十七
そんな様子を、こっそりと見つめる影があった。
ルカである。
家と学園の生活が全てだったルカには、学園で悪い噂が流れる元劣等生の義姉は恥だった。
しかしどうだろう。今ルカの目に映るクロエは、ルカの知る人ではなかった。
ルカは困惑していた。
義姉の姿と義姉を探した自分に。
パーティーから帰ってこなかったクロエを心配し、ルカはクロエの行方を探した。
クロエと一緒にいたはずのペンバーは、「知らない。」の一点張りだった。
ルカは嫌な予感がした。
今までクロエの帰りなど気にしたこともなかったのに。
気づけばルカは全力でクロエを探し回っていた。
そこで宰相の息子に教えられ、ここにたどり着いたのだ。
ルカはクロエが牧場に通っていることも、店に出入りしていることも知らなかった。
ルカの中のクロエが、壊れた瞬間だった。
(義姉上ーー)
クロエはたくさんの人に囲まれていた。
学園では誰も近寄らないクロエに。
ルカは奇妙な気持ちになった。
(ずっと勝ちたいと思っていたのに、争っていたのは僕だけだったのかーー)
クロエは魔術に固執していなかった。
勝手に勝ったつもりでいた自分が、恥ずかしくなった。
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次の日、街ではちょっとした騒ぎになっていた。
「聞いた?クロエちゃんのお店、今日から新作が出るんですって!」「噂の冷たいデザートか!」
そこら中、この話題で持ちきりだ。
クロエの店は、ちょっと贅沢をしたいときにぴったりだと、プリンもパンケーキもものすごく繁盛していた。
デートスポットとしても、一番人気だろう。
どのカップルも、クロエの店を訪れていた。
若い女の子は、この店に連れて行くと必ず喜ぶことから、縁結びの場所としても有名になっていた。
「私、早めに行って並んじゃおうかしら。」
「あら、それはやめてってクロエちゃんが言ってたでしょう?」
庶民にはない礼儀正しさのあるクロエは、おばさま受けが非常に良かった。
そして街の女の子からも憧れの的になっていた。
いくら庶民に見せかけても、クロエの服は一級品だったからだ。
まさかあんな高位の貴族だとは思わずとも、どこかお金持ちの家の子だろう、と想像されていた。
「た、大変だ!」
もちろん、そのデザートはまだ完成していなかった。
一体誰がこんな噂を流したのか。
クロエたちは困っていた。
クロエの魔術が調整できるようになったとしても、いつまでもクロエに頼るわけにはいかない。
毎回クロエに凍らしてもらわないといけない商品なんて、これから続けていくわけに行かないからだ。
せめて氷があれば、それだけでどうにかできるようにしたい。
クロエたちは試行錯誤を繰り返した。
だが、氷の上に置くだけでは、クリームは冷えるだけで固まりはしなかった。
(どうしたらーー)
クロエたちは行き詰まっていた。
もうすぐ開店の時間になる。
(新作を期待してわざわざ来てくれたお客様に、がっかりさせたくはないーー)
これがみんなの思いだった。
氷を砕いたり、量を増やしたり、周りを囲んだりしてみた。
どれも固まるまでには至らない。
「た、大変です!いつもの二倍の客が!」
店番が駆け込んできた。
開店より少し早く着いた客の多さに、店の方でもパニックになっていた。
「仕方ないわーーできるだけのことを!」
店の開店が数分後に迫っていた。
クロエは、いつも牛乳が入っている銀色の容器を取り出すと、ありったけのクリームを流し入れた。
そして氷のうえでゴロゴロと転がした。
もう時間がない。
こうやって全体を冷たくするしかなかった。
とりあえずは冷たいクリームを味わってもらおう。
クロエはそう考えていた。
冷たいクリームは十分甘くて美味しかった。
クロエの様子をみて、コックたちも手伝ってくれた。
開店のギリギリまで急ぎ、店まで持っていった。
「クロエ様!」
リヒトが出迎えてくれて。
クロエは店の厨房に入ると、食器にクリームを流し入れようとした。
容器に突っ込んだスプーンが、シャク、と何かに当たった。
クロエは容器を覗き込んだ。
そこには固まったクリームがあった。
「わ!!!!」
クロエは衝撃を受けた。
「ど、どうした?」
本気で心配したオーナーたちが駆け寄った。
「で、できてる!」
クリームはクロエの想像する通りに固まっていた。
「ま、まじか!」
オーナーとクロエは手を取り合って喜んだ。
「く、クロエ様、時間が!」
総動員して盛り付け、なんとか開店に間に合わせた。