【第一部】第一章
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サンポリア騎士団
入団テスト
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「うわぁ〜…」
あまりの人の多さにわたしはア然とした。
行き交う人々、豪華な街並み。
もはや故郷と比べたらとんでもないくらいの大きな街だった。
わたしは故郷から一歩も出た事がない故、写真等で城下町とかいうものを見てきたが、実物を見るのは今回が初めてだ。
(こんなに広いんじゃ、迷子になっちゃうよなぁ……)
とりあえず、まずは城へ行こう。
わたしは遠くの前に見える巨城目指して歩き出した。途端に
「うわっ!」
「きゃっ!」
横から駆けてきた人とぶつかってしまった。
「あ……すみませんでした。急いでいたもので……」
ぶつかった人は教会のシスターだった。この街のシスターなのだろうか?
まだ立ち上がっていないわたしに手を指し伸ばしてくれた。多分、わたしより年上だろう。
「いえ…大丈夫です」
わたしは手を取り立ち上がった。
「ありがとうございます」とお礼を言う前に、
「いけない! 急がないと! それでは失礼します!」
「えっ?」
シスターは一目散に人混みに紛れて行ってしまった。
「……ん?」
ふと、地面に落ちていたクロスのペンダントに目がついた。
あのシスターのものなのだろうか。
「すみませーん!! 落としましたよぉー!?」
まだ見える背中に声をかけても、シスターはこちらを振り向かず小さくなり、やがて見えなくなってしまった…。
(ど…どうしよう…。きっと探すと思うなぁ、こんなに綺麗なペンダントは……。テスト終わってから教会に行って渡さないと……)
仕方ないが故、わたしはクロスペンダントを荷物にしまった。
そして今回の目的の為、また歩き出した。
*****
サンポリア城。
城門には警備兵がおり、入団テストを受けるのだろう強そうな戦士達が警備兵に話をし、それから城内へ入っていく光景がある。
「すみません」
「ん? なんだい、お嬢ちゃん。今我々は忙しいので、他の兵士をあたってくれないかい?」
わたしも警備兵に話しかけたが、思いっきり女の子扱いをされてしまった。
「いえ…わたしも騎士団入団テストを受けに……」
「……え?」
警備兵は目を丸くし、私の全身を上から下まで見てから、
「あっははははは! まさか冗談だろう!! こんなお嬢ちゃんが騎士団にかい? 笑わせないでくれよ!!」
「…………証拠を見せればいいのかしら?」
「証拠? 証拠って一体どん…、…っ!?」
わたしは“証拠”を見せるべく、素早く警備兵の背後を回り、首筋に剣一本を当てた。
それで警備兵は黙ってしまった。
順番待ちをしていたギャラリーのほぼ全員が、警備兵のように黙ってしまった。
「こんなにすぐに殺られるなら、警備兵失格ですね…」
首筋の剣を離してやり、警備兵は安心したのか、脱力した。
「も、申し訳ございませんでした。どうぞ、お通り下さい。受付がございますので、そちらで手続きをお願いします」
警備兵は改めた態度でわたしにそう説明した。わたしは、わかりました、とにっこり(多分、目、笑ってないかも…)と答えて門を通った。
*****
警備兵の言う通り、城に入ってすぐでそんな“受付”の場所を見つけた。
ロビーのようになっているこの部屋は人がいっぱいいて、手続きの順番待ちだったり、済ませたらしいのか数人で会話をしていた。
***
「こんにちは、騎士団入団テストをお受けになる方ですか?」
「はい」
受付は女の人だった。格好から使用人の服だから、この城のメイドだろうか。
「では、まずお名前をお願いします」
受付嬢は紙と羽ペンを持ち出し、わたしの答えを待った。
「アルテミス・メリアーです」
「え!?」
言った途端、受付嬢はビックリした。
受付嬢だけじゃない、耳に入ったのであろう周りの受付嬢、順番待ちの戦士達が後退り、わたしを見た。
「あ…アルテミス…・メリアー様ですね…」
受付嬢はおどおどしながら紙に名前を書き込んだ。
周りの連中も、何事もなかったかのように平静を装おうとし始めた。
「えっと、お次に年齢をよろしいでしょうか……?」
受付嬢の顔から笑顔が消えていた。
わたしの名前を聞いてからだ。もしかして、父さんか兄さんの影響だろうか。
「13歳です」
「13……はい。では次に、出身地をお願いします」
「大陸名もですか?」
「はい、出来る限りに」
「サンポリア大陸、北端の湊町ウィズです」
「っ!?」
またも周りの皆がこちらを見てきた。
父さんの出身地は知らないが、兄さんの出身地は一致する。
メリアーはそれほど有名なのだろうか…。
「は…はい」
「……大丈夫ですか?」
「ひぃっ」
涙目になっているので、わたしは心配になって受付嬢に声をかけたら、ビビられた。
「はい、ごめんなさい……」
「いえいえ、焦らずに仕事をして下さい」
安心させる意味でにっこり微笑んだが、受付嬢には通用しなかった。
「お次は、メリアー様の武器と主な戦法を、…お願いします……」
「はい、わたしは両手剣です。素早さと手数の多さで低い分野を補います」
「……………いやぁぁぁぁぁ!!!!!」
「!?」
またもビビられた。しかも今度はハンパない。
さすがの戦士達も驚き、思わずわたしに武器を構えた。
「やっぱりメリアーか…」
「まさか、メリアーに娘がいたとはな…」
「親父さんとほとんど一緒じゃないか…」
群衆からヒソヒソと囁かれるわたし。
「おい女! お前、メリアーの娘だそうだな!?」
「っ? そうですけど……」
いきなり人混みを掻き分けて現れた大柄な男の斧使い。
わたしは正直の意味でしっかり答えたのだが、
「メリアーの娘…ここはお前の来る所じゃねぇんだよ!!」
「そうだそうだ!!」
「あんな奴の血が流れてるお前なんか人間じゃねぇ!!」
「人殺し! 魔物に寝返った悪魔!!」
「え? え…?」
何の事なのかさっぱりであった。
でも、人々の罵声を聞くと、どうやら父さんも兄さんもあまり良い評判はなさそうだった。
そう思うと、わたしは悲しくなった。
「戦士共、何事だ! 静かに手続きも出来ないのか!?」
「!?」
まさに鶴の一声、突然現れた豪華な鎧を身につけた男が現れ、場は静まった。
歳は40代くらいだろうか。でも体格の良さそうな戦士だ。
「あ…あの方は、ディルス将軍じゃないか…?」
「やべぇぞ……こんなに騒いじゃあ、おれ達テスト受けられねぇかもな……」
「全部メリアーがいけないんだろ……」
人混みのヒソヒソ話が聞こえる。
「何? メリアーだとっ?」
ディルス将軍という男は地獄耳なのか、ヒソヒソ話からわたしの名前を聞き、目を見開いた。
騎士団の将軍さえも驚かす程のファミリーネームを持つわたしは一体…。
「? お前がメリアーか?」
と、わたしをピタリと当てたディルス将軍。
そりゃわかるだろう。わたしの周りは誰もいないから。
「はい。アルテミス・メリアーです」
「……おい、その紙を見せろ」
「は、はいっ」
受付嬢にそう言い、泣いている彼女は慌てて将軍に紙を渡した。わたしの情報が記されたそれを。
「……ふむ、なるほどな。悪いが、わしについてこい」
ディルス将軍はそう言い残し、スタスタと歩いていった。
わたしは慌てて彼の後を追いかけた。
「お前達、もう騒がずに手続きを済ませろ!! いいな!?」
この部屋を出る前に、ディルス将軍は皆にそう呼び掛けた。
*****
長い廊下を渡っていた。
やはり城内は豪華だ。天井は高く、たかが廊下なのにいろんな飾りがある。
絵画や全身鎧、高級感ただようツボや骨董品とか。
「さ、入るがいい」
と促され、わたしはある一室に案内された。その部屋は長机に椅子が向かい合うように並んである。
写真で見た限り…会議室かなにかか。
「適当にどこか腰掛けてくれ」
「はい…」
ディルス将軍は立場が上位らしき椅子に座り、わたしは一脚離れた椅子に座った。
「アルテミス・メリアー…だったか?」
「はい」
「お前はあんな事が起こる可能性を承知で、今回、入団テストを受けようとしたのか?」
「いえ、まったく。というか…わたしは父さんと兄さんの名前すら知らないんです」
「何…? それはどういう事だ?」
「はい……実は……」
*****
わたしは今まで生きて、今日に至るまでの話をした。
わたしが物心ついた頃、父さんと兄さんはいないと思っていた事。
母さんが話してくれたが、一度も名前を聞いていない事。
また、父さんはこの王国の騎士団に所属しており、兄さんも後を追って所属したのかとばかり思っていた事。
そして、国の為、人々の為に正義を貫いているのだとばかり思っていた事……。
「ふむ……なるほどな」
ディルス将軍はわたしの話をしっかり受け入れてくれた。
「つまり、血縁があるにも関わらず、お前は世間の事を知らぬままテストを受けるつもりだったのだな」
「? 世間…?」
普通、家族の事を知らぬまま、ならばわかるが、何故“世間”という言葉を用いるのだろうか?
「あまり信じたくないが……わしが話す事は事実だ。しっかり聞くがよい」
「……はい…」
将軍の表情から見ると、やはりあまりいい話ではなさそうだ。
わたしはどんな話になろうと崩れぬよう、心をしっかりと身構えた。
「まず…お前の父親の名は『ダイアン・メリアー』。兄の名は『ルナトル・メリアー』だ」
「ダイアン……ルナトル……」
やっと、初めて聞いた家族の名前。
わたしは確認するようにその名を呟いた。
そして、身構えた心はこの後語られる真実に、結局は揺れ動いてしまうのであった…。