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10メートル

土曜日の20時更新です……

 電動車椅子の前におばあちゃんが足投げ出して座ってる……。


「ずり落ちたー」


 こっち見て訴えてますね。


 ボクは周りを見渡しました。商店街に続く遊歩道。近くに誰も居ません。どうやらボクに言ってるみたいおばあちゃん。


 ども、里見洋介です。元売れない漫画家。


 運悪くグループホームのイベントで必要な物品の買い出しに行く途中なんですけど。


 何が運悪いかって? 仕事中なんでユニフォーム着てます。目の覚めるよな空色のポロシャツに黒ジャージズボン。ご丁寧に首からネームプレートまでブラ下げて。


 施設の職員丸出しって感じの。


「ずり落ちたー」


 二回言ってきた。多分高齢者介護のプロフェッショナルとしてロックオンされたと思うんですが。


 ボク、障害福祉サービスの従事者なんスよ。


 しかもウチの施設は精神の人オンリーで。ボクは身体介護すらした事のないド素人です。つまりこーゆー時、どうしていいのかわかりません!


 このおばあちゃん、結構身体デカいしファンキーなカッコしてます。目付きも鋭くて何か怖い……でも福祉関係云々でなく、このままシカトすんのは人としてどうかと思ったんで。


「どうしました?」


「ずり落ちたー」


 うん、知ってる。電動車椅子の前方にずり落ちる人見た事ないけど。ケガとかはないみたいです。良かった。


「えと、どーやればいいですか?」


 一瞬「は?」的な表情のおばあちゃん。


「ちょ、ちょっと失礼しますね……」


 試しに後ろから両の脇下に手の平を差し込んで力を入れてみる。


 ビ、ビクともしない…………まるで岩石!


「うお重ッ!」


 また「は?」て顔で睨まれました。ヤベ、歳食ってても女性だし。思わず天を仰ぐボク。


 ふと、視界の片隅に。遊歩道の植え込み縁石に座ってこっちをじっ……と見てる白くてちっちゃいのと緑ジャージの女の子の姿が。


 ウサとリンさんだ!


 会えて嬉しいんだけどリンさん。どの辺から見てたのかな。何かスゲー気になるゥ~。


 ボクは目でウサに「こっち来い」って合図します。てててと走り寄ってくるウサ。おばあちゃんを抱えたままのボクを見て


「いけんのか? いけんのか? 里見ィ」


「え? あ、イヤ。あのなウサ…………いける」


 てててと戻ってってまた縁石にちょこんと座る白うさぎ。ホントはヘルプミーなんですけどね。いけるって言っちゃいましたね、リンさん見てるし。


 つか、このままおばあちゃん地べたに座らせとくワケにいかんし。


 やるっきゃねーッス! リンさん見てるし!


 ボクは冷静になって状況を頭に描きました。何か、前に誤薬して部屋で倒れてた入居者さんを先輩が車椅子に乗せた時の絵に似てる……。


「ボクの首に腕絡みつけて下さい!」


 またたまた「は?」て顔するおばあちゃん。


 何か言い方エロかった? と思いながらボクは正面からガシッて抱きつきました。久々の人肌に少し戸惑いながらも今度は力の入る感覚アリ。


「く、ぬぅおりゃあああぁぁはあああああッ!」


 大根引っこ抜く感じで。座席の上におばあちゃんの尻乗っける事に成功。


「はぁ、はぁはぁ……」


 仕事したー。現場でもした事ないのにィ。


 おばあちゃんは微妙な感じで会釈だけして行っちゃいました。多分「使えねーヘルパーだわ」とでも思ったんでしょう。まぁ、ババアはどーでもいいです。


 ボクは一番いい顔作ってから、リンさんの方を振り向きました!


 コロッケ食ってたウサと。


 こっち、全然見てない感じで。


 ボクが「カムヒィアーッ!」って怒りの念を飛ばすとコロッケ持ったままウサがてててと走って来ました。コイツ、こういう所は異様に鋭い。


「……何してるウサ」


「コロッケ食べてるよ。いつもお買い物の後はあそこで食べるの」


「さっきの見」


「見てない」


 食い気味にキタ。何か違和感。


 てててと戻ってく。


 ん?


 ……リンさんと何やらやり取りしてます。頭掻きむしったかと思えば嬉しそうに跳び跳ねたり。最終的に無表情で走って来る。


「どしたの?」


「リンがお疲れ様だってサ」


 コロッケ、一個くれました。


 ボクはテンション爆アゲになって、思わずリンさんにブンブン手を振ります。すると彼女も遠慮がちに小さく振ってくれた!


 目の前がパアアアアッてバラ色状態。


 あー、何かガラにもない事頑張った甲斐あったなー。やっぱ見てくれてたんだボクの天使。天にも昇る心地ってこの事だなー。


 不意に。


 地上からポンポン膝を叩かれて下界を見下ろすボク。ウサが前足でクイクイって。


「ウサ、ごめんな。好物のコロッケもらっちゃって」


「……あのね、里見ィ」


 ヒソヒソです。しゃがんだボクの耳にウサが可愛く囁きました。


「リンがこれくらいの距離感で丁度いいって」


 うん。10メートル位あるかなー。


 10……


 ボクは10メートルまでならリンさんに近付ける事が決定しました。


 …………それでも幸せ。

それではまた……

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