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喫茶星の雫  作者: shade
8/13

喫茶星の雫 -case08- 初めての一雫

 まだ朝の光が弱い時間。

 店の中には、薪ストーブのぬくもりと鉄瓶の湯気が静かに漂っていた。


 さくらはカウンターの端で、ネルフィルターをそっと水に浸していた。

 前の晩からずっと考えていた言葉を、ようやく口にする。


「……あの、私も……やってみてもいいですか?」


 マスターは何も言わなかった。

 けれど、ほんの一瞬だけ手を止め、彼女の手元にミルをそっと置いた。

 それから何も言わず、いつもの仕込みに戻る。


 ——それが、“いいよ”のサインだった。



 カリカリと、豆を挽く音が響く。

 さくらは少し緊張しながらも、手挽きミルを回し続けた。


 湯を沸かし、ドリップポットで慎重に注ぎはじめる。

 ネルの中で粉がじわりとふくらみ、湯が染みていく。

 湯の落ちる音が、静かな店内にぽつぽつと響いていた。


 ママさんが厨房の奥から顔をのぞかせる。


「がんばってるわね。……私、最初は全然だめだったのよ」


 さくらは思わず笑って、黙ってうなずいた。



 最後の一滴がぽとりと落ちたあと、さくらはそっとドリップポットを置いた。

 そして、まだ少し湯気の立つカップを、マスターの前へと差し出す。


「……よかったら、飲んでみてください」


 マスターは何も言わず、カップを手に取る。

 一口だけ、ゆっくりと口に含む。

 そして、何も言わずに立ち上がり、次の豆を挽きはじめた。


 ——それが、“次もやれ”の合図だった。



 午後。

 さくらは洗い終えたネルを、保存容器の水にそっと戻していた。

 手のひらに残る、少し湿った布の感触が、なんだかやさしかった。


「……こういうの、すきかも」


 誰に言うでもなく、ぽつりとつぶやく。


 入口の外では、猫がひなたで丸くなっていた。

 さくらが目を向けると、猫は目を細めて、まるで「悪くないね」と言うように小さくあくびをした。

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