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第7話 帰国したら金髪美女と毒舌式神が家で大ゲンカしていた

 甘さを抑えた新鮮なフルーツジュース、焼き加減が絶妙なスクランブルエッグ、均一なきつね色のトースト。


 ママの作る朝食しか勝てん、と真一はいつも思う。


「あなたのそのムダな乳タンクを脳みそと同じサイズにしてあげましょうか?」


 無邪鬼は、そう言うとしとやかにティーカップに口をつけた。


「なんだと! そのチンチクリンな体を二度と私の視界にあらわれないようにつぶされたいか?」


アンジェリーナが噛みついた。


「やれるものなら、やってみなさいよ。でも、その前にあなたの視界自体が無くなっているかもしれないわよ」


 アンジェリーナは手元にあったコーヒーを無邪鬼の頭の上からからたらした。


「あら、台所の流しじゃなかったのね。あなたが水道の蛇口に見えたから間違えちゃった」


 無邪鬼の体が小刻みに震えた。我慢しているのか、黙ってパンにバターをぬっている。それもたっぷりと。


 次の瞬間、たっぷりとぬられたパンはアンジェリーナの顔にへばりついた。


 パンがバターを残しながらずり落ちると、アンジェリーナは片足をテーブルに上げて叫んだ。


「何するんだ! やるのか?」


「今日こそはっきりケリをつけましょう」


 無邪鬼もにらみかえす。


 無邪鬼の指先に赤い火が灯った。火は次第に大きくなっていく。


 アンジェリーナの眼が白く変わり始める。周囲の空気が重くなった。


――また始まった――


 真一はトーストをくわえたまま、そっと椅子を引いた。巻き込まれてはいけない。三日間の経験がそう教えている。


 ガチャリ。


 玄関のドアが開く音がした。


 二人の動きが止まった。


 無邪鬼の指先の火が消える。アンジェリーナの眼が碧色に戻る。


 気づけば、二人はテーブルを挟んでおとなしく座っていた。無邪鬼は何事もなかったかのようにカップティーを飲み、アンジェリーナはパンを上品にちぎっている。


 二人の顔は、これ以上ないほどの作り笑顔で繕われていた。


「ただいま」


 優しい声が玄関から聞こえた。


 ママが買い物袋を両手に持って入ってきた。


「おはよう、アンジェリーナさんに無邪鬼ちゃん」


「おはようございます、先にいただいています」と二人声を合わせて言った。


 真一はトーストを飲み込み、心の中でつぶやいた。


――ママは偉大だ――


◇◆◇


 この状況を説明するには、四日前に遡らなければならない。


 夏休みが残り三日という日に、警察がアンジェリーナを連れてきた。


 警察はニューヨークの事件に真一とアンジェリーナが巻き込まれていること、彼女を保護するために日本に連れてきたことを説明し、ママに協力を求めた。


 もちろん、ママは断ったらしい。大事な息子を守るために、そんなことに関わりたくないはず。しかし、どれだけママが真一を守ろうとがんばってくれても、国家権力が相手ではどうしようもなかったようだ。


 その上、パパからの説得の電話もあり、ママも最後には折れるしかなかったみたいだ。


 その後、なぜか二人の警察官は青ざめて、逃げるように去って行った。


 結局、警備上の理由から一軒家を借り、真一とママとアンジェリーナの三人で引っ越すことになった。ママは真一を守るために、自分も行くと言って聞かなかった。


 実は、このアンジェリーナっていう女性には見覚えがある。


 そう、ニューヨークのホテルのバスルームで下着を洗っていたとき、天井から落ちてきた女性だ。その後の記憶はないが、たぶんそうだ。


 でも、そのことは黙っていることにした。違っていたら困るし、説明するのも面倒だから。


 翌日には祖父から小包が届いた。中には護符と手紙が入っていた。手紙には「おじいちゃんからの贈り物だ。封印を解いてやってくれ」と書かれてあった。


 真一が護符に印を結ぶと、煙とともに無邪鬼が現れた。


 五十センチの少女が、白いエプロンドレスに三つ編みの姿で真一を見上げ、微笑んだ。


――なんて、かわいいんだ――


 造型師のうるるが創ったフィギュアのようだった。


――あれ、でもどこかで見たような――


 その瞬間、キッチンからママの声がした。


「あら、可愛らしい。まるで真一のベッドの下のお人形さんみたいね」


 無邪鬼は振り返り、ママと目が合った。


 無邪鬼の体が硬直したように見えた。


 ママはいつものように優しく微笑んでいた。


 真一は、すべての思考が止まった。


――ママはベッドの下に隠してあったフィギュアを知っていた――


 こうして、真一、ママ、アンジェリーナ、無邪鬼の四人の同居生活が始まった。


◇◆◇


「いってきまーす」


 真一はリュックを肩にかけて席を立った。


 家の中を見渡すと、壁は穴だらけで、いたるところに焼け跡が残っている。ガラスはほとんど割れてしまっていた。すべて、あの二人の喧嘩の成果だ。はじめは仲裁もしていたが、巻き込まれてひどい目に遭ってからは関わらないようにした。


 だが、一つだけわかったことがある。ママの前では、二人とも猫のようにおとなしくなる。理由はわからない。でも、ママがいると家は平和だった。


 玄関で靴を履きながら、真一はふと思った。


――今日から二学期だ――


 今日から教室で三崎愛理を見ることができる。視界の隅に彼女がいるだけで、真一の世界は少しだけ明るくなる。


――早く会いたいな――


 そう思いながら、真一は家を出た。


 背中越しに、また二人の怒鳴り声が聞こえた。


 ママが出かけてしまったのだろう。


 真一は振り返らず、坂道を下った。

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