044話
朝の光が窓のカーテンを透かし、部屋いっぱいに広がる。夜の残滓をそっと追い出すように差し込む陽光の中、静寂に重なる微かな寝息が響いていた。
胸元にはレイの体温が感じられる。腕の中で眠る彼女は、あまりにも安らかな顔をしていた。昨日の出来事がまるで嘘のようだ。いつもは凛々しさすら感じさせる彼女の顔立ちも、こうして無防備なままだと、小動物のように可愛らしい。もちろん、本人にそんなことを言えば、かなりの確率で機嫌を損ねるだろうから、口にする勇気はない。
それでも、その可愛さに抗えず、俺はそっと抱きしめる腕に力を込めた。レイはほんの少しだけ邪魔そうに身じろぎをしたが、目覚める気配はない。
しばらくそうしてから、俺はゆっくりと寝台の上で起き上がった。隣の寝台では、ユリが珍しく深い眠りに落ちている。これまでの旅路では、俺が動くと気配に反応してすぐに目覚めていたのに。今回は完全に目を閉じたままだ。
旅の最中、ユリはいつも俺たちより眠りが浅かった。吸血鬼ゆえの特性かとも思っていたが、この様子を見る限り、単に眠れていなかっただけなのかもしれない。
「……旦那、様」
レイが胸元で、寝ぼけ眼のまま、かすれた声を漏らした。そして、自分がここにいることを伝えるかのように、俺の胸元に頬をすり寄せてくる。
「今日も情熱的だな」
俺の声はかすれていなかった。すでに目が覚めてから時間が経っていたし、意識も彼女とは違ってはっきりしている。
その言葉に、レイの顔がゆっくりと朱に染まっていくのが見えた。寝ぼけた意識が徐々に冴え、昨夜の出来事や今の状況、様々な要素に羞恥を感じているのだろう。昨日のあれこれは、他人に大声で語れる内容ではない。だからといって、隠すように振る舞うことが間違っているのは理解している。
「……こうやって肌が見えるのは嫌ですか?」
何かを咎めるかのように、彼女は言った。
「まさか。レイの身体は綺麗だし、何より男冥利に尽きるしな」
レイは寝台の上で、布団の下で、薄い布地に包まれた胸部を押し付けてきた。その柔らかな感触に、何も思わない男はいないだろう。
「旦那様はどうなのですか?」
すると、レイは俺の顔を覗き込むように、布団から顔を出して尋ねた。俺が「男冥利に」と口にしたのが引っかかったようだ。
「昨日のことを忘れたのか? 何も思わないわけがないだろう」
俺は肩をすくめた。肌が透けるような下着を身に着けた彼女を見て、さすがに全く何も思わないことはできなかった。
「その……はい……」
何を想像したのか知らないが、彼女は耳まで顔を赤くして、声を萎ませながら弱々しく頷いた。
「レイは綺麗なんだから、記憶がなくたって……いや、むしろ記憶がないからこそ、そういう欲は出るものだよ」
人とは難儀なもので、精神が覚えていなくとも、身体が覚えていることもある。さすがに他の者もいる空間で、やましい欲を持つわけにもいかない。俺は少し彼女と距離を取るため、寝台から足を下ろした。
「……あ」
彼女は名残惜しそうな声をあげた。なぜそう一々可愛らしい行動ばかり取るのか、俺には理解できなかった。だから、申し訳程度に彼女の頭に手を伸ばし、ゆっくり優しく撫でてやった。
「……ん」
すると、気持ち良さそうな、満足したような声を喉から鳴らした。普段の凛々しく美しい姿とのギャップも相まって、どんな言葉を並べても形容しきれないほど愛おしい。
そうやって彼女に心を惹かれながらも、俺の思考は冷静だった。隣の寝台に再び視線を向ける。レイの頭を撫で続けながらも、ユリの様子を横目で眺めた。
昨夜、ユリは“スレス・オシリス”という名の女を連れてきた。
オシリス帝国。暗黒神を祀る国の末裔だという。話を聞く限り、今やその血筋も、亡国の残り香に過ぎないようだった。
簡単に言えば、厄介事を抱え込んだ。
多少の困難なら、旅の彩りとも思えるが、今回ばかりはその一線を越えているかもしれない。
俺たちがこの街で安全に過ごし、無用な厄介事に巻き込まれないためには、スレスを部屋に留めておくのが理想だ。
だが、それは神を復活させようとして、彼女を監禁していた連中と何が違うのか。
自分の正しさを貫くのであれば、安全策すらも取るべきではないが、厄介事を避けるには間違っていることをする必要がありそうだ。
俺の寝台からは、スレスの姿は見えなかった。ユリが与えた寝台に、俺たちに姿が見えないように、布団に深く潜り眠っていたからだ。
「……旦那様?」
レイは俺の膝に頭を乗せ、上目遣いで覗き込んできた。その声はもうかすれていない。
「ユリが連れてきた彼女のことを、どうするべきか考えてたんだ」
「考えすぎる必要はありません。ですが、しばらくは外を歩かせるのは控えた方がよろしいかと」
いつものレイらしい言葉が返ってきた。なのに、どうしてだろう。その上目遣いはあまりにも可愛らしく、俺はついつい彼女の唇を奪ってしまった。
「……朝から見せつけてくれるな」
すると、さっきまで眠っていたはずのユリの方から、恨めしそうな声が聞こえた。




