の存在は知られてないのです。レオンは楽しそうに言葉を紡ぐ。
何が楽しいのか、私には理解出来ない。いや、理解出来なくていいんだ。
服をギュッと握り締め、俯く。目の前のレオンを見たくなかったんだ。
ベッドの端に座り、服を握り締め、俯く私はレオンの瞳にどのよう映っているのか。それを見たくなかった。きっと酷い顔をしている。
「死ぬのが怖いですか?」
当たり前だ。怖い。怖いに決まっている。
死んだ後に何があるというのか。先に死んだ両親に会えるというのか。それは魅力的なことだが、私は会えないと知っている。会えるわけがないんだ。
死んだら、何も残らないんだ。
「死にたくないのなら、貴女は生きる術を知り、勇者を演じなさい。大丈夫ですよ、僕が貴女を殺させない」
「……っ」
「大丈夫ですから、怖がらないで下さい」
震え始めた私の体を包み込むようにレオンは己の腕で抱き締める。抱き締めたうえに、私を安心させるために背中を撫でた。
レオンのぬくもりに安心を覚えつつ、自分のではなく彼の服をギュッと握り締める。そうすれば、なぜかレオンは自虐的に笑った気がした。
「……貴女にしてみたら、僕は安全らしいのでしたね」
昨日の夜もそうだったが、どうしてレオンはこんなにも私が言った「安全」という言葉に突っかかるのか。そんなにも自分は安全でないと言いたいのか。
恐怖が和らいだ私はレオンの顔を覗き込んだ。一瞬だけ驚いた表情を見せた後、すぐに笑みを浮かべる。
「もう平気なのですか?」
「うん…死ぬのは怖いけど、貴方の方が気になって」
「やっぱり、貴女は僕に興味を持たれたのですか。あんなに興味は持たないと言っていらしたのに」
抱き締めていた私を離し、レオンは「単純ですね」と呟いた。その言葉にキッと睨み付けたが、彼はいつもより嬉しそうに微笑んでいた気がしたので睨み付けるのを止めた。代わりにそっとため息を吐き出すのだった。
レオンが寝室から出て行き、その時に彼から渡された服に着替える。昨日着た服と同じような服だ。
着替えて寝室から出て行くと、ソファに座ったレオンが真剣な顔立ちで紙を見つめていた。
珍しいと思い、見つめていると視線に気付いたレオンが紙から私に視線を向ける。
「僕は今から城に戻らなければなりません。貴女はこの神殿の中で大人しくしていて下さい」
「えっ、どういうこと?」
ソファから立ち上がったレオンはもう一度だけ紙に視線を向け、深くため息を吐いた。手に持っていた紙をひらひらと振る。
「どうやら城の近くの森で魔物が大量発生をしたみたいです。なので帰って来いという手紙ですよ」
「でも、貴方がわざわざ行かないといけないの?」
本人は一応と言ってもこの国の第二王子ではないのか。この神殿にいる時は自分で自分のことはやらないといけないらしいが、何も魔物退治までしなくてはいけないのか。
私の言いたいことが分かったのか、レオンは肩をすくめる。
「僕は強いですから」
「強いからって…魔物とか私は知らないけど、大量発生ってことは多いってことなんでしょ…いくら強くても」
「心配してくれるのですか?」
「……悪い?」
「いえ、心配されるのは嬉しいことなのですね。何も知らない貴女だから、僕は嬉しいのかもしれません」
いろいろと聞きたい言葉があったが、レオンは私に質問をさせないように頭を撫でた後に部屋を出て行ってしまった。
最後に「僕がいない時に森には入らないで下さい」と呟いてから、レオンは完全に部屋を後にした。




