十一
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ルカは帰ってこないクロエを心配していた。
「母上、姉上が帰らないのですが...」
「クロエならいいのよ。今日は彼の屋敷に泊まってるんじゃないかしら?」
ウフフと微笑む。
「彼...?」
「そう。あの騎士は確か騎士団長の息子ね。王子との結婚を諦めたわけじゃないのよ?
でも騎士団長の息子も保険に、ね。」
平然と言った母に、ルカは驚いた。
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「クロエ様...」
クロエはすねて壁の方を向いたままだった。
「お、怒っています...?やっぱり嫌でしたか...?」
勢いでキスしたリヒトも、クロエの様子にだんだんと自信をなくしていた。
(客観的に考えれば、美少女に襲いかかる獣人...)
リヒトは頭を抱えた。
尻尾もポサリ、と垂れ下がった。
その重たい気配を感じ取ったのか、クロエが振り返った。
「い、嫌じゃなかった...から困ってるの!」
尻尾がピンと上がった。
「えっ!」
クロエは赤くなった顔を手で隠した。
「クロエ様...!今なんて!?」
リヒトの尻尾はブンブン振られた。
「もー!こっち見ないで!」
クロエはどうにもリヒトに上手を取られたようで悔しかった。
「...どうしよう、ここに閉じ込められたままなのかな?」
クロエもリヒトもやっと我に返った。
冷たく暗い牢屋の中で、ふわふわした空気を醸し出していた自分たちはなんだったのか...
「そうですね...寒いでしょう?こちらに寄って下さい。」
リヒトが自分の膝を叩く。
「い、いいよ。」
「床に座るのは体に悪いですよ。ほら、どうぞ。」
リヒトの眼差しがあまりにも暖かく、クロエはリヒトがあぐらをかいた上に座った。
(ああ、やっぱり...)
リヒトはクロエの肌の冷たさを感じた。
「お、重くないの?」
「ふふ、まさか。羽のように軽いですよ。」
リヒトには本当にそう感じられていた。
大切なクロエが膝に乗っている、そう思うだけで重さはみじんも感じられなかった。
ふぁさふぁさ...
「ひゃあああっ!」
膝の上で安心しきっていたクロエは、突然体に触れた何かに、驚き飛び上がった。
「えっ?」
暗闇に目を凝らすと、その正体が明らかになる。
「す、すみません...」
リヒトは無意識にクロエへ尻尾を絡めていた。これは獣人によく見られる求愛行動だったが、リヒト自身無意識での行動に驚いていた。
ぎゅ、とクロエが優しく尻尾を掴んだ。
「このままにして。」
正体が分かれば、もう怖くはなかった。
それどころか、ふさふさ、ふわふわの尻尾は、クロエのブランケットにするには最適だった。
「ふわふわ〜あったかーい。」
リヒトは思わぬ反応に、頬を緩めた。
(やっぱり変わってなかった...)
クロエは、名前やみた目が変わっても、リヒトが思うクロエのままだった。
「手錠と足枷がなければ...こんな檻壊せるんですが...」
リヒトは悔しそうに言った。
獣人ということを考慮され、リヒトにだけ足枷もつけられていた。
「檻...うーん。」
クロエは突然、ボワッと火をつけた。
「溶けるかな?」
「え、火で檻を!?そ、それは...」
手枷をはめられたクロエが炎を扱うことに、リヒトはそわそわと心配していた。
クロエの魔術の能力は、アレ以来すごい進歩を遂げていたのだが、リヒトはそれを知る術がなかった。
「うーん、鉄かなあ?合金?三千度くらい?」
クロエの出す炎の色が、青に変わった。
「く、クロエ様?」
「三千度も出したらさすがに熱いよね?」
試しに炎を出してみたクロエも、リヒトの慌てように思わず笑ってしまった。
青の炎は火系の魔術が得意な者でも中々扱えないものである。もし他の誰かがここにいたならば、クロエが簡単に炎を出していることにものすごく驚いただろう。
しかし、クロエには青い炎は身近でみたことのあるものだったし、リヒトは炎の色どころではなかった。
「たぶん、魔術では出られないようになっていると思います。」
職業柄、この檻や枷が熱でどうにかなる程度のものでないことは知っていた。
「んー、じゃあ凍らせて温めてを繰り返すとか?でも鉄なら脆くならないんだっけ...」
クロエは必死に理科の実験を思い出そうとしたが、得意分野でもないことを何年も覚えているわけがなかった。
「あ!酸性の液体とか?」
「クロエ様!?」
だんだんとおどろおどろしくなる発想に、さすがのリヒトも声を上げた。
「ふふふ。」
諦めたのか、クロエは檻から離れ、リヒトの元へ戻った。
「もう少しだけ待って頂けますか?」
リヒトは早朝にここから抜け出す術を知っていた。