05 ハーフフォレストにて
門。それは魔物が暴走して地上に出ないため、全ての洞窟に設置されている地上と洞窟の境目。
設置されたのは数百年、長いものでは数千年も前になる。
そしてその門は、人間や亜人など知能がある生物にしか開けられないように、複数の行動によって鍵が開けられる仕組みになっていた。
書いてある数字のダイヤルを回す、ドアノブを押す、ハンドルを曲げる。洞窟によりその内容は異なるが、どれも知能があれば難なく解除できるものだった。
しかし奥には狂暴な魔物が多く、開けた途端に滅される可能性がある。それこそ強い魔物同士でなくては太刀打ちができないほど。
そのため、洞窟の中に入ったものはほとんどいない。もし中に入るときも、瞬間移動を使い外への安全を配慮していた。
つまり、入れる者は超能力の瞬間移動を持っているものに限られていたのだ。
そして今、おそらく数千年前に作られたであろう古びた扉を、ベルムとレミアの2人で開ける。
中の魔物は殲滅したため、ドアを開けたことに問題はなかっただろう。
もちろん、開けたら閉める。当たり前のことは礼儀正しくしたし、魔物が逃げる心配はないはずだ。
♦♦♦
レミアが封印されていた洞窟は、亜人交流国家ビースバルク周辺の森、亜族の森の中にあった。
いやぁ、実に久しぶりの日光だ。何か月ぶりだろう。
木の葉の隙間から、光が差し込み俺を照らす。
普通に感動した。
だってこの世界に来て初めての外だもの。
生まれたときからずっと洞窟の中で、病んじゃいそうになってたしなぁ。
なんか平和だ。魔王なんて正直どうでもよい。そう思える。
そこで少し気になったことがあり、俺の二つ名についてレミアに聞いてみた。
「なぁレミア、俺の回復魔法からどんな二つ名が思いつく?」
「二つ名?」
「ほら、炎竜とか水竜みたいなやつ。」
そう、竜種はそれぞれの魔法系統に沿って二つ名がつけられる。他にも、魔王なんかは二つ名を持っているのが当然だ。魔王ザルムッドの「上品暴虐」がその例だ。
そして俺は竜種。せっかくだからカッコいい二つ名が欲しいって訳。
決して中二病という訳ではない。男なら誰しも、カッコ良い名前でイキりたいのだ。
超回復魔術竜とか?究極再生竜も捨てがたいなぁ。かっこいい名前がどんどん頭にあふれる。
あぁ、もういっそ自分で決めちゃおうかな...!!
「レミア、良い名前を思いついたから、いっそのこと自分でーーー
「治竜。」
ん?ハイ?
今レミア、なんて言った?
「治竜。二つ名は簡潔に分かりやすいほうが良いから、治竜で。」
1度決められた二つ名は、変えることができない。
そして二つ名における「決められた」の定義は、誰かがその名でその者を読んだ時なのだ。
つまり、俺の名前は今日から「治竜・ベルム」。
って、アレ?なんか...ダサくない?
前にレミアが決めてくれた竜爪鋼刃のセンスは一体どこへ消えていったんだ?
「治竜で決定!!もう変えられないよね?」
レミアが言う。
はっきり言って、最悪だ。
こうして、俺の二つ名は軽くあっさりと決まったのである。
「っていうか、今は昼間だよな?どうして吸血鬼族が太陽の下を歩けるんだよ」
「え?あぁそれはね、伝説能力の日光克服を持ってるからだよ。」
日光克服?そんな力があるのか。でもそれって...もう吸血鬼じゃなくない?
吸血鬼と同じ長い命を持った血を吸う人間じゃん。あれ?でもそれは吸血鬼のような気が..
もうよくわかんない。
♦♦♦
「地上に出たけど、これからどうすれば良いと思う?」
これからの行動に当たって、問題はそこだった。
真っ先にムカつく魔王ザルムッド(俺はそこまでムカついてはないんだけど...っていうかレミアもそこまでではないような...)を倒すにしても、相手は振れるだけで体もしくは魂を崩壊させる能力、破壊者の保持者。
それに相手は魔王。簡単に倒せるものではないのだ。
もう少し、いや、この何十倍も鍛えなくては勝つことができないかもしれない。何しろ、倒すための執着心が俺にはなさすぎるし。まぁ相手を憎むような出来事がなかったと捉えればよかったことなのか。
結局俺たちは、もっと強くなるべくこの国の中央都市、アスバルクへ行くことにした。
中央都市は人が多く、強い人もいるだろう。そのような人たちと戦えば、かなり鍛えられる。
強い人が無闇矢鱈に戦ってくれるとは思わないが、行くだけ行ってみるのも手だ。
それに、この世界に来てからは人間にあっていない。亜人国家に人間がいるのかは不明だが、行ってみて損はないだろう。
森の中をレミアと話しながら、中央都市へと進んでいく。
そして、1つ気になっていたことを聞いてみた。
「なぁ、この世界の国々は数千年前からある国が多いんだよな?だったら、文化も技術もそこそこ進んでいるの?」
この世界で最も気になることがこれだった。
ファンタジー世界なら、中世のヨーロッパ風な国を想像するのが普通だろう。けれども、何千年も同じ国が栄えている世界だ。
それこそ、元居た世界より発展しているかもしれない。
様々な魔法を使って、だれでも簡単にどこへでも行ける魔法陣が作られていたって不思議ではないのだ。
「技術に関しては、もうどの国も諦めているのよ。
どこかの国が抜け駆けして発展しようとすると、ほかの国が協力してその国をつぶそうとする。
まぁ当然って言ったら当然のことだけど、そのせいで技術面はどの国もあまり栄えてはいないかなぁ。
いくら武力国家でも、他国のほとんどを敵に回したら敗北は間違いなし。
これはどう頑張っても変えられない世界のルールみたいな感じだね。」
知恵之主であるレミアが説明してくれた。
つまり、この世界はファンタジー感溢れる世界ってこと...?
よかったぁぁ!!どうせならやっぱりファンタジーな世界のほうが良かったからな。
どうせ国を作る訳でもないし、技術力なんてどうでも良い。
ファンタジーを満喫できればそれでいいのだ。
中央都市までは無駄に遠く、歩いてだと数日かかるそう。
気が付けば、夕方になっていた。
「夜は無知能の魔物が多いし、今日はここら辺でキャンプにしよ!」
俺はレミアの意見に納得し、植物操作で周りの木を操作する。
自分たちを囲むように木の鳥かごを作り、安全地帯を確保したのだ。
そう考えると、この能力はかなり便利。植物がある場所ならばどこでも使用できるってことだろ?ほかの事にも役に立ちそう。
まだほのかに明るいが、夕方なのでこれから暗くなる。
「暗くなったら何も見えなくなっちゃうし、もう寝よう。」
「うん、了解。」
そうして夜になる直前、俺たちは就寝しようとしたのだ。
すると、その時ーー
「助けてっ!!!」
誰かの声が俺の耳へと聞こえた。
たった一言、怯えたような、それでも全力ではっきりとした子供の声。
その声は、俺の心へと真っ先に突き刺さった。
「誰かの叫び声っ!?この近くからだ。助けに行かなくちゃ!」
この世界でレミア以外初めての人の声だ。それが助けてなんて不吉だが、こういう展開を心の底で待っていたというのが現実のため何とも言えない。
「待ってベルム。見ず知らずの子供を助けるために危険な場所に行く必要はない!確かに君は強いけど、これが誰かの罠って可能性だってある。それだったら自分の安全を確保した方がーー
「黙ってレミア。明らかに小さい子供の声だ。それがもし詐欺だとしても、俺の良心がさすがに許せない!」
レミアは安全を保障できないため、俺が木の鳥かごを出ようとするのを阻止しようとする。
それも当然のことだ。一見平和のように見えても、ここは異世界。魔物がうろちょろしている世界だ。
危険度はかなり高い。それにお金目当ての詐欺って可能性もある。
けれど俺は元人間。
人間の誇りにかけて、困っている子がいたら助ける。それが俺の良心なのだ!
っていうのは建前、実際は困っている人を助けるいかにも勇者っぽいことをやりたいだけなんだけどね。
でも人を助けたいというのは事実だし、困っている子をほっとけない。助けを求める子ならなおさらだ。
まぁ結構強くなったし、何とかなるだろ。
俺は真っ先に声がした方へと走った。
そこには、2本足で立ち子供を襲う、ラプトルのような生き物がいた。
子供は、黒い猫耳の女の子。
って来たぁぁぁ!!遂に来ました猫耳女の子。
いやぁやっぱり異世界と言ったらエルフか猫耳の女の子が1番である。
その中で俺が最も大好きな猫人族に出会えるなんて...
感激のあまり吐きそうになる。
猫人族に黒耳と言う奇跡のコラボレーションの本物を生きているうちに見られるなんて最高だ!!
...。1度死んでるのか。でも最高!!
「ちょっと、何興奮してるの!!さっさとその子を助けるんでしょ?ロリ性癖でもある訳?」
あとから追いかけてきたレミアが俺の思考を砕く。
そうだった。まずはこの猫人族の女の子を助けるのが優先。
もふもふの毛を堪能するのはこの後でだ。
「しゃぁやってやる!」
意気込み、本気でラプトルらしきその魔物、ダイナルスへと襲い掛かった。
結果は圧勝。洞窟の魔物は、魔素を吸って成長した為無駄に強くなっていたのだろう。
それに比べて今回のダイナルスはその弱さも良いところ。おそらく能力を使わなくとも、武力(格闘術)だけで勝てたと思う。
勝利の感動をもらえなかったが、ダイナルスを倒した後、木の後ろへ回り、蹲っていた女の子の所へと向かった。
「ま、助けてあげたんだしな。当然そのモフモフそうな耳を...触らせてくれるよな?」
あとから冷静になって考えると、その行動は完全にロリコンゲス男だった。
その子に会って初めて言った言葉がそれだったのだ。本当にただのゲス男。
でもさぁ、自分が憬れていた猫耳の子、しかも黒毛の本物がいきなり目の前に現れたらこうなっちゃうよ。みんなも想像してほしい。わかる人はわかるよね?ね?
目撃者が少ないため黒歴史とまではならなかったが、国中に広まったら、耐性があっても精神攻撃に耐えられなかっただろう。
それにしてもこの子、随分とボロボロな服装だ。よっぽど貧乏なのか?あるいは亜人の国にも奴隷制度があるのだろうか。
この子が魔物の動き出す夕方に、1人で行動していたのも不思議だ。
話を聞くことにするか。
「君、どうして1人でこんな場所にいるの?友達や両親さんはどこ?」
さっきまでの無礼な態度を改めるため、1度咳払いしてから聞いた。
黒耳少女はその言葉に無言で俯いた後、しばらくして、
「ついてきて。」
と1言残しこの場から去った。
会ったのは今日、それもついさっきだが、この子の目は嘘をついていない。
俺とレミアもその子を信じ、あとを追いかけることにした。