第24話 塩の独占を崩せ
塩は、命だ。保存にも、加工にも、日常の食卓にも要る。塩が止まれば、市場そのものが止まる。
「南方のグランディア小領地」
私は地図の一点を指した。海に面していて、塩田を持ち、そして王都の塩業組合と長く対立している。
ヴィクトールが低く唸った。
「聞いたことはある。だが規模は小さい」
「だからこそ、王都は潰せていないのです。流通が弱いだけで、品質に問題はありません」
マリアが書簡を差し出した。
「先方から、返信です」
封を切る。正式取引の打診を歓迎する。ただし、王都の圧力は覚悟せよ――短い文面だった。だが、腹を括った人間の書き方をしている。
「乗るか?」
「乗ります」私は即答した。「契約は三か月。価格は王都より一割低く。輸送はこちらが担います」
「輸送路は?」
「西の山道です。遠回りですが、王都の管理外にあります」
「危険だぞ」
「承知しています」
短い沈黙のあと、ヴィクトールはゆっくりと笑った。
「……本気だな」
「当然です」
二日後、最初の荷馬車が到着した。量は多くない。それでも、市場にとっては十分な象徴だった。
「南方塩、入荷!」
呼び声が通りに響く。価格は王都塩より一割安く、品質も悪くない。
「……買うか?」
「様子見だ」
最初は誰もが慎重だった。だが三日後、王都塩がさらに値上げされた。供給調整による価格改定、という一文とともに。
市場が揺れる。
「南方塩、まだあるか?」
「こっちでいい」
流れが、少しだけ変わった。
執務室に戻ると、マリアが報告書を読み上げた。
「……王都塩の売れ行きが鈍化しています。それと、王都塩業組合から抗議文が」
「想定通りです」
「“市場秩序の破壊”だと」ヴィクトールが苦笑する。
「合法です。正規契約、正規価格。問題ありません」
「だが、向こうは黙らない」
「ええ」
私は次の資料を出した。価格推移、在庫量、南方塩の需要増加率。
ヴィクトールが目を見開く。
「……もう読んでいるのか」
「王都は、長期封鎖はできません。塩業組合にも利益が要る。価格を上げすぎれば、他の領地からも反発が出ます」
「だから?」
「揺らすだけです」
完全に崩す必要はない。独占の壁に穴が一つ開けば、そこから空気が入る。
その夜、王都塩業組合から第二の通知が届いた。価格据え置き。
マリアが小さく息を吐いた。
「……下げましたね」
「ええ。これで、市場は落ち着きます」
「だが、これは第一ラウンドだ」
ヴィクトールが低く言う。
「分かっています」
塩は揺らしただけだ。王都はまだ、本命を出していない。
机の上の依存率を書き換える。塩、九割から七割へ。わずかな変化に見えて、意味は大きい。
「次は鉄です」
私はそう告げた。
窓の外、市場の灯りが少し戻っている。完全な勝利ではない。だが、敗北でもない。
塩の値が落ちれば、困るのは王都で口を利いた誰かだ。アルベルトが自分の名で署名した通達ではないにせよ、あの人の周りに並んでいた顔ぶれは、だいたい想像がつく。あの日、謁見の間で私を指さして正義を語っていた人々は、数字の話になると急に黙る。
拮抗。
――では、なぜ王都は追撃してこないのか。
塩の次に止まるものは、もっと静かに止まります。
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