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第2章 湊鼠の湖 1

西湖の北岸に建つ瀟洒なホテルとみまごうばかりの病院で、幽霊騒ぎが起きていた。入院患者のベッドの脇のテレビモニターに悍ましいホラー映像が流れるというものだ。入院患者の大山源蔵が錯乱し、大騒ぎになった。

そんな騒ぎを知らずに、新聞記者孤堂駿介は、病院の最新設備を取材するために、病院を訪れた。その際に、地元の観光課の職員から湖での花火大会の取材を申し込まれる。

花火大会を取材し、ちょっとした騒動に巻き込まれて、怪我をした病院の事務員の手当てのためその職員を本人の自宅マンションに運んであげたとき、大山源蔵が失踪したという連絡を受けた。孤堂は事務員の代わりに捜索に出向くことにした。


 西湖では早乙女直人の指示のもと、捜索が進んでいた。

「早乙女先生。お手伝いに来ました。赤城さんが怪我で動けないので代わりです」

 狐堂が声を掛けると、憔悴しきった医師はそれでもけなげに対応している。昨日からほとんど寝ずに大山源蔵の看護をし、落ち着いたところで担当医の南に代わって仮眠を取った矢先の失踪騒ぎだ。それでも病院職員で探したが見つからず、今は近くの村の消防団に協力してもらい、捜索範囲を広げて探しているという。

「申し訳ありません。それでは早速、狐堂さんには、職員と一緒に西湖の湖の中を探していただきたい」

 すでに数人がボートを出していたので、狐堂もそのうちの一艘に乗り込んで懐中電灯で照らしながら湖を捜索した。同乗の職員は厨房の人間だった。

「すいませんね。なんか取材で見えられたんでしょう。来る早々こんなことに巻き込んじゃって」

 実直そうな職人といった印象の男だ。

「大山さんってどんな方なんです」

「私は板前で患者さんの病気のことはわからないんですが、手術前は食堂で食事を取られていらっしゃいましたからね、何度かはお会いしました。何でも東京で自動車修理工場を経営なさっているとかで、刺身のお好きな方でしたよ。年は70をいくつか越えていて、腫瘍が出来ているので、それをとるとか言ってましたっけ」

「手術がうまくいかなかったんですかね」

「それはないでしょう。あの早乙女先生が執刀したんですよ。それに東京からその専門の医師も招かれていたし、厨房にも手術後一週間で重湯から始まる食事の用件が廻ってきましたからね」

 職人の言葉によれば失踪する理由はなさそうだ。西湖は富士五湖の中でも小さな湖だが、夜中の九時、十時に探すともなれば広く感じてしまう。湖の岸にはホテルやペンションが点在しているが、まばらな印象で建物からの光はあてに出来ない。さっきまで祭りでにぎわっていた河口湖とは趣が違う。十二時を廻った時点で早乙女が地元の消防団と協議して、捜索を明日の朝八時からにすると決めた。狐堂も明日、もう一度来ると伝えて泊まっていたワンルームマンションに戻った。

 病院の体制に問題はないか、ベッドに転がって考えた。職員の話では、回復に良いというので、病院敷地内、または病院の前の湖の岸には、散歩程度の外出は大いに進めているという。またこの日は河口湖の湖上祭で、付き添いがあれば花火見物に出かけてもいいということで、患者の家族もやってきて、病院はかなりごった返していたという。孤堂は午前中しかいなかったから知らなかったが、午後からは見舞客があふれていたそうだ。

 大山は四時の検温にはベッドにいたことが看護師の記録に残っているが、その後七時に巡回したときに姿が見えなかった。トイレにでも行ったと思い、その後三十分ほどして再度、見に行ったが戻っておらず、この騒ぎになった。つまり、四時から七時までの三時間の間に、人ごみに紛れて外に出たことになる。たぶん一番人の出入りが多い時間だ。出ていくにはもってこいだ。

 翌日八時少し前に病院に着くと、黒塗りのベンツが入り口を塞ぐように止まっていた。出迎えた職員に横柄に対応する人間は年のころは三十半ばか、傲慢を絵に描いたような人物だ。うやうやしく中に通されていく様子を、脇のドアから狐堂は眺めていた。

「早乙女は何をしていたんだ」

 男は怒鳴った。現れた早乙女は挨拶をしたが、それに返事もせずに怒鳴りつける。

「お前がぼんやりしているから、病院の評判に傷がつくだろうが」

「申し訳ありません。今、御家族の方もこちらに向かっていらっしゃるということで、八時になれば地元の消防団の方々も来てくださることになっていますし、もっと広範囲に探せばきっと見つかると思います」

 怒鳴られても早乙女は穏やかに受け答えをする。

「見つからなかったら、お前の責任だからな」

「あの、早乙女先生はきちんと対応なされていました。第一、あの患者さんは南先生の担当ですし」

 脇から看護師佐々木圭子が早乙女の弁護をするが、男は聞いていない。怒鳴りながら病院の奥に消えていく。ややあって狐堂は圭子を捕まえた。

「今の人は」

「あの人ですか。兵頭真人さんですよ。ここの病院長の息子さんで、理事長をしています」

「ふーん、親子二代の医者か」

「いえ、あの人は医者じゃありませんよ。本当はね、院長先生は息子さんを医者にしたかったらしいんですけど、あの人は経済学部に行っちゃって、今じゃここの経営をすべて任されているんです」

 佐々木の説明で狐堂は合点が行った。院長の息子だからあんな若造でも態度がでかいのだろう。横柄な口の利き方、ぞんざいな態度、人を見下した目、そのすべてが狐堂のもっとも気に喰わないタイプだ。

 そうこうしているうちに家族が来た。六十に手が届いた感じの中年女性とチンピラといっていい男だ。男の方の年は狐堂と大して変わらない。身なりもごくありふれたジャケットにチノパン、女性のほうはブラウスとスカートにニットのサマージャケットを羽織っているが、ごくごく平凡な庶民だといえる。あわてて駆けつけてきたからなのか、髪もやや乱れ、はいているものもつっかけだが、乗り付けた車はこれ見よがしに金をかけたようなベンツだ。それほどまでに混乱しているのか。早乙女が駆け寄りなにやら説明を始めているがあまり納得していない。男のほうが院長を出せなどと怒鳴っているので、ひとまず別室に通すようだ。あわただしく人が呼ばれ、圭子も狐堂のそばを離れた。

 さすがに狐堂も取材するのをためらった。もしかしたら行方不明者は死亡しているかもしれない。そんな状況で家族から話を聞くことは節度を欠いた行為だ。まだ親族でも着ていればそこから話を聞けるのだろうが、そんな人物は到着していなかった。

 結局八時というのにまだ出発の号令がかからない。消防団の男たちは湖のそばで手持ち無沙汰にしていると、誰かが叫んだ。

「人が浮いてる」

大山源蔵が失踪した。夜を徹して探すが見つからないので、早朝、捜索を再開することにした。翌朝、家族もやってきて、捜索が開始されようとしている時、湖に人が浮いていた。これは事件か?

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