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最終話:不死鳥の如く

 ギロチンの願いを叶えたカナリアは、そのまま数日間村人の手伝いをした後、一人帰路へと着いた。ちなみに白竜騒動の時の路銀がかなり余っていたので、必要最低限を残してトボーソ村の住人に寄付し、ギロチンの所持していた荷物は、全て両親が眠る墓の近くに埋めておいた。


 巡礼は無事終わり、急いで戻る必要も無いので、カナリアは一人、ギロチンに誘われて、結局安いものしか注文しなかった料理屋で、一番高いものを食べたり、脇道に逸れて、景色が美しいと言われている場所にも足を運んでみた。しかし料理も景色も、美味で、風光明媚(ふうこうめいび)ではあるが、何となく味気無く感じるのだ。それに、ギロチンと二人の時には大して気にならなかったが、一人黙々と歩くという事は、想像よりもずっと辛かった。結局、途中からは景色も碌に見ず、ただ無言でおんぼろの乗合馬車に揺られていた。


「帰ってきたなぁ……」


 そうしてカナリアは、懐かしい宿舎へと戻ってきた。いつ見ても古臭い建物で、ここでまた再び、退屈ながら、安穏とした日常を過ごすのだ。若干錆びた入り口のドアノブへと手を伸ばした時、カナリアは一つため息を吐いたが、それが安堵の物か、陰鬱さの現れなのか、自分でも良く分からなかった。


「ただい……げ、ナナイ」


 ぎいい、と軋んだ音を立ててドアを開くと、カナリアは相手に聞こえないように小声で呟いた。ドアを開いた先には、まるで自分を待ち構えるように、不倶戴天の敵ナナイが入り口で待機していたのだ。正直無かった事にして回れ右をしたいが、相手は腐っても貴族だ、無視をするわけにも行かない。


「久しぶりねナナイ、選抜試験はどうだった?」


 カナリアとしてはあまり触れたくない話題ではあったが、敢えて自分から選抜試験のことを口にした。今の心境でナナイの嫌味を受け流す自信が無い。ここは相手に自分を見下させ、適当に気持ち良くさせて流してしまおう、そういった考えだった。


「……っ! いい気にならないでよね!!」

「へっ?」


 だが、ナナイはその言葉を聞いた瞬間、マグマの如く真っ赤になって、カナリアを睨み付けた。ナナイがカナリアを睨む事など日常茶飯事だが、今日の様子は尋常ではない、親の敵を見るような眼力に、カナリアは鼻白む。


「あ、あんたが……! あんたが居なければ私はっ……!」

「な、何!? 何なの?」


 ナナイは握り拳をぶるぶると震わせながら呪詛の言葉を吐く。選抜試験の結果が思わしくなかったのだろう。自分の失言にカナリアは内心舌打ちしたが、挑戦権を奪った側のナナイが、カナリアが居なければと恨む理由が分からない。


「そこまでです、聖霊協会員ナナイ。それ以上の無礼は見過ごすわけには行きません」


 困惑しているカナリアの耳にも良く通る、凛とした声が聞こえてきた。カナリアが声のしたほうに目をやると、入り口脇の通路から、一人の背の高い女性が現れた。鴉の濡れ羽色の艶やかな黒髪を、綺麗に肩の辺りで切り揃え、背筋をしゃんと伸ばしたその姿は、控えめでありながらも気品を感じさせる。着ている物から聖霊協会の人間だとは分かるのだが、カナリアが着ている物と比べて、遥かに高級な素材で作られている事は素人目でも分かる。


「ぶ、無礼って! だってこいつが!」

「――こいつ? カナリア様に向かって『こいつ』ですか……」


 女性の声は決して大きくないが、周囲の温度が数度下がるような、底冷えする怒りを含んでいる。ナナイに向けて放たれた言葉のはずだが、横で聞いているカナリアですら身震いしてしまうような恐ろしい響きだ。


「……聖霊協会員ナナイ、何日も前から、貴方をここで待たせていた理由は何ですか? カナリア様にこれまでの非礼を詫びるためでしょう」

「わ、私は別に非礼なんて!」

「……二度は言いません。聖霊協会員ナナイ。貴方はただ黙って、カナリア様に跪き、非礼を詫びれば良いのです。それとも、田舎貴族の末端会員が、中央貴族出身の、聖霊協会中央本部の名代として派遣された、この私の命令に逆らうと言うのですか? その影響が、貴方と、貴方の家にどれほどの影響を与えるか、分かった上で逆らうというのなら、私は別に止めませんが」


 謎の女性の声は抑揚も無く、淡々としていたが、暗に『逆らったらどうなるか分かってるんだろうな』と匂わせていた。自尊心にグサグサとナイフを突き立てられたナナイは、恐怖と屈辱に身を震わせながらも、当惑するカナリアの前に肩膝を付いた。


「……今までの、ご、ご無礼を、お、お、お許、し下さい……カナリア様」


 カナリアは目を剥いて、まるで珍獣でも見るかのようにナナイを見つめていたが、堪えきれなくなったナナイが不意に立ち上がり、この世の憎悪を全て集結させたような表情でカナリアを凝視すると、そのまま走り去った。


「待ちなさい! 聖霊協会員ナナイ! まだカナリア様のお言葉をいただいてないでしょう!」

「うるさいっ! 皆死ね! 死んじゃえ!」


 ナナイは恐らく自分でも何を言っているか良く分かっていないのだろう。支離滅裂な言葉を喚き立てながら、廊下の奥へと消えていった。カナリアが呆然とその姿を見送っていると、申し訳なさそうな表情を浮かべながら、女性が声を掛けてきた。


「私が付いておりながら、このような醜態を晒してしまうなんて、カナリア様に何とお詫びをすればよいか……こうなれば聖霊協会員ナナイを断頭台に……」

「ちょ、ちょっと待って下さい! ナナイはいつもあんな感じなので気にしてませんから! というか、貴方は誰ですか? 後なんで『様』付けなんですか?」


 カナリアは、物騒な事を言う謎の女性に質問を投げかける。最近自分が与り知らぬ所で、勝手に物事が進む事が多い気がする。やはり不死者に肩入れなどしたせいで、運が悪くなったのだろうかなどと、カナリアは本気で考えていた。


「申し遅れました。私は聖霊協会中央本部のリリーナと申します。以後お見知りおきを」

「はぁ、私はカナリアと申しますが、中央本部所属のリリーナ様が、こんな地方の一支部に何の御用でしょう?」

「カナリア様、私の事は呼び捨てにしていただいて構いません。私はカナリア様の護衛及び、身の回りのお世話をさせていただくために派遣された、いわば召使のような物ですので」


 そう言うとリリーナは、まるで分度器で測ったかのような最敬礼で、恭しくカナリアに頭を下げる。その動作が余りにも洗練されていて、思わずカナリアの方がひれ伏しそうになってしまった。


「私の護衛? 召使? え? ……え?」

「国の宝であり、再生、繁栄の象徴、不死鳥(フェニックス)の雛とでも言うべき聖女候補には、本来五名は使者が派遣されるのですが、なにぶん急遽決まったことで、人数を揃えることが出来なかったのです。けれどご安心下さい。私一人でも、十人分の仕事は出来ると自負しておりますので」


 微笑みながら、少し得意げに胸を張るリリーナには悪いが、カナリアには話している事がまるで理解できない。


「だからですね、言っている意味が良く分からないんですが、聖女候補って……?」

「ああ、カナリア様は巡礼の旅から戻ったばかりですものね。状況が分からないのも無理はありません。お連れの方には書状をお渡ししたのですが」

「……お連れの方?」

「ええ、昨日ここにふらっと現れて、不審者かと思ったのですが、カナリア様の近況を事細かく説明されたので、書状を渡しておきました。恐らく部屋に居るのでは無いかと……あ、あの! カナリア様!?」


 リリーナをさし置いて、矢も立てもたまらずカナリアは飛び出した。状況はまるで分からないが、こんな事になっている原因を作り出した馬鹿者が居ると分かったから。本来なら走ってはいけない廊下をぶっちぎり、見慣れた自室のドアを体当たりするように開く。


 ――視界の先には、外套と覆面で身を包んだ、やたら線の細い男が立っていた。


「ギロチン……さん?」

「よぉ、遅かったじゃねぇか」


 陽光の射す見慣れた狭い部屋の中、カナリアが搾り出すように、呼び慣れた名前を口にすると、目の前の人物は、聞き慣れた、あの気の抜けた、陽気なトーンの声を返してきた。


「…………ほんとに、ギロチンさんなの?」

「こんな奇天烈な格好の奴が他にいるかよ。何だカナリア、寂しかったのか?」


 呆けたように自分を見上げるカナリアのくすんだ銀髪を、ギロチンは優しく撫でようと腕を伸ばし――


「何してくれてんですかぁー!!」

「ちょ!? ちょい待て! 首を絞めるんじゃねぇ! 頭! 頭取れるから!」


 怒りのカナリア首絞め攻撃に妨害された。カナリアはその小さな手でも十分に掴める首の骨を、両手でぎりぎりと絞めながら叫ぶ。


「聖女候補扱いされるわ、ナナイに殺意は向けられるわ、訳わかんないことになってるんだけど、これは一体どういうことですか!? 今度は一体何をしてくれやがったんですか!?」

「おおお落ち着け! 俺のせいじゃねぇよ! お前も共犯だ!」

「共犯?」

「ほれ、これ見てみ」


 ギロチンは慌てて懐から一枚の紙を取り出し、怒り狂う聖女候補に押し付けた。カナリアは訝しみながらも、滑らかな上質紙に綴られた文字に目を走らせる。そこにはこう記されていた。



 ――聖霊協会員 カナリア殿


  先日、聖霊協会に出頭したガナックにより、カナリア殿の事を耳にし、勝手ながら中央本部にて調査させていただいた。苦しむ村人を助けるため、危険な森へと踏み込み、遭遇した白竜をも従えるその力、天下の大悪人と噂される相手を許す寛容さ、何より、それだけの力を持ちながら、誰も巡礼に行かぬ辺境へと自ら向かうその清き心。これほどの逸材を見落としていた事を深く謝罪させていただきたい。それと同時に、特例として、カナリア殿を聖女候補として、是非中央へ迎え入れたい。良い返事をもらえることを期待している。


                             ―聖霊協会中央本部―



 全く意味が分からず、三回ほど文章を読み、引きつった笑いを浮かべ、そうしてようやく頭の回路が正常に起動しだし――


「でええええええぇぇぇぇえぇええぇぇえぇ!!!??」


 カナリアは宿舎が吹き飛ぶ程の奇声をあげた。


「な、何これ? 何これなにこれナニコレ!?」

「落ち着け! よく分かんねーけど、お前と俺が中央に行けるって事じゃねぇか! やったな!」

「お前と……俺?」

「おうよ。あの中央本部から来た姉ちゃんに聞いたら、お付きなら大丈夫って言ってたぜ?」


 大丈夫なわけが無い、どこの世界に凶悪犯罪者と共に役所勤務を希望する奴がいるのだ。そう思ったカナリアだが、今更ながら、重大なことを失念していた事に気が付いた。


「ていうか、何でギロチンさんここにいるんですか!?」

「実はな、俺が消滅した後、親父とお袋の魂に会ったんだよ。そしたら『男なら一度決めたことは死んでもやらんか!』ってめちゃめちゃ怒られて、俺もそうだなーって思ったんで、死んでもカナリアの騎士になることにしたって訳だ」

「……何で?」

「墓の前で、『私の格好悪い騎士さん』って言ってたじゃん」

「……マジですか?」

「マジだ」


 堂々と言い切るギロチンを尻目に、カナリアは頭を抱えて蹲った。余りにも問題が多すぎて、うまく考えが纏まらない。中央本部へのお誘いの件に関しては、リリーナを遣いに出している事から本気を伺える。そして、天下の聖霊協会――その中央本部の本気を突っぱねる度胸はカナリアには無い。仮に断ったとしよう、そうなるとこれから先、あの状態のナナイと顔を合わせて生活していく事になる。ナナイがあれだけ望んだ地位を自分が奪い、しかも簡単に蹴ったと知られれば、逆上して刺されてもおかしくない。どちらを選んでも修羅の道だ。


「あああああああああ……」

「何悩んでだよ? いい話じゃねぇか」


 さらに頭を悩ますのがこの不死者だ、この辺のザル警備ならまだしも、中央本部に不死者など連れて行って、バレたらどうなるか想像するのも恐ろしい。かといって放っておくと何をするか分からない。ほんの数週間前までうだつの上がらない会員その一だったのに、何故こうなってしまったのか……暫くの間、床に這いつくばって悶絶していたカナリアだが、ふらふらと立ち上がった。


「もう……こうなったら聖霊協会だろうが地獄だろうが、行くしかない……行ってやるわよ!」


 半ば自棄気味であったが、カナリアは覚悟を決めた。何を選んでも茨の道を歩むのなら、自分が最初に一番望んだ道を歩むべきだろう。この不死者に会う前の、生ける(リビングデッド)のような自分に戻るより、どうせ死ぬなら前のめりで死ぬべきだ。


「おお! いいぞカナリア! さすが俺の見込んだ女! 俺も一人前の騎士になれるよう頑張るぜ!」

「……って言っても、どうすればいいか全っっっ然思いつかないんですけど」

「今までだって何とかなったんだ、これからだって何とかなんだろ。あ、そうだ! カナリアが聖霊協会のトップになってよ、生者と不死者が手を取り合って過ごせる国を作ればいいじゃねぇか」

「そんな夢物語みたいな事言わないで下さい! 生者と不死者が仲良く出来る訳ないじゃないですかぁ……」

「ここに仲良くしてる奴らがいるじゃねぇか、前例がありゃ、後はそれを増やすだけだ。ヨユーだろぉ?」


 凄い名案を思いついた、とギロチンは自画自賛する。その余りにも無茶苦茶な提案を、余りにもあっけらかんと言い放つ大馬鹿者を見ながら、カナリアはこめかみを押す。


 そういえば、リリーナは自分のことを『不死鳥の雛』と呼んでいた。不死鳥などという大層な物ではないが、不死者(ギロチン)(カナリア)が合わされば、字面だけはそれっぽくなる。何の根拠も無い事を自信満々で言うギロチンを見ていると、怒るのも馬鹿らしくなり、何となく出来そうな気がしてきてしまう。カナリアは、自分もこの不死者の単純さが移ったのかなと苦笑する。


「仕方ない、覚悟を決めますか!」

「おうよ! 気楽に行こうぜ聖女様!」


 二人は馬鹿みたいな大声を張り上げ、勢いよくドアを開ける。廊下の先には、主の命令を待つ忠臣リリーナの姿が見えた。その抜き身の刀のような佇まいに、カナリアは若干怯えるが、もう後には引けない。賽は投げられたのだから。


「さて、まずは第一関門をどう説得するかですけど……」

「おいカナリア、俺にいいアイディアがある。ちょっと耳貸せ」


 行き当たりばったりで、先の見えない二人の物語は、これからも続きそうだった――

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