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第2章 湊鼠の湖 3

西湖の病院の最新設備の取材に訪れた新聞記者、孤堂駿介は、病院の幽霊騒ぎに巻き込まれる。入院患者の大山源蔵が、その幽霊を見たということで錯乱し、失踪。病院をあげて捜索するが、翌日、水死体で発見される。


 記事を送ってしばらくして返信の電話がかかった。

「これで記事になるか」

 勿論、電話の主はキャップの大森だ。

「まだ自殺かどうかわからない」

「だったら警察署に張り付いて記者発表を聞いて来い」

 ごもっともです。しかし発表を聞いても、多分、自殺だといわれるだろう。このなんとも言えない心のささくれは一体何を意味しているのだろう。狐堂はバイクにまたがって、富士吉田警察署に向かった。

 昨日会った地元の有線テレビのクルーも来ていた。あと、地元紙と、タウン誌の記者が寛いだ様子で警察署の前の植え込みの前で座り込んでいる。

「たたりですよ」

 有線のカメラマンが口を切った。

「まさか、そんな」

地元紙が笑う。

「それが結構重要なタレコミがありましてね。あの仏さん。お化けを見たんですよ」

「怪談話でしょ。よくある話じゃありませんか」

「そんなもんじゃありません。何でも夜中にベッドサイドのテレビが勝手について、そこに自分の手術の映像が流れるんです」

「わ、グロ」

 タウン誌のカメラマンが大仰に怖がる。

「それもただの手術じゃなくて、自分の腹の中に腐った人の手首を入れられている映像なんですよ」

 有線の説明に、面々は頭の中でその光景を想像し、一様に目をそらした。

「それで、仏さん、大騒ぎして中の手をどけてくれと言ったらしいんですが、いくらCTスキャンしてもそんなものは見えない。で、幽霊に取り付かれたって思い込んで死んでしまった。と、そういうわけです」

「ハイテク時代の幽霊ってわけか」

 狐堂は呆れたように呟いた。彼は幽霊の存在を信じるほど、非現実的な人間ではない。すべての超常現象が今は解明されなくても何かしらの作為か、自然現象であると信じている。

「そんなに言わないで下さいよ。あの病院には何かある。今までにもタレコミがあって、そりゃホラー映画、真っ青の幽霊が出るんだ。それもすべてテレビ映像として」

 話し好きのカメラマンらしく、その話を延々とする。警察発表はなかなか始まらないし、狐堂を除いて皆地元の人間で顔見知りということもあって話に花が咲いている。最初は孤堂の存在もあって標準語で話していたが、話に熱が入ると、語尾に変わったイントネーションが入り、接尾語が聞き慣れないものになる。孤堂は方言だと気付いたが本人たちはそれほど意識しているとは思えない。

 ようやく警察の動きがあって狐堂たちは中に呼ばれたが、会議室といったところではなく、免許証の受付の前の少し広いところで、広報官が読み上げる文章をメモする羽目になった。

 大山源蔵、72歳。悪性腫瘍の摘出のため、この病院で手術を受けた。本人には良性の腫瘍だと告げている。腫瘍は広範囲に広がっており、手術は成功したが、予断の許せない状況だった。手術三日後の夜中、精神錯乱に陥り、鎮静剤で落ち着いたものの、自分はもう死ぬと口走り、興奮は完全には冷めなかった。病院が見舞い客でごった返し忙しくなった四時から七時の間にベッドを抜け出し、石を懐に抱いて入水自殺をした。遺書はなかったが、争った後もなく、履いていたと思われる病院のスリッパは湖畔の岸で見つかっている。この案件は自殺ということで処理される。

 簡単な発表で皆、淡々とメモを取り、テレビカメラを回している。ここは青木が原の樹海が近いためか、自殺は多い。自殺が日常茶飯事なので皆、あまり気に掛けない。発表が終わると急ぐでもなく、ぞろぞろと出て行く。狐堂は有線テレビのカメラマンを捕まえた。

「あの幽霊騒ぎ。本当なのか」

「あ、確かですよ。東京じゃお化けは出ないんですか」

「おれは見たことがないが。そのタレコミ、何度もあったって」

「ええ」

「誰が」

 狐堂に詰め寄られて、カメラマンはちょっと引く。狐堂の目つきの悪さは暴力団の比ではない。目つきの悪いやくざがこちらを見張っているという通報で警察が駆けつけると、取材で狐堂が張っていただけ、ということが何度もある。その警官にやくざのほうがずっと愛嬌があるといわれたのも一度や二度ではない。

「そんなに睨まないでくださいよ。電話ですよ。電話でいいネタがあるってかけてくるんです」

「勿論、金を要求するんだろ」

「当たりですよ。ま、一回一万と決めているんですけどね。そこでこの手のネタを出してくる」

「相手の名前とか聞いていないか」

「そんなもの言う訳ないでしょう。パシリのガキが写真を持ってきて、金を受け取る。電話の声は土地の人でしょうね。話し方に訛りがあるから」

 チンピラの小遣い稼ぎというところか。

「ネタは本物なんですかね」

「かなり確証は高いですよ。それで病院に取材を申し込んだんだけど、すげなく断られましたよ。その上あの理事長って言う若造が、名誉毀損、営業妨害だとかすごい剣幕で怒鳴りまくって、おれたちは追い出されてしまいましたがね。でもね、看護婦の話じゃ、どうも本当にあったらしくて、今度のこともそのお化けでおかしくなっちまった患者が突発的に湖に飛び込んだんじゃないかって、もっぱらの評判ですよ」

 気のいいカメラマンは自分のスタジオに戻り、狐堂は昨日盗られた財布の件を届けるためにまた警察の建物の中に戻った。受付の女性に渡された書類に書き込んでいると土屋が出張ってきた。

「財布ねぇ。本当に盗られたんだ」

 上から書類を眺めている。

「二千円ぽっちしか入ってなかったのか。他にクレジットカードとか、免許証なんか入ってなかったのかよ。あんたね、そんなちんけな盗難届、出さないでよ。こちらは忙しいんだから」

 言われて狐堂は手を止めた。確かに小銭だ。祭りの屋台を覗くだけだから貴重品は持っていなかった。カードや取材費等が入った札入れはバイクの物入れの中の鍵がかかる仕切りに入れておいた。だからあの財布が盗られてもそれほど困ることはない。ただ一枚の写真を除いて……。

「中に写真が入れてあったんだ」

「はい、写真ですね」

 受付の女性が気を利かせて代わりに書類に書き込む。

「届けは受理しましたので、見つかりましたらこちらから御連絡いたします」

 事務的ではあったが、女性はにこやかに笑っている。若い女性にはあまり土地は関係ないらしい。持っている小物は東京でも流行っている類のものだし、話し方、しぐさもあまり変わらない。

「出てくるもんか」

 土屋が捨て台詞を吐く。正確には出て行くのは狐堂のほうなので、捨て台詞とはいえないのだろうが、その言葉に反論しても始まらない。

大山源蔵の失踪、それに続く水死体での発見は、ただの自殺ということで片付けられたが、孤堂駿介は何か引っ掛かるものを感じる。度重なる幽霊騒ぎ、その被害者ということだけではないだろう。事件なのか事故、自殺、どうとでも取れる案件だ。

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