9話 ママも赤ちゃんだったの? 解決編その2
〈ママも赤ちゃんだったの? 解決編その2〉
あたしは、確かに赤ちゃんだった記憶を持っていない。
赤ちゃん時代の写真は多分、今はもう消えてなくなっている実家の中にあっただろうし、思い出の品とか、証人になる両親も一緒に消えただろう。
頼れるものは自分のアドリブのみ。
今朝と何一つ変わらない手札しか持ってない。
ただ、しっかりと考えることしか出来ないようだ。
さて、記憶にないものごとは、全て人生から切り離してしまえるのだろうか?
そもそも記憶とはなんだろう?
脳みそが働いている間は寝ていてもずっと記憶を作ったり、整理したり。
あたし達の今現在も、過去の蓄積の先にどんどんと積み上げられているのだとすれば、私たちは記憶だけで生きているといえるのかもしれない。
あたしはそうは思わない。
ときどきあたしは、記憶に全くないはずの未来を夢で見ることがある。
便利なものじゃない。
どの程度先の未来なのか分からないし、ぼやけているので状況もつかめず、ほとんど忘れてしまう。
くだらない日常のことを証拠として挙げていくのはキリがなさそうなのでやめておく。
が、はっきりと未来だと言い切れるのは、あたしが縁緑さんと一緒に住んでいたとき、はっきりとグリちゃんの姿を夢で見たのだ。
記憶では説明のつかない経験だと思う。
もう一つ、記憶だけで人は生きているのではないと、はっきり言えそうなことを紹介したい。
それは、家族旅行で訪れたハワイでの思い出だ。
ビーチで眺めたサンセット。
そのとき、オレンジジュースよりももっとオレンジでジューシーさに溢れた太陽に包まれて、あたしはそのときだけ、全てを忘れた。
記憶はなくてはならないもののはずだ。
懐かしさも記憶を守るため、記憶の大切さを自覚させるためにありそうだ。
黒歴史とかいうやつも、ときどき頭に浮かんできてしまうのは、人間の生存本能で忘れてはいけないことを知らせてくれるのだ。
それすらも、全て忘れた。
そこには、太陽と溶け合うあたしだけだった。
上の文は比喩だが、太陽を見たときの記憶が全てごっそり消えてしまったのは比喩じゃない。
記憶が生きたことを証明するのだとすれば、あたしはそのとき死んでしまったことになる。
が、今もこうして生きている。
日没を見たときに起こった全ての記憶が吹っ飛んでいったあと、日が落ちきったあとに、あたしの記憶は全部帰ってきた。
これが、あたしの体験した、全てを忘れた出来事だ。
あたしが、赤ちゃんだったことを証明するのに、この2つは使えると思う。
いや…そもそも、あたしは本当に赤ちゃんだったのだろうか?
記憶が生きることの全てだったら?
過去と現在と未来は繋がってなかったとしたら?
あたしは今日から人生が始まっていて、記憶は全部作られたものかもしれない。
昨日も今日も明日も独立しているのかも…
グリちゃんの、“昨日までの人生であったことを全部覚えている”という発言も、正しいのだろうか?
記憶は世界そのものじゃない。
記憶は脳の中で作られているものにすぎない。
そうか! うん? そうか? そうか…
あたしの考えている頭の中は、既にもう真実も見えなくなり混沌の中で混乱しているのがはっきりしている。
このままでは、答えが出ない。
苦しくなってきた。
でも、もっと苦しいのはグリちゃんだろう。
そうか!
グリちゃんが前を向いて、心を軽く出来る。
そんな答えを用意すればいい。
あたしにとっての正しさとは、娘を想う母親の正しさである。子供を育てる大人としての正しさである。
結局、簡単なスタンスに落ち着いた。
答えを出すというのは、物事を簡単に調理することに等しいと思う。
グリちゃんに抱きついていた手を放して、そのまま肩にてを滑らせて、顔と顔、目と目が合うようにした。
「あたしは今まで、自分が赤ちゃんだったのか、あたしの倒し方、ママとグリちゃんの関係について、母親とはどういう存在か、この全部を考えて答えを探していたわ。」
「うん。」
「ママは内省して、記憶も辿って、そして行き止まり、行き詰まった。」
「考えたこと全部が正しくて、全部が間違えている。そんな気がしたの。」
「じゃあ…ママは…コタえられない?」
「ママ自身もそう思ってしまった。質問に、特に答えのない質問に、あたしは対応出来ないって。でも、ここから、あたしは変わる。」
「約束した通りにね。」
「ママ。答えてください。」
「ママも赤ちゃんだったの?」
「母親とは、子供のために無限の可能性を持ち、赤ん坊もまた、親のために無限の可能性を持っている。」
「共通するのは、無限の可能性。逆転しているのは、子供のためと親のため。」
「あたしは、今、母親だ。子供のためなら無限の可能性を待つ。」
「赤ちゃんだった可能性だって。」
「そして、全部に完璧に答えられる!そんな可能性だって!」
「その質問への、あたしの解答。“無限の可能性”。だから、ママは赤ちゃんだったっていえる。グリちゃんも生まれ変わったばかりなら、赤ちゃん同然だもの。無限の可能性があるわ。」
グリちゃんは泣きだした。
「ワタチは、キになることゼンブがワかるとき、ワタチのミライをシってしまった。」
「ワタチに、カノーセイなんてなかった。」
「安心してね。そして、グリちゃんの見た未来は忘れちゃいなさい。」
「ママ。」
「なに?」
「ワタチタチはサイキョーだね。」




