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第24話 おじいちゃんは命と引き換えにサタンの封印を張り直した

 京都駅から乗り換えた電車は、市街地を離れると田園と山の間を縫うように走った。


 真一の前に座ったアンジェリーナは、京都が初めてのはずなのに、懐かしそうに風景を眺めている。


 真一は窓の外を眺めているようで、ほとんど窓に映ったアンジェリーナの顔を見ていた。


 アンジェリーナの横にはママが眠っている。その膝の上で無邪鬼も丸くなって眠っていた。


 昨日、晩ご飯を食べた後だった。いきなりママが京都のおじいちゃんのところに行くよと言い出した。


 牛鬼に破壊された校舎の復旧はまだで登校はできなかったが、代わりにリモート授業が始まったばかりの頃だった。


「授業は?」と聞くと、「いいから」としかママは答えなかった。


 なぜか、アンジェリーナと無邪鬼も連れて行くことになった。


 電車が小さな駅に着いた。


 ここは、おじいちゃんのお寺の近くの駅ではない。


 ママの実家に近い駅だ。


 まずはママの実家に寄ることになっていた。


 ホームに降りると、澄んだ空気が頬を刺した。東京とは違う、山の匂いがした。


「寒い」とアンジェリーナがコートを着た。


「美夜子様! こっちです」


 山藤の拓にいさんと剛にいさんが車で迎えに来てくれていた。


 二人は、真一の従兄弟にあたる。


 仲が良いのか、悪いのか、いつも喧嘩して節おばあちゃんに怒られているが、いつも一緒にいる。


「真一も久しぶりだな」と言いながら二人に肩を抱かれる。


「で、あの美人の外人さんは誰だよ」と小声で聞かれた。


「いっしょに住んでいるんだ」


「うらやましいな」


 咳払いの音がした。


 振り返ると、ママが怒ってこっちを見ている。


「すいません。おば……」と剛にいさんが言いかけると拓にいさんが慌てて、割って入って、


「美夜子様、すいません。荷物ですね。すぐに運びます」


 と言って、真一たちの荷物を載せてくれて、皆が乗り込むと車は走り出した。


 長い竹林を抜けると、大きな屋敷が目の前に現れた。


 屋敷は、上半分が白く、下半分が黒い壁に覆われていて、正面には階段があり、門へとつながっている。


 階段の下に車が止まり、真一たちを降ろす。


「荷物は後で運んできます」といってにいさんたちの車は去っていった。


 階段を上ると、


「真一ちゃん!」


 と節おばあちゃんが迎えに来てくれていた。


 そういえば、拓にいさんと剛にいさんがいつも愚痴をこぼしていた。


「節おばあちゃんは外孫の真一にはこんなにやさしいのに、俺たち分家の孫には厳しい」と。


 奥座敷に通され、節おばあちゃんが上座に座る。


 真一とママもそれに続いたが、ママはふと足を止めてアンジェリーナを振り返った。


「アンジェリーナさん、正座は初めてよね。大変だと思うから、お庭でも散歩してきたらどうかしら」


――そうだな、彼女に正座なんて無理だよな――


 真一は気づいてあげられなかったことを後悔した。


 節おばあちゃんも、


「誰かに案内させよう」と人を呼んで、アンジェリーナを連れて行った。


 真一とママが並んで座った。


「あの子かい?」と節おばあちゃんが尋ねると、


「ええ。主人が連れてきました」とママが答えた。


 アンジェリーナのことは節おばあちゃんに言っているのだろう。


 なんて、気になっていると、


「いよいよなんだね?」


「はい、そう主人から聞きました」


「まさか、あのくそ坊主の代になるなんてね……」


 節おばあちゃんは、真明おじいちゃんのことをよく、くそ坊主といって腹を立てていた。


 でも、今日の節おばあちゃんはなぜかさびしそうだった。


 節おばあちゃんが真一を見た。


「真一ちゃん、いいかい?


これから起こることは真一ちゃんにとって耐えがたいことかもしれないけど、藤原家を継ぐ者として、しっかり受け止めるんだよ」


「どういうこと?」と聞くと、節おばあちゃんは何も答えなかった。


 ママが代わりに、


「口に出すにはつらいの。だから、今はおばあちゃんのいったことを心に留めておいて」

と言って黙った。


 それ以上、何も聞けなかった。


 その後、拓にいさんと剛にいさんの車に乗って、おじいちゃんのお寺に向かった。


◇◆◇


「真一ちゃん!」


 本堂から飛び出してきたおじいちゃんは、真一を見るなり顔をくしゃくしゃにした。


「おじいちゃん、久しぶり」


「大きくなったなあ。背が伸びたか? 伸びたな」


「伸びてないよ。前に会ったのは夏休み前だろ?」


「そうか、そうか。でも、会えなくてさみしかったよ」


「何言っているの? 一人でニューヨークに行かせたのは誰だっけ?」


「真一ちゃん、怒ってる?」


「怒ってないよ」


「それはよかった」


「お義父様、ご無沙汰しておりました」とママがおじいちゃんに声をかけた。


「おお、美夜子さん。遠いところをすまなかったね」


「実家の母が『よろしく』と伝えてました」


 おじいちゃんの顔が一瞬、引きつった。


「そうか、くそばば、じゃなかった。節殿は元気にしておったか」


「元気ですよ。おじいちゃんのこと、心配してました」


「嘘をつけ!」


「本当です」と真面目な顔のママが言った。


「そうか」とおじいちゃんがアンジェリーナを見た。


「この子が?」


「はい。アンジェリーナです。いっしょに住んでもらっています」


「ほお、これはべっぴんじゃのお。わしも一緒に暮らそうかの?」


 おじいちゃんがアンジェリーナを見るいやらしい目つきに、真一はおじいちゃんを少し嫌いになりそうだった。


 おじいちゃんとアンジェリーナの間にママが割り込んで、お菓子の詰め合わせをおじいちゃんに出した。


「お口に合うかわかりませんが、どうぞ」と冷ややかなママの声に、おじいちゃんは怯えたように、


「お、おお、これは。さすが、美夜子さんじゃあ、手ぶらで来る真行とはエラい違いじゃあ」


 とお菓子を受け取り、


「こんなところではなんじゃあ、さあ、はいってくれ」とおじいちゃんは真一たちを中に招いた。


◇◆◇


 皆でワイワイとしゃべって、楽しい夕食だった。


 夕食が終わると、それぞれの部屋に分かれて眠った。


 拓にいさんも、剛にいさんも結局家に帰らず、泊まることになった。


 真一が目を覚ましたのは、まだ日も昇っていない朝だった。


 枕元におじいちゃんが座っていた。


 白装束を着ていた。暗闇の中、ぼおっと見えた。


「真一ちゃん、起きたかのお……実は真一ちゃんに見せたいものがあるんだ。ついてきてくれるか?」


 何事かと思ったが、節おばあちゃんのこともあって、真一は何も聞かず、急いで着替えて、おじいちゃんの後に続いた。


 井戸に寄ると、おじいちゃんは水を汲んでは体に浴びた。


「寒くないの?」と聞くと、


「寒いよ。でも儀式だから」とおじいちゃんはやさしく答えた。


 まだ日も差さない朝早く、身を切られるような寒さで震えているが、おじいちゃんは水を浴びたのに震えずにいる。


「寒いよね」と真一はもう一度聞いた。


「いや、もう寒くない。真一ちゃんにはわしの体の周りにある気がわかるかい?」


 真一は目をこらすとおじいちゃんを纏う湯気のようなものが見えた。湯気には小さな光が散らばっている。


「見えるよ」


「そうか。見えるのか。だったら大丈夫だな。今のわしを思い出して、自分がそうなるように想像すれば、真一ちゃんもできるはず。だから、これからわしがすることを微塵も見過ごさないようにするんだよ。いいね」


 そういって、おじいちゃんは笑って見せた。


「わかった」と真一も微笑んだ。


 おじいちゃんは本堂へと向かった。


 本堂の奥、内陣のまた奥。おじいちゃんが古い木の扉に手をかけた。


 扉を開けると暗闇だった。


「降りるよ」


 松明を掲げて石段を降り始めたおじいちゃんの背中を追った。


 歩きづらい道だったが、石段の一段一段を確かめながら降りた。


 寒かった。降りるたびに気温が下がっていく。吐く息が白くなった。


 どれだけ歩いただろう。開けた空間にたどり着いた。


 円柱の中にいるような空間だった。


――お寺の地下にこんなものがあったんだ――


 壁面に沿って十二体の守護神が彫られている。一体一体が見上げるほどの大きさだった。


――ニューヨークで召喚した十二神将とは大違いだ――


 地面には複雑な術式が展開されていた。見たこともない複雑な術式だった。薄い光を放ちながら床一面に広がっている。


 術式の中心に、異形のものが拘束されているように座っていた。


 一目で、それが何かわかる。マンガやアニメで何度も見ている。


 そう、まさに、『悪魔』だった。


 真一の足がすくんだ。体が動かなかった。呼吸が止まりそうになった。


 その存在感に圧倒される。


「おじいちゃん」


 声が震えた。


 おじいちゃんは平然と、術式の中心に向かって歩いていくと、


「よう」


 おじいちゃんがそう声をかけた。


 友人に会ったような、軽い声だった。


◇◆◇


「何者だ? 人間か?」と真一は『悪魔』に聞かれた。


 まるで地の底から這い上がってくるような、重くて威圧感のある低い声だった。


 何もしゃべれずにいると、


「そうか、お前が次の当主の息子だな。なるほど」と納得している。


「なんだ。真行から聞いていたのか。どうだ、わしの孫はすごいだろう?」とおじいちゃんは平然と『悪魔』に語りかける。


「ああ、そうだな」


 おじいちゃんは十二神将の像を一つ一つ確認して回った。


 『悪魔』は真一を見ながら続けた。


「神は何をお考えになっているのか、全くわからない。ほんの少しでいいんだけどな。そのご意思を話していただければ」


「何年言っているんだ、その愚痴」とおじいちゃんが像を眺めながら言う。


「いいじゃねえか。もし、神がそのご意思を話していただけたら、俺らもこんな暗闇に追い込まれることもなかったんだからな」


「そうだな」とおじいちゃんが同情しているように答えた。


「それより、孫との別れの挨拶は済んだのか?」


 おじいちゃんの動きが止まった。


「『別れの挨拶』って何だよ? おじいちゃん」と真一は聞いた。


 『悪魔』が、

「まだなのかよ。それは悪かったな」と笑みを含んだ物言いをする。


「おじいちゃん、どういうことなの?」とおじいちゃんを問い詰め続けた。


「みんな変なんだよ。急におじいちゃんのところに行こうだの。藤林のおばあちゃんはなんか様子がおかしくて。どういうことなの?」


「真一ちゃん、目の前に座っている化け物が誰だかわかるかい?」


 真一は首を振った。


「あのサタンだよ。別名はルシファーだったかな。聞いたことあるだろ?」


「何、言っているの? そんなはずないよ」


「千年以上前に、この日本を襲った悪魔たちを陰陽師と武士たちが一緒になって立ち向かい、そのリーダーだったサタンを倒せなかったが、封印することができた。その封印を代々継承しているのが藤原家の役割なんだ」


 頭がついていかなかった。あまりにも現実離れした話だった。まして陰陽師の末席だったと思っていた藤原家にこんな重責があったなんて、初めて知った。


「ご立派な話だよな」とサタンがつぶやいた。


「十二神将の像を見てごらん」とおじいちゃんは続けた。


「至る所に小さな亀裂がはいっているだろう。封印が弱まっている印なんだ。だから、わしが今から結界を張り直す。だから、真一ちゃんに見ていてほしいんだ」


「おいおい、まだ言い忘れたことがあるだろう」とサタンが口を挟む。


 おじいちゃんは黙ったままなので、サタンが続ける。


「言わないでおくのか、それはかわいそうだよ。俺が代わりに言ってやろう。いいか、結界を張り直した代償として、張り直した者は命を失うんだよ」


「そうなの? おじいちゃん」


 おじいちゃんは答えず黙っている。


「嘘だ」と真一が叫んだ。


 そこにサタンがつけいる。


「嘘じゃない。でも良いことを教えよう。もし、俺を封印から解放すれば、死ななくてもいいんだよ。どうだ?」


「これは、藤原家が何代もの間、繰り返してきた宿命なんだ」とおじいちゃんが諭すように言った。


「嫌だよ。おじいちゃんが死ぬなんて」


「おじいちゃんはこの責務を全うしたいんだ。藤原家の当主として。これは誰にも邪魔させない。真一ちゃんでも。いいか、よく見ておくんだよ。代々続く藤原家の矜持を。そして、真一ちゃんもしっかり引き継いでおくれ」


「おじいちゃん!」


 涙が止めどなく溢れて、拭っても拭っても止まらない。


◇◆◇


 おじいちゃんを止めたい、おじいちゃんが死ぬなんて嫌だ。でも、心の中に、もう一つの思いがある。


 それはおじいちゃんを止めてはいけないと。これは、おじいちゃんの、いや藤原家の責務なんだ。


――それをボクのわがままで止めてはいけないんだ――


「真一ちゃん、よく見ているんだぞ」


 おじいちゃんの声が変わった。


 真一は涙を拭い、これから起こることをしっかり見ようと心に決める。


 おじいちゃんのさっきまでの優しい顔が消えた。孫を見る祖父の目ではなく、藤原家の当主の目になった。


 サタンに向き直り、見下ろした。


 二人の間に、空気の壁のようなものが生まれた。


 おじいちゃんが印を組んだ。両手の指が複雑に絡み合い、形を作る。


 呪文が始まった。


 低くて、静かな、途切れることのない詠唱。言葉の意味は真一にはわからなかった。だが、その一言一言が耳から流れ入り、記憶に深く刻まれていくようだった。


 気温が下がった。真一の吐く息が白くなり、それすら凍りつくように見えた。地面から寒気が目に見えて立ち上り、渦を巻く。


 壁の十二神将が、動いた。


 最初は気のせいかと思った。だが違った。彫刻が、小刻みに震えている。石に刻まれた亀裂が、少しずつ閉じていく。石が軋む音が空間に響いた。


 地面の術式が輝き始めた。薄い光だったものが、眩いほど白く輝き、幾何学的な線から断続的に光が放たれる。


 おじいちゃんの詠唱が、さらに激しくなった。


 真一は見た。


 おじいちゃんの体から、何かが飛び出した。光でもなく、炎でもないものが、十二に分かれて、空中に舞った。


 一つ一つが、壁の十二神将に向かって飛んでいく。


 まるで十二の魂を、十二の神将が取りこんだようだった。


 壁が震えた。空間全体が振動した。


 十二神将の目が、光った。


「あいかわらずだのう」


 サタンの声が聞こえた。静かな声だった。


 おじいちゃんがサタンを見て、微笑んでいた。


 穏やかな、澄んだ笑みを浮かべたまま、魂が抜けたように前のめりに倒れた。


 術式の光が消えた。十二神将の震動が止まった。空間に、静寂が戻った。


 真一は動けずにいた。


 目の前で起きたことに思考が追いつけず、声もでない。


 でも、おじいちゃんが倒れているのに気づいて、


「おじいちゃん」


 やっと声が出た。


 駆けより、おじいちゃんのそばに膝をついた。体を仰向けにした。


 目を閉じていた。穏やかな顔だった。さっきの微笑みがまだ残っている。


「おじいちゃん」


 揺すった。返事がなかった。


「おじいちゃん!」


 声が裏返った。何度も揺すった。でも目は開かなかった。


 涙が溢れた。止まらなかった。声が嗚咽に変わった。


 サタンの声が割って入る。


「感傷に浸っている場合じゃないぞ。結界が張り直されたんだ、それに気づいた俺の下僕どもが襲ってくるぞ。なんせ、張り直されたばかりで結界はまだ完璧じゃないんだからな」


◇◆◇


 おじいちゃんを背負って石段を登った。


 こんなところに、おじいちゃんを残しておくわけにいかない。


 そう思って背負った。思ったより軽かったが、暗い石段を背負って登るのはきつかった。


 暗闇の中を、一段一段、壁に手をつきながら、登った。


 涙はもう枯れていた。


 光が見えた。扉の隙間から差す光。


 最後の数段を登り、扉を開けて本堂に出た。


 そこには、ママ、アンジェリーナ、無邪鬼、拓にいさん、剛にいさんが心配そうに立っていた。


 拓にいさんと剛にいさんの力を借りて、おじいちゃんを静かに床に下ろした。


 皆でおじいちゃんに手を合わせた。


◇◆◇


 境内の隅にある小さな社の前に、女が立っていた。


 長い髪を垂らし、薄い着物を纏った女が、社に向かって手を合わせている。


 女が手を下ろすと、着ていた着物がするっと落ち、人の姿が崩れ、縮み、毛に覆われていく。


 白い狐に変化した。


 狐は一度だけ、本堂の方を向き、九つの尻尾を振った。


 狐は走り出した。


 境内を横切り、山門をくぐり、山の方へと駆けていく。


 その姿は赤く染まった山に消えて見えなくなった。


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