第二章
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父はダイアン
兄はルナトル
二人は王国の騎士だったが…
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父が騎士団の入団テストを受けて、合格したのは18歳の時だという。
当時のディルス将軍も、将軍ではなく1つの騎士団の団長を勤めていた。
その騎士団に所属したのが、父であった。
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「…暗殺騎士団?」
「そうだ。わしも最初はそこで働き、任務を遂行していたものだ」
「その騎士団…あまり聞いた事がないのですが……」
騎士団なのに、暗殺?
響きがなんだか悪く聞こえる…。
「それは暗殺騎士団と言うくらいだからな。世間に知られてはいけない、正義の暗殺をするのだよ」
「正義…?」
「そう、弱いものには手を出さず、裏で悪さをする組織や貴族を暗殺するのだ」
暗殺騎士団の詳細を聞いてみると、どうやらその騎士団に入る条件は、身軽さと攻撃の速さが欠かせないのだそうだ。
「ダイアンは、審査員だった当時の騎士団長達や王様を驚かすくらいの身のこなしであった。両手に剣を持つ戦士など、ダイアンしかいなかったからなぁ……」
「そ…そんなにすごかったんですか?」
将軍の懐かしむ目を見ると、本当に父はすごい人だったんだと知る。
「それはすごいものさ。慎重に物事を考える王様だって、すぐにあいつを採用したがっていたくらいだからな」
「……」
王様が欲しがる程の人材…父はそんな人間だったんだ。そう思うと、とても誇らしかった。
「普通の騎士団に入れてはもったいない、と王様はダイアンを暗殺騎士団に入れようとした。ダイアンはそれを快く受け入れ、暗殺騎士団で任務をこなしていったんだ」
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ある日に暗殺騎士団は、旅の劇団と偽り湊町のウィズを訪れた。
当時ウィズには裏で危険物の取り引きがされているという情報があった為、その主犯を殺すべく騎士団は動いたのだという。
そこで父さんは……母さんと出会ったのだ。
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「出会ったあの二人はお似合いのカップルだったな……皆が付き合いを認めたくらいだ。でも、任務はすぐに終わり、わし達は城に帰らねばならなかった。しばらくそこに住み、暇があればいつも一緒にいた二人だったから……別れるのが寂しかっただろう」
「そうだったんですか……」
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しばらく父さんは母さんと手紙のやりとりをしていたようだ。
そして父さんは、母さんに嘘をついていた事を手紙に書いたらしい。
自分は暗殺騎士団だ、と…。
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「ダイアンの部屋を調べれば、手紙が残っているかもしれないな。写真のやりとりもしていたみたいだからな…」
(み…みてみたい……)
父さんと母さんがどんな会話を手紙にしたのだろうか……機会があれば、是非とも。
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母さんは父さんの仕事を受け入れたらしく、二人の関係はさらに深まった。
休みの日、父さんが母さんに会いに行くくらいだという。
そして一年間付き合い、二人は結婚した。お互いに19歳の頃だ。
その一年後に、兄さんのルナトルが誕生した。
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「ルナトルは母親に似ていたな……ダイアンは少し残念がっていたがな」
とディルス将軍はがははははと豪快に笑った。
きっと、母さんを羨ましがる父さんの姿を思い浮かべているのだろう。
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結婚してから父さんは、ウィズで暮らし始めたのだという。
朝早くに起きて、日が昇る前にウィズを出ていると聞いているのだそうだ。
そして、夜遅くに我が家に帰るのだという。
休みの日は必ず家族の団らんをとるのだという。
そして父さんが25歳の時、父さんは暗殺騎士団から一般的な騎士団に所属を変えられたという。
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「あの頃は少し人手不足だったからな…仕方なしに異動したのだ」
「それからどうなったんですか?」
「もちろん、仕事は順調にこなしたさ。聞いた話ではな。わしは暗殺団長故、あの後に何があったのかわからないんでな」
父はきっと、家族の為なら何も苦を感じなかったのだろう。
喜んでいるのかわからないし、悲しんでいるのかもわからない。
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わたしが生まれたのはその5年後。
しかし、当時の王国は、いや、世界全体が危険な状態だったのだ。
父はやむを得ず、サンポリア王国からユゴリアン王国へと行かされたのだという。
まだ10歳の兄さんを連れて。
ユゴリアン王国というのは、この世界で1番広いユゴリアン大陸にある王国だ。危険な大陸でもあった。
何故なら…その大陸に、魔界の入り口があるからだ。
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「サンポリア王国だけじゃないだろうな…エイス王国の騎士達も、サーサリー王国の騎士達も、強者ばかりが行ってしまった…」
「……どこに、ですか?」
「……『魔界戦争』に」
「!?……」
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魔界戦争……。
わたしも本で読んだ事がある。
でもわたしが知ったのは7歳の頃、その頃の書いてある本では『まだ戦争は続いている』という事が最後に書いてあった。
噂ではわたしが10歳になった時には、もう終戦を迎えて、人間達が勝ったのだと聞いた。
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「ダイアンはルナトルを徹底的に鍛え上げ、ルナトルはダイアンより若い16歳に、騎士として認められたのだ」
「16…!?」
「ルナトルも小さい頃から騎士になりたがっていたからな。その夢を叶えてやろうと、ダイアンはルナトルを戦争に連れていったに違いない…」
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戦争は死者がたくさん出てしまい、それでもこちらが優勢だった。
しかし、戦争が勃発してから8年後…ルナトルが18歳の時。
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「ルナトルはダイアンと正反対の戦法だった。ダイアンが素早さを持つならば、ルナトルは破壊力を持っていた」
「それは…斧を使う戦法ですか?」
「いや…斧よりも恐ろしく強い武器、大剣だ」
「たいけ……嘘!?」
わたしが聞いた話では、大剣は自分の背丈よりも長い武器で、刃も大きいもの。たくさんの鉄や硬いもので作られている故、破壊力はどんな武器も魔法も上回るという。
ただ……あまりにも重たく、扱いが難しいのだという。
「ルナトルはダイアンよりも強くなりたいと思い、その武器を選び、極めようとしたのだろう。しかし、大剣は熟練者でも扱いが難しい…ましてや戦争の中で、マスター出来るものではない」
「…まさか……」
「ああ……ルナトルは、ある魔術を使う魔物に敗れた」
「―――!?」
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兄さんは魔物の呪いで、身体の半分が魔物になってしまったのだという。
兄さんは魔物に寝返り、人間を襲った。扱い慣れていなかった大剣を、木の棒のように操って。
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「ダイアンは、自分の息子が魔物になってしまっても、息子をかばおうとした。それでダイアンは仲間達に責められたのだ。『魔物の味方をする裏切り者』と」
「嘘……そんな……」
嘘ならよかった……でも、将軍は嘘つきでこんな話をするワケがない。
わたしは、ただ悲しくて悲しくて…。
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戦争が終わった。でも兄さんは依然魔物のままで、まだ生き残っていた魔物と共に魔界へ逃げてしまった。
父さんも、皆が裏切り者だと批判をしていた故、行方がわからなくなっていた。
いや、戦争に参加していた皆が、父さんの事なんかどうでもいいと思ったのだろう。
とにかく戦争はこちらの勝利となったのだという。
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「それから3年後…お前が現れたのだ」
「………」
あれだけ身構えていたのに、心はショックを受けていた。
兄さんは魔物になった……父さんは生死が定かじゃない。
「気の毒だが……わしが話すのはここまでだ。仕方がない……」
「いえ……話して下さりありがとうございます……」
「それでだ……お前は入団テストを受けるのか?」
「受けます」
わたしは決めた。こんな気の遠くなりそうな事、やり遂げられるかどうかわからない。
「わたし……父さんと兄さんを捜します」
「何…?」
ディルス将軍は怪訝な顔でわたしを見た。
「騎士団に入れば、いつかはいろんな王国に行けるに違いないでしょう。そうやって騎士団をして、修行を積んで、父さんを捜します! 魔物の兄さんと出会ったならば、わたしは兄さんを元の人間に戻します!」
「……志を持つのは悪い事ではない。だが……」
ディルス将軍は、今度は心配そうな顔でわたしを見た。
「お前はアルテミス・メリアー。魔物の妹にして、裏切り者の娘なんだぞ。世間がお前をどんな目で見るのかわかっているのか?」
遠回しに、テストを受けるな、と言いたいのだろう。
「わかっています。だから証明したいんです」
「……何をだ」
「……父さんが子を思う気持ちと、兄さんの無実を」
わたしは決心の目でディルス将軍の目を見た。
将軍もわたしの目を見返す。
しばらくのにらみ合い……に近い、沈黙。
「……お前の目に汚れはない。父親にそっくりだ」
「え……?」
ディルス将軍は諦めたのか、苦笑いを浮かべた。
「ならば、テストを受ければよい。もう手続きは締め切ってしまっただろうから、わしの紹介で特別に受けさせよう」
「! ありがとうございます!!」
チャンスが見え、わたしは感謝いっぱいに将軍に頭を下げた。
「ただし、お前は己の志を貫かなければならぬ」
「え?」
将軍の厳しい声にわたしは顔を上げた。
まさに将軍の顔で、ディルス将軍は言った。
「どんな困難が会おうと、お前は自分の夢を必ず叶えるのだぞ……いいな?」
「………はい…!」
わたしは、もう、後戻りをしないと決意した。
その意味を込めて、わたしは返事をした。
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「………」
一応、将軍の紹介でわたしはテストを受ける事になった。
テストを受ける者の控え室。とても広い部屋だった。
「…………」
わたしは部屋の隅に寄りかかり、役員が来るのを待っていた。
皆も、自分の防具や武器の手入れをしたり、他人同士で情報を交換をしたりと活気的だ。
……でも、わたしの周りに人が集まる事はない。
「あのショートヘアの女の子…」
「ああ、あいつがメリアーの娘だそうだ…」
「格好がまともじゃねぇなぁ…あれ、明らか修行用の服だろ」
「あの両手剣も古そうだな……あんなんで魔物が斬れるのか?」
「将軍の紹介だっていうけど……確か将軍とメリアーには上下関係があったんだろ……?」
「親の七光りって事か…あんなやつ、一回目の試験で終わるな」
ハハハハハ!!と笑い声がしてきた。
わたしを馬鹿にしている連中の声だろう。
(どうせ……名前だけよ……でも、わたしはそんなんじゃないのを証明するわよ……)
こいつらのあっけにとられた顔を見るのが楽しみでしょうがない……早くテストを始めないのだろうか?
「皆さん! お待たせしました!!」
「!」
ドアが開き、役員の男が高らかに呼び掛けた。
わたし含めて全員は、待ってました、と言わんばかりに役員を見た。
よし……わたしの夢を叶える一歩目にしてやるわよ…。
わたしは心に何度も決意させた。
そして、役員からの説明が始まろうとしていた。