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【初稿】失われた記憶、消えない愛。取り返す記憶、紡がれる愛。  作者: 言ノ悠
第五章 〜「街での地位と愛を与える君」〜
45/75

045話

「お、おはよう」


 その様子を見られてしまった気まずさから、思わず声が裏返ってしまった。


「……ふん。朝から随分と、仲睦まじいことだな」


 ユリは寝台の上で身を起こしつつ、こちらに視線を寄越してくる。瞼にはまだ重さが残っていたが、口元には皮肉めいた笑みが浮かんでいた。


「次は何だ? 我の目の前で、口づけどころか交わろうというのか?」


「いや、さすがにそれは……」


 俺は慌てて首を横に振った。


「聞くのも野暮だと思って黙っていたが……昨晩は、随分とお楽しみだったようだな?」


 ユリはくつくつと喉を鳴らすように笑いながら、容赦のない言葉を投げてくる。


「……まあ、否定はしない」


 恥ずかしさから否定したくもなったが、それはレイの想いまで否定することになる。

 彼女が五十億年をかけて積み上げてきた情動を、俺が軽々しく否定するわけにはいかない。それくらいの分別はある。


「……ふん、これで否定しておれば、凡庸な人間として切り捨てることもできたのだがな」


 ユリは深く溜息をつき、あからさまに残念そうな声色で言った。


「旦那様が凡庸なわけ、ないじゃないですか」


 今度はレイが、わざとらしく澄ました声で口を挟む。


「貴様が一番、凡庸ではないわっ!」


 さすがのユリも我慢ならなかったのか、くわっと目を見開いて吠えた。小さく唸るその姿は、どこか吸血鬼らしい。まあ、実際に彼女は吸血鬼なのだが。


「……そうですか?」


「それは俺もそう思う」


 途方もない年月を、何の確証もなく待ち続けるなんて、常人には到底できない。

 狂気と紙一重。いや、もう狂気そのものかもしれない。


 そんな感情を受け止めながら、それを居心地よく感じてしまう俺も、きっと同じ側にいるのだろう。


「かつて宇宙の王であった旦那様ほどでは……」


「どうだかな。人は出世には肯定的だが、待たされるのは得意じゃない」


「そもそも、今の俺はただの人だろ?」


「それはさすがに無理があるだろう。どこに我より格上な一般人がいるんだ?」


「……俺って、ユリより格上なのか?」


 そもそも、その事実すら俺は知らない。宇宙の王だったことすら、そもそも記憶に無いのだが。


「うむ」


「格上とか格下って、何で判断するんだ?」


「我は、血を吸った時だな」


 吸血鬼特有の基準らしい。何となく理解できるが、納得はできそうにない。

 知っていることと、実感としてわかることは違う。


「気づいてなかった」


「……それはそれで、旦那様が鈍感すぎるのでは?」


 レイに皮肉たっぷりの嫌味を言われた気がした。いや、言われてるなこれは。


「俺が悪いのか?」


「……王たるもの、それで良いです」


 レイは渋い顔で頷いた。表情はどこか複雑で、簡単に言い切れない思いが滲んでいるようだった。


「レイ、嫌なら嫌、駄目なら駄目とはっきり言えば良いだろう?」


 ユリがレイに向けて、釘を刺すように言った。口調はいつになく真っ直ぐだ。


「ユリ、私は嫌ではないのです。駄目とも思っていません。むしろ……王らしいと思います」


「対外的な正しさでは、人は幸せにはならんぞ」


 彼女たちが何を言っているのか。何について話しているのか。

 俺にはさっぱり理解できなかった。


 そのとき、部屋の扉が軽くノックされた。


「……昨日、アッシュが来るかもしれないと言ってたな」


 突然の来訪だったが、心当たりがないわけではない。


「そうですね。……着替えたら、私が出ます」


「いや、我が行こう」


 すでに外出用の装いをしていたユリは、迷うことなく寝台から降りて、扉へ向かって歩き出した。


 すこしだけ話し声が聞こえたかと思えば、ユリはひょこりとこちらに向かって顔を出した。


「シンよ、昨日のだ」


 その声を聞いて、俺はユリと入れ替わるように出入口に向かった。


「おお、今日はよく眠れたか?」


 そこに立っていたのは、グランだった。

 昨日と同じく、立派な狼の顔で、にやりと笑っている。


「おかげさまで。今日は何の用だ?」


 俺は肩をすくめて尋ねた。

 本音を言えば、まだ身体に疲れが残っている。昨日は……レイに搾り取られたからな。

 とはいえ、そんな私事を彼に話す気にはならない。


「昨日も言ったが、竜の件について、冒険者ギルドで証言してほしい」


「了解。じゃあ、支度をしてくる」


「ああ、頼んだぞ」


「わかった。少し待っててくれ」


「俺は外で待ってる。急いでくれると助かる」


 そう言って、グランは戻っていった。

 俺たちと違い、ちゃんと宿屋の正面玄関から出て行くあたり、彼の方がよほどまともだ。


 俺も扉を閉め、部屋の中へ戻った。


「ユリ、スレスには、しばらくここで待つように言っておいてくれ。

 レイは……その格好のまま出歩くわけにはいかないだろ。着替えようか」


「旦那様以外に見せるつもりなんてありませんよ」


 何を言ってるんですか、という視線を向けられた。

 一方、ユリは既にスレスを起こしにかかっていた。


 レイも一度視線をスレスへ向けたあと、すぐに自分の着替えに取りかかった。

 いつも通りの、ややタイトな漆黒のドレスに袖を通す。


「行こうか」


 俺たちはスレスを部屋に残し、グランと合流するために宿を出た。

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