第7話 おかえりの重さ
ネーレに連れられたのは、ギルドの八畳ほどの応接間だった。
厚い石壁に囲まれ、外界の喧騒がほとんど届かない室内でノアは肩にラビエナを座らせたまま椅子に腰掛ける。すると、受付嬢の正装である焦げ茶のローブ姿のネーレはカチリと扉の鍵をかけ、机を挟んだ向かい側に座った。
「どういう事か聞かせてもらいましょうか?」
机に肘をついて指を組んだネーレの瞳には、さっきまでの柔らかさが跡形もない。栗色のその瞳は、死んだはずの人間を静かに映していた。
ノアは被っていたフードを外した。
ラビエナとの契約で黒く染まった髪と素顔を晒す。
「……見ての通り、俺は死んでないよ」
「それはわかった。それじゃあ、なんでノアが死んだことになってるの? あなたの仲間は今も目覚ましい活躍を続けているのよ?」
「仲間ね……」
どこか乾いた響きの返答に、ネーレの眉がわずかに寄った。
「……なにがあったの?」
「……言えない。訳があって俺はパーティーを抜けて」
「私にも言えない?」
「……ごめん、ネーレさん」
恩人のフィアにも話していないことを、ネーレに話す気にはならなかった。
ネーレは悲し気に視線を落とす。その小さな仕草に胸がざわつき、ノアは気づけば膝の上で爪を掌に食い込ませていた。
応接間は、しばらく沈黙に包まれる。石壁に掛けられた古い時計が、コツ、コツ、と音を反射させ、やけに耳に刺さった。
「……わかったよ。でも一つ言わせて?」
ネーレはまっすぐノアを見据えた。
その瞳には怒りでも詮索でもない。ただ、温もりのある優しさだけがあった。
「ノアが死んだって知らせが来て、私が……フィアが……みんながどれほど悲しんだか……どれだけ辛かったか……それだけはわかってほしい」
胸の奥で、押し固めていた何かがひび割れるような衝撃が走った。
しかしノアは、ネーレの言葉に沈黙で返す。いや、口が開けなかったのだ。
その動揺が表情にも表れていたのか、ノアの顔を見つめていたネーレは柔らかく息を吐いた。
「――まぁ……いっか」
「え?」
「何よりも嬉しいのは、あなたが生きてくれていたこと。血は繋がってないけど、私はノアを本当の弟のように思ってる。待っててあげるから、その気になったら教えてね?」
胸の中心が、大きく揺れる。
温かさと痛みが同時に広がり、もう沈黙で返すことなどできなかった。
「……わかった。でも、いつになるかわからない。話せないままかも……」
「それならそれでいいよ。ノアが元気なら、それでいい……さ、戻りましょうか」
ネーレは椅子から立ち上がり、ローブの裾を軽く整えた。
「ノア、身なりと言動を見る限り、正体を明るみにしたくはないんでしょう?」
「え? ……うん、まぁ……」
俯いて答えたノアに、ネーレはくすっと小さく笑った。
「じゃあ今後はギルドや冒険者関係は私を通して? 上手くやってあげるから」
「……ありがとう」
「どういたしまして。じゃあノアのカードの準備をしてくるね。あとで呼ぶから」
ネーレはカツカツと足を進めて、出口の扉の鍵を開けて開く。そして外へ足を一歩踏み出した時、「あ、そうだ」と言って再びノアへ振り返った。
「言い忘れていたことがあった!」
「な、なに?」
「ノア、おかえりなさい」
そう告げたネーレはウィンクを一つ。そして、扉はパタンと静かに閉められる。
残されたノアは、しばらく椅子に座ったまま動けなかった。
「……おかえり、か」
呟いてみると、胸の奥で小さく何かが温かく灯る。正直言って、心地が良い。
ラビエナが肩の上で足をぶらぶら揺らしながら、ノアの顔を見つめていた。
「ノア、顔がちょっと緩んでるよ?」
「う、うるさい」
「でも……ふふ、いい人だね。あのネーレって人」
「……ああ、そうだな」




